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お寺の出入り業者になるには

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皆さま初めまして。

こちらでこの様な事をお尋ねして良いものかどうか迷いましたが、
思いきってお尋ねします。

私は掛軸の表装や仕立て直しを生業とするいわゆる表具屋
でございます。

常日頃より、お寺の方とお付き合いをさせていただきたい
と考えておりましたが、知識不足故なかなかご住職にお話
を聞いていただくまでには至っておりません。

大変勝手な、また素人すぎるお尋ねで恐縮ではございますが
どのようにしてご住職とお近づきになれるのか、アドバイス
いただけないでしょうか?

何卒よろしくお願い申し上げます。


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お坊さんからの回答 5件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

どの営業も、基本は同じだと思います。

お寺の出入り業者さんになりたいとの事ですが、
どのお寺さんも決まった業者さんが居るでしょうから、
新規に入り込むのは難しいでしょう。
こだわりの強いお寺さんは多いから、
一ヶ寺に気に入られてそこから紹介で・・・というのも、
当てにできないでしょうね。

どの業者さんでも、対象がどの業種でも、
やはり営業方法は一つしかないと思います。

足繁く何回も通って顔を覚えていただく。
決まった取引先があろうと、
その時注文が無かろうと、
「近くまで来たんでちょっと寄りました」的なノリで訪問し続ける。

これを愚直に続けていくしかないです。
断られ続けたら心が折れますが、
それが当たり前なんだと開き直って頑張るしかない。

私も以前サラリーマン時代に営業をしていましたが、
飛込み営業は本当に嫌でした。

今は営業される側になりましたが、
何回も営業に来られるのはそれほど嫌だと感じません。
逆に、その一生懸命さに申し訳なく感じるくらいで、
何か必要があったらそこでお願いしようかなと考えるようになります。

確かにお寺さんは敷居が高くて難攻でしょうが、
不落ではないと思います。
どうぞ正攻法で営業なさってください。

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和田隆恩
 1967年京都市生まれ。山形大学理学部卒業後、証券会社で勤務。30歳で脱...

お寺は顧客の中に含まれます

はじめまして。
私は以前、お四国遍路でいただく御姿(名刺大のご本尊さまの写し)を衝立にしてほしいと、市内の表具屋さんに飛び込みで伺ったところ、「手間がかかりすぎる」と店先でにべもなく断られました。檀家さんのも含め3つあったのですが…。注文の仕方がいけなかったのか、服装がいけなかったのか、とその後しばらくトラウマになりました。私にとってはむしろ表具屋さんの方が敷居が高く感じます。

>知識不足故なかなかご住職にお話を聞いていただくまでには至っておりません。
知識が表具の知識、ということでしたら、我々僧侶よりこうたろう様の方が確実にお持ちだと思います。

「出入り業者になろう」というのではなく、一度いただいた仕事を、より完璧に誠実に仕上げようと努力なされば、自然と口コミでお得意様(顧客)が得られるのではないでしょうか。その中にやがて寺院も含まれてまいるはずです。「お寺の、、、、」などと、ご自身で縛りを作らなくてもよいと思います(縛りを作らねばならない事情があったとしたらすみません)。

もし将来、めでたく大寺院の出入り業者になっても、一見さんお断りのような商売をしないでくださいね(^^;)

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住職のかたわら、大道芸人PRINCOちゃんとして幼稚園保育園など各種施設、...

お寺によって考え方は様々では

今の時代、地方では 表装業者はたいへんすくなくなっています。先の震災で当寺の本堂が半壊 庫裏は全壊でした。さて本堂の壁を直したくても、土壁をいじれる方がいません。また、竹でこまいを編む方もいません。茨城県中探し、ようやく一人いらっしゃいました。表装もそうですが 地獄組等の技術(障子)等があれば、いくらでも入り込めるのでは。最近のお寺も 鉄筋コンクリートになってきましたが、まだ木造のお寺もたくさんあります。一度お寺をしらげて、営業しては?私も熱心な営業の方に会い、その技術の高さにおどろかされ、御願いしたことがあります。

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3月11日の突然起こった東日本大震災。私の住む茨城県水戸市も大きな被害を受...

