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骨の拾い方の東西の違いをどう飲み込めば

YK女性/60代
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世界にはいろいろな風習があるのと同様に、人が亡くなって焼き場で骨を拾う際、日本の東では一粒残らず灰を骨壺に収める一方で、西では骨や灰の大半の処分を焼き場に委ねますよね。

私は長年生きてきて、日本の東でも西でも、焼き場で縁者の骨を自然と拾ってきました。むしろ不思議と、東西の違いに気づいてすらいませんでした。

ところが数年前、東京で縁者の骨を拾って間もなく、名古屋でも別の縁者の骨を拾った時に、無意識にショックを受けてしまったようで、いまだにそれを思い出してあれこれ考えてしまいます。

たしかに、この時は東京で係員が丁寧に丁寧に灰を集めてくださる様子を見ながら、その動きひとつひとつに私が思いを込めてしまったような気がします。一方で、名古屋では骨の大半に別れを告げる旨を、焼き場で初めて知らされた印象があり、驚いてしまったのだと思います。

そこでご相談なのですが、この気持ちをどう処理したらいいのでしょう? たしかに、インドではすべてをガンジス川に流してしまうと聞いていますので、名古屋の手法がむしろ理に適っているのだと思います。しかし、ならばなぜ、東京ではあんなに丁寧に灰を拾うようになったのでしょう。また、ガンジス川に流せば行方が想像つきますが、灰を焼き場に委ねて、その灰の行方がわからなくなる怖さも拭えません。東西どちらの手法にも精神的に納得するにはどうしたらいいでしょう?

なお、名古屋の焼き場では「責任持って丁寧に処理」という主旨のことしか教えてもらえませんでした。また、法事があるたびにお坊さんにこの質問をしようと思うのですが、喪主でもない者が歩み出て長々と質問する勇気をどうしても持てません。ちなみに、親が檀家になっている寺で伺ったところ、悩み相談は受け付けていないとのことでした。

よろしくお願いします。

2026年6月15日 21:41
YK女性/60代
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1
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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

ご家庭の事情や骨壺のサイズに合わせて、職員が対応している。

御遺骨に想いが重なりますよね。私も収骨(骨上げ)に参りますので、数時間前のお姿や温もりを感じながら、無常の理をかみしめています。

宗旨や地域性よりも、斎場の職員の説明や姿勢にも違いがあるように感じています。
灰まで集める人もいますし、喉仏だけの小さな骨壺にのみを希望するご家庭もあります。何とも寂しさを覚えますが、ご家庭の事情やご遺言もあるようで、それぞれに考えや想いがあるのでしょうね。職員が、家族の断りなしに、これだけですというような制限をかけることはないと思います。葬儀場との打ち合わせの際に、骨壺のサイズも確認しますので、ご家族が小さいサイズでいいと伝えていることもあるでしょう。かなり大きな骨壺でないと、全ては入らないですからね。その用意されたサイズに合わせて、職員が執り行うと思いますよ。

私は、大事な家族の遺骨なら灰までかき集めたいですし、自分の手で納骨を望みます。心情的なものですね。

斎場で残りの御遺骨や灰は、合葬墓に埋葬されます。無縁墓など扱いは違うでしょうが、斎場の奥や後ろには石碑が立っていることが多くありますから、そちらに納まっていくと思いますよ。

