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御護摩札について

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有り難し有り難し 26

真言宗と天台宗のお寺でそれぞれ御護摩札をいただきました。

不動明王の御真言を唱えたいと思い調べたところ、真言宗と天台宗では御真言が少し違う事を知りました。

この場合はどちらかの宗派の御真言を唱えていいのでしょうか。

それとも、それぞれの御護摩札にその宗派での御真言を唱えた方がいいのでしょうか。

また、違う宗派のお寺の御護摩札を一緒に祀る事に問題はありますか?

初歩的な質問でお恥ずかしいのですが、教えていただけたら幸いです。

よろしくお願いいたします。

2016年3月4日 23:28

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

自坊の真言宗では

護摩札について
護摩札は加持祈祷の護摩焚きにてお加持をします。
お祀り方法
仏壇神棚どちらでも良い。
仏壇神棚が無いという方はリビングの北側の柱にお祀りして表が南の方角になる様にお祀りします。東に向く様にお祀りしてもよい。

不動明王正式には大聖大日不動明王
皆様にはお不動さんとして親しまれています。
自坊のご本尊です。
大日如来の化身
種子 カンマン
28日がご縁日
ご真言 慈救咒 じくのしゅ
ノウマクサンマンダバザラダンセンダンマカロシャダソワタヤウンタラタカンマン

自坊では他宗派のお札を一緒にお祀りをして問題無いです。
またそれぞれのお札にそれぞれのご真言をお唱えすることが丁寧です。

分からないことがありましたらまたご質問下さい。

2016年3月5日 0:20
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有り難し
おきもち

高野山真言宗 副住職です 私はこの言葉で救われました 過去にとら...

しっくりと来るほうを…!

OHANA様
こんにちは!天台宗の僧侶です。
うちの自坊も不動明王ですので、天台の方としても回答させて頂きます。

天台宗であるうちの寺でも、真言宗さんの護摩札がございます。
信徒さんが持ってきてくださったり、知り合いの真言さんのお寺のを頂いたりしました。

ご存知かもしれませんが
真言宗の密教は東密
天台宗の密教は台密 と呼ばれておりますが
中世では交流しあっていた時期もあるように中核と成る考え方は同様かと存じます。

不動明王は、弱い心、甘い心、煩悩、悪縁、悪因を断じて下さる大日如来の憤怒の化身でございますので、毎日護摩札をご覧になって気を引き締められているのかと存じます。

天台の真言では、
ナーマー(ナーマク)サマンダーバーサラナンセンダーマーカロシャーナーソワタヤウンタラタカンマン 

と唱えますが、()に示したように、天台の中でも受け継いだ流派によってすら異なります。
OHANAさんが唱えやすく、よりお不動さんに近づける方の真言で唱えてもいいのかとも
生臭坊主である私は思います。
ただ、片村上人がおっしゃるように、それぞれのお札にそれぞれのご真言をお唱えすることが丁寧かと存じます。

僧侶であれば自分の流派をきちんと踏襲する必要があるかと存じますが
信者の方であれば、読み方を方言のようなもので、唱える内容と想いは変わらないのかと存じます。

南無大聖不動明王。

2016年3月10日 17:34
{{count}}
有り難し
おきもち

比叡山延暦寺 行院にて満行。 天台宗 高龍山明王院普賢寺 僧侶。 一般...

質問者からのお礼

お答えいただき、ありがとうございます。
それぞれの御札に御真言をお唱えしたいと思います。
またわからないことがあった時は質問させていただきます。
その時はよろしくお願いいたします。
本当にありがとうございました。

「仏教全般」問答一覧

仏教をもっと学ぶ方法は?

こんにちは。 以前Googleで自分の悩みを検索したところ検索結果にこのサイトが出てきたことがあり、それ以来hasunohaを毎晩のように拝見しています。お気に入りのお坊さんをブックマークしているほどです。 生まれた時から仏教徒で、お盆やお参りなど特に考えずそのマナーに従って生きてきましたが、一方で神や仏、また心霊などの類は一切信じないたちです。 しかしながら倫理哲学の勉強は非常に好きで、現在もっとも興味があります。 きっかけは数年前心身共にとても傷つく出来事があり、以来リラクゼーションやアロマ、音楽など、私生活で自己を労る環境を整えていきました。しかしそれらは頭の中、つまり思想の面では自分を疲労から救ってはくれず、そのとき仏教が自分にとって非常に重要なものではないかと気づきました。(軽率な発言続いており誠に恐れ入ります。。) hasunohaをみているうち、信じるか信じないか、お祈りが届くか届かないか、極楽浄土に行けるか行けないか以前に、自分で自分を生きやすい方向に調整していく、大変学びの多い学問でもあることを理解しました。 長くなりましたが質問したかったことは、仏教を学ぶ上でビギナーの私におすすめできる学習方法を教えていただけませんでしょうか。 下記何でも構いませんので、回答いただけると嬉しいです。 ・おすすめの著書(専門用語が多すぎない、噛み砕いてある、原版の理解にふさわしい) ・近所のお寺に通うことも考えたが、用もないのに門を叩いて説法してもらうことなどはできるのか? ・合宿のような形式で学ぶ方法はあるか。どうすれば受けられるか。ある場合、実家は曹洞宗だが宗派を超えても学習はさせてもらえるか ・↑に似ているが、短期的に修行を受けることはできるか。どのお寺でもできるのか?できるお寺はどうやって探すのか ・その他いい方法があれば 可能ならば僧の方に直に毎日少しずつお話を受ける形式が望ましいですが、自分の周りでそう言った人は見かけないし難しいのでしょうか... よろしくお願い致します。

有り難し有り難し 42
回答数回答 4

どちらの宗派、教えを信じれば良いのか

初めて質問を投稿いたします。 るると申します。 私は学生時代うつ病を患い、生きていくことのつらさ苦しさと死への恐怖に悩み、救いとなる教えを求めて父方の宗派のお寺である東本願寺へ参りました。 そこで、どのような人間であってもすくい取ってくださる阿弥陀様の教えを聞き、何があっても必ず助けてくださる存在があるということに強い安心安堵感を得ることができ、その後は真宗の教えを聞く機会を定期的に作り心の支えとしてきました。 数年後、大学は無事卒業し就職すると私は非常に忙しい部署に配属され、激務と過労で再びうつ病の兆候が出てきて頭の中があらゆる雑音でいっぱいになっているような感覚に陥りました。 その時心の支えとなる教えをまた求めてお寺に行こうと決心したのですが、何故か今回はいつもとは異なる直感のような感覚で母方の宗派のお寺である永平寺に参りました。 永平寺で禅の一端を体験し、その後禅に関する本を読む中で、あるがままを冷静に見つめ自らの内の欲や煩悩を統御する教えを学び深く感動し、禅の教えをこれから生きていく中で実践したいと思いました。 前置きが大変長くなりましたが、二つの宗派の教えと出会いわたしは今どちらを信じたら良いのか迷っております。 煩悩を否定せず阿弥陀様が必ず救うとする真宗か、煩悩を統御し坐禅を通して自ら悟りを目指す禅宗か、全く異なる教えに触れどちらも捨てられないと悩んでいます。 両方を信じる道もあるのでしょうか。 拙い文章になりましたが、僧侶の皆様から何か教えをいただけたらと思います。 何卒よろしくお願いいたします。

有り難し有り難し 42
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