お寺から巻き上げない事、これだけです。

「お寺はいろんな業者が高くお金を取ろうとする」
「高く取ろうとする業者は使われなくなる」
「手を抜くとちゃんと見抜かれている」
これだけ覚えておいて頂ければ良いかと。

以前、葬儀業者さんとお仕事をしていたことがありますが、お布施から数割お金を取る業者でした。TVでもCMをしている大手業者でしたがバッサリ縁を切りました。今やイーオンや格安の派遣僧侶ビジネスなども横行していますが、私は反対派です。全国的にお寺の存続自体が困難になってゆく時代が来るからです。

お布施というのは施主からお寺におさめられる「お寺の維持のために志納されるお金」「宗教活動運営費」です。
その志納者から施される宗教心の表れでもあるお「布施」というお金にまで紹介料という形で手をつけてくる葬儀業者のその品位の無さ、その感覚には「宗教心のかけらもない」と思わざるを得ませんでした。お寺は建築物の年間の保険等でいろいろ費用が掛かります。
ですから、こちらもできればひょいひょいと金を巻き上げようとするお金メインの事務的業者よりも少しでも宗教心、人情、世の中の道理を心得た業者さんと提携したい訳です。

あなたに申し上げるわけではありませんがそういうところまでは「勘弁してください」です。
苦言はここまで。
坊さん業界には坊さんが沢山集まるイベントが本山や大寺で年に数回あります。
そういうイベント(開山忌、大遠忌、御開帳)などに足を運んでみてください。
すでにそういう所に入っている業者さんもいるでしょうが、安くて「いいお仕事」をしてくださる方なら当然、重宝されます。
すでに他の方が回答されてましたが、他の方々もご覧になられるでしょうから、追記として回答させて頂きました。

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丹下覚元(たんげかくげん)
☎お悩み相談 質問 📞08020659278 どなたでも。

「仏様のことに関わらせて頂ける」という感謝

こうたろう様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

お寺は、普通の株式会社や個人商店とは異なるため、営業するにしても少し心得が必要かとは存じております。

色々とある中でも、特に大切となるのは、「仏様のことに関わらせて頂ける」という感謝の気持ちになるのではないかと考えております。

その昔から、寺院(精舎・説法場)や僧侶集団(サンガ)は、信者たちによる布施喜捨により成り立って参りました。

例えば、釈尊の時代では、祇園精舎・竹林精舎が有名であり、土地・建物が信者の寄進にて建立されて、無数の信者たちの布施喜捨による支援にて釈尊、弟子たちが説法や修行や布教活動を行うことができておりました。

特に信者たちは、尊い仏法の教えを頂けること、仏様のことに関わらせて頂けることにて、善い行いが積める、つまり、功徳が積めるという観点からも、積極的に布施喜捨を行っていたと言えるのではないかと存じます。

今でも、お寺には、「講」、あるいは「奉仕団」や「奉賛会」と言えます檀家・信者さんたちの集まりがあり、奉仕にて法要や行事のお手伝い、建物や境内の掃除、樹木の剪定、様々な整備等を行っているところも多くございます。

その中では、例えば、檀家・信者さんたちの中に畳屋さんがいれば、畳を張り替えたり、電気屋さんがいれば、電球を替えたり、それこそ、表具屋さんがいれば、襖や障子を張り替えたりと、今でもそういうことがあるのではないかと存じます。もちろん、材料の経費は支払うでしょうが、手間賃・工賃は奉仕でとなるのがこのような場合の通例でございます。

そういった昔ながらの檀家・信者さんたちの中での生業によってお寺の出入り業者となることも多かったのでしょうが、最近は、檀家・信者さんたちの減少、あるいは代替りや廃業など、時代の変化もあり、一般の業者にも頼まざるを得なくなっているのが現状であるかとも存じます。

さて、以上のように述べて参りましたが、商売、儲け云々は後々として、まずは仏様のことに関わらせて頂けることの有り難さ、感謝を思って頂けるところから、その気持ちを持って営業なさられますと、結果も少しは違ってくるのではないかと存じております。

御健闘を祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

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川口 英俊
チベット仏教 ツォンカパ大師中観思想・後期二諦説の研究

