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生きる・死ぬとはなにでしょうか。

回答数回答 2
有り難し有り難し 16

私は長く高齢者施設で働いています。施設では医療行為は行えず、死を待つだけ。
昔は床の間の畳の上で看取りをしていましたよね、施設とは云え同じように職員が看取っていくのです。
人の生きる姿を見るときは、死はまだまだ遠い先に見えるものなのです。しかし死へ向かう姿を見るときは目先に見えるものです。私たちはどのように送り出せばよいのか、心を痛める瞬間が多いです。何もできない。わずかな時間手を握ることそれだけです。それ以外の時間は業務です、体を拭いて・点滴をして・清潔な環境・シーツ交換・栄養補給…。
私は人の死に向かって生きる姿・死を前にされている方にどんな手が差し伸べられるでしょうか。

2014年8月17日 1:22

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

過酷な業務ですが、暖かさと潤いで入所者は安らかに旅立てますよ

曹洞宗の吉田俊英と申します。

高齢者施設で働く。非常に尊いお仕事であると同時に、非常に過酷なお仕事に励まれていることと思います。介護保険制度の中で、限られた人員で最大限の入所者の介護を行わざるを得ない現状の中で、施設職員の皆様は介護の現状に呻吟したり煩悶したりしておられることと思います。

家族親族が居られても、週に一度来所出来れば良い方でしょう。特養ホームだと、ほとんど家族が顔を見せないケースも少なくないと聞いたことが有ります。そういう意味では、入所者にとって、施設職員の皆様だけが頼みの綱と言う現状かと思います。

最近、hasunohaへ「孤独感をなくすにはどうしたらよいですか」という質問がありました。私は「独生独死 独去独来」という経典の中の言葉を引いて回答させて頂きました。
http://hasunoha.jp/questions/677

人生は諸行無常です。私の命もあなたの命も、諸行無常です。臨終に際し、テレビドラマや映画のような感動的な別れや看取りなんて、滅多に有り得ません。


私たちはどのように送り出せばよいのか、心を痛める瞬間が多いです。何もできない。わずかな時間手を握ることそれだけです。

という現状に悩んでおられますが、僭越ながら、私はこれで十分かと思います。私達は生まれた瞬間から「死出の旅路」を歩んでいるのです。但し、病院や施設に入院入所したからこそ、より深刻にそのことを感じていることもまた事実でしょう。「死にゆく人のために、何か手を差し伸べてあげたい。」という気持ちで接してあげることで、十分だと思います。シーツ交換、おむつ交換、点滴食事、着替え等、数を熟すためにはどうしても機械的に事務的になってしまうでしょう。手を握って差し上げることで、入所者はあなたの手のぬくもりを感じるでしょう。それだけでも、入所者の心は潤うと思います。

 素人考えで敢えて申し上げるなら、上記の処置をしてあげる際に、入所者に向ける「まなざし」と「言葉」の問題だと思います。機械的にならざるを得ない中で、どれだけ「眼差し」と「言葉」に暖かさを込めてあげられかということに尽きると思います。そういう暖かさが少しでも伝われば、入所者は安らぎの中で旅立っていかれると思います。

2014年8月17日 22:53
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有り難し
おきもち

終末看護・終末看死へと向けて

ルカ様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

高齢者施設でのお仕事、そして看取りのお役目・・本当に有り難く尊いことでございます。

本来であれば、私たち宗教者がしっかりと看取りという現場にて、安心をお与えできるようにして差し上げられるとよいのですが・・なかなかそうもいかないこと、誠に申し訳なくに存じております。

もちろん、終末看護・終末看死について取り組んでいる「ビハーラ」という活動もございますが、まだまだ世間への認知度は低くございます・・

http://ja.wikipedia.org/wiki/ビハーラ

また、東日本大震災後に、東北大学が中心となって様々な心のケアに取り組むための宗教者の育成へと向けた講座を始めたことから「臨床宗教師」の養成、普及へと向けた動きもございますが、始まったばかりであり、今後の展開次第となってございます。

