hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる

四十九日

回答数回答 3
有り難し有り難し 33

9月に主人を亡くしました

亡くなり葬儀まで3日間、我が家で夫婦水入らずの時を過ごし、その後家から運ばれる時には寂しくて辛くて、もうすぐ大好きな主人の顔を見ることも触れることもできないという事実に絶望でした

荼毘にふし、遺骨を祭壇におき、御花と御供え(お菓子や飲み物)を毎日して、毎日お話したりしてました。

葬儀が終わり、周りの家族が私にかわり四十九日法要の手配や納骨の手配をしてくれました。(先祖代々のお墓があり、そこに納めます)

四十九日法要のやり取りや、仏壇等の準備をしている時は『主人の為に』と少し前向きになれていた気がします

ですが、お墓に名前が彫りおわりましたと写真付きの連絡をもらい、それを見た瞬間に
『あと1週間で主人が家からいなくなっちゃう』と悲しくて涙がとまらなくなりました

お墓に掘ってある名前が、主人の新たな家の表札の様に思えて、もう私と一緒にいないんだという気持ちになりました

納骨なんてしたくない
ずっと私の側にいてほしい

だけど、四十九日法要の為にみんな動いてくれていて、あと1週間なのに今更納骨したくないなんて言えません
(手元供養で小さな骨壷やペンダントはあります)

御墓に納めた後は、主人はもう側にいないのでしょうか?

とっても優しい主人だったので、私が悲しんでいたら、前向きに生きれなかったら、主人は成仏できないのでしょうか?

主人の為に前向きに成りたいと思う気持ちはありますが、何をしていても虚しくて早く主人のもとへ行きたいと日々思います
(自殺願望はありません)

私はどんな心持ちで四十九日法要を迎えたらいいのでしょうか

私は主人の為に何かしてあげれますか?

長々と読み辛いことと思いますが、よろしくお願い致します

2021年10月30日 23:14

この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

骨より胸の内

>御墓に納めた後は、主人はもう側にいないのでしょうか?

そんなことないよ。
真宗では『往生』といいます。
喪失ではないです。

私の寺では無理に49日と決めず、家族がもう大丈夫というまで手元に置いてもらうようにしています。
49日よりも早く納骨を希望される方もいます。様々です。

といっても喪主の意向や地域、宗旨の違いもあります。それは仏道の習慣でなく人の都合で整えられた習慣ですから、違う視点から回答します。

お釈迦様は亡くなる前に『肉体は父母より生まれ食によって保たれるものだから滅びるのは仕方ない。でも教えは滅びない。これからは肉体ではなく教えを依りどころとせよ』と話されました。
納骨するのは骨でありご主人さまの全てではありません。

私は生前のお釈迦様や親鸞聖人に会ったことはありません。
でもお釈迦様や親鸞聖人の心は消滅することなく令和の私のところに至っています。

ご主人との思い出、ご主人に支えられた日々、ご主人からもたらされた恩恵は遺骨でなく、ポンさまの胸の内に在るものです。
墓(ハウス)に眠らせるものでなくポン様の心の中が住処(ホーム)です。

主人さまのところに往くことだけでなく、ご主人さまが還る居場所をご自身の中に用意することもポンさまができることです。

49日はまだ泣いてていい、悲しみに浸っていいと私は思っています。
それだけご主人さまの存在は大きいものだったんですよね。
100カ日法要を卒哭忌といって涙から卒業する節目ということもあります。
単なるカルシウム以上の意味があるとはいえ、骨だけが全てではありません。

ご主人さまの『存在』の往く先は墓でなくポンさまの胸のうちです。
心のフィルターに大切に留めてくださることを願います。

2021年10月31日 0:26
{{count}}
有り難し
おきもち

1973年生まれ。みずがめ座O型。1日1答を心がけます。 福井県社会福祉...
このお坊さんを応援する

現代の遺骨は遺品の一つ

と考えてよいと思います。
 49日法要の時に墓に収めようと言っていたのは、まだ野焼きで骨髄など残り衛生的に問題があるので、なるべく早く土に戻そうということでした。
 今は、お骨はカラッとカルシウムだけ残り、とても衛生的です。しかも、釈尊のお骨もみんなが欲しがったように、大切な人の体です。普通の遺品よりも重みがあります。気が済むまで、お手元、枕元に安置してよいと思います。
 拙寺では、今どきはご夫婦二人分揃ったら納骨しましょう、と言っています。仲の良い伴侶は、やはり一生の友です。もう気が済んだ、と思えるまで、お手元にある方が精神衛生上善いと思います。
 ご家族、ご親族にお気持ちを伝えてみてください。
 納骨するまで魂がさまようなどということはありません。心は心で、亡くなるととっくにどこかに生まれ変わって頑張っておられます。お骨は、遺品の一つです。