亡き人の御遺骨を気にかけてくださり、ありがとうございます。
合掌

2026年6月16日 22:55
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有り難し
おきもち

個別相談可能
はじめまして(*^^*) 中田みえです。 教善寺 住職として、母親として、慌ただしく過ごしております。 ◆ゲートキーパー ご相談 駆け込み寺 (訪問は要予約。まずはメールでお問い合わせください) ◆ビハーラ僧、終末期ターミナルケア、看取り、グリーフケア、希死念慮、自死、産前産後うつ、育児、DV、デートDV、トラウマ、PTSD、傾聴トレーナー、手話、要約筆記、行政相談員、女性支援員、小学校 中学校支援員としても、ケアサポートをしています。 ◆一般社団法人『グリーフケアともしび』理事長 【ともしび遺族会】運営 毎月 第1金・昼夜2回開催(大阪駅前第3ビル) 14:00〜,18:00〜 お問い合わせ申込⬇️こちらから griefcare.tomoshibi@icloud.com *この活動は皆さまのご支援により支えられております。ご協力をよろしくお願いします。 ゆうちょ銀行 口座番号 普通408-6452769 一般社団法人グリーフケアともしび ◆『ビハーラサロン おしゃべりカフェひだまり』 ビハーラ和歌山代表 居場所運営 問い合わせ申込⬇️こちらから griefcare.tomoshibi@icloud.com ◆GEはしもとサピュイエ 所属 (Gender Equity 誰もが自分らしく生きることができる社会をめざして)DV・女性支援 ◆認定NPO京都自死自殺相談センターSotto 元グリーフサポート委員長(2018〜2024) ◆保育士.幼稚園教諭.小学校教諭. レクリエーションインストラクター.中学校DV授業 10年間 保育 教育の現場で 総主任として勤めた経験も生かしつつ、お話できることがあれば 幸いです。 いつも あなたとともに。南無阿弥陀仏 ここでは、宗旨を問いません。 まずは、ひとりで抱え込まないで。 来寺お問い合わせは⬇️こちらから miehimeyo@gmail.com ※時間を割いて、あなたに向き合っています。 ですので、過去の質問へのお返事がない方には、応えていません。お礼回答がある方を優先しています。 懇志応援も宜しくお願いします。 ※個別相談は、hasunohaオンライン相談より受け付けています。お寺への いきなりの電話相談は受け付けておりません。また夜中や早朝の電話もご遠慮ください。 法務を優先させてください。
午後から夜の時間帯は都合がつきやすいです。 ◆こちらから、無理に聞き出すことは致しません。 言いにくいこと、言えない気持ちも大切にします。あなたのお気持ちのままに、ゆっくり待ちながら、その気持ちを大切に受け止めたいと思っています。 ◆自死で大切な人を亡くされたり、死別により 死が受け入れられなかったり、心の整理がつかない方へ。30分ずつでも、オンラインで定期的に気持ちに向き合っていきませんか。吐露したり泣ける時間も、大事なグリーフケア 。 ◆個別電話ってドキドキして勇気のいることだけれど、声が届くから、聞こえてくるから、ちゃんと繋がっているようで、そばにいるように安心出来ることもあります。 ◆ 終末期ターミナルケア、看取り、希死念慮、自死、グリーフケア、トラウマ、PTSD、子育て、産前産後うつ、不妊、傾聴、手話、要約筆記者 としても、サポート ◆出来るだけ希望時間にお応えしたいと思いますが、午前中は毎日 法務があります。 (相談は、hasunohaオンライン相談より受付下さい。お寺へのいきなりの電話相談は受けていません。法務が優先なので) ◆一人で悩まないで。待っていますね(﹡´◡`﹡ )

実例その①として

ご相談ありがとうございます。

全ての自治体が同じような最終処理を施しているかどうかはわからず確認を要しますが、我がまち浜松市では、除けた骨の屑はまとめて合葬墓に合同で埋葬していると聞きます。丁寧かつ適切な手続きでもってご対応をいただいております。
ですので、おそらく仰るところの西日本のどこかにおいても、そのようなご対応に準じた処理をしていただけているものと存じます。

この度のご心配を、ある程度解消できたかどうかわかりませんが、少しでもご安心をいただけたら幸いでございます。合掌。

2026年6月15日 22:08
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有り難し
おきもち

現代はやたら「背負い込んでる」人が多いと思う。 わざわざ自分が背負い込まなくても良いようなものまでも、率先して背負い込んでる。 なのに結局悩んでる。自らの意志で背負い込んだはずなのに。 そこのあなた、身に覚えありでは? ほら、そうやって決めつけてしまう癖、見直しませんか? 放り出すのが早すぎやしませんか? 五十路が目前に迫る愚僧の超個人的なボヤキだと思ってください。 私の回答が誰かの人生の潤滑油になれば幸いです。 常にいろいろ勉強中。死ぬまで修行は続きます。ここhasunohaも道場のひとつです。 お付き合いのほど、どうぞよろしくお願いいたします。

習慣の違いに愚僧も驚く

ご質問ありがとうございます。

お気持ち、よく分かる気がします。

実は愚僧も、関東から名古屋のお寺へ移った際、火葬後のお骨上げの違いに驚きました。

関東では7寸ほどの大きな骨壺にお骨をほぼ全て納める「総骨」が一般的です。一方、名古屋や関西では5寸程度の骨壺に主要なお骨のみを納めることが多く、残りは火葬場にお任せします。

