hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる

死後の世界について

回答数回答 4
有り難し有り難し 55

単純な質問ですが、天国や地獄というのは本当に存在するのでしょうか?

私は、地獄行き確定の事を過去に何度もしてしまいました。(仮に存在がなくても、してはいけない事をするつもりはありません)

過去の所業の後悔を少しでも和らげたいです。是非とも知恵をお借りしたいと思い、相談させて頂きました。よろしくお願いします。

2021年7月20日 11:29

この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 4件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

天国、地獄は、ここにあります。

天国や地獄という世界。麦茶さんは、死んでから行く世界とお考えでしょうか。
私は、決して死んでからいく世界ではなくて、今こうして生きている世界でも、天国や地獄を経験していると思います。もし、死後の世界にもあるならば(行ってみなければ分かりませんが)今の延長線上にあるのでしょう。

天国というのは、自分も周囲の人たちも、みんな幸せという状況でしょうね。分かり易く例えれば、健康で経済が安定していて、心が落ち着いていてお互いに信頼し合っている状況が、天国であり浄土であり極楽という状況でしょう。
反対に地獄は、怒り、貪り、闘い、嫉妬、不安、恐怖etc、マイナス的なことはすべて地獄の様相を表し経験しています。

ゆえに、死んでから行くというのではなく、今も常に経験している、又、してきたのです。だからこそ、真面目に正直に素直に生きることが大切なのです。
しかも、このような世界ゆえに周囲に流されることなく、生きることが麦茶さんの言われる「過去の所業の後悔を少しでも和らげたい」ことに繋がるのではないでしょうか。

2021年7月20日 11:52
{{count}}
有り難し
おきもち


日蓮宗のお寺で、名古屋市南区にあります。 ”お寺は生きている人のためにも...

まだ証明はされていないけど、

私は存在すると信じています。
どのような生きものも
阿弥陀如来が救ってくださって
お浄土に往生し成仏すると
私は信じています。

根拠は
そうあってほしいからです。

もしかしたら地獄があって
私もそこに堕ちるかもしれませんが
そうなったらその時に苦しめばいいだけのことで
死ぬ前から
死後の地獄のことで苦しむ必要はありません。

「葬送のフリーレン」という漫画のセリフを載せますね。
『 天国がたとえ実在しなかったとしても、
  あるべきものだと思います。
  そのほうが都合がいいからです。
  必死に生きてきた人の行きつく先が
  無であっていいはずがありません。
  だったら天国で
  贅沢三昧していると思ったほうが
  いいじゃないですか。    僧侶ハイター 』

2021年7月20日 13:16
{{count}}
有り難し
おきもち


和田隆恩
 浄土真宗(大谷派)/広島県広島市/17世住職。  1967年京都市生ま...

極楽との対比の地獄の話

こんにちは。

私は、天国と対比した地獄を知りません。
仏教で天国は、地獄同様の迷いの境涯ですから。
しかるに極楽との対比の地獄の話でしたら聞いた事があります。

極楽に往けるのは、ただ南無阿弥陀仏のお陰によってのみです。「過去の所業の後悔」は、あなたの人生にとって必要なステップでしょうが、それを深めたから極楽行きが叶うのではありません。また同様に地獄行きが回避できるのでもありません。

私は法話を聴くことを勧めます。

法話を聞けば、自らの業の深さに気づかされると共に、このような私を見放さずに極楽へとおっしゃってくださる阿弥陀さまのお慈悲の心が分かります。

阿弥陀様のお慈悲の中に生かされる人には、極楽があることはもちろんのこと、極楽行きのことも必ずや、と安心させられます。

つまり仏教徒として、極楽の主である阿弥陀如来様のお心に触れればご質問の回答は自ずと分かる、ということです。

2021年7月20日 11:46
{{count}}
有り難し
おきもち


釋 悠水(しゃくゆうすい)
浄土真宗本願寺派報恩寺住職(兵庫県三木市) 本願寺派布教使 元本願寺布...

