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仏教を勉強したいです。

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素人の私ですが、仏教を学んでみたいと思っております。

何か参考になる書籍やサイト等がごさいましたらご教授いただけませんか?
因みに私の家は浄土真宗です。

日常生活の中に仏教の考えって沢山あるように思えるのです。

よろしくお願い致します。

2014年9月16日 0:02

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お坊さんからの回答 4件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

仏教は学ぶな!と言われた私

素敵な質問をありがとうございます。
私が助かった話をさせて頂きます。
私の師は「仏教を学ぶんじゃない、自分を学ぶのが仏の教えだ」と教えてくれました。
学生時代仏教の本を買いあさって読んでいても「こんなのは嘘っぱちだ」とケナすのです。
「こんなものは役に立たない。どうせ読むのならちゃんと悟った人の本を読め。」というのです。
師も若い頃から真剣に仏教を学び、仏道を求め、禅の宗匠に参禅してきた人です。
真剣に仏道を求めた人でしたから、仏教の❝まなびかた❞を誤らせまいとしてくれたのです。
提唱を聞け、じかに本当の仏の教えを悟った人から学べ。知識をためても無駄だ。
本当の仏の教えを得るには、仏教のガイド人から学ぶなというのです。
この業界には、仏教についてしゃべる人、仏教ティーチャーは沢山います。
般若心経の本でも10000冊以上あります。
でも師は、仏教の解説者からは何も生きた仏教、本当に役に立つ仏教は学べないから、ちゃんと正師に就いて学びなさい、というのでした。
たとえば池上彰さんは大変お話しが上手で解説も超一流です。でも池上さんは悟った人、仏陀ではありません。
だから所詮はガイドなのです。そういう本を読めば仏教の外枠の勉強、参考にはなると思います。
たとえば蕎麦の道を志すのであればそばを打たない人の蕎麦の本をいくら読んでも味は分かりませんし、自分では作れるようにはなりません。
気をつけて頂きたいのは、いくら有名大学の教授であるからと言って、自分の煩悩や苦しみから自由になったという意味での仏さま、覚者、仏陀ではない人が大勢いるということです。そういう人たちの本はいくら有名でも人生の力にはならないということです。
仏教を学ぶことは楽しいです。1000冊の仏教書を学ばれたとします。
でも、実際に問題が起こった時、自分の心が自分の思いに苦しめられたとします。
だとすれば、それは仏教を学んだことになっていなかった、ということなのです。
苦しみから救われて楽になって、一生問題の無い心になるのが仏教を学ぶことの肝心カナメだからです。わたしは、危うく道を間違える所だったのですが、師が「そっちをいくらやったって何もならんぞ」と教えてくださったのでよき禅の師匠に出会うことができました。
仏道をならうというは自己をならうなり。道元

2014年9月19日 22:57
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有り難し
おきもち

丹下覚元(たんげかくげん)
☎お悩み相談 📞08020659278 法話禅会 毎週日曜3時より...

まずは宗派にとらわれず基本を学んでみては

ネットや一冊の本では偏った知識しかありません。

もし。信頼のおけるお坊さんにご縁があるのであればその方から直接学ぶ事が一番ですが、
もし、そういったご縁がまだ無いのであれば、
まずは、仏教伝道教会の『佛教聖典』それを読み終えて本当に仏教が学びたいと思ったら
図書館に通ってみる事が良いと思います。

中央公論社の大乗仏典のシリーズまたは大蔵経など、少しずつでも読んでみてはいかがでしょうか?

それがシンドイというのであれば、仏教系の大学も良いのではと思います。

ただ、学び方を人に聞くのは自分でできることを出来るだけやってみてからの方が良いのではないかと思います。
そうで無いと、折角教えて下さる方と出会ってもその方が仰る大事な部分があっても何を言っているのかも解らず、聞く事も要点を得ず、折角の機会を無駄にしてしまいます。

自分が学びたいと思う仏教の宗派をみつけてその宗派のお寺で学ばせてもらえるお寺などを探す事をお勧めします。
文章だけでは決して学べない事が多いと思います。

追記:私は佛教聖典をキッカケとして全く一般の家庭から仏教を学びたいと思って図書館に通いました。私の父方の菩提寺は浄土真宗、母方はキリスト教のギリシャ正教でした。家の宗教というより私自身が仏教を学びたかったので、いろいろと図書館で本を読み各宗派の本も読み、その後で私は自分の宗旨を選び出家得度しました。

2014年9月17日 10:14
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有り難し
おきもち

仏道に入門して30年が経ちました。 死ぬまで修行を続けるのがお坊さん...

