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親の死が近く、自分の命も不安に

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有り難し有り難し 29

はじめまして、よろしくお願いします

母がこの度進行癌になり、余命がある程度わかる状況です

母60代、私30代の男性ですが、仲は良く
同居しながら自営で仕事をしていた矢先です

質問としては、母の死を意識すると
私の命までそこで終わってしまうかのような
恐怖感が強く、これは異常なことなのじゃないかと

仏教、浄土、愛別離苦、色々な見方から
自分も、強く生き抜きたいですが、
どうにも気持ちが生死から離れません

母をしっかり見送り、先を過ごせるよう
何か教えをいただけませんでしょうか。


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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

お母さんの命はお母さんだけの命

お母さんの命はあなたが生まれる前からずっとまっとうされてきた命です。
この世であなたを誕生させ、今日まで見守り続けてくださいました。
恩に報いんとするに酬いがたいものがありましょう。
できる限り近くに居て差し上げてください。
孝順の心、報恩のまことをつとめましょう。
小さい頃のあなたの事、お父様のことなどいろいろ尋ねられると良いでしょう。
亡くなられてしまってはお話ししたくても直接お話しすることはできなくなります。
一休さんもお母様に平たい言葉で仏の教えを説き聞かせたと言います。
仏の教えを説き聞かせるとは、質問者様にとっては、お母様の一番の苦しみを取り除いて差し上げる事を言います。
今後自分にどう生きてもらいたいか、お母さんが亡くなられ後、どうして欲しいかを坊さんから聞いておくように言われたと、お伝えし、お母様のお心を引き出して差し上げてください。
親子だからこそ話せないこと、話しがたいことがあると思います。
どんな些細なことでも互いにうち明かして赦し合って、感謝の気持ちを捧げ合うことこそ、最上の親子関係ではないでしょうか。
あなた自身の死はあなただけのものです。
あなた自身の生はあなただけのものです。
生あるうちに生老病死の苦しみを超える、離れる、解き放たれる心の在り方を求めて、探究して、学び、得るべきです。

曹洞宗では葬儀の際に初めにこのように説きます。
「三界に流転する中で、恩と愛の心を断つこと能わず。然りと言えど、恩愛に執着する心を離れ無為(悟り・正覚)の心に入るものは、真実の報恩者である。故に(互いに)仏道を歩みなさい。」
死を、別れを、そして恩愛の心を超える、昇華する、最上のものにする、ということがあるのです。

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諸行無常

まーくん、こんにちは。
お母様がご病気で、何ともやりきれない状態かなと拝察いたします。
ガンで死ぬのがいいと言っていた医師がいました。
それは何故か。死ぬまでの準備が出来るからだと。
人はこの世に生まれた以上、必ず死を迎えます。
誰でも死を意識すると恐いものです。
あのお釈迦さまでさえ死にたくなかったので、必死に不老不死を求めました。
まーくんは、お母様の死を見つめると同時に、自身のこれからの生き方を見つめる絶好のチャンスに居ると私は感じます。
人の命は時間で出来ています。
ならば1分1秒も無駄にせず、与えられた時間を人として精一杯生ききることが、この世で与えられた人としての役割ではないかなと私は感じます。
あせることはありません。
ゆっくり時間をかけて自分の生き方を見つめてください。

