人生が思い通りにならない
人生を振り返ると、自分では精一杯努力しているつもりでも、思い通りにならないことが何度もありました。そのたびに悩み、不安や焦りを感じ、「なぜ自分にはこのような出来事が起こるのだろう」と考えてしまいます。
最近は特に、人生は自分の力だけではどうにもならないことが多いと感じています。一方で、その現実を受け入れようとしても、思い通りになってほしいという気持ちや、過去への後悔、将来への不安が心から離れず、気持ちが揺れ動くことがあります。
仏教では、このような「思い通りにならない人生」や「執着」「苦しみ」をどのように受け止めているのでしょうか。また、苦しみの中でも心穏やかに、自分らしく生きていくためには、どのような考え方や日々の実践を大切にすればよいのでしょうか。
お坊さんのお考えをお聞きし、これからの生き方の参考にしたいと思っています。
お坊さんからの回答 4件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
これでいいと受け入れていくことも、生きやすさですよ。
そうですね〜思い描いたようになれば、どんなにいいかと願いますよね。そのために努力をしても、自分だけではどうにもならないこともありますよね。人生は思うようにいきませんよね。
受け入れていく先に、余裕や改善が見えてくるのかもしれませが、「受け入れる」ということが一番難しいことなのかもしれませんね。
仏教では、思うようにいかないのが、この世(人間)だと知りなさいと教えられます。それなのに、どうにかしたいと想いを強くするから、苦を生むと気づかされます。苦しいのは、私が起こしていることでもあるのです。
「因果」という言葉があります。何事も、起きていることには原因があるのです。苦しい苦しいだけでは、解決も解放もされない。起きていることを、見ていく。受け止めていく。そして引き起こした因があることを、受け入れていかねば、苦しみから抜け出せない。生きやすさが見つからないままなのです。
あなたが、思い通りにしたいことはなんでしょうか。そうならない原因は、なんでしょうか。もし、誰かを動かしたり、変えることなのであれば、それはその誰かが望むことなのでしょうか。あなたの考えに当てはめていないでしょうか。誰かの生き方は、私がどうにかできることではないのかもしれませんね。
過去への後悔。何があなたを苦しめるのか。
将来への不安。将来をどう描くのか。何が不安になっているのか。
一緒に考えながら、みんなで生きていく道も、また心強いと思いますよ。
悩みは尽きませんが、それは、描く力がある人間だからなのでしょうね。期待し、欲を持つ。だから生きるエネルギーにもなる。悪いことではありません。誰もが沸き起こる想いでもあるのです。ですが、大きく膨らむと、苦しみも生んでしまう。
これでいいと受け入れていくことも、生きやすさですよ。
頭で分かっていることを実践するためのトレーニング
仏教の考え方でざっくりいえば、こうなりたい、これがほしい、これがいやだ、こうでなければならないという類いの個人の「執着」は、それが自己の都合に根ざしたものであるためにほとんど叶うことはありません。それが自然な状態です。
部分的に都合良く進んだとしても、もっとこうでなければ、もっとほしい、これもあれもいやだ、もっとこうなるはずだ、どうしてこうなのかわからない、という心のはたらきの根源にある貪(むさぼり)・瞋(いかり)・癡(おろかさ)によって、もっともっともっと、と自己の都合は際限なく肥大します。
自己の都合と現前の状態の差が目に入れば、常に「思い通りにならない人生」として映り、「苦しみ」を生みます。
では、現前の状態をそのまま受け入れれば、心が落ち着き、平穏に暮らせるのでしょうか。そうではありません。お金が足りない、たよれる人がいない、人の気持ちが分からないという状態は、人生をより良く送るためには解決しなければならない課題です。
そのためには、こうなりたい、これがほしい、という自己の中にある欲求が、確かに人生をより良く送るためのものなのか、それとも貪・瞋・癡にそそのかされたものなのかをよく見極める必要があります。
たとえば、「1000円ほしい」と思った時、その1000円が夕食を整えて心身を養うためのものなのか、それとも単にお金が増えると自分の力が強くなったような気がするから欲しいのか。前者はなくてはならない1000円ですが、後者はなくてもいい1000円です。
貪・瞋・癡のうち、もっとも厄介なのが癡です。貪(むさぼり。ほしい、ほしい)も瞋(いかり。きらい、きらい)も結局は癡(現前の状態を正しく観察できないおろかさ)に引っ張られるものだからです。