正信偈と 歎異抄を学ばれてみたらいかがでしょうか

ゆうじさん
仏教を学んでみたい
大変うれしく思います。
ちなみに家は浄土真宗ということですので

正信偈(親鸞聖人が漢文で書かれた仏徳讃嘆の歌)と
歎異抄(親鸞聖人の言行録)について書かれたものについて
学ばれてみたらいかがでしょうか

当宗派に関係するサイトをご紹介します。

正信偈の教え(真宗大谷派 東本願寺)
http://www.higashihonganji.or.jp/sermon/shoshinge/

歎異抄の世界(大谷大学)
http://web.otani.ac.jp/tannisyo/

聖典の試訳『歎異抄研究会』(親鸞仏教センター)
http://shinran-bc.higashihonganji.or.jp/report/report03_bn01.html

また大阪在住ということですので
お話を聞きに足を運んでみて下さい。
南御堂
http://minamimido.jp/minami-mido/kouza.html

2014年9月17日 10:39
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有り難し
おきもち

「八万四千の法門」

ゆうじ様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

この度は、仏教を学ばれたいとの想い、誠に有り難く尊いことでございます。

「仏教の考えって沢山あるように思えるのです」・・

はい、一説に「八万四千の法門」と言われますように、確かに沢山ございます。

問い「なぜか一つに決められないんですが・・・・」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1002969128.html

『・・とにかくお釈迦様の教えは、八万四千の法門があると例えられておりますように、人々の迷い苦しみに応じて、巧みなる方便により説かれたものであると言われています。まさに六十億人いれば、六十億通りの迷い苦しみがあり、それに応じた教えがあってもおかしくないことでございます。その中で、ゆうじ様にとって合う教えもあれば、合わない教えもあるでしょうし、その時々の時期や環境、心境の状態、学びの進め具合などによっても、合う、合わないも出てくるのではないかと存じます。そのため、まずはどのような教えがあるのか、各宗旨宗派の教えを総合的に学ばれて、その上で自分に合う教えを見い出されていかれるのも宜しいかと存じますし、また、「ご縁」としての「仏縁」も一つ一つ大切になさられた上にてお考えになられるのも良いかとは思います。・・』

また、下記各問いの拙回答もご参照頂けましたらと存じます。

問い「宗派にとらわれない仏教思想の学び方について」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1002944760.html

「・・拙生が一から仏教を学ぶ上における文献について参考にさせて頂いたのが、下記紹介のおすすめ仏教書のコーナーとなります。初心者から上級者向きに分類されており、誠に参考となりました。・・」

「金剛居士の根本道場」
http://kongoukoji.fc2web.com/

拙回答カテゴリー「各宗派の教えについて」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/cat_319881.html

是非、共に頑張って仏教を学び進めて参りましょう。

川口英俊 合掌

2014年9月27日 14:04
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有り難し
おきもち

川口 英俊
「僧侶は、悩む人に正しいくすりを調剤できる薬剤師であれ」 http:...

質問者からのお礼

ご回答ありがとうございます。

このhasunohaを見ていて、いつも皆様のご回答が素晴らしいものばかりなので、
こういう考え方はどこからくるのだろう?と思い仏教に興味が湧いてきて質問させていただきました。

しかし、興味は湧けどもどこから…という状態でしたのでスタートラインが見えてきました。

本当にありがとうごさいます。

「仏教全般」問答一覧

仏教をもっと学ぶ方法は?

こんにちは。 以前Googleで自分の悩みを検索したところ検索結果にこのサイトが出てきたことがあり、それ以来hasunohaを毎晩のように拝見しています。お気に入りのお坊さんをブックマークしているほどです。 生まれた時から仏教徒で、お盆やお参りなど特に考えずそのマナーに従って生きてきましたが、一方で神や仏、また心霊などの類は一切信じないたちです。 しかしながら倫理哲学の勉強は非常に好きで、現在もっとも興味があります。 きっかけは数年前心身共にとても傷つく出来事があり、以来リラクゼーションやアロマ、音楽など、私生活で自己を労る環境を整えていきました。しかしそれらは頭の中、つまり思想の面では自分を疲労から救ってはくれず、そのとき仏教が自分にとって非常に重要なものではないかと気づきました。(軽率な発言続いており誠に恐れ入ります。。) hasunohaをみているうち、信じるか信じないか、お祈りが届くか届かないか、極楽浄土に行けるか行けないか以前に、自分で自分を生きやすい方向に調整していく、大変学びの多い学問でもあることを理解しました。 長くなりましたが質問したかったことは、仏教を学ぶ上でビギナーの私におすすめできる学習方法を教えていただけませんでしょうか。 下記何でも構いませんので、回答いただけると嬉しいです。 ・おすすめの著書(専門用語が多すぎない、噛み砕いてある、原版の理解にふさわしい) ・近所のお寺に通うことも考えたが、用もないのに門を叩いて説法してもらうことなどはできるのか? ・合宿のような形式で学ぶ方法はあるか。どうすれば受けられるか。ある場合、実家は曹洞宗だが宗派を超えても学習はさせてもらえるか ・↑に似ているが、短期的に修行を受けることはできるか。どのお寺でもできるのか?できるお寺はどうやって探すのか ・その他いい方法があれば 可能ならば僧の方に直に毎日少しずつお話を受ける形式が望ましいですが、自分の周りでそう言った人は見かけないし難しいのでしょうか... よろしくお願い致します。

