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性格は変えれますか?

私は管理職をしているのですが、自分の意見を言う事が苦手です。
そのせいか、自分が悪くなくても自分のせいになったり、自分が苦労する事が多いです。

自信がなさそうに見えたり、すぐ謝ってしまったり。変えていかないと自分自身が嫌になってきます。
何か良い方法や考え方はありますでしょうか?
宜しくお願いします。

有り難し 63
回答 5

質問投稿日: 2014年5月27日 14:57

回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

性格は変えられません。

投稿どうもありがとうございます。
まず言っておきたいのは、性格はそう簡単には変えられません。

坐禅会などに来られる方に、来た理由を聞いてみると、半数以上は
「性格を変えたいから」
と言われます。
しかし、数10分の坐禅で性格が変わるならば、今までの人生はどうだったのかという話にもなりますし、全ての過去を否定することにもなります。
とはいえ私も仏道修行に臨む前、自分の嫌な部分を変えたいと思っておりました。
しかし実際修行に行って、できることは増えていきますが、性格は一向に変わりませんでした。そしてしばらく修行をした後に「変わらない自分を認める」という観点に気づきました。

「変わらない自分を認める」というのは、自堕落になるということでなく、修正していくということでもありません。嫌な自分ときちんと向き合いながら、「工夫」していくことです。

 管理職をされているということですが、必ずしも理想の管理職像に向かって「修正」していく必要はないと思います。理想を目指すことで、自分との差を痛感し余計に落ち込んでしまうのではないでしょうか。
 それよりも、今まで「嫌」と思っている性格を利用して仕事に臨んだ方が、うまく進むのではないでしょうか。

例えば書かれていた
「自信がなさそう」→「力で押し通すのではなく、理論や行動で示す」
「すぐ謝ってしまう」→「丁寧さを強調する」
「意見が言えない」→「話をよく聞くようにする」
など、工夫により変化できることもあるかと思います。

嫌な部分を含めた自分のできるだけを使って生活していくことが、本当に「生きる」ことなのではないでしょうか。

それでも変えたいというのならば、唯一変えられるのは「習慣」です。
こうなりたいという習慣を、一週間にひとつずつでも実行していくことで、元来の性格とは別に、外に見える印象は変わってくると思います。
外に見える印象が変わってくると、自分の自信にもつながってきます。
習慣付けで大切なのは、厳しい設定をしないことと、一生懸命やらないこと。
習慣付くことで楽になる、安心することから始めてみるとよいです

まずはもう一度自分の元来の性格、社会的な見られ方などを善悪なしに観察し、工夫していって下さい。
あなたさまの今後の身心安楽な生活を祈念いたします。

3年10ヶ月前
回答僧

観音寺

大鐵

変えるのは難しいですが・・・。

 性格は変えれませんが、性格を足してみては如何でしょうか?ワシは何度も性格を変えるために努力と苦労、時間をかけてきました。でも無理、無理、無理でした。ある日思ったのは足し算ならいいでしょう。と思いました。積極性を足す。自信を足す。前向きを足す。それなら、自分を変えずに済むという楽な気持ちになりました。そうすると、人の良いと思った性格もそれほどでもないなあと思うようにもなりました。
 そして、今度は引き算をして、自分にとって良いことを残しました。でもね、一度入った性格はすべて引けないのよ。少しは残るの。だから、バランスが取れるのかもしれません。
 試してみて下さい。ガッテンするかしないかはあなた次第です。
 

