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親の死が近く、自分の命も不安に

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はじめまして、よろしくお願いします

母がこの度進行癌になり、余命がある程度わかる状況です

母60代、私30代の男性ですが、仲は良く
同居しながら自営で仕事をしていた矢先です

質問としては、母の死を意識すると
私の命までそこで終わってしまうかのような
恐怖感が強く、これは異常なことなのじゃないかと

仏教、浄土、愛別離苦、色々な見方から
自分も、強く生き抜きたいですが、
どうにも気持ちが生死から離れません

母をしっかり見送り、先を過ごせるよう
何か教えをいただけませんでしょうか。


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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

お母さんの命はお母さんだけの命

お母さんの命はあなたが生まれる前からずっとまっとうされてきた命です。
この世であなたを誕生させ、今日まで見守り続けてくださいました。
恩に報いんとするに酬いがたいものがありましょう。
できる限り近くに居て差し上げてください。
孝順の心、報恩のまことをつとめましょう。
小さい頃のあなたの事、お父様のことなどいろいろ尋ねられると良いでしょう。
亡くなられてしまってはお話ししたくても直接お話しすることはできなくなります。
一休さんもお母様に平たい言葉で仏の教えを説き聞かせたと言います。
仏の教えを説き聞かせるとは、質問者様にとっては、お母様の一番の苦しみを取り除いて差し上げる事を言います。
今後自分にどう生きてもらいたいか、お母さんが亡くなられ後、どうして欲しいかを坊さんから聞いておくように言われたと、お伝えし、お母様のお心を引き出して差し上げてください。
親子だからこそ話せないこと、話しがたいことがあると思います。
どんな些細なことでも互いにうち明かして赦し合って、感謝の気持ちを捧げ合うことこそ、最上の親子関係ではないでしょうか。
あなた自身の死はあなただけのものです。
あなた自身の生はあなただけのものです。
生あるうちに生老病死の苦しみを超える、離れる、解き放たれる心の在り方を求めて、探究して、学び、得るべきです。

曹洞宗では葬儀の際に初めにこのように説きます。
「三界に流転する中で、恩と愛の心を断つこと能わず。然りと言えど、恩愛に執着する心を離れ無為(悟り・正覚)の心に入るものは、真実の報恩者である。故に(互いに)仏道を歩みなさい。」
死を、別れを、そして恩愛の心を超える、昇華する、最上のものにする、ということがあるのです。

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諸行無常

まーくん、こんにちは。
お母様がご病気で、何ともやりきれない状態かなと拝察いたします。
ガンで死ぬのがいいと言っていた医師がいました。
それは何故か。死ぬまでの準備が出来るからだと。
人はこの世に生まれた以上、必ず死を迎えます。
誰でも死を意識すると恐いものです。
あのお釈迦さまでさえ死にたくなかったので、必死に不老不死を求めました。
まーくんは、お母様の死を見つめると同時に、自身のこれからの生き方を見つめる絶好のチャンスに居ると私は感じます。
人の命は時間で出来ています。
ならば1分1秒も無駄にせず、与えられた時間を人として精一杯生ききることが、この世で与えられた人としての役割ではないかなと私は感じます。
あせることはありません。
ゆっくり時間をかけて自分の生き方を見つめてください。

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おきもち


有坂脩岳(しゅうちゃん)
『般若心経』を梵語(サンスクリット語)で読める日本でも珍しいお坊さんです。...
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「死ぬのが怖い・死恐怖症にお坊さん知恵袋」問答一覧

死の恐怖への対処法

いつもお世話になっております。 死への恐怖が強く、以前よりご相談させて頂いております。 私は、本当に死ぬのが怖いです。 なぜなら、死んだ後どうなるか分からないからです。 仏教の中には、死後について細かく書かれている本や考えもあるとご教示頂き、いくつか拝読致しました。しかし、大変申し訳ないのですが、信じることができませんでした。 死んだ後帰ってきた人は居ません。ということは、少なくとも私の今生きている世界では、死んだあと私の意識がどうなるかについて明確な根拠と理論を持って説明できる人は、いらっしゃらないのではないかと考えてしまい、信じられませんでした。 次に発想を変えて、恐怖心を消すことを考えました。死ぬことは変えられなくても、死の恐怖さえどうにかなればいいと思い、怖くなったらお念仏を唱えるように致しました。仏様にすべておまかせするという考えです。しかし、これは一時凌ぎで、恐怖が何度もぶり返すようになってしまいました。死が「自分ごと」だと認識すると怖いのです。お念仏を唱えている間は、死が「他人事」のように感じられて、死が遠くにあるような感じになり、一時的に怖くなくなります。きっと、私のお念仏のやり方に、何か間違いがあるのだと思います。 私は今、なぜか、ここに生きてしまっています。生きているから、いつか死ななければなりません。 どうしようもなく恐ろしいです。 いつかくる死に怯えて、気が狂う程の恐怖に、毎晩叫んで、ジタバタしてしまいます。もう、本当に、生きているのがつらいのです。矛盾していますが、この恐怖が本当に本当に耐え難く、こんなに恐ろしいなら死んでしまいたいと思う毎日です。 今回の質問が、仏教に対して失礼でしたら、本当に申し訳ありません。私は仏教が好きです。出会えて良かったと思っています。また、今までご回答頂いたお坊様方、本当に感謝しております。ご回答頂いたのに、前進できない愚かな私で申し訳ありません。 支離滅裂な文章ですみません。ここまで読んで頂き、ありがとうございます。 私はこれから、どうしたらいいでしょうか。 毎日「この世界に生きている」と実感するたびに、「いつか死ぬ」と恐怖で発狂するこの状況を解決する方法を、どうか教えてください。ここから私は、次に、何をしたらいいのでしょうか。