以前に「臨終」に際することに少しだけお答えさせて頂いております。

問い「死について」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1002969863.html

「・・臨終に際して、穏やかに安心して心が落ち着いた状態を保てるようにとして、看取る者たちが、優しく温かい言葉を掛けてあげること、感謝や報恩の気持ちを伝えること、後顧の憂いを無くしてあげれるようにすることなどを通じて、できるだけ安らかに逝かせてあげれることが必要となるのではないかと存じております。・・」

誠に人の死に立ちあう中で、悩み、そして、つらく、悲しいことも多々あるかと存じますが、あまりご無理はなさられずに、本当に少し手を握り、話をただ聞いて傾聴して頂くだけでも大変に有り難いことであるかと存じます。

少し難しいことになりますが、下記の拙回答も少しくご参照頂けましたら幸いです。

問い「死への恐怖がぬぐえません」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1002999290.html

問い「生きること、死ぬこと、どっちが辛いのか」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1002992500.html

誠にありがとうございます。

川口英俊 合掌

2014年8月26日 14:09
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有り難し
おきもち

川口 英俊
「僧侶は、悩む人に正しいくすりを調剤できる薬剤師であれ」 http:...

質問者からのお礼

遅くなりました。貴重なお時間を頂きまして、ありがとうございました。

「生きる意味」問答一覧

生きるとは

私は先天性の障害で40年近く生きてきて、それなりに苦労してきました。 会社でパワハラに合い、鬱にもなり会社を退職しました。 そして、この度難病指定を受けることになりました。 笑っちゃいます。 ずっと子どもが欲しいと思っていたけれど、半分の確率で遺伝するそうで、今までの苦労を思うと、とてもではありませんが、私の遺伝子を残す事はできません。 子供の頃からお母さんになるのが夢でした。 今は、再就職に向けて必死で資格取得に励んでいます。 全く楽しいことが無いかと問われれば、それもまた違います。 でも、もう生きていてもただただむなしいのです。 自殺しようとは思いませんが、いつ死んでも全く問題ありません。 輸血も臓器提供も手術経験があるので、できません。 もし、それでも私の臓器を欲しいと言う人がいたら、私は喜んで差し出すでしょう。 生きたくても生きられない人がいるのも十分わかります。 でも、生きていることがただただ辛い人間もいるのです。 命を無駄にしようとは思いませんが、苦しいというよりは、虚無なのです。 自分の子どもを手にかける人には、その人なりの苦しさなんかがあるのだとは思いますが、不公平だなとも思います。 諦めているつもりですが、時々無性に苦しくなる。 誰にもこの気持ちは伝えません。 伝えても悲しませるだけだから。 疲れました。

有り難し有り難し 15
回答数回答 1

今まで奇跡的に生きてきた意味

おはようございます。 毎日相談してしまい申し訳ございません。 昨日も温かいお言葉ありがとうございます。 肝心な相談というか、私の勝手な解釈なのかもしれませんが、今まで子供の頃からの持病に加えて様々な大病を患い呼吸停止、瞳孔散大した状態など本当に普通助からない状態。助かっても後遺症が残ります、や夜中なのに会えるご親戚を呼んで下さい等などほとんど助からない様な病気を山ほどしてきました。後から母親に聞いたことです。毎回母はもうダメなのかと絶望したそうです… ところが、持病もコントロール出来き、大病もしなくなり医者にかかったさい問診票に病名を書くとビックリされてしまいます… そして、私の唯一存命している母方祖母に(あんたはまだ生きないとダメなんだろうね)と言われました。 お医者様にすら奇跡だ、本当に神仏はいるかもしれないなど言われてビックリしています。 そこで、私にはまだ生きなければいけない何かがあるのでしょうか? 私の勝手な解釈かもしれませんし、神仏、ご先祖さまに守られているのかもしれないかもと思う様になりました。 毎日朝目が覚めると本当にありがたいのです。今日も本当にありがたいことだと思っております。 そして、そう思う様になってから出来る範囲で主人や自分自身の為に料理の勉強(野菜の栄養や、食べ合わせの)をしたり、きちんと仏様、神様、ご先祖さまに手を合わせる日々です。 最初に持病が一生治らないと告げられた時は絶望し、小学校一年生から中学校3年生までイジメにあったり辛い日々を送ったりしたことすら相手を恨んだりしたこともあったりしたのですが今では何とも思わなくなりました。 本当に生きる意味、自分で理由をつけてるだけかもしれませんがまだやらなければいけないことがあるのかな?と思う様になりました。今では義母が初期の認知症ですがいっぱい勉強して自治体での認知症ネットワーク、勉強会など色々やっております。ただ、今現在は胃潰瘍で安静にしています。 お坊様達に聞きたいことは、奇跡的に何度も命を助けられる(偶然かもですが)その他にも良いお医者様にも出会い本当に持病も良くなる、これは神仏様やご先祖さまのおかげもあるのか?という事です。奇跡としか言えないとばかり言われるので。私の生きたいと思う執着なのか…?例え執着であってもまだやりたいことは残っております。どうかよろしくお願いします。