2021年10月31日 8:42
{{count}}
有り難し
おきもち

初期仏教というか仏教本来の教えを学びつつ、その在家信者のあり方から見た日本...
このお坊さんを応援する

宗教儀礼は故人の「人生の節目」でもあります。

 ぽんさん。私なりに拝察いたしますが、あっという間にご主人との別れから日々が過ぎましたよね。川が上流から下流へ自然と流れるように、そして記憶が渦巻くように、大海へ・・・。これは事実、不可逆なのです。
 ご主人との決定的な別れ、その初めは、医科の先生が「死亡診断書」という紙で行政に証明しますが、実際には・・・、奥様のこころの中で自明に生き続けていますよね、一緒に。そして、ぽんさんにとって、ずーっと心の根底に流れる川の水源にはご主人の存在があるのだと思います。
 私も他の回答ではここまで文学崩れのようなことは書かないのですが。何かと私も感慨深いのです。正直、納骨を先延ばしにされる方も中にはいますよ。だから、言いづらいかも知れませんが、先延ばしにするのも実際的には可能でしょう(不可能ではないということ)。でも、あくまで「先延ばし」であって、もっと苦しくなるのかも知れません。心理学用語に「対象喪失」という言葉があるそうでして、まさにこれを受け止める日々にあるのだと思います。不愉快にお感じになるのかも知れませんが、仏道の法事の習慣というオーソドックスなレールに乗らせてもらって、節目節目をしみじみと味わい、ご主人との思い出を振り返りつつ生きる。
 ぽんさんがあすに生きるためのご主人からの課題なのかも知れませんね。回答らしくなくて申し訳ありません。読み物として何か感じとってもらえれば有り難い限りです。決して、ご無理だけはなさらないように、選択肢は閉じられたものではないですよ。