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孤独死が怖いです

こんにちは。私が恐れていることを聞いて下さい。 私は、自分が迎える最期は孤独死なのではないかと思い、恐怖しています。 自分が孤独死すると思う理由は、2つあります。 1つ目は、これまで誰も、私に恋愛関係になろうと言い寄ってこなかったからです。 私が学生でいられるのは、今年が最後です。 しかし、私には恋人ができたことが1度もありません。 世の中の学生同士のカップルの話を耳にする度、 自分はもうずっと恋人を作れないのではないかと不安になります。 社会人には恋愛に割く時間などないのではないか、 自分には魅力がないのではないかと思ってしまうのです。 2つ目は、私が一人でいるのが好きだと自覚したからです。 私は、昔から人見知りをする子でした。 大学進学を機に地元を出てからは、久しぶりに地元の友達と会っても、 以前のように心から楽しむことができなくなりました。 また、大学で新しく友達をつくることにも苦労しています。 ふとした瞬間に一人でいる気楽さを優先したい自分を認めてしまいます。 以上の2つの理由から、自分に伴侶ができる未来を想像できなくなってしまいました。 生涯独身を貫き、果ては独居老人となるのではないか。 死後しばらく気づいてもらえず、体が腐り、虫が湧いて初めて片付けてもらえるのではないか。 そういった不安が常に頭に浮かんできます。 これを読んで下さった方、どうかご意見をお聞かせ下さい。 お願い申し上げます。

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恐怖を忘れることは良いことか?

お世話になっております。いつも温かいご回答を頂き、大変感謝しております。ありがとうございます。 今回お聞きしたいのは、「恐怖を忘れて過ごすのは良い傾向なのか?」というものです。 以前より、死の恐怖を克服する方法についてご教示頂いております。怖くなったらお念仏を唱えたり、仏教に関する本を読んだりして、少しでも悟りに近付けるよう勉強しています。 その中で、以前よりも、恐怖を感じる時間が少なくなっていると感じます。しかし、決して死が怖くないわけではなく、ただ別のことに気を取られて恐怖を忘れているだけなのです。 日々が忙しくなるとそのような「忘れている時間」が増えていくのですが、隙間の時間に死の恐怖を思い出して、絶望感に苛まれます。 そこで、 ・死の恐怖を忘れている時間は、仏教の修行的にはあって良いのか?それは、克服へと繋がっているのか? ・それとも、何度も恐怖を思い出し、その度に勉強したり念仏したり…と繰り返す方が好ましいのか? の2点について、ご教示願いたいです。 どうしても、文献に触れたり念仏を唱えたりすると、死の恐怖を連想してしまうので、精神的に疲弊してしまいます。そのため、どうでもいい娯楽で恐怖を誤魔化してしまうこともあります。 一方で、死に対する絶望感から、「早く死の恐怖を全く感じないようになりたい」と思い、つらくても修行した方が良いのか、と思うこともあります。 また一方で、自分のしたいことは「死の恐怖の克服」だけではなく、ほかの勉強や趣味にも勤しみたいので、少なくとも現状では、やることを仏門修行だけに絞るのは避けたいと思っています。 長文かつ、わかりづらい文章になってしまい、申し訳ございません。お時間ある時で構いません。ご教示頂けますと幸いです。

