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すべてが終わりました

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有り難し有り難し 15

以前から相談させていただいていた
末期がんの彼のことです。

前回、自分の気持ちに正直に
彼の言葉の奥にある気持ちを察して、
とアドバイスをいただき、
背中を押され病院へ通っていました。

先週末お見舞いに行き、
彼はそのほとんどの時間朦朧としていて、
半分眠ったような状態でしたが、
浮腫んだ足をマッサージしてあげて、
そしたら手をぎゅっと握ってというので、
握ってあげました。

また来ますね、平日も仕事が早く終わったら来ますね、といって別れました。

昨日行ったら彼はもう病院にいませんでした。
看護師さんに確認したら、転院したとのこと。家族じゃないと教えられないと、転院先も教えてもらえませんでした。

もう彼は自分の気持ちを上手に伝えることができない状態で、意識も朦朧としていて、でも私の事はきちんとわかっていて、側にいて欲しいと思っているようでした。
また来ますね、と約束をしたので、私のことをどこかで待っているんじゃないかと思うとすごく辛いです。

ご家族には一度あったことがあり、許されるなら彼が自力でメールや電話ができなくなった時で何かあったときには、直接連絡が欲しいとお願いしていました。

でも連絡もらえませんでした。
もしかすると彼がそれを望んだのかもしれません。家族を悲しませたくないと思って、家族だけに看取ってもらおうと決めたのかもしれません。でも三日前の彼は確かに私を求めていました。
もう連絡をとるすべはなく、返ってこないとわかっていても、彼にメールを送ってしまいます。もしかするとご家族が見られて、気持ちを汲み取ってくれないかと、バカみたいな期待をしたりしてしまいます。

苦しい。どうすれば、自分の気持ちを整理することがてきるでしょうか。


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お坊さんからの回答 4件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

終わった〈こと〉、終わらない〈人生〉

 貴方様が「すべてが終わりました」と言うしかないところに立っておられるお気持は、お察しします。
 しかし、あくまでもすべてをかけていた〈こと〉が終わったのであり、貴方様の〈人生〉が終わったのではありません。

 かつて、太平洋戦争に出征する学生たちはこう詠みました。
「遂(ト)げ得ざる論文を措(オ)きて卒業す悔(クイ)とし言はばかかる悔のみ」(東京商大 唐津常男)
「本つめし箱に蓋(フタ)すとうちうちて最後の針はねもごろにしぬ」(國學院大學 玉井清文)
「教授室に灯(アカリ)あかあかと書(フミ)よます師がおもかげの沁みて思ほゆ」(金沢医大 佐竹隆三)
 学問にかけていた身が、繰り上げ卒業という形で書物から離れざるを得ず、我が人生はここまでと覚悟を決めたのです。
 そして、多くの方々が散華(サンゲ)された一方で、多くの方々が帰還し、続く〈人生〉を生きられました。
 いかに揶揄(ヤユ)されようと亡くなるまで戦友、英霊への思いを唄い続けた鶴田浩二は、14才の頃から目ざしていた俳優への道を離れ19才で学徒出陣し、海軍航空隊の生き残りとして帰還しました。
 そして、22才で難聴になった左耳をかかえながら生涯、〈こと〉にかけて生きたのです。

 小生も、明確な目的を持った受験に失敗した時、自分の〈人生〉に幕が降りたと痛感しました。
 乗客が絶え間なく行き来する電鉄の駅を眺めると、人々は皆、駅の明かりをバックにした影絵のようにゆらゆらする存在でしかありませんでした。
 電車が通ると激しく揺れる小屋のような居酒屋の二階でお題目を唱える女将を見ていると、まるで小さな子が土管の奧へ奧へと進むように、この世からどこまでも遠ざかって行くように思えました。
 もう、生きようがありませんでした。
 それでも、泣きつつ、笑いつつ、縁に助けられながら生きていると、〈人生〉が続いていたと実感させられる〈こと〉が起こるものです。
 小生は20年後にようやく〈終わった日々〉に終わりを告げ、托鉢から真に生き直しを行いました。
 まったく思いもよらぬ成り行きでした。

 貴方様も、終わったと胸に受けとめつつ生きられれば、いつの日かまたきっと〈こと〉が生じるに違いありません。
 仏神は、まっすぐに受けとめて放さない真摯さが新たな縁を招き、新たな世界が開けるよう見守っていてくださると信じています。合掌

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もう少しあがいてみませんか

かじさん

彼が末期がんになったこと

かじさんを求めている彼の気持ちに応えられないこと

彼に自由に会いにいけないこと

辛く、苦しい気持ちが伝わってきます。

彼が亡くなってしまうだけでも
とてつもない苦しみであるのに

最後に一緒にいられないことが
かじさんをまた苦しめているのかと思います。

過去の質問も見させていただいて
複雑な事情が絡んでいるのかとは思います。

ただ、すでに彼のご家族に
かじさんの存在は明らかになっているのであれば

徒労に終わるとしても
もう少しあがいてみませんか

そしてかじさんの正直な気持ちを伝え

場合によっては彼のご家族に複雑な
感情を与えてしまうかもしれません
その時はお詫びをしましょう

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不完全コミュニケーションは一生残る

コミュニケーションはお互い納得がいくまで完結させるに限ります。
どこまで行ったら終わりとかはない。
どんな会話でも完結させる。
それほど難しいことではないです。
単純だからこそおろそかにしてはいけないことなのです。
人が亡くなって悲しいのも、不完全なコミュニケーションであったり、互いのやり取りが不完全燃焼のままだから苦しいことがほとんどです。
生きていいるうちにそれを何とかして解決してください。
生きながらきっちり別れと感謝を伝えてください。
あなたの意識がハッキリとしている内に伝えたいことがあります、と。
以下、あえてキビいことを申し上げます。
勝手に、終わらせてんのはアンタだろが。('Д')
人は死んだって終わらねーぞ?
死んだって生きている人間は対話を続けていくんだぞ?(゜-゜)
終わらせんじゃねーぞ?( `ー´)ノ
ましてや生きているのに終わったとか言っている暇があったらさっさと家族のところに入ってでも最後の面会を求めるべきでしょうが。(>_

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丹下 覚元(たんげ かくげん)
今月の提唱 「菩提心をおこす」 菩提心をおこすということは、たとえ...

