往生還相について
最近、家族を亡くして仏教の本を読むようになりました。
浄土真宗では、浄土へ往生すると、またこの世へ戻り人々を救うとあります。
浄土へ往生できても、また苦しいこの世へ生まれ変わるのでは、救われた気がしません。還相が、前世で学べなかったことへの機会が与えられる慈悲ということでしょうか。また、現世に戻って生きるなかで、ある人にとっては、私の行動が救いになるということでしょうか。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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「還相回向」とは仏と成りて再び娑婆へ還り有縁を導く教えです。
拝読させて頂きました。
ご家族を亡くされ、淋しいことと拝察致します。しかしそのことが縁となり、浄土真宗をひもとかれたのは尊いことと思わずにはおれません。
浄土真宗に説かれる「二種回向」、阿弥陀如来の本願力(必ず救うという誓い)によって、この世の縁尽きれば、浄土往生を果たし(往相回向)、直ちに仏と成って有縁を救いの道へ誘うべくこの世へ還って来る(還相回向)という教えです。
浄土往生を果たせば、この世の苦しみの一切から離れられ、今ここで感じているような不安感を抱くこともありません。
救いを悦ぶ身となって、阿弥陀如来のお手伝いをさせて貰うのだといただいています。その理が《この世へ再び戻って来る》ということです。
これは決して、再びこの世へ生まれ変わるということではありません。なので先に逝かれたご家族は、この世の我々には見えないけれど、今は仏と成って貴方を守り導いて下さっています。いずれ貴方も人を守り導くその身となるのが浄土真宗の教えです。
《追記》
恐縮するお返事を有難う御座います。拙い回答で、少しでもお役に立てていればと思っております。
人間とは、とても弱い生き物です。常に不安を抱えて生きているものです。ご家族のことを思えば、神社参拝やお神籤に頼らずにはおれないことは、とてもよく理解できますし、無駄な時間ではなかったと思います。
そういう私たちの現実や迷い、不安も受け入れて下さるのが阿弥陀如来の大慈悲心だと思います。
『歎異鈔』を学び始められたとのこと、嬉しく思います。私も折にふれ、ひもといております。
《追記》
おきもちを頂戴し、重ね重ね恐縮しております。大変有難う御座います。ともに浄土真宗を学ぶ仲間でありたいと、心から願うばかりでございます。有難う御座いました。
浄土で悟ってからの還相
お釈迦様は、菩提樹の下で悟られて全ての悩み苦しみから解脱された後、40年以上にわたり人々のために教えを説き続けられました。
還相は、私達もお釈迦様のように、悟った後に、自らは成仏して幸せになった後に他人を救うものです。
成仏した後なので、自分自身の悩み苦しみは亡くなった後なのです。
また、極楽浄土では悟る(成仏)だけでなく、六神通を得られます。
つまり、他人を救うための能力も得られるのです。
質問者からのお礼
早々のお返事をいただきありがとうございます。
とても分かりやすい説明をいただき安心しました。
家族の闘病中は、全国の神社参拝やお守りをいただき、お御籤に一喜一憂しておりました。神社参拝が悪いとは思いませんが、もっと違う気持ちの使い方をすれば良かったと思っております。
浄土真宗の門徒でありながら、他力本願の内容すらあまり考えたこともなく、簡単に解説された歎異抄を読み始めた次第です。
僧侶、正看護師とご多忙のなか、悩みのある方に回答をされていることに敬慕いたします。ありがとうございました。
願誉浄史 様
ご回答をいただきありがとうございます。
還相することきは、六神通まで得られるとのこと、とてもありがたく感じました。
多くの仏が還相されて、私たちを見守っていただいているものと理解しました。
阿弥陀如来の本願力を疑ってはおりませんが、この世の中が見守られていると感じることは難しく、これからも学んでいきたいと思います。
ありがとうございました。