有り難し有り難し 12
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死ぬのが怖くなくなりたい

以前からお世話になっております。 死後のことや、仏様のことなど、さまざまなことを知識として取り入れさせて頂きました。少しだけ理解できた事もあります。本当にいつもありがとうございます。 それなのに、こんなに教えて頂いても、頭ではわかるけど怖い気持ちが消えないのです。本当にすみません。 転生してもしなくても、死後がどうなるとしても、自分が他のものに変容して、今の自分には戻れないと思うとどうしても恐ろしくなります。 世界が「有る」のも気持ち悪いです。いつか消えるのに、今だけは「有る」なんて理解できません。かといって、有る、無いも何もない、というのも実感としてわからないのです。 仏教が好きですし、仏様を信じさせて頂きたいという気持ちがあります。仏様が私の意志に関わらず救ってくださる、ということも頭では分かっています。 それなのに、どうしても怖いのです。 そして欲深くも、「今すぐに死の恐怖を消して、その先ずっと怖くない、絶対の安心を手にしたい」と思ってしまうのです。 その割に、「実感のない事」が信じられない自分も居ます。ですが、「救われた実感」なんてものは幻想で、そう思ってる時は救われているとは言えない、というお言葉も目にしました。 仏教の教えについても浅学で、失礼なことを言っていたら本当に申し訳ありません。 恐怖を消す方法なんて無いかも知れません。ですが、この恐怖を、もはやどうしたらいいのか自分ではわからなくなってしまいました。 今すぐ死ぬのが怖く無くなって、その先ずっと安心になるには、具体的に私は何をしたら良いのでしょうか。 毎日怖いです。なんでこんなふうに自分が存在して、存在することにも消滅することにも恐怖してしまうのでしょう。恐怖さえなくなってくれれば、と思わずにはいられません。 支離滅裂な文で本当に申し訳ございません。 お時間ある時で構いませんので、皆様のお考えをお聞かせ頂けますと幸いです。

有り難し有り難し 15
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いつか必ず死ぬ恐怖を克服する話

小さい頃から、夜寝ている時にふと、自分という存在はいつか必ず死ぬんだと考え、それを想像したときに恐ろしくなって...というのを20年以上続けてきました その恐怖を克服するために自分なりに考え出した答えがあります 人間というのは、科学的に言えば素粒子の塊である、死ぬということは今まで塊になっていた粒たちがバラバラに解散することである、粒そのものが消失するわけではない、あくまで失うのは「人間」という形だけである 他の粒たちの助けを借りて実現できていた、見る力、聞く力、考える力、記憶などは全て失われる でも、この身体(脳)の中心にいる「自分」という個性を持った粒は失われない 火葬され、煙突から吹き上がり、風に乗り、また別の何かになる 何にしても、死ぬということは、人間という形を手放し、先に逝ってこの世界を舞っている皆のもとに合流することである... こういう風に考えると、死ぬということが絶対の孤独をもたらすものではなく、むしろ生き抜いて老いた後の孤独を解消するものであるとさえ思えてきました 自分なりに納得できる答えで気に入っているのですが、こんな話をする機会がありません(家族や友達といきなりこんな話をする気にはならない) お坊さんの方々はいつか必ず死ぬことについてどのように考えているのでしょうか 仏教の教義には色々な考え方があると思うのですが、それを絶対の教えとされているのでしょうか

有り難し有り難し 6
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死にたくないのに死について考えてしまう

何故だか、死について考えてしまいます。 死を選んでしまいそうで、怖いのです。 私は心療内科に通っており、一人で遠出するのもかなり緊張してしまう状態です。症状が酷いときはお薬を飲んでしのいでいますが、『いい歳して、ろくに外も歩けないのか…』と思うと、苦しくなります。 苦しい気持ちはありますが、私自身、非常に恵まれた環境で生きていると思っています。一度メンタル面で体調を崩し退職したものの、現在はなんとか仕事に就けています。両親も健在。家庭環境や人間関係に困っていることもありません。傍から見れば、何一つ不自由のない生活だろうと考えています。 ですがある時、ふっと頭に『死にたい』という言葉が浮かびました。 自分でも非常に驚きました。年金もらうまで死ねない!なんて思っていたはずなのに。自殺についてなんて、少しも考えたことがなかったのに。 しかしよくよく考えてみれば、私には資格もなければ趣味もありません。なんの取り柄もない人間だと思います。心の奥底では、そんな自分に価値がないと思っている気がします。 決して死にたくはないのです。ですが気分が落ち込んで、今ではうっかり死を選んでしまいそうです。自分がコントロールできなくなるような気がして、恐ろしくて仕方がありません。 自分の中に生と死の2つの考えが頭から離れず、どうしてもソワソワしてしまいます。 私はおかしくなってしまうのでしょうか。どうしたらいいのか分かりません。 生きる知恵、良い考え方を教えて下さい。しっかり生きて、人生を楽しみたいです。 うまくまとめられず読みにくい文章になってしまいました、お許しください。

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