3年10ヶ月前

性格なんてどこにあるんですか

性格というものは元々ありません。
私は引っ込み思案である、とか、積極的である、というのは行動・言動のデータを参考にざっくりと言っているだけであって、相手によってはハッキリ言えることもありますでしょうし、発言すべき所で静かにしているというのも実は本人の意思による❝選択❞でもあるからです。
よって、もともと存在もせず、ざっくりとした人格理解の為の表現でしかない性格とやらを変えるのではありません。
そのつどその都度の、言動、行動を変えればイイだけなのです。
あなたがその行動を選択している背景を観察することで行動を変えることができます。
禅宗では認めるな、と言います。
「自分は〇〇であるから」「自分は〇〇なので」という事を自分で頭の上で立てて、そうだと決めつけているに過ぎないのです。
事の実質は「行動しなかったか」「行動したか」それだけでしょう。
それを「上手にやったかどうか」は後の話です。
いうべき事を「言えたか」「言(え)わなかった」か、それだけです。
「言えなかった」というのは、逃げです、ウソです、自己正当化です。
「言わない」ということをあなたが選択しただけです。
もしくはウマく言おうとして、しどろもどろになった結果、うやむやにしてこれ以上自分のしどろもどろをさらすよりは、自分がやったことでイイや、ということを選択したのです。
どうです、実際の所、そうであったのではないでしょうか。思い返してみてください。
全部自分が選択した行動だったという事を認められれば、あなたは行動、言動、性格を変えることができるはずです。
キーワード それを「やるか」「やらないか」だけ。できなかったは言い訳。
上手にできる人というのは場数を踏んでいるだけです。毎回やらない人と異なって、毎回やって、実践、実行している人なだけです。性格というものはそういうものです。
ことばに騙されること無く、自分を自由を使えるようになって下さい。

3年10ヶ月前

本当に性格を変えたいと思っていますか?

おはようございます。
人は基本的に自分を変えたくありません。
変わることにものすごく恐怖を抱きます。
  
あなたは心の底から性格を変えたいと望んでいますか?
  
『決断』。「決めて断ち切る」という言葉があります。
  
あなたが本当に性格を変えたいと望んでいるのならば、
変わりたくないという気持ちは断ち切らなければなりません。
  
その覚悟はありますか?

3年10ヶ月前

性格も空であり縁起なるもの

名前未設定様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

性格でお悩みにて少し自信を失われて、自己嫌悪にも陥られているご様子・・

まず、この世においては、実体として成立しているものは一切無い、いわゆる「空」ということになりますが、「空」と言えども何も無いという「無」ではありません。確かに、私もあなたも存在していますし、私もあなたにも性格、気質というものももちろんございます。

そして、そのありようというものは、様々な因果関係や依存関係、つまり、「縁」によりて「起」こっている「縁起」として成立しているものであると考えることとなります。

問い「恐怖心から最初の一歩が踏み出せません。」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1002992579.html

『・・恐怖や不安というものは、実体としては無い、「空」なるものなのでございます。もちろん、実体として無いとは言えども、全く無い訳ではありません。また、そのような心が生じるのは、何もないところから生じることもありえません。必ず何かの原因や条件によりて生じていることであり、つまり、「縁起」なるものと考えることができます。そこで、その原因や条件をしっかりと捉えることで、その原因や条件を何とか改善させれば、きっとそのような心が起こることも何とか改善することができるはずであります。・・』

もちろん、性格も色々な原因や条件によって今の性格となっている次第ですが、今の性格となっている原因や条件をしっかりと調べて理解することにより、その原因や条件をより善くに変えることで、当然に性格もより善くに変えることができることになるはずではあります。

ただ、性格は先天的な遺伝的要素や脳神経回路の構造等による影響もあるため、遺伝子や脳神経回路を操作できない以上は難しいこともあるかとは存じます。

性格を変えたいとしても無理な面があるのも否めないですが、例えば、状況に応じて、前もっての対処ぐらいは可能なのではないかとは存じております。意見や考え方がうまく伝えられないとなれば、事前に文書・メール・メモとして表して提示しておくなど、誤解を避けるためにも主張すべきは前もってしておくというのも一つであるかとは存じます。

善処を祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

3年10ヶ月前

質問者からの有り難し - お礼

おはようございます。
迅速な回答ありがとうございます。
自分の意見を言えない事に対しては、
変えたい変えていかなきゃいけないと思っています。
都合良いですが…。自分に足りない部分を変えていきたいです。

ですが…。木内様の言う通り、全てに対して強く望むべきかもしれないです。
そうすれば今よりも変わってくるかもしれないです。

皆様のご意見ありがとうございます。投稿してから今に至るまでの間に自分自信が成長しているのか自問自答して頑張っていきます。

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