大学生活をずっと後悔しています
初めまして。24歳、社会人3年目の女性です。
大学時代のことを今でも引きずっており、率直なご意見を伺いたいです。
私は2024年に大学を卒業しました。
1、2年生はコロナ禍でほとんど登校できず、対面で友達を作る機会があまりありませんでした。
2年生くらいからは「このまま卒業したくない」と思い、学内のサークルにいくつか入ってみました(初めはオンライン中心でした)しかし、すでにできている人間関係の輪になじめなかったり、楽しめず、ここに入っている意味があるのだろうかと考えることが多く、入っては辞めるを繰り返してしまいました。
結局、大学で今でも連絡を取る友達は2人だけです。
オールや合宿、旅行など、いわゆる「大学生らしい青春」はほとんど経験しないまま卒業しました。
一方で、社会人になってからは不思議と人と話すことが苦ではなくなり、同期や先輩・後輩とランチや飲み会へ行くこともあります。
だからこそ、「なぜ大学時代はあんなに人と関われなかったんだろう」「あの頃の自分がもっと積極的だったら」と考えてしまいます。
同期や友人から大学時代の思い出話を聞くたびに、自分だけ大学生活をやり直せないまま大人になってしまったような感覚になります。
このままではいけないと思い、社会人サークルやイベントにも参加してみましたが、出会い目的や勧誘目的の人がいたり、雰囲気が自分には合わなかったりして、なかなか「ここなら続けたい」と思える場所が見つかりません。
そこで相談です。
私は今でも「大学時代をやり直したい」という気持ちが消えません。
あのときこう動いていたら、もっと他の選択をしていればと後悔ばかり浮かんでいます。
大学に入り直したり、大学院へ進学したりすれば、この後悔は少しでも埋まるのでしょうか。
それとも、私は「大学時代にしか得られない経験」を取り逃してしまったのでしょうか。
この気持ちとどう折り合いをつけたらいいか、これから私にできることはあるのか、教えていただきたいです。
お坊さんからの回答 5件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
何歳になっても思い出深いものにしていける人生。諦めず手にして
「大学時代にしか得られない経験」に青春のイメージを持ち過ぎではないでしょうか。
確かにコロナ禍が大学時代だったのは、気の毒でしたよね。せっかくの学生時代を奪われたようで悔しいでしょうし、こんなことがなければ、もっと違っていたのでしょうか?環境だけでなく、人間関係やあなたの関わり、全てが大学生活だったのではないでしょう。
人生には、いろんなことが起きます。あなたの人生に、これからも想定外のことは起きていくでしょうね。この世はそういうものだと思っておくほうがラクかもしれません。
そして、そんなタイミングだから経験したこともあるでしょう。オンラインも進みました。どんな状況でも、繋がる道を探すことが、また経験になるのです。
私の子どもも、あなたと同じように、コロナ禍を歩みました。学校、クラブ、受験、卒業、全てコロナ真っ只中で、可哀想なほど、何の行事も行えずでした。それでも、次の環境をしっかり歩み、現実を受け入れ、繋がりを深めてくれています。
大学だけが青春ではないですよ。私自身も、オールや合宿、旅行など、いわゆる「大学生らしい青春」など一切経験していません。大学が忙しかったからです。教育実習に国家資格取得と、アルバイトもあまりできませんでした。それなのに、就職氷河期世代ですから、もう必死です。大学生活に青春を楽しむなんて、遊んでられませんでしたよ。
まあ〜自分が生きた時代や選んだ道を恨んでも仕方がありませんし、それも良き思い出です。
後悔しても時間は戻せませんものね。後悔するなら、今この瞬間を一つひとつ記憶に留めていきながら、これからにあなたが想像する青春を作っていきましょう。
何歳になっても、思い出深いものにしていける人生を。諦めずに手にしていきたいですね。
過去を悔やまず、未来を憂わず、「今、ここ」を一生懸命に生きる