質問者からのお礼

ご回答いただきました皆様、本当にありがとうございました。 ご依頼いただいた仕事には、誠心誠意努めさせていただいております。お客様のご要望にも、満足いただける様仕上げて参りました。 確かに正攻法が一番ですね。皆さま方のお言葉身にしみました。 表装を始めて23年程になりますが、初心を忘れずに皆様方の金言を胸に頑張ってみたいと思います。 本当にありがとうございました。

「お寺に参拝・訪問」問答一覧

安井金比羅宮でのお願い

去年の夏頃、京都の安井金比羅宮で お願いをしました。 勉強嫌いな自分を変えたくて、 「毎日勉強する自分との縁結び」のお願い 英語に関心が向いていたので 「英語、海外との縁結び」のお願い 京都という場所が好きで毎年訪れているため「京都との縁結び」のお願い をしました。 しかし、あまりにも願いが抽象的すぎたのか、1つ目の願いが思ったのと違う形で叶ったのです。思い込みと言ってしまえばそれでおわってしまうのですが……。 勉強が出来る自分に変えたいというのと他に、希望する学校の進学ができるように 「勉強の習慣が付いている自分との縁結び」をお願いしたのですが、希望する学校でなく他の学校に進学する結果となりました。とても悔しくて勉強を続けていたのですが最近になって毎日勉強を続けていた自分を振り返った時、過去にそんなお願いをした事と思い出したのです。 最終的な願いは叶ったのですが、夢は叶わなかったので、「英語、海外との繋がり」を願ったことで、なにかトラブルに巻き込まれてしまうのではないかと少し不安になりました。「京都との繋がり」もよくない形で叶ってしまわないか不安です。 その時にかったお守りがあるのですが、 満足したためもう他の願いは叶える必要がないことを念じるだけでも回避することは出来るのでしょうか? 不安が拭えないので、お坊さんのアドバイスを聞かせていただきたいです。 よろしくお願いいたします。

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母を寺に入れたいです。

該当カテゴリがわからなかった為、家族関係にて失礼いたします。 60超えた母をお寺に入れたいと思っております。 現在大学生の弟と母の2人暮らしです。 母は以前大学に通う私の奨学金をこっそり抜いており気がついた私は厳しく注意をしておりました。 反省しているように見え2回程度のお金の無心はありましたが私も実家を出ていた為相手にしておりませんでした。 その後弟も大学に入り、弟の事は大事にしているように見えていた為油断していたのですが私よりも悪質に弟の奨学金にまで手を出しており、そこから父名義での借金まで発覚いたしました。(母が勝手に借りていました) 一部は返ってきたものの帰ってきてないものもあり使用用途を聞いても使ってないとしか言わず、数十万円も何に使ったのか分からず家探しをしたところ日記が見つかり 「誰もわかってくれない。私は悪くない。父や私には悪いものがとりついている。神様は私の味方」などと書いてありまともに話し合いができません。 母は以前から統○○会等々の宗教に入っており上記の考えになっているのだと思います。 この件に関して開き直ったようで反省する意思はないようです。 父が離婚を切り出してもせめて住む場所は用意しろなどとも言っており離婚の手続きも進んでおりません。 ここで、私の心配が弟にお金や住む場所など今後ねだるのではということです。 父は結婚した手前自分でどうにかしてほしいと思っておりますが弟にはなんの罪もありません。 これらを踏まえた上で以前誰からは覚えていないのですがそう言った人を引き取ってくれるお寺があると聞きました。 もちろん費用は数千万となり安くはありません。今すぐに用意できるお金ではありませんができる場所があるのであればぜひそうしたいと思っております。 ですが検索の仕方がわからずそう言った場所が本当にあるのかないのかもわかりません。 どなたかそう言ったお寺や費用の詳細などわかることがあれば教えていただきたいです。 よろしくお願いいたします。

