みんな大好き 論破やカネについて
ひろゆき氏や堀江貴文氏のお金の考え方について。
今更ながら彼等の考えは間違ってはいないと個人的には思うが、お坊さんの立場では彼等のような人達をどう捉えているものなのでしょうか?
例えば、ごく一部引用すれば
ホリエモンは有り金なんて全て使え。そもそもお金なんて要らない。なんでお金が欲しいんですか?という考え。FIREなんてボケ真っしぐら。非常に同意。
仏教ではお金はこの世でだけのただのツールに過ぎない。という点でも合致している?
みんな大好きひろゆき氏はネットライブでみんなの質問に片っ端から論破し、たしかに間違った事は言っていないし同意。だが。。
お金が沸くシステムはとっくに確立され、日常生活は節約とほぼお金を使わない生活だそうです。素晴らしい。
両者ともお金に振り回されない考えは素晴らしいとは思います。自分には到底マネーできませんが。
現世は先の短いご老人方の既得権益(政治家含む)が間違ったルールを作って貧困者から血を吸う仕組みになってる為か、どうも若い世代にお金が行き渡ってないし、今後も同じ黒歴史を繰り返す事でしょう。
煩悩とは、欲望、執着、怒りや迷いなどの原因になるもの。
お坊さんからの回答 2件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
「論破」にはあまり興味がありません
こんにちは。
あなたが挙げているご両名が、世論に一定の影響力を持っていることは存じています。「みんな大好き」かは分かりませんが、他者を「論破」する姿勢を好ましく思う人がいるのは事実だと思います。
ただ、私はこのご両名の言っている具体的内容を知りませんし、この先も恐らく聞くことはないでしょう。人生という限られた時間を何に使うか、そう考えれば考えるほどお二人の主張に割ける時間、優先度は限りなく低いです。そうですね、仏教を聞く時間、お参りする時間、家庭のことに掛ける時間、趣味の時間・・・具体的に考えるほどにご縁が無さそうです。
お釈迦さまは、人間はあればあったで悩み、無ければないで悩むものだと説かれています。お金、所有物、皆そうでしょう。自分中心にものを考え、自分を飾り立てんと苦悩する人間の姿は紀元前も、紀元後も全く変わりません。その根本的な苦悩について仏様と共にどう向き合っていくか、これが目下のそして人生全体の課題であり続けます。
議論は大切です。
意見を交換することは相互理解の第一歩ですから。
しかし、「論破」というのは、正「論」で相手を「破」るという行為です。正誤を明らかにする目的のものです。「論破」が「みんな大好き」というのは、この相手の誤謬をやり込めたことについての喝さいがあるからだと思います。
政治、経済、社会の在り方に議論があるのは大変結構です。
しかし、それは互いに成熟して高め合ったり、理解しあったり改善を図るために行うべきのであって、自らを正、相手を誤とする(時にそれは自尊感情を満たすという意味で中毒性を持ったものです)ために行うのは大変危ういことです。
それは、ともすれば、先の述べたように自らを飾り立てるためにする、いわばためにする議論になります。つまり、論理武装をすればするほど、ますます迷いを深めることに陥るという幣が「論破」には含まれていると思います(ただし、このお二人がそうだとはいいません)。これは「論破」する人も、「論破」を心地よく思う人どちらとも考える必要のある注意点だと思います。
これらの危ういバランスに自覚的になるために、まずは仏教は基本です。自らの煩悩の在り方を仏様に見せていただく必要があるからです。このため、私は「論破」する人にはあまり興味がなく、時間を割くべきとも思わないと申しました(字数制限)
正論や正義の剣よりも 何だかよくわかんねぇけど癒される花🌸
正論を追求していくとどうなるか。
結局、論。言い分。主張。
もう少し言えば「そういう言語表現がなりたって周りの人は何も言えなくなっちゃうけどみんなが笑顔にはなってない」ということに尽きませんかね。(*´▽`*)
論としては立派なのです。
ディベートとしては実に優秀。スグレモノ。結果至上主義としても誰も文句は言わないものでしょう。
ですが、それが学校教育や家庭教育になるとなるとパパやママとしてどうか。
別にお金や論破力がなくてももっと人から好かれるのは何もつんつんしたことを言わないやさしいばぁちゃんだったりするもんです。
お金をいっぱい集めた人たちが豪遊するお店も結局は優しいことを言ってくれるおねーちゃんだったりすると、お金よりも偉大なのはやさしい癒しの力。お金払ってでも本心が欲しがっているお金では手に入らなかった本当の愛。やさしさ。
人間は自分を守る心があるからこそ、守るためにも攻撃的にもなり、バシッと正論・正義を突き付ける見事な武器やスキルも身に着けるようになる。
私は昔の坊さんが僧兵になったり、少林寺拳法とかイミフでしたが、中国や日本の昔の歴史を勉強したり、今の世界の現実を見つめてみると「防衛は必要だ」と考えを改めるようになりました。勿論、攻撃的なことはおかしなことです。ですが、世の中が悪意やご都合主義や独りよがりな正義やご立派で強大な偏狭主義思想に染まっていって、そっちの勢力が主流になっていくようなことがあったら、きちんとそういうモノよりも立派な精神できちんとした防衛を持たなければ、口の上手い権力を持った人間に世界中の良いものまでもが破壊されてしまうと感じました。
世のなかには誰だって正義の心や世直し精神を持っているアツい人がいる。あるいは、菩提心、求道心、救済精神を持った厚切りソウルな人もいる。でも、私の友人がそうでしたが、その正義心や世直し精神を不完全な主義思想に扇動されて、自分たちを守って、育ててくれたものに対してまでも攻撃的になってしまうようになれば、それはちょっと違うと思うのです。剣や刃は人を傷つける。ですが、花は人を傷つけない。せいぜい花粉症ぐらいなものでしょう。
どっちが前とか後ろも無い。存在自体が無常にして無我。もともと名も無く、相手を選ばず誰かを癒す。そういう活動、そういう存在に目を向けていく。すると、ん、論じゃねぇな🌼ということがわかる。
質問者からのお礼
いつも丁寧なご回答頂き感謝致します。この質問について自分がフワッと抱いていた事を明確に言葉にして頂き霧が晴れました。また質問中「みんな大好き」というのは「?」を付けた方が良かったと自己反省してます。お察しの通り皮肉を込めて記しました。
◼️釋 悠水さま
「論理武装をすればするほど、ますます迷いを深めることに陥る」という回答部分には特にハッとさせられました(勿論、良い意味です)
基本は仏教。わたしも以前仏教を知ってから、知る前と後とは「全て」の物事に当てはまる、改めてホント日常に役に立つ教えだなと痛感しました。
でも日々わたしが目にする功利主義的な考えに心が揺らぐ事があり質問いたしました。基本は仏教。忘れそうになる前にまた読み返します。感謝致します‼︎
◼️丹下 覚元さま
「正論や正義の剣よりも 何だかよくわかんねぇけど癒される花」
なんて温かみのあるお言葉でしょう。本来誰しもある心なんですかね。
回答内容を拝読し我に帰りました。永久保存の有難い文章で感謝いたします‼︎
初心に戻り励みになりました。また一歩づつ歩んでゆきます。