すぐに質問する人vs自問自答の私
大学の同期に1人、私とは完全にバックグラウンドと思考回路が違う非常に優秀な人がいます。
挙げればキリがないほど、彼女の持つ羨ましい部分があります。特に「なんでもすぐに質問する」点が凄いのです。内容も伴っている質問なので、しばしば私は彼女のする質問内容も理解できません。
一方で私は、自問自答型の人間です。納得まで時間はかかりますが、理解の深さは多少自負していました。しかしそれも、彼女に出会うまででした。なぜ私は質問ができないのか?理解が遅いのか?彼女と同じ場で議論をする度に不甲斐ない気持ちでいっぱいになります。おそらく地頭で負けているのです。
つい先日、私が興味関心を強く持っている分野の有識者が講演をしました。面白さに圧倒されていた時に、彼女が一言「なんか〜私もこういう研究してみた〜い。」簡単に言わないでほしい…ムッとした直後私は、彼女と情報交換できる関係になったら楽しいかもしれないと思いました。それと同時に、彼女はきっと成功し、私は成功できないだろう、という心の声を無視できませんでした。
ストーリーが長くなりすみません。隣の芝生は青く、相手の武器は輝いて見えているわけですが…質問したいことは2つです。
①彼女とどういう関係性でいるのが最善なのか?
②自分の武器を磨くことに集中すべきか、彼女の武器を(たぶん向かないけど)自分の要素に取り入れていくべきなのか?
不透明な内容と駄文で恐縮です。
宜しくお願い申し上げます。
大学3年生(地学専攻)/1人っ子/素直な頑固者(祖父に似てる)/多趣味/友達が少ない、1人の親友&人生の先輩で多く師匠がいます。
尊敬できる人にしか興味を持てず、人とのいい塩梅な距離感を掴むのが苦手。自己肯定感が低く、他者から褒められると余計に自己嫌悪。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
① とりあえず、彼女とは張り合わない。
あなたと彼女は違う生き物。
それを理解。
張り合うことを望むなら、それは仏の道ではなく、修羅の道を歩むことを選んでいることを自覚してください。
②その上で彼女から学ぶものがあればそれを身につける。
万能の武器はないです。
自分自身の武器を磨くために他者から学び成長することは必要です。。
狭い視点で優劣や善悪を論じる必要はないです。
多様性が謳われている令和は人間そのものの優劣を論じる時代ではありません。
他者との張り合いや優劣、マウントに使う偽のプライドは早く脱ぎ捨てるべきです。
本当のプライドは徒に敵をつくるものではなく、自分が守るべきもののために使ってください。
真宗は愚者から学ぶ教え。
患者がいなければどんなに賢い医師も職を失う。
自分に自信を持ってください。
応援してます。
善友に親しむ
初期仏教では(特に智慧や道徳心において)自分より優れている人とこそ交流すべきと勧めます。そういう人を善友と呼びます。同等な人とばかりつるむと、楽でも成長はないでしょう。劣った人には、導いてあげるべきですが、つるむと、自分も堕落します。
つるみ方は、四六時中一緒とかベタベタとかでなくて、まあ、仲の良い先輩、という程度で十分です。歳は関係なく。
しかし、こちらは食らいついていいのですが、相手は、自分より劣っている私を友人?後輩?と見てつるんでくれるでしょうか?
こちらの資質次第です。まず、道徳的にはごまかしのない人格を目指す、智慧の面でも向上を目指す、そういうやる気のある人と、優れている人は接したくなります。教え導いて相手の成長を見るのも楽しいものです。けっこう、相手にしてくれるものです。
相手の良いところを認めて、自分が学ぶべき点を把握して、しかし劣等感や負い目ではなく、相手を「あなたはすごい。私の目標だ」と宣言できるくらいあっけらかんと、積極的に接触すればよいと思います。
成長できるのも堕落できるのも、人間だけの特徴らしいです。畜生道でも天界や幽霊でも、ただ一生涯、前世での業をつぶすだけのようです。成長を目指して励みましょう。
質問者からのお礼
泰庵様
読んでいただき、また回答をありがとうございました。
確かにそうですよね。張り合わないと心して彼女と関わりたいと思います。プライドを捨てなければいけませんよね。また万能の武器はないとの言葉、刺さりました。自分を大切に、頑張ります。
藤本晃様
貴重な教えをありがとうございました。実践するには私がまだまだ未熟であり、自分に余裕がないと難しいだろうと思いましたが、理想像として意識し彼女に働きかけてみます。ありがとうございました。