はじめまして。あなたのお悩み、深く拝読いたしました。失われた時間を取り戻したいというお気持ち、とてもよく分かります。しかし、僧侶の視点から申し上げますと、あなたの大学生活は決して「失敗」ではありません。むしろ、ごく自然で立派な歩みです。
まずお伝えしたいのは、メディアが作り上げた「理想の大学生像」という幻影にとらわれすぎないでほしいということです。現在でも連絡を取り合える友人が2人もいるというのは、実は大変豊かで恵まれたことです。交友関係は「数」ではありません。また、大学の本質は「学問を修める場」です。困難な状況下で学業を修め無事に卒業されたこと自体、大いにご自身を肯定すべきなのです。
「十人十色」という言葉があるように、人生の歩みもご縁の結び方も千差万別です。同期の方の思い出話と比べてご自身を卑下する必要は全くありません。あなたは今、社会人として周囲の人と良好な関係を築けています。それは、あなたが社会に出てから見事に咲かせた、あなた自身の魅力です。
現在「ここなら」と思える居場所が見つからないのも、単に「ご縁」のタイミングです。ご縁は機が熟せば自然と巡り合うものですから、焦る必要はありません。
大学への再入学についてですが、もし「これを深く学びたい」という明確な目標があるならば素晴らしい選択です。しかし、過去の「青春のやり直し」だけが目的ならば、過去の幻影を追うことになり、心の隙間を埋めることは難しいでしょう。
禅の言葉に「前後際断(ぜんごさいだん)」があります。過去を悔やまず、未来を憂わず、ただ「今、ここ」を一生懸命に生きるという意味です。過去に過剰に囚われるのではなく、まずは「一人の社会人」としての今を大切に生きてみてください。目の前の仕事や現在の人間関係を大切に育むこと。そうして今を輝かせることで、必ずあなたにふさわしい仕事や恋愛の良い「ご縁」が巡ってきます。あなたの人生は、これからいくらでも豊かに広がっていくのですよ。
拝
縁起寺 釋聴法
あれがあのときの実力だった
私は中高生の頃長距離走をやっていましたが、速くはありませんでした。
近年、YouTubeではランニングの解説動画が沢山あります。
もしも学生時代にこのような知識があったらもっと良い記録を出せていたと思います。
それは、今の私が昔の私よりも賢くなったからそう思えるのです。
あなたが大学時代を悔やめるのも、あなたが当時よりも成長して賢くなった証しでしょう。
しかし、私の中学時代にはYouTubeがなかったので、結局はあれがあのときの私の実力だったのです。
私がお世話になった数学の先生は、「誰にでも論理的思考、計算はできる。ただ、考える前提の情報が違うから計算結果が違うだけだ」と言われました。
私の中学時代には、あの情報しかなかった。
だから、同じ情報、同じ状況に戻ったら、私はまた同じ答えを出すはずです。
誰でもそうではないでしょうか。
その時々の判断は、その場面・情報の中では正しい判断だったのです。
仏教では、過去の自分と今の自分は実は他人みたいなものだ(肉体も心も新陳代謝で入れ替わっている)と説きます。
記憶データを相続しているから同一人物だと勘違いしているだけ。
数年前の大学生の記憶データ(知識)を、今のあなたがインストールして利用しているから、今のあなたはあの大学生よりも賢くなれるのです。
「それ」「その学び」が大学生活の成長に必要な糧だった
みんな誰でも一度くらいは今の自分のままあの頃に還りたいナァみたいなことは思うもんですよ。そういうストーリーのドラマや漫画も山ほどありますよね。
理想の大学生活めいたものはドラマとかアニメで描かれてますが、そういう理想的なキャンパスライフを送っている人ってほぼほぼいなくねーすかね。(´-`*)
しかもそれも作者の願望ですけん。作者そんなライフ送ってねーし。
居たとしたら、それは何なのでしょうか。
その人の裏の人格、性格とか毎日見張って実際を知ることが可能でしょうか?
それが成功体験だったとして今どうなのでしょうか。その後どうでしょうか?
