hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる

法要の必要性について

回答数回答 2
有り難し有り難し 20

初七日、四十九日、一周忌、三回忌などの法要は必須なのでしょうか?
私自身供養したい気持ちはあり、毎日仏壇に向かって挨拶と定期的な墓参りは行っています。
法要についてなんとなく行ってきましたが、兄弟から金銭や工数の負担面からも要らないのではという意見がでて、強い反対理由もなくやめてしまおうか悩んでいます。


この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

ご質問ありがとうございます。
宗派によっても違うと思います。浄土宗なら無理をして年忌法要しなくてもそれぞれが日頃からお念仏をお称えすればいいと思います。ただ大人になり歳を重ねると家族や親族が集まる機会は減っていきます。会う機会が減れば誰かが苦しんでいても気が付かず手を差し伸べることができません。ですから数年に一度は集まってお互いの近況を話したりするのに年忌法要は良い機会になると思います。また法要の時でしかなかなか仏教や宗派の教義を聞く機会もありませんし、法要が終わった後ならお坊さんに色々と仏教や人生について質問したり相談したりしやすいと思います。なので私個人としては無理にきっちり年忌法要をしなくてもいいけど数年に一度は集まる機会を作る方がいいし、命日でなくても集まれる時にお坊さんを呼んでくれたらいいと思います。またその時は一霊だけでなくニ霊まとめて供養してもいいと思います。お布施はご家族で無理のない範囲で少しずつ集めてくれたらいいと思います。あなた達が兄弟が明るく正しく仲良くされることを何より優先してくださいね。
これはあくまで私個人の思いです。
ご参加までに。

{{count}}
有り難し
おきもち

私は浄土宗の坊さんです。 少しでも何か参考になればと思って回答しています...
このお坊さんを応援する

追善供養のあり方

大福大家さま

回忌における追善供養(代表的には、初七日から三十三回忌までの十三仏供養)は、必ずしなければならないというものではありません。

もちろん、正式に僧侶に読経して頂いて、功徳を回向して頂ければ良いでしょうが、そうはいかないそれぞれの事情も色々とあるかと思います。

ただ、重要となるのは、「追善」という言葉が示しているように、簡単に申せば、「功徳を届ける」ということが大切となります。

功徳とは、つまり、善い行いの積み重ねになります。

ですから、本来は、私たちが善い行いに励んだ、その功徳を届けるということが法要において大事なものとなります。

昨今は、形式的な法要のみとなり、功徳を積む面が疎かになってしまっていますが・・もちろん、僧侶の読経・回向というものにも功徳の一つの役割はあります。

ですから、本来は、「こんないいことしましたよ」と報告してあげるだけでも立派な追善供養となります。

もちろん、仰々しく、寄附やボランティアやとかではなく、「電車で妊婦さんに席を譲ったよー」とか、「ゴキブリを殺さずに逃がしてあげたよー」とかでも構わないのであります。

何か仏壇やお墓の前で報告できる善いことを少しずつ積み重ねていって頂ければ有り難いと存じます。

川口英俊 合掌

{{count}}
有り難し
おきもち

Eishun Kawaguchi
最新の仏教論考はこちらでご覧頂くことができますが、公開、非公開は随時に判断...
このお坊さんを応援する

質問者からのお礼

三宅様 川口様
丁寧なご回答ありがとうございます。
お二人のお話を聞いて、形式や手段ばかりに目を行き過ぎていたのかと感じ、冷静になると気が少し楽になりました。親族と会う良い機会ととらえ、今後を検討していきたいと思います。改めてご回答いただき感謝しております。

「法事・法要・49日」問答一覧

僧侶として人として

父兄は曹洞宗の住職、副住職の僧侶です。 寺族である母が亡くなりました。 その後四十九日、秋春のお彼岸、一周忌、新盆。 何も連絡がありません。 伯母や従姉妹達にも連絡はありません。 亡き母の誕生日に孫達が実家に集まる事も拒否されました。 理由を教えてくれる事もありません。 こちらからの連絡は直接してはならず弁護士を通すように伝えらています。 法要とは故人を偲び、残された遺族が悲しみをのり越えて生きていくために、心の折り合いをつける大切な仏教行事であると思っています。 その機会を尊敬していた僧侶である父兄に一方的に奪われて 驚きと理不尽さと不安で心がいっぱいです。 今年は三回忌になります。 たぶん連絡は来ないでしょう。 お寺で産まれ、一生をお寺の為に尽力した母があまりにも可哀想で不憫でなりません。 今後、僧侶として檀信徒の方々に何を布教していくのでしょうか。 僧侶も人間です。 間違いも犯すでしょう。 保身に走りたくなる気持ちも分かります。 でも、逃げずに向き合う時は必要です。 やってない。俺じゃない。知らない。覚えていない。分からない。 と逃げ回っていても誰も解決などしてくれません。 誤魔化し、嘘をつき、欺くことをやめて 自分の立場を自覚して誠心誠意、他者に対して心を尽くす事を 人して僧侶として今生を生きて欲しいと思っていますが、 無理な願いでしょうか。