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どちらの宗派、教えを信じれば良いのか

初めて質問を投稿いたします。 るると申します。 私は学生時代うつ病を患い、生きていくことのつらさ苦しさと死への恐怖に悩み、救いとなる教えを求めて父方の宗派のお寺である東本願寺へ参りました。 そこで、どのような人間であってもすくい取ってくださる阿弥陀様の教えを聞き、何があっても必ず助けてくださる存在があるということに強い安心安堵感を得ることができ、その後は真宗の教えを聞く機会を定期的に作り心の支えとしてきました。 数年後、大学は無事卒業し就職すると私は非常に忙しい部署に配属され、激務と過労で再びうつ病の兆候が出てきて頭の中があらゆる雑音でいっぱいになっているような感覚に陥りました。 その時心の支えとなる教えをまた求めてお寺に行こうと決心したのですが、何故か今回はいつもとは異なる直感のような感覚で母方の宗派のお寺である永平寺に参りました。 永平寺で禅の一端を体験し、その後禅に関する本を読む中で、あるがままを冷静に見つめ自らの内の欲や煩悩を統御する教えを学び深く感動し、禅の教えをこれから生きていく中で実践したいと思いました。 前置きが大変長くなりましたが、二つの宗派の教えと出会いわたしは今どちらを信じたら良いのか迷っております。 煩悩を否定せず阿弥陀様が必ず救うとする真宗か、煩悩を統御し坐禅を通して自ら悟りを目指す禅宗か、全く異なる教えに触れどちらも捨てられないと悩んでいます。 両方を信じる道もあるのでしょうか。 拙い文章になりましたが、僧侶の皆様から何か教えをいただけたらと思います。 何卒よろしくお願いいたします。

有り難し有り難し 44
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天道は目標ではないのですか?

お世話になっております。 柴田秋です。 私は10年ほど前に自殺に失敗しました。 複数回の失敗の上、死ぬのは少なくとも生きることと同じくらいには面倒で疲れることだと感じたため、久しく実行には移していません。 それから、どう生きるのかと同じように、死について考えるようになりました。 死後の世界とかではなく、死ぬことで私の周囲に与える影響についてという意味です。 迷惑云々や、コストや、私の心とは関係なく死後に振り分けが行われるのであろうなということなどです。 こちらの質問の回答に対して、疑問が浮かび上がりました。 https://hasunoha.jp/questions/38774 余談ですが、今は少なくとも怒りは自覚していません。 「仏教は死んだらどうなるの教えではなく、生きているからどうするの教えです」 とあります。 多分、きっと心構えのことをおっしゃっているのだと思いますが、疑問が沸き起こってきます。 背景は語りましたが、それはあくまで単なる動機です。 私のことは私で考えるとして、他者のことは私には分かりません。 よろしければ、質問に応えていただきたいです。 仏教の最終的な目標は、悟り、無限に続く輪廻から脱し、六道のひとつである天道に行くことではないのですか? 仏は天道に在すもののことですよね? つまり、死後のことこそが目標なのではないですか? あくまで、そこに至るための過程として、どう生きるかが重要なのだと思っているのだと思いました。 つまり、生き方は手段で目的は死後の行き先であると。 なんとなく、キリスト教やイスラム教、パスタファリアニズムの天国を目指すのとは異なるのだとは思ってはおりましたが、疑問が起こりました。 仏教は天道を目指し、輪廻から脱すること、つまり解脱が目標ではないのですか? 絶対の正解を求めているわけではありませんので、ご自身の考えで構いません。 ※私の拠り所とする科学(科学的方法)にも絶対の正解はありません。  あれらは、今のところ否定されていないというだけです。 当然、ご回答なされた方以外の方には、天道へ行くことを目標とされている方もいるかも知れません。 それぞれのご回答を伺いたいです。 よろしくおねがいします。

有り難し有り難し 18
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