有り難し有り難し 8
回答数回答 1

なぜ生きるのでしょうか?

以前にもここで質問をさせていただいた者です。その節はありがとうございました。 高校一年の女です。最近なぜ生きているのか分からず何もかも虚しく、悲しくて毎日泣いています。 高校に入学してから、最初は辛かった高校も最近になりやっと前よりましになってきました。 しかし数日前、唯一の友達からとてもひどいことを言われました。それから私は気にしてないふりをしていつもと同じようにその子に接しています。 前々から「なんで生きてるんだろう」と思うことはありましたが、それは単なる疑問で悲しくなることもありませんでした。しかし最近になり「なぜ生きているのか」「こんなに辛い思いをしてまで生きる価値はあるのか」と思い、電車の中や布団のなかでそのことを考えては泣くようになりました。考えれば考えるほど自分が価値のない存在、ダメ人間だと思ってしまいなにをしても虚しくて悲しいです。 以前は出掛けることが好きだったのに最近は出掛けることもなくなり、何にも興味が持てなくなり、ただ心にポッカリと穴が開いたように感じて怠惰に毎日を過ごしています。 一体私はどうしたら良いのでしょうか?なぜ私は生きているのでしょうか?しんだほうがいいんじゃないかとまで思います。周りの人は楽しそうにしていて、家族もなぜ生きてるかとか考えたこともないと言っていました。人生が辛いと思ったこともないようです。 生まれ変わったらなにも考えずに揺られるワカメにでもなりたいです。 長文申し訳ありませんでした。どうか回答よろしくお願い致します。

有り難し有り難し 4
回答数回答 1

生きることの意味について

初めまして。 ご回答いただけると幸いです。 またもし可能でしたら、厳しいご意見でも、優しめにご回答いただけると幸いです。 ご相談させていただきたい内容は、 生きることが苦しい時、 心のもちようと、 生きることの意味について、 そして、生死の選択についてです。 私は、数年前離婚し、 結婚前までは健康でしたが、 離婚後より、次々と、 人には話しづらい完治の難しい体調不良や、その他の体調面での不良が起こるようになりました。 そして、今年に入ってからも更に次々と起こり、手術等もちらつき、 心がとても疲弊しており、 数年間その様な状況でおります。 そして、その事もあり、 この年齢で恥ずかしいことですが、 現在は単発のお仕事のみで、 数年間長く勤めることができていません。 今は、家族がいてくれるので、有難く、 就職活動をしながら、 今できる事を無心にしようとしています。 ただその一方で、一人っ子で、頼れる身内もいない為、 先にもし孤独なら、 情けないことかもしれませんが、 一人では寂しさで、生きていても、心が死んだようになってしまう事も経験から知っているので、 治療費の為に生き、もしも自分だけの人生の時、 生きることの意味が見い出せません。 そして、それなら、 信じれる家族と最期を迎えることも、幸せの形の一つなのではないかと感じるようになりました。 そして、どうしても生きることが苦しい時には、 安らかに死を選択できる事ができれば、 今を安心して生きられる事に繋がるようにも感じるようになりました。 人生は苦行と聞き、 それで自分を奮い立たせ、納得させようともしましたが、 人の心を傷つけても幸せに暮らす人がいる事を思うと、 その言葉は信じることが難しくなりました。 まとまりのない文で読みづらい部分があり、申し訳ありませんでしたが、 ご相談したい事は、 人生が苦しい時の心のもちようと、 生きる意味について、 そして、 苦しみから開放される方法が、例えば死以外にあれば、 ご教授いただきたいです。 よろしくお願い致します。

有り難し有り難し 6
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