有り難し有り難し 10
回答数回答 2

亡くなった母についての質問です

いつも参考になる回答ありがとうございます。 母が亡くなってから、明日で四十九日となります。四十九日に関して気になったことを質問をさせていただきます。 五七日の翌日、祖母の下へ母が来たそうなのですが、その時母が「私何か悪い事したかな」と言っていたそうです。 調べてみたところ、五七日は生まれ変わり先が決まる日だと書いてあったので、自分は勝手に「生まれ変わり先が、母にとって良くない結果だったのかな」と考えてしまいました。 お坊様は母の発言についてどのように考えますか? また、四十九日までは、母が見守っているのだと思って過ごしていたので気持ちが少し落ち着いていたのですが、四十九日経つと母の魂があの世へ旅立ってしまうということを知り、不安になってしまいました。 「すぐに生まれ変わるのか」「見守っているのか」「修行などをして過ごしているのか」など、様々なことを考えてしまいます。(そもそも四十九日や、その日までの解釈が間違っているかもしれないですが) 旅立ったあとは、何をしているのでしょうか? 色々と考えてしまいすぎて、あまり良くないと思いますが、気になってしまいます。答えられる範囲でいいので、回答いただけると幸いです。 拙い文章で長々と申し訳ございません。

有り難し有り難し 5
回答数回答 1

父の三回忌を教会でしたいと義姉が言います

質問させていただきます。 お寺にお墓のある人の法事を、教会で行うというのはお坊さんから見てどうなのでしょうか? また、義姉と折り合いをつけるにはどうすればよいでしょうか。 . 私の父は2年前に亡くなり、この度3回忌を行うこととなりました。 そこで私の兄のお嫁さん(以下義姉)が「キリスト教の教会で三回忌をしたい」と言って揉めています。 義姉は2年ほど前にキリスト教になり、教会へ通っています。普段会っても勧誘や説教はされなかったので今回突然のことに驚いています。 . 父が熱心な仏教徒であったわけではないのですが、父の墓は浄土真宗のお寺にあります。わざわざ教会に死んだ父を呼びつけて法事を行うというのは違和感です…。 . そのため それはおかしいのではないか、と義姉を諭すと泣いて癇癪を起こしてしまいました。 義姉の言い分は「教会の方が安く済ませられる」「お寺は家から遠い」「自分の信じていないものにお布施をしたくない」「教会の神父さんにももう頼んでしまったので後には引けない」などです。 . それならお金は払わなくていいし来なくていいとも伝えましたが、そういう問題ではないそうで。 兄は家庭を大事にしており、義姉には強くものを言えません。私も兄の家庭には平和であってほしいです。 しかし今回の話があまりにも平行線であるため、本職の方の意見をお伺いしたく書き込みました。 . 最後に重複となりますが、「お寺にお墓のある人の法事を教会で行う」というのはお坊さんから見てどうなのでしょうか? 義姉と折り合いをつける方法はありますでしょうか? 私としては先祖を改宗させるような行為はバチ当たりなのではと思ってしまいます…よろしくお願いいたします。

有り難し有り難し 18
回答数回答 2

忌中の過ごし方、考え方について

無知のため、ご教授お願いします。 最近、飼っていたハムスターが死にました。 2年と10ヶ月、頑張って生きてくれたのですが、 最後、病気の疑いがあり病院に連れて行ったのですが 獣医さんは問診、触診しかしてくれず 様子見で、と言われたので様子見ていたのですが、 おそらくお腹に何か病気があったのではないか、という疑いがあり 最期は苦しんでそのまま死んでしまいました。 発作が出て様子がおかしくなった時間帯が遅く、 夜間救急の病院を探し、電話しましたが ハムスターは何も処置できない。と言われ 泣く泣くそのまま何もできないままになってしまいました… ちゃんと検査してもらうよう獣医さんに言えばよかった、 苦しまないようにもっと何かできたんじゃないか、という後悔がずっと残っています。 そんな中、主人はどこか日帰りで旅行に行こう。 と提案してきたのですが、 忌中だから行くのは良くない、 私はあの子が苦しんでる時に何もしてやれなかったのに そんな私が楽しむことによって、 あの子があの世で 地獄に行ってしまうことになったり 嫌な気持ち、苦しいとか辛いとか、そういう目にあったら嫌だ。と伝えたら 関係ないよ、の一言で終わらされました。 私が楽しむことによって〜の部分は なんの根拠もないし、何でそんな考えになる、って思われるのは重々承知していますが、考え方を変えれないんです。 長々と書いてしまいましたが、 以上を踏まえた上で ご教授いただきたいのは以下のことです。 ・ペットの忌中に日帰り旅行はいいのか ・主人が提案してきたことに関しての 私の考え方はそのままでよいのか ・間違えていた場合、どう考え方を変えたらいいのか。 どうかご教授お願いいたします。

有り難し有り難し 4
回答数回答 1

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