本当は死んでしまいたい。
度々のご相談失礼します。
去年、舅の嫌味に家で無言でむしゃくしゃしていた時に夫から突然悪口を言われ夫と口論になり最終的に私は突き飛ばされクローゼットに叩きつけられました。夫は一応誤りましたが結婚して初めての大喧嘩でしたし私は辛すぎて家を出て行こうとしました。すると夫が「出て行かないで」と言い、今は私は夫と同居しています。が話し合いをしようとしても夫は逃げ回り「口下手だから」の一点張りです。私は疲れはててしまいました。
超高齢の舅の事。
もしも今後も一緒に夫と暮らすのであれば老後のお金の心配等夫と話さなければならない事は沢山あります。
姑の命令でうちは夫が家計をきりもりしています。(姑は数年前に交通事故で亡くなりました。)
やっとのことで地域包括支援センターに相談に行く日にちを決め、FP相談の日も決めました。
何で私がここまでしなければならないのか?と思います。私は時々気晴らしに近所のイヌ仲間とお茶を飲む位です。彼女も同じ様に人生の寂しさを味わっていますが元気です。
私はカラ元気も出ません。夫の気持ち、本心を聞いていないからです。
昔は口下手でもそれなりに会話をしていました。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
客観的に他を観ていくこと。
拝読させていただきました。
人の悩みのほとんどは人間関係です。その人間関係から成り立つ社会から金銭など悩みを生産していきます。
教育には国語や理科など、最低限のことを習得しますが、道徳の時間は未だ少なく国家も力を入れていないのが現実です。
相談内容とは逸れた話しでは?と思うかも知れません。私たちはどこまで行っても知恵と知識が求められ、苦悩から抜け出す智慧を欲します。
人間関係は家族も知人も含めて同じであり、この関係性を順風に運ぶには、"変化に対応できる心"そして、"反応しない心"が生きる智慧となります。
パトラッシュさんは、真面目でありものごとを適当に考えれない性格をお持ちかも知れません。いわゆる責任感が強いのでしょう。責任感はときに自己を苦しめます。
また優しさは必要ですが、優し過ぎるのは相手にマウントを取られたり、都合よく利用される対象になることも少なくありません。
今、季節は冬ですがいくら願ってもすぐに夏はやってきません。雨が降っていても願ってもすぐに止みません。ただ、必ず季節の変化や雨という悲しみも過ぎ去っていく諸行無常の世の中です。
今、苦悩にあふれた気持ちを留めてはいけないということです。留めたままだと新しい心境に引っ越すことができないからです。
釈迦は、「汝よ、舟から水を汲み出せ。水を汲み出したならば舟は軽やかに進むであろう。」と真理を説きます。
ご高齢の舅、変化してくれない夫、他金銭的なことも含め、さまざまな問題はあること思います。
わたしたちはたった一人でさえ、相手を変えることはできません。相手が気付いたときに変わっていくだけであり、相手の変化、環境や心境の変化を待っているより、自身を変えたほうが近道となります。
嫌いな自分があれば、もっと自分を褒めてあげてください。「自分はよくやってる」と。もっと自分を愛してください。そう思う気持ちを自身に投げかけていく内に、すこしずつ真実の答えが見えてきます。それはどんな答えなのか?それは自分の本当の在り方という心の居場所や、どうすれば一番自身にとって楽なのかが明確化されていきます。
「蓮は泥の中より出てて、泥に染まらず」です。
質問者からのお礼
法源様
ご回答どうもありがとうございました。
とても分かりやすいご指摘を頂きました。