有り難し有り難し 12
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お寺に通うことは可能ですか

3度目の質問になり恐縮です。 新型コロナがおさまった後の話ということで、ご相談させていただけますか。 タイトルのとおり、お寺に通うことは可能かどうかについてです。 私は子供のころ、比較的お寺に親しんで育ちました。 法事以外でも、近所のお寺でご住職様のお話を伺ったこともありますし、仲の良かった友人の実家もお寺でした。 両親は、お寺の方を信頼し、お墓参りなども大切にしていたと思います。お寺の静けさと、さりげない人の気配に、子供時代の私は安心したことを覚えています。 その後、私の実家のお墓は兄が守ってくれることになり、私は地元を離れて結婚しました。 夫の実家は、事情があってどの宗教からも距離を置いており、夫の両親も夫も、今後お墓を持つ予定はないそうです。 そのため、私と家族は今、お寺や神社、教会といったすべての宗教と縁のない生活を送っています。 しかし、私は近年、年を重ねるごとに様々なことを考えるようになり、また子供のころのように、時々お寺に行ってお坊様のお話を伺ってみたくなりました。夫は「自分は宗教にはかかわらないが、君が一人で行くぶんには構わない」と言ってくれています。 少し地域のお寺を調べてみましたが、檀家でないのに一人でふらりとお寺を訪れるのは少し敷居が高い気がいたしました。法話の会も開催されているようですが、檀家の方や年上の方ばかりだと少し気おくれしてしまいそうと感じたり、一人で参加するのが不安であったり、いろいろなことを気にしてしまいます。 それならば一人で仏教を勉強しようかとも思いましたが、私は仏教を学びたいというよりは、どちらかというと、お寺やお坊様とつながりを得たいのだと思います。 私には今、ふと心が迷ったときに、自分の家以外に向かう場所がないからです。 お坊様に個人的に悩み事を相談するために伺いたいわけではなく、ただ、お堂でしばらくの時間座らせていただくだけでも十分気持ちが安らぐ気がいたします。 もちろん、自分の家は安らぐ場所ですが、ずっと引きこもってばかりです。 社会との接点として、お寺とつながりを持ちたいというのは、あまり一般的な考えとはいえないでしょうか。(ふさわしくない場合は、はっきりご教示くださってかまいません。申し訳ありません) 御多忙な折に、読んで頂きありがとうございました。

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お坊さんに対して怒り出す参拝者

こん◯◯わ!以前私がお参りに行った時に、話をしてるのを聞いた時に思ったことです。別々のお寺で何人かタイトルの質問通りの方がいました。 1、お寺で御朱印をいただいてクレームを言う方 そこのお寺さんは書き置きの物しか渡せないお寺さんでした。受け取られる前に、お坊さんがせつめいしてるのに、参拝の方は頂いてから、返品すると言っていました。お坊さんはそれに対して、 これは貴方が最後まで持つ物ですよ。返品は出来ないからやるならお焚き上げですね…と言っていました。 御朱印帳に直に書け!と怒り出すお参りの方… 御朱印を何のために貰っているのでしょうか…私は疑問でしょうがないです… 2.お願い事の相談に来て、参拝のやり方や、その他お寺さんとの付き合いがわからないので、説明してくださいと言うお参りの方 お願いごとをする時にお守りが良いのか、絵馬が良いのかというお話でした。 絵馬でお願いする際に名前を書こうとしたようで、友人?の合格祈願がお願いだったみたいです… 友人の名前で書いても良いのでしょうか?というお話でした… 又、友人にお守りをお渡ししても良いですか?という質問もされていました。それに対してお寺さんは それは貴方のお願い事であって、友人が本当にそれを望んでいるかと言うことはわからない。そして、友人に頼まれたわけでもないのに、友人の名前を書くのはやめた方が良いのでは? との内容の回答をしていました。又、お守りに関して、 日本は宗教の自由が憲法にあるから、渡して嫌がられてしまうこともある…と言う内容のお話をしていました。 この話の後に参拝の方が、お前にはお守りや絵馬なんて必要ない!と感じたのか、お寺の別の方に罵声を浴びせていました。 宗教で戦争が起こる、宗教上の理由で食べられない食べ物がある。など日常生活で溢れていることですし、高校の社会科教師の友人は歴史の授業で宗教関連と国関連の話をする時には物凄く気を使う。ということを話していたくらいです。 私はこの話をきき、理解できないということは恐ろしいことだと思います。お寺さんが細かいところまで心配して説明してるのにもかかわらず… 上記二点について、お坊さん方が遭遇したらどのようにご対応されるでしょうか? 正直、金を払えばなんとかなる!がお参りの考えですかね? 又これらのような場合第三者の私はどうすれば良いですか?

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