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「死ぬのが怖い・死恐怖症にお坊さん知恵袋」問答一覧

いつか必ず死ぬ恐怖を克服する話

小さい頃から、夜寝ている時にふと、自分という存在はいつか必ず死ぬんだと考え、それを想像したときに恐ろしくなって...というのを20年以上続けてきました その恐怖を克服するために自分なりに考え出した答えがあります 人間というのは、科学的に言えば素粒子の塊である、死ぬということは今まで塊になっていた粒たちがバラバラに解散することである、粒そのものが消失するわけではない、あくまで失うのは「人間」という形だけである 他の粒たちの助けを借りて実現できていた、見る力、聞く力、考える力、記憶などは全て失われる でも、この身体(脳)の中心にいる「自分」という個性を持った粒は失われない 火葬され、煙突から吹き上がり、風に乗り、また別の何かになる 何にしても、死ぬということは、人間という形を手放し、先に逝ってこの世界を舞っている皆のもとに合流することである... こういう風に考えると、死ぬということが絶対の孤独をもたらすものではなく、むしろ生き抜いて老いた後の孤独を解消するものであるとさえ思えてきました 自分なりに納得できる答えで気に入っているのですが、こんな話をする機会がありません(家族や友達といきなりこんな話をする気にはならない) お坊さんの方々はいつか必ず死ぬことについてどのように考えているのでしょうか 仏教の教義には色々な考え方があると思うのですが、それを絶対の教えとされているのでしょうか

有り難し有り難し 4
回答数回答 1

死にたくないのに死について考えてしまう

何故だか、死について考えてしまいます。 死を選んでしまいそうで、怖いのです。 私は心療内科に通っており、一人で遠出するのもかなり緊張してしまう状態です。症状が酷いときはお薬を飲んでしのいでいますが、『いい歳して、ろくに外も歩けないのか…』と思うと、苦しくなります。 苦しい気持ちはありますが、私自身、非常に恵まれた環境で生きていると思っています。一度メンタル面で体調を崩し退職したものの、現在はなんとか仕事に就けています。両親も健在。家庭環境や人間関係に困っていることもありません。傍から見れば、何一つ不自由のない生活だろうと考えています。 ですがある時、ふっと頭に『死にたい』という言葉が浮かびました。 自分でも非常に驚きました。年金もらうまで死ねない!なんて思っていたはずなのに。自殺についてなんて、少しも考えたことがなかったのに。 しかしよくよく考えてみれば、私には資格もなければ趣味もありません。なんの取り柄もない人間だと思います。心の奥底では、そんな自分に価値がないと思っている気がします。 決して死にたくはないのです。ですが気分が落ち込んで、今ではうっかり死を選んでしまいそうです。自分がコントロールできなくなるような気がして、恐ろしくて仕方がありません。 自分の中に生と死の2つの考えが頭から離れず、どうしてもソワソワしてしまいます。 私はおかしくなってしまうのでしょうか。どうしたらいいのか分かりません。 生きる知恵、良い考え方を教えて下さい。しっかり生きて、人生を楽しみたいです。 うまくまとめられず読みにくい文章になってしまいました、お許しください。

有り難し有り難し 3
回答数回答 1

死の恐怖感に押しつぶされそう

高校生です 朝起きたりニュースなどで人が亡くなったということを見たときに、死に対する恐怖感や不安感に襲われます。 人が生きる年齢を100歳だとしたときに親はもう50歳で人生の半分が終わっていて、自分は今までの事を6回ほどしたら死んでしまうということを考えてしまい恐怖や不安に耐えれなくなります。 今の生活を失うのが怖く死後の世界があれば今までの生活をできるのか、また死後の世界でも寿命があるのかを考えてしまい何もできなくなってしまいます。 自分は今までコンビニのガムや親のお金を盗んだりしてしまっていて、自分が死んだときに親は迎えに来てくれるのかと考えてしまい、もしかしたら誰も迎えに来ずそのまま地獄に行ってしまうんじゃないかと怖くなります。 自分は学校も行かず外に出るのもいつの日からかストレスになってしまい、親が亡くなったあと一人で生きていけるのか考えて怖くなります。 死後の世界がなければどうなってしまうのか、死ぬときは痛いのかなど考えてしまい吐きそうになります。  自分は今の親と兄とペットがいる生活がとても嬉しいです、でも年齢を考えたら自分が最後まで残って一人ぼっちになるのが怖いです、死後の世界で同じ生活がしたいと考えたときに少し嫌な気持ちに近いような感情が出てきてしまい、自分は親の事や今の生活を本当は嬉しく思っていなんじゃないかと不安になってしまいました 自分が家族や今の生活のことをどう考えているのかわからなくなってしまいました。 死後の世界があるのかなど知りたいです。 うまく言葉にできているか分かりませんがアドバイスをいただければと思います。