どちらが正しいという話ではなく、長い年月の中で育まれてきた地域の習慣の違いなのでしょう。

関東では明治以降、全てのお骨を収める風習が広まりました。一方、関西には本山へ分骨する習慣もあり、お骨の一部をお参りの対象とする考え方が昔からありました。そのため、お骨を全て持ち帰らないことへの抵抗感も比較的少なかったのだと思います。

ただ、私はご質問を拝見していて、あなたが気にされているのは「お骨の量」ではないように感じました。

東京で丁寧に灰を集める職員の姿を見ながら、故人への思いを重ねておられたのでしょう。

だからこそ、名古屋で多くのお骨を残していくことに、心が追いつかなかったのではないでしょうか。

けれども、故人は骨壺の中だけにおられるわけではありません。

全てのお骨を持ち帰っても、ほんの一部を持ち帰っても、故人を偲ぶ心の尊さは変わりません。

仏教では、この身体は因縁によって仮に集まったものであり、やがて大地へ還っていくと説きます。

お骨がどこへ行くかよりも、故人を忘れず手を合わせる人がいることの方が、ずっと大切なことなのかもしれません。

残骨の行方については地域によって扱いが異なりますが、多くの火葬場では合同供養や合祀など、定められた方法で丁寧に取り扱われています。少なくとも粗末に捨てられるようなことではありません。

ですから、どうか安心してください。

そしてもう一つ。

「喪主でもないのに質問しづらい」と書かれていましたが、故人を想う気持ちに喪主も親族もありません。

疑問があれば、お坊さんに尋ねて構わないのです。

少なくとも愚僧は、そうして故人を想い続けておられる方からのお話を聞くのは嬉しいことですよ。

合掌

2026年6月15日 23:15
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有り難し
おきもち

個別相談可能
浄光寺の三浦康昭です。 くよくよと考えてもしかたがありません。明るく前向きに楽しく愉快に生きていくためのヒントを自分自身も考え続けながら、また少しでも皆さんのお役に立てればと考えています。できるだけ、わかりやすく簡単にお答えしていきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。現在も整骨院をやっていますが、医療福祉関係の仕事に長年従事してきました。他に、知的障がい者施設の仕事に関わらせていただいています。また、イジメや引きこもりなど子どもたちのために何かできることがないか、現在模索中です。フリースクールをお寺で開講予定しています。仏教特に浄土学は死ぬまで研鑽だと思っていますが、居眠り専門なのが、課題です。

質問者からのお礼

早々に物理面でのご回答をありがとうございます。参考にいたします。

三浦康昭様、ご回答をありがとうございます。なぜかストンときました。

「本山」と伺って、「分けることは信じて委ねることだし、すべて引き受けるのも美しい責任」と思えた気がします。

なお、火葬場のために申しますと、もちろん遺骨や灰が粗末に扱われると思っているわけではありません。ただ、その時はきっと、「もうしばらく持っていていいと思い込んでいた物」あるいは「もうしばらく一緒にいると思い込んでいた人」を不意に知らないところへ奪われた感覚を持ってしまったのだと思います。

ご回答を拝読して、その「物/人/魂」が別の方向へ行きたかったのだと思えば、すんなりと委ねられるのだと気づきました。「ずっと同じ電車ね。いや、あっちのホームに来た電車に乗り換えたほうがあなたには好都合なの? なら、ここで。あなたがどこの駅で降りるのか知らないけれど、またクラウドで会おう」みたいな?

なお、「喪主でもないのに」というのは、お坊さんに対する遠慮ではなく、ほかの親族の手前、ただでさえ日頃から空気読めないヤツだと言われているズケズケした私が“お嬢さん、おはいんなさい”を巧くできないというだけなのですが、僧侶の皆さまは仰るようなお気持ちでいらっしゃると信じて、いつかお話してみたいと思います。

皆さまのおかげで今日は温かい気持ちで眠れそうです。

中田みえ様、ご回答をありがとうございます。
仰るとおりで、骨壺のサイズを決めたり、事前の細かい説明に呼ばれるのはごくわずかな人数ですので、そこに参加できない者としては余計に驚きや寂しさが大きかったです。
考えてみれば、あの時は、それまでの葬儀と違って、独りでいることを強いられる時間が長かったのも、あれこれと考えすぎる要因になったのかもしれません。
納骨の際には確かに、屋外で皆で同じ説明を伺えて穏やかな気持ちでいられました。
詳しくありがとうございました。

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