ご質問を読ませていただくと、おおよそここで書いたことは、なんとなく頭の中では分かっていらっしゃるようにも感じます。しかし、頭でなんとなく分かっていることと、それが実践できることには大きな差がある、というのも仏教の教えです。
頭で分かっていることが腑に落ちて実践できるようになるには、一定の身心のトレーニングが必要です。
仏教では、瞑想と呼ばれる身心を静寂に保ち自他を省察する方法があります。
仏教由来の瞑想方法にはやり方の流儀がいくつかあります。ネットや本で調べられて、良さそうなものを試してみてはいかがでしょうか。
揺れ動く心もそのままに受け止め、あなたらしい穏やかな日々を
ご相談ありがとうございます。人生が思い通りにならず、「なぜ自分に」と思い悩むお気持ちは痛いほどわかります。しかし、どうかご自身を責めないでください。
お釈迦様は「一切皆苦」、つまり「人生は思い通りにならないものである」と説かれました。すべての人が多かれ少なかれ苦しみを抱えています。仏教では苦しみから解放された「さとり」を目指しますが、その苦しみの原因は「こうあってほしい」という「執着」などの「煩悩」です。この煩悩を滅することが解決策であり、そのための日々の実践が「八正道」です。しかし、日常を生きる私たちがこれを完璧に実践するのは大変難しいことです。
そこで、ご自身の力だけで頑張り抜こうとするのではなく、「阿弥陀さまにお任せをする」という真宗の教えもあります。「南無阿弥陀仏」とお念仏を称え、全ての衆生を救うと誓われた阿弥陀如来をただ信じてお任せするのです。
一口に仏教と申しましても様々な道のりがあり、どれが優れているとは決められません。ご自身に合う道を選ぶと良いでしょう。私たちが生きているうちに「さとり」を開くことはほぼ不可能に近いかもしれません。しかし、「思い通りにならないのが人生だ」と「受け止め方」を変えることによって、少しでも「心穏やかに」生きることは可能です。
焦らず、ご自分のペースで構いません。揺れ動く心もそのままに受け止め、あなたらしい穏やかな日々を過ごされることを願っております。
拝
縁起寺 釋聴法
失敗こそ学び
【回答】
人生は思い通りにならない。
本当にそうですね。
私自身も、振り返れば思い通りにならなかったことばかりです。
会社経営も、親の介護も、相続も。
「どうしてこんなことが起こるのだろう。」
そう思ったことは一度や二度ではありません。
でも、今は少し考え方が変わりました。
人生は思い通りにならないからこそ、学びがある。
そう思うようになったのです。
例えば、一生懸命努力したのに結果が出なかったとします。
それは失敗でしょうか。
私はそうは思いません。
その過程で、
「あの時こうすればよかった。」
「次はこうしてみよう。」
そんな創意工夫や学びが必ずあったはずです。
思い通りにいく人生だけでは、人はなかなか成長できません。
仏教では、この世を「思い通りにならない世界」と説きます。
だからこそ苦しみが生まれる。
しかし、その苦しみを通して、人は優しさを知り、他者の痛みを理解し、自分自身も成長していくのだと思います。
過去を悔やむこともあるでしょう。
未来が不安になることもあるでしょう。
それも人として自然な心です。
大切なのは、その気持ちに振り回され続けないことです。
「今日は今日。」
「今、自分にできることを一つやってみよう。」
その積み重ねが、やがて未来をつくっていきます。
思い通りにならなかった人生は、決して無駄ではありません。
むしろ、たくさん悩み、たくさん失敗し、その中から学んできた人ほど、人の痛みが分かるようになります。
それは人生の大きな財産です。
どうか、ご自身の歩んできた道を否定しないでください。
あなたは、思い通りにならなかったからこそ、多くを学び、多くを得てこられたのです。
その人生は、決して失敗ではありません。
私は、そう思います。
合掌
質問者からのお礼
ご丁寧にお答えいただき、本当にありがとうございました。
「思い通りにならないのが人生」というお言葉や、「受け入れることが生きやすさにつながる」というお話が心に残りました。頭では理解しているつもりでも、実際に受け入れることの難しさを改めて感じています。
また、「悩みは描く力があるからこそ生まれる」というお言葉にも励まされました。悩みを否定するのではなく、自分自身と向き合いながら、少しずつ心の持ち方を見つめ直していきたいと思います。
温かく寄り添い、分かりやすくお話しくださり、本当にありがとうございました。



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◆こちらから、無理に聞き出すことは致しません。
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