死後の世界

麦茶さま

死後の世界は、色々と様々に行き先、自分の転生のあり方次第になって参ります。

浄土、天、修羅、人、畜生、餓鬼、地獄・・

仏教では、三千大千世界が一つの世界(イメージ的には宇宙が三千個集まってある感じですかね。もっと膨大かもしれませんが)で、娑婆世界もその一つです。

要はこの一つの銀河系のある宇宙だけではなくて、無数の宇宙、また、別次元(11次元まであることが証明されています)ももちろんありますし、更には、別の三千大千世界、例えば、極楽浄土や浄瑠璃浄土、他無数の浄土等など、行き先は無尽蔵にあると言えます。

もちろん、極楽に赴けても、阿弥陀如来様の説法が聞けて、修行に励むことができる存在として転生できているのかも、重要なことになります。(仏教を学び修せられる有暇具足に恵まれてあるかどうか。例えば、善根・功徳が少なくて、極楽に往生できたとしても教えを聞くことのできない境涯に生まれるということもありえるのであります。)

問題は、次生でどこへ行こうが、それを捉える自分の心(業)の状態次第になり、その世界の事象を捉える自分の心が汚れていれば、その世界は、汚れた世界に映えて、それにより苦しむことになります。極楽に往生できたとしてもです。

逆に、地獄であっても、心が清らかであれば、その世界は清らかな世界に映えて、それにより苦しむことはありません。

例えば、少し大雑把な比喩ですが、地獄でも、心が清らかで、他を助ける行いをすればするほど、その因果により自分も助けられて、たとえそこが地獄であっても自分にとっては極楽に映えた世界になりうるということであります。

つまり、その行った先々の世界を認識する自分の心の問題次第であるということになります。

このことは唯識思想における過去世からの心(の阿頼耶識)に薫習された習気(薫りが染み付いたようにそのモノコトを捉える習性)が、そのモノを捉えているという複雑な構造について学ぶと、そのことがよく分かるようになります。

まさに今からでも、心を清らかにしていく仏の教えを実践していけば、この世界を極楽に映えさせることももちろん可能となります。

仏教を学び修していって頂けましたら有り難くに存じます。

川口英俊 合掌

2021年7月22日 8:31
{{count}}
有り難し
おきもち


川口 英俊
チベット仏教 ツォンカパ大師中観思想・後期二諦説の研究 この度、仏...

「死後の世界・死んだらどうなる」問答一覧

死因による魂の行先

大好きな父を病気で亡くしました。 若いうちに私を産んだのに、きちんと育ててくれて成人させてもらえました。 私はパパが大好きで、ファザコンと言われる程仲良しです。父に限らず家族が大好きでしたが、父が1番の味方でした。私はインドアで1人が好きで、友達ですらも人と過ごすのが苦手で。 なので休みの日はいつも父と一緒でした。いつも私のワガママに付き合ってくれました。 急性と名のつく病気だったためありがとうもごめんねも言えず、どのくらい痛いのかどのくらい苦しいのか、何か伝えたいことがあったのかどうか、父の言葉も何も聞けず。 私はいつか絶対に父に会いたいのです。父と母からもらったこの身体と命を自分の手で無駄にしない為には、死後の世界に縋るしか生きる希望がないのです。 本題ですが、 自死をした場合は、天寿を全うした人達と同じ世界には行けない、即地獄行き、自死は罪なのでカルマがどうのこうの、沢山調べました。 これらは本当なのか、少しでも自死をする人を躊躇させるため減らすために適当に作られたものなのか。 そもそも死因によって魂の行先は変わるのか。 仮に私が自死をしたら、病死した父には会えないのか会えるのか。 知りたいです。 もちろん死後の世界のことは誰にも分かりませんから、私が見漁ったWebサイトよりも信用出来るお坊さんの考え方が知りたいだけです。 別に死ぬつもりも度胸もないので私を止めるための綺麗事は必要ありません。死について調べてる間に見飽きました。 自死でもお父さんに会えるよ!という返答が来たからと言ってじゃあ自死します!ともなりませんので、変に気遣わずそのまま元々のお考えを教えていただければ嬉しいです。 お忙しいところ恐れ入りますが、よろしくお願いいたします。

有り難し有り難し 46
回答数回答 4

関連する問答

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ

相談カテゴリ
-四苦八苦 SickHack!▼ 全カテゴリを見る