あなたは留まるわけにはいきません

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みなさん、こんにちわ。童楽寺の副住職の小林裕淳(ゆうじゅん)といいます。悩...

質問者からのお礼

たくさんのアドバイスをありがとうございます。少しだけ気持ちの整理ができました。それは、2週間前彼が告げた私のための別れの言葉を受け入れることです。彼はいつも自分から私を解放してあげないとと思っていました。貴女は元気でこんな若いのに、自分のようなの年寄りに付き合ってダメだよ、と言われてました。最期のときを一緒に迎えなくても、きっと彼は私を想ってくれているし、私が彼を想っていることも充分伝えられたと思います。あとは彼が私のためにとってくれた苦渋の決断、気持ちを受け入れてあげることが彼にとってもいいのではと思えてきました。きっと私を見ると辛くなるんだと思います。そんな彼を見ると私も辛い。本当は幸せにしてあげたいのに、余計苦しめてしまう。離れていてもお互いを想っているし、これまで積み重ねた時間は誰がなんと言おうと二人の宝物です。
貴方は今穏やかに幸せですよね?それなら私も幸せです。貴方の幸せが私の幸せです、とテレパシーのように想いを送っています。きっときっと彼に届いていると思います。
彼が生き抜くことを教えてくれたから、私は変な気は起こしません。
ご家族にはもう一度だけ手紙を書きます。私は彼の人生のおまけのようなもので、家族第一だったこと、それでもおまけはおまけとして彼の人生に関われたこと、すごく幸せだったと伝えたいです。

「癌・末期ガンと向き合う」問答一覧

母がガンです。

現在26歳女性です。4年前、50代の母が10万人に1人の珍しいガンと判明し、薬で抑えていましたが数ヶ月前に悪化しました。 今は食欲も体力もあり普通に生活できていますが、病院からは厳しいことを言われています。 兄弟はなく、父は歳が離れていて70代です。過去に脳梗塞の経験があり、持病も抱えています。 私は近くで一人暮らしをしていましたが、今実家に戻っています。 私は、母がいなくなったら後を追いたいです。 母は、幼い頃から内向的で感情的だった私にずっと寄り添って守ってくれました。 友達や恋人、もし将来旦那さんが出来たとしても、母より私のことを考えてくれて無償の愛を与えてくれる存在はありえません。 嬉しいことがあると母に報告して、母が喜んでくれて、初めて私の幸せです。 この先私に幸せな出来事があったとして、そこに母がいなければもう私の幸せではありません。 それに、父と2人での生活も気が重いです。父娘の愛情はありますが性格が合わず、母がいてくれてやっと一緒に生活できていました。 高齢で一人暮らしの経験が無い父は離れて暮らすことを許さないと思います。でも、父を連れて結婚はできないだろうし、父が亡くなった時にはもう私も30、40代かもしれません。 もしその後結婚しても、帰る実家や家族がない私は雑な扱いを受けるだろうし、子どもを連れて離婚した時は誰にも頼れずどうしようもできません。よって結婚も考えられません。 この先私に待っているのは、最愛の母との別れ、父との暗い生活、天涯孤独の余生です。 それなら母を見送った後、遅くても父を見送った後にすぐ死にたいです。 母はそんなこと悲しむだけと言われると思いますが、死後に見守ってくれるなんてこと私は無いと思っています。 10年前に祖父が亡くなった時、姉弟で母だけ献身的に看病し看取りました。昔からトラブルメーカーで母を悩ませ、祖父の葬式にも来なかった伯母は、現在病が良くなり3度目の再婚もするそうです。 もし祖父が見守ってくれているなら、伯母よりも母を幸せにしてくれるはずです。 母も私も宗教系の学校出身ですが、今は神様や仏様なんていないんだと感じます。 すみません。長くなってしまい質問もよくわからなくなりました。どこかに書きたかっただけかもしれません。母が元気なうちにしてあげられることのアドバイスがあればお聞きしたいです。

有り難し有り難し 17
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病気が怖い、特に癌が怖い。

2年程前に妻が乳癌になり、それを機に私自身が心気症(病気不安症)になってしまいました。 幸い妻は無事手術も終わり、現在は通常の生活を過ごしております。 私はいまだに、体調に異変があると癌だったらどうしようと考え、直ぐに病院行き出来る限りの検査をしてもらい、納得出来なければ、別の病院で検査してもらうといった事を繰り返しております。 今、一番不安なのが一年半程前に親知らずを抜いた歯茎の違和感です。 歯医者で診てもらったところ、大丈夫だと思うけど、心配なら大きな病院で診てもらったらと言われ、大学病院を受診しましたが、特に心配無いと言われて一旦は落ち着いたのですが、数日後やはり気になり、以前通院していた市民病院で再度診てもらったらところ、今は問題無いけど、歯磨きなどで何度も傷つけると悪いものになる可能性もあるから、一年後にまた診せてと言われたことがショックでなりません。 このまま一年間毎日悪いものになったらどうしようと怖い思いをしながら過ごす事を考えたら辛くて仕方ありません。 妻や知