2021年10月31日 0:57
{{count}}
有り難し
おきもち

~~~基本情報~~~ ● 不定期出没傾向にあり。眼瞼痙攣が酷い時はPCを...
このお坊さんを応援する

質問者からのお礼

泰庵様

納骨してしまうと、主人が私の元からいなくなってしまう気がしていましたが
『私の心の中が住処』と言っていただけて、主人はこれからも私と共に生きてくんだと思えました。

ありがとうございました。

清水 光明様

様々な法要を主人の為に行いながらも、その不可逆的な流れに私の心が追いつかず、今回質問させていただきました。

目の前の《納骨》という事にとらわれてしまいましたが、私のこころにいてくれてるんですよね。

主人を思い、日々を生き、再会した時に課題を渡せるように、私のペースでページをうめていきたいと思います。

ありがとうございました。

「法事・法要・49日」問答一覧

父は悲しんでいますか?

父が癌を患っていました。 幸い薬が効いており、体調も横ばいの状態が続いておりました。 まだ1.2年は大丈夫だろうと思っていた矢先で急死いたしました。 悲しみながらも、手続きやら準備やらでバタバタとしながらも 49日法要を無事に済ませることができました。 その49日でのことです。 法要当日、時間の少し前に 持っていくものなどがあり、兄弟が実家にあつまることになっておりました。 主人も少し早めに来てもらっておりました。 その時に、ささいなことで兄が腹を立て 少しきつい言葉を言いました。(いつもならそこまでキツい言い方はしません) こちらも周りを考えないでしていたことも 充分承知です。 が、兄の放った言葉に、主人が腹を立ててしまいました。 (元々すぐにカッとなるタイプです) 喧嘩にはなりませんでしたが、終始機嫌の悪い主人で。 何でこのようなタイミングで、腹を立てるのだ!と腹は立ちながらも 何とか法要までには、機嫌を直してほしいと思いましたが直してくれませんでした。 イライラしているな、と思いながらも 法要は始まりました。 何を思っているかは分かりませんが、焼香などはきちんとしてくれていました。 49日法要は故人にとってとても大切なものだと。 どうしてイライラした気持ちではなく、 穏やかな気持ちでしてあげられなかったのだろうと。悔やんでおります。 あの時、どうにか気持ちをなだめてあげれていれば良かったと。 父のために、穏やかな気持ちで49日を終わらせてあげたかった。 どんな気持ちで、こちらを見ていたのだろうと。 ただでさえ、心配ばかりかけていたのに また心配をかけてしまったのかな、と。 主人の気持ちは分かりませんが、 どうか父には安らかであってほしいです。 私自身は、終始安らかであってほしいと願いました。 主人と兄に少し腹は立っておりますが。 長く、支離滅裂な文章で申し訳ありません。 私たちがこのような気持ちで、父はうかばれていますでしょうか。

有り難し有り難し 3
回答数回答 1

入魂前の仏壇での三回忌法要について

初めまして。至らない文面があるかもしれませんが助言の方宜しくお願いします。 実家は真言宗大谷派です。 私は結婚して実家を出ているので母1人で生活しております。 今月末に父の三回忌法要が迫っている中、母が末期癌で高齢の為、今月から普段お世話になっている介護ヘルパーさんの事業所が持ってるターミナルケアのマンションに入居する事になり、私が仏壇を引き継ぐ話も出ましたが、どうしても仏壇は持って行きたいという母の希望で今仏壇はそこにあります。 実家からマンションに移動する前は魂抜き(名称が間違ってたらすみません)をして頂いたのですが、ケアマネージャーさんから母が今は元気でも末期癌の為いつどうなるかわからない状態なのもあり、もしもの事があればマンションを引き払う為すぐに仏壇を移動する事になるので入魂しても良いがすぐに移動が出来る様に三回忌法要の後また抜いてもらって下さいと言われました。 そこで家族に話しましたら、それなら入魂せず三回忌はお寺で法要をしてはどうかと意見もありましたが、母が闘病中でバタバタしており父の納骨も済ませていない為お骨が仏壇に置いてあるのと、お寺でする場合は母は参加出来ない為気落ちしてしまうのを懸念して結局マンションで法要する事になりました。 そこで相談なのですが、恥ずかしながらここ数ヶ月母の引越しや入退院等でお金が掛かったので私が入魂や法要等全てをいっぺんに済ませてもらうとなるとお布施の金額を払える余裕がなく、母は高齢で年金生活の為捻出するのは困難な状況です。 なのでそこのマンションから私が引き継ぎ移動した時までは入魂はせず三回忌の法要だけをしてしまうのは駄目な行為になってしまいますか? 法要をお願いするお寺に相談するべきなのですが、失礼な行為だったらと思うとなかなか言い出せなくてまずこちらで相談させて頂きました。 文才がないのでわかりにくいかもしれないですが、ご教授頂ければ幸いです。 宜しくお願いします。

有り難し有り難し 8
回答数回答 2

父の7回忌のことです。

