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親の死が近く、自分の命も不安に

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有り難し有り難し 26

はじめまして、よろしくお願いします

母がこの度進行癌になり、余命がある程度わかる状況です

母60代、私30代の男性ですが、仲は良く
同居しながら自営で仕事をしていた矢先です

質問としては、母の死を意識すると
私の命までそこで終わってしまうかのような
恐怖感が強く、これは異常なことなのじゃないかと

仏教、浄土、愛別離苦、色々な見方から
自分も、強く生き抜きたいですが、
どうにも気持ちが生死から離れません

母をしっかり見送り、先を過ごせるよう
何か教えをいただけませんでしょうか。

2014年8月10日 15:09

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

お母さんの命はお母さんだけの命

お母さんの命はあなたが生まれる前からずっとまっとうされてきた命です。
この世であなたを誕生させ、今日まで見守り続けてくださいました。
恩に報いんとするに酬いがたいものがありましょう。
できる限り近くに居て差し上げてください。
孝順の心、報恩のまことをつとめましょう。
小さい頃のあなたの事、お父様のことなどいろいろ尋ねられると良いでしょう。
亡くなられてしまってはお話ししたくても直接お話しすることはできなくなります。
一休さんもお母様に平たい言葉で仏の教えを説き聞かせたと言います。
仏の教えを説き聞かせるとは、質問者様にとっては、お母様の一番の苦しみを取り除いて差し上げる事を言います。
今後自分にどう生きてもらいたいか、お母さんが亡くなられ後、どうして欲しいかを坊さんから聞いておくように言われたと、お伝えし、お母様のお心を引き出して差し上げてください。
親子だからこそ話せないこと、話しがたいことがあると思います。
どんな些細なことでも互いにうち明かして赦し合って、感謝の気持ちを捧げ合うことこそ、最上の親子関係ではないでしょうか。
あなた自身の死はあなただけのものです。
あなた自身の生はあなただけのものです。
生あるうちに生老病死の苦しみを超える、離れる、解き放たれる心の在り方を求めて、探究して、学び、得るべきです。

曹洞宗では葬儀の際に初めにこのように説きます。
「三界に流転する中で、恩と愛の心を断つこと能わず。然りと言えど、恩愛に執着する心を離れ無為(悟り・正覚)の心に入るものは、真実の報恩者である。故に(互いに)仏道を歩みなさい。」
死を、別れを、そして恩愛の心を超える、昇華する、最上のものにする、ということがあるのです。

2014年8月11日 1:13
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丹下覚元(たんげかくげん)
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諸行無常

まーくん、こんにちは。
お母様がご病気で、何ともやりきれない状態かなと拝察いたします。
ガンで死ぬのがいいと言っていた医師がいました。
それは何故か。死ぬまでの準備が出来るからだと。
人はこの世に生まれた以上、必ず死を迎えます。
誰でも死を意識すると恐いものです。
あのお釈迦さまでさえ死にたくなかったので、必死に不老不死を求めました。
まーくんは、お母様の死を見つめると同時に、自身のこれからの生き方を見つめる絶好のチャンスに居ると私は感じます。
人の命は時間で出来ています。
ならば1分1秒も無駄にせず、与えられた時間を人として精一杯生ききることが、この世で与えられた人としての役割ではないかなと私は感じます。
あせることはありません。
ゆっくり時間をかけて自分の生き方を見つめてください。

2014年8月10日 15:55
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有坂脩岳(しゅうちゃん)
『般若心経』を梵語(サンスクリット語)で読める日本でも珍しいお坊さんです。...