その後の いま が そのひとの いま なのです。あなたも、そやつも、あのひとも。
どんなに過去において輝かしい人生を送ろうともやがては誰もが高齢者となって支えれらながら生活をする。
だから、今をあなたは大事に使うべきです。
だって、今を用いてあなたなにやってんの。(´👄`*)
あなた過去をリプレイしているだけ。
大学時代無駄に過ごしたぜーとかいうならなおさらそのリプレイと後悔こそが一番サイテーっすわ。(サイテー言わない。)ですが、そのぐらい厳しく言わんとアナタは今後も今というあなたが一番輝けるトキ(✨時✨)を用いてクソ滑るんすよ。(クソ言わない)
賢い人は今、輝ける人です。
知り合いのカバさんは今モテキ到来。(70代だけどね)
先日も会の女子たち7,8人に囲まれて持ち上げられてましたよ。(女子たちも60~80代だけどね)
カバは重たいんです。でも異性たちに持ち上げてもらえるんです。🦛
インドの山奥、埼玉県に住む変態仙人TKG玉子かけご飯丹下格言和尚の語録に
「人は何もしてないとか大したことやってなかったとかいうけど、その時、その人、それをしたかったからその大したことをしないということを選択してやっていたのだぞ」説があります。
つまり、あなたはおそらく当時、ああだった、こんなだったということがあっても、それはあなたがその時、そうしたかったことを選択してやっていたんですよ。
防衛的で保身的だったと。
それはとても良いことなのです。
チャラチャラしたり、あまりにも行動的すぎないことや自身に向き合う姿勢も人の魅力になるのです。そのつつましい生き方をいいと思ってくださる人に出会うことです。
さぁ、それでは、すべてを内包した今をお大事に。
あなたの思いはよくわかります
コロナ禍は私の長い人生の中でも前代未聞の出来事でした。
最大の被害者は、亡くなられたり、後遺症に苦しめられている方を別にすれば、猛威を振るった時期に青春時代を送った人たちだと思っています。
高い学費を払いながら、授業はオンラインで、キャンパスにほとんど足を運ばずに卒業したという若者を何人も知っています。
こんな例えはふさわしくないかもしれませんか、たまたま太平洋戦争の時代に青春を迎えたため戦場に送られた人々のようです。
大学時代をやり直したいというあなたの思いは大変よくわかります。
しかしながら、時計の針を巻き戻すことはできません。
あなたが現在社交的で、人の輪に進んで入っていけるのは素晴らしいことです。
それはもしかしたら、大学時代の辛い体験のお陰かもしれません。
大学時代にしかできない経験というのは確かにあるかもしれませんが、同じように24歳でしかできない経験というのがあります。
今を精一杯生きて、楽しんで、あなたが普通の大学生活で手にするはずだった以上の思い出をつくり上げてください。



午後から夜の時間帯は都合がつきやすいです。
◆こちらから、無理に聞き出すことは致しません。
言いにくいこと、言えない気持ちも大切にします。あなたのお気持ちのままに、ゆっくり待ちながら、その気持ちを大切に受け止めたいと思っています。
◆自死で大切な人を亡くされたり、死別により 死が受け入れられなかったり、心の整理がつかない方へ。30分ずつでも、オンラインで定期的に気持ちに向き合っていきませんか。吐露したり泣ける時間も、大事なグリーフケア 。
◆個別電話ってドキドキして勇気のいることだけれど、声が届くから、聞こえてくるから、ちゃんと繋がっているようで、そばにいるように安心出来ることもあります。
◆ 終末期ターミナルケア、看取り、希死念慮、自死、グリーフケア、トラウマ、PTSD、子育て、産前産後うつ、不妊、傾聴、手話、要約筆記者 としても、サポート
◆出来るだけ希望時間にお応えしたいと思いますが、午前中は毎日 法務があります。
(相談は、hasunohaオンライン相談より受付下さい。お寺へのいきなりの電話相談は受けていません。法務が優先なので)
◆一人で悩まないで。待っていますね(﹡´◡`﹡ )