有り難し有り難し 11
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死が怖くてたまらないです

閲覧ありがとうございます 20代後半の子供2人の母です コロナが流行し、たくさんの方が感染し苦しい思いをし、亡くなられた方もいらっしゃいます それがニュースで毎日取り上げられ、予防を徹底する日々を送っています そんな中、突然死というものに強烈な恐怖を感じる様になりました 今までは特に死に対し、日常の中で考えることもありませんでした それが今、怖くて怖くてたまらないのです なんでもない、ふとした瞬間に恐怖を感じるのです 例えば、コロナに子供が感染したら、どうしたらいいのだろう 自分が感染したら、何週間も隔離ということになったら、万が一重症化したら1人で死んでいくのか 大切な人がいなくなってしまったら そんな風に考えて、近所のスーパーにも行きづらくなりました コロナだけでなく他の病気や怪我も怖いのです 上の子が幼稚園に通っているのですが、大怪我したらどうしよう、給食を喉に詰まらせたらどうしよう、犯罪者が突然幼稚園に侵入したらどうしよう スヤスヤ眠る子供を見ては、息が止まってしまってないかと夜何度も確認してしまいます こんな風に頭の中が不安でいっぱいで、心が壊れそうです 以前自分がどんな風に考えて、毎日を過ごしてきたのか思い出すことができません こんな風に不安になってしまった時、どうやって意識を他のことに向けたら良いのでしょうか 現在パニック障害の治療を受けています それとほぼ同時に死への恐怖を抱きました 医師には相談していますが、『大変だね、趣味を見付けたら』と言われました 24時間考えているわけではなく、掃除をしている時、お風呂に入っている時、ふと考えてしまうのです どうか助けてください

有り難し有り難し 7
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死の苦痛が怖くて仕方ありません

死の間際に感じているであろう苦痛が怖くて仕方ないです。 最近、ときどき「死ぬ間際の苦痛」がどうしようもなく恐ろしくなってしまうことがあります。 多くはフィクション作品やドキュメンタリーを鑑賞している際に感じています。「死」や「病」に関する描写が出てくると、ふと「死ぬ間際にはどのような感覚なのだろう」と想像してしまうのです。 例えば病であれば、病床で満足に動くこともできず逃げられないまま病による苦痛を味わい続ける日々を想像し、気分が悪くなってしまいます。 フランス革命の話題であれば、「ギロチンにかけられた場合でも間髪入れずに死ぬのではなく、一瞬は生きているだろうから、その際に激痛を感じているのだろうな」などと考えてしまいます。 それ以外にも、例を挙げれば枚挙に暇がありません。 調べてみれば、やはり「苦しまない死」を享受できる可能性はそれほど高くないとのこと。 私はこの、「人生の終わり間際に大きな苦痛が予約されている」という状況そのものに耐えがたい恐怖を感じてしまいます。 思えば、私は「予定された苦痛」というものが非常に苦手です。 以前、微熱と悪寒があり「もしかしてインフルエンザかも」と思った瞬間に、来たる高熱での苦痛への恐怖で血の気が失せて吐きそうになったこともありました(ただの体調不良でした)。 コロナウイルスのワクチンを接種した際も、注射そのものではなく、ほぼ確実に発生するという副反応へかなりの恐怖を覚えていました。 死の苦痛も、私の中では同じです。 死ぬことそのものにはそこまでの恐怖を感じてはいません。 ですが、そこに至る過程である「苦痛」の存在が、私は恐ろしくてなりません。 夜遅くや、朝起きたとき、ふと浮かぶその恐怖に押しつぶされそうになってしまいます。 こうした「来ることが確約されている痛み」への恐怖を和らげるためには、いったいどのような心構えでいればいいのでしょうか?

有り難し有り難し 10
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