仏教における「目的」の扱い
仏教では「目的」をどう捉えているのかを知りたいです。
・目的を持つとはどういう状態なのか?
・目的を持つメリット
・目的意識を持つには?
・「目的」の解像度を高めるには?
などを、仏教的な観点から知りたいです。
しかし「仏教 目的」といった検索をすると「仏教が目指す最終的な目的とは」などの解説が多く…
仏教では「目的」や「目的意識」を、違った言葉で表現するのでしょうか?
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
仏教の目的は明確
仏教の目的は明確です。
私たちが生活する中で目的の無いものってありますか?
朝起きたら顔洗って歯を磨きますよね。その目的は洗わないと気持ち悪いし人にも会えないからですよね。そして、学校や仕事に行きますね。学校は勉強する目的、仕事は生活費を稼ぐ目的や生きがいを達成する目的。遊びに行くのは自分の満足感を得る目的。つまり私たちの行動は全て目的が有り成り立っています。
ですから当然仏教にも目的があります。
仏教はお釈迦さまが説かれた教えです。お釈迦さまはインドの釈迦族の王子であったけれど人が苦しむ姿、病気や老い、そして最期は死んでいかねばならない事など全ての苦しみから逃れる為にはどう考えたら良いのかを知ると言う目的の為に王子の身分を捨てて出家するのです。
つまり仏教の基本的な目的は人生の苦しみを無くして平穏に暮らす事です。
これを「抜苦与楽」(目的1)と言います。
そして、更に私たちが生きているからには当然「死」を避けることは出来ません。死ぬと言う事は究極の苦しみかも知れません。何故なら動物も植物も生きている事が最重要と思われるからです。ですから自然と生きる為の本能が備わっています。勉強しなくても種の保存と言う本能が備わっています。
ところが「死」と言う概念を持つのは人間だけです。どんなに死にたく無い時思っても必ず死にます。
お釈迦さまの時代のインドの宗教はバラモン教と言います。バラモン教では必ず生まれ変わる(輪廻転生)教えです。その教えがあるからカースト制度が成り立つのです。つまりカースト制度では運悪く奴隷に生まれた人は悪い事もしていないのに一生奴隷のままです。しかし、その奴隷制度に不満を持てば反乱やクーデターが当然起きるはずですが起きません。それは、輪廻転生を信じて一生懸命奴隷を頑張れば次は平民に生まれることが出来ると教えられるからです。カースト制度が成立するにはバラモン教の輪廻転生が必須なのです。
しかし、お釈迦さまは輪廻転生があるとして例え奴隷が次に平民に生まれ変わっても、貴族に生まれ変わっても、王族に生まれ変わっても「生老病死」の四苦からは離れる事が出来ないと悟るのです。
そうであれば、輪廻転生から離れる、つまり生まれ変わらないのが幸せという結論になります。
すなわち輪廻転生せずに「成仏」する事が究極の目的なのです。(目的2)
以上二つが仏教の目的です。
拝
目的は厳密には目標の先にある最終的に目指すところとなります
実は
仏教ではあまり遠くの夢を見るような事を勧めません
それは仏教は嘘をとても厳しく禁じるからです
私達
夢や目標を持てと学校では教えてもらうのですが
正しい夢や目標の立て方を教わりません
仏教的に正しい夢や目標の立て方とは必ず叶えられる夢や目標である事が重要となります
これは嘘が嫌われる故
必ず叶えられるとなると
目標は明日から早く起きようとか
電車では席を譲るとか
そういう事になります
漠然としていて具体性のない夢は
野球選手になりたいとか
モテたいとか
幸せになりたいとか
妄想を孕みます
妄想は人を駄目にしてしまいます
嘘を仏教では妄語と言います
妄語は妄想を生み出す原因として嫌われる訳です
さてそう考えますと現代社会は殆ど妄語に満ちていると見る事も出来ます
例えば
進学は試験制ですので
「絶対」がありません
どんなに努力しようと確率的問題があります
就職も全く現場を知らずに
なんとなくそこに夢を抱きながら入りますが想像との結局は夢を抱くとギャップに苦しむ事になります
社会システムが悪いという話ではなく
自分で正しい目標の定め方に変えていく必要があるというお話です
・目的を持つとはどういう状態なのか?
目的を持つとは妄想や執着を内包し
しかも叶えられない危険性がある状態
正しい目的の持ち方は必ず叶えられる
優しくなるとか精神的な高みに至った人を目指すというようなものであれば善い生き方に繋がります
・目的を持つメリット
正しい目的を持つ事で生きる方向や己の道が見えてきます
・目的意識を持つには?
目的意識というのは少し意味が曖昧になりますが
目的を叶えるための行動に伴う精神的決意と考えます
この状態の時人は余計な事が目に入らないようになる集中した状態にあると思います
我々の世界で言えば修行や精進の意識と言えるかもしれません。
・「目的」の解像度を高めるには?
最後にこの質問は素晴らしいですね
目的の解像度を上げる訓練としては
できるだけ近々の目標とする事です
そして何度も言うように決めた事を必ず叶えていく事によって肯定感やイメージやスキルが身につきます
すると少しづつではありますが
遠くの目標でも解像度が上がり叶えられるようになります
合掌
質問者からのお礼
ご回答ありがとうございます!
「目標」と「目的」の違いを教えていただけて、自分の中でモヤモヤしていたことが腑に落ちたように思えました。
「目的」というと漠然と大きな夢の意味合いになってしまうのですね。
目標と目的を混同して考えていたので、分けてさらに思考してみようと思います。
また、仏教そのものの目的についても詳しく教えてくださりありがとうございました。