「死ぬのが怖い」問答一覧

死への恐怖

母は私が幼いころに癌を患い、その後治療を続けていたものの半年ほど前に再発しました。今すぐに命に関わるという病状ではないのですが、身近な人間の死に関わりうる病気を通して死というものを考えることが増え、もうどうしていいかわかりません。 私と母とは30ほど歳が離れています。つまり、一般的な寿命を迎えることができても、私はいつか母がいない時間を30年も過ごさなければいけない。そのことが私には耐えられないことに思えます。私には妹弟はおりませんので、私は家族の中で最も長く生きる可能性が高いわけですが、自分の大切な人が皆亡くなってもなお生きていかなくてはいけないのでしょうか。頭ではそんなことわかっているのです。死は避けられない、身近な人の死も受け入れなくてはいけないし、皆そうやって受け入れて乗り越えて生きていると思うのですが、わたしにはそのことができないように思えます。親不孝の極みですが、母が死ぬ前に死ねたら幸せだなとすら思ってしまいます。 私が中学3年の時に祖父が亡くなった時のことを未だに忘れることができません。少し前まで生きていた、人が、生きてはいないということが受け入れられず、その恐怖を忘れることができません。昔見たドラマで、大量殺人を犯した犯人が、人をモノにするのが好きなんだと言っているものがありました。祖父の葬式の時に感じた、人がモノになったということが、私の中に恐ろしい記憶として残っています。祖父の死以来、刑事ドラマも不愉快で見ることができません。人の死を面白がって作っているように思えてしまうのです。私はどうしたらいいのでしょうか。受験期に入り、ストレスや疲れもも溜まっているのか、死ぬこと、母のこと、いつか大切な人が皆亡くなってしまった時のことなどばかりかんがえてしまいます。

有り難し有り難し 4
回答数回答 1

死について考えるとパニックになります

死ぬことがとても怖いです。 死んだ後、こうやって今文字を打ってる、自分という存在はどうなるのかと考えると、怖くて仕方ありません。 死は逃れられないのだから、どうにか死を受け入れられるように、死というものに悲しいイメージを抱かないようにと、お釈迦さまの考えや、聖書など様々なものを読みました。 ですが、いざ死について考えた時、魂という存在や天国、地獄など、それらのものが無かったら?と考えてしまいます。 最近はニュースなどで殺人や自殺など誰かが亡くなってしまう内容を見ると、死は突然訪れるのだと強く感じ、とても苦しく、死にたくないと叫び泣いてしまいます。 こういう話を周りに相談すると、後悔の無いように生きることを全うする、考えても仕方ないのだから考えないようにするなどアドバイスをいただきます。 ですが、後悔の無いように生きても、私は死にたくないんです。死ぬ前に生きてて楽しかったな、なんて思える気がしません。 不老不死でいいのかと言われたら、それで構いません。私という存在が無くなることの方が怖いです。 死からは逃れられないという気持ちと、死ぬことが怖いと思う気持ちどちらも交互に出てきて、また教えやアドバイスを受けても、実際はどうなのか分からないじゃないかと考え受け入れることが出来ない、そんな自分はどうすればいいでしょうか。 まとまりのない文章となり申し訳ございません。お願いします、助けてください。

有り難し有り難し 38
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死への恐怖を改善したい

初めて質問をする者です。 よろしくお願いします。 当方、大学4年生で就活活動中です。 タイトル通りなのですが、 いわゆる自分はタナトフォビアなのだと思います。 きっかけは恐らく 幼稚園の頃に経験した祖母の死 小学生の頃に経験した祖父の死 高校生の頃に経験した母親の死 だと感じています。 身の回りにこれだけの身内の死を経験した人がいなく、あまり共感はされません。 仕方のないことだと分かっています。 避けられないことだとも分かっているのです。 しかし、怖いのです。最近時間があるせいか、毎日のように死んだらどうなるのか、これからの別れに耐えられるのか、生きる意味とは何なのか、そういうことばかり考えています。 何も手につかなくなってしまいます。 周りの人たちは、こういうことを考えず前向きに将来のことを語っているのに、今の私にはそれが出来ません。私も前向きに将来を語りたいです。 心配性なところもあり、果たして自分はいつまで生きることが出来るのか、考えても仕方がない未来のことを心配してばかりいます。 周りからは明るい人間だと言われるのですが、今はとてもそんな状態ではありません。 きっと母親の死が大きすぎたのですが、高校生活が忙しく、適切に処理出来ていなかったのだと思います(泣いたら駄目だと思っていました) 同じように悩んでいらっしゃる方をここのサイトで知ることが出来、私だけではないのだと感じることが出来たのですが、やはり心配性、恐怖は改善されませんでした。様々なQ&Aを見てきた中で、なぜ仏教を学ばないのかと不思議に思うことがあるという回答をしていらっしゃったお坊さんがいたのが印象的でしたので、初心者にもおすすめな本などがあれば教えて頂ければ幸いです。 避けられない運命を、せめて受け入れられる考え方、心得を教えてほしい、助けてほしい。 以上、長文にお付き合いいただきありがとうございます。

有り難し有り難し 9
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