よろしくお願いします。私自身も何度も助けて頂いております。皆さんの相談を開いて、辛いだろうな。と勝手に思い馳せております。 さて、4月母の命日におかげさまで、1周忌法要を終え。父の7回忌法要も、ご住職様のご予定、頂きました。5月11日です。ところが、今朝からかなり高い発熱があり、明日は仕事を休んで検査に行きます。もし陽性になったら、11日であると、5日静養のギリギリで悩んでいます。もし、ご住職にお伝えするなら、明日の検査が終わったら、すぐ相談します。5日目ギリギリだから、大丈夫じゃないかとか。いや、万が一にもご住職の感染になってまっては、大変かと思っていたり。お寺まで3時間かかるのど、何より命日に法要してあげたい。1周忌と一緒でもよかったのですが、ご住職の本来は別日が良いんですよ。と教えて頂き、私も誕生日も一生に1回だけど、亡くなった日も一生に1回(友達に笑われましたが)勝手な議論です。陰性であればなんの問題もないのですが。こういう時は延期を申し出ても良いのでしょうか。私しか法要に出向けず。父にも申し訳ないと思っています。3日ほど前、夢に母が出てきてニコニコしながら、家に帰るのか?と言われました。何か伝えたかったのでしょうか。長くなりましたがよろしくお願いします。

有り難し有り難し 3
回答数回答 2

菩提寺不明、法事を忘れた!

見つけてくださってありがとうございます。お恥ずかしい話です。 祖父の命日も三回忌もすっかり忘れてしまいました。そして、菩提寺不明、故人と私は違う宗派な状態ですが、宗派が違うお寺さんに拝んでもらってもいいのでしょうか。 私は、臨済宗妙心寺派の宗派です。 私の父方の祖父(故人)は、私と同居しておらず、おじ夫婦と一緒に暮らしていました。元々おじ夫婦は、私と同じ宗派だったのですが、おじが仏教系の新興宗教に入りました。祖父はわけもわからないまま、その新興宗教に入っています。 おじの新興宗教入会(?)がきっかけで、おじと他の兄弟で分裂し、音信不通です。 時間がたつにつれ、私の父は故人に、兄弟達は病気に、で、動けるのが私だけとなりました。 おじは新興宗教(先祖供養を大切にしている、とネットに書いてありました)に一生懸命な人なので、もしかすると、法事をしたのかもしれません。宗派によってはしないのかもしれません。しかし、歴代の同じ宗派の先祖の法事をやらなかったことを考えると、祖父も…と考えてしまいます。 三回忌も命日も忘れ、どうしようと悩んでいます。 三回忌に間に合っていないのに法事をしてもいいのでしょうか。 位牌もなにもない、菩提寺もわからないですし、宗派が違うのですが、お寺さんにお願いしてもよいのでしょうか。 唯一わかるのは、お墓です。 よろしくお願いします。

有り難し有り難し 5
回答数回答 1

亡き父の年忌法要をあげたくありません

年少のときに母が精神疾患を発病。 父は、大して面倒も診ずに放置。 母は医師の力でなんとか病気がおさまりました。 しかし私が小学生の時に再発。 その後20年間父は、精神疾患を抱えた母を自宅に放置しながら、 自分の給料をギャンブルと風俗につぎ込み、家にはお金を入れない状態が続きました。 私が成人したあと精神疾患について調べ上げ、入院と適切な治療が不可欠と判断し、きちんと面倒を見てくださる病院に入院。先生方のご尽力もあり、母は快方に向かいました。 その後、平穏な暮らしが戻りましたが、数年後に母は末期癌を発病。 母が他界するまで、積極的に治療にかかわろうとはしませんでした。 父は母の遺産をギャンブルで使い果たしました。 そんな父も数年前に他界。 家族を苦しめ続けた父を供養する気持ちなど、まったくありません。 墓石に戒名を刻みましたが、消したいくらいです。 骨も適当に海洋散骨したい気分です。 そんな父ですから、親戚の墓参はまるでありません。 墓は父方の墓です。母も入っています。 父方の先祖はあったこともありません。 相談です。 父の供養をしたくありません。父の先祖なんで知ったことではありません。 寺から知らない先祖の50回忌あげさせられて、怒り心頭です。 なぜ、知らない先祖の供養のために高い金払わされて、会社休んで読経聞かなければならないのか。 父方の先祖代々の墓を適当に処分して、愛する母だけきちんと年忌法要したいのです。 お知恵を拝借ください。

有り難し有り難し 4
回答数回答 1

僧侶として人として

父兄は曹洞宗の住職、副住職の僧侶です。 寺族である母が亡くなりました。 その後四十九日、秋春のお彼岸、一周忌、新盆。 何も連絡がありません。 伯母や従姉妹達にも連絡はありません。 亡き母の誕生日に孫達が実家に集まる事も拒否されました。 理由を教えてくれる事もありません。 こちらからの連絡は直接してはならず弁護士を通すように伝えらています。 法要とは故人を偲び、残された遺族が悲しみをのり越えて生きていくために、心の折り合いをつける大切な仏教行事であると思っています。 その機会を尊敬していた僧侶である父兄に一方的に奪われて 驚きと理不尽さと不安で心がいっぱいです。 今年は三回忌になります。 たぶん連絡は来ないでしょう。 お寺で産まれ、一生をお寺の為に尽力した母があまりにも可哀想で不憫でなりません。 今後、僧侶として檀信徒の方々に何を布教していくのでしょうか。 僧侶も人間です。 間違いも犯すでしょう。 保身に走りたくなる気持ちも分かります。 でも、逃げずに向き合う時は必要です。 やってない。俺じゃない。知らない。覚えていない。分からない。 と逃げ回っていても誰も解決などしてくれません。 誤魔化し、嘘をつき、欺くことをやめて 自分の立場を自覚して誠心誠意、他者に対して心を尽くす事を 人して僧侶として今生を生きて欲しいと思っていますが、 無理な願いでしょうか。

有り難し有り難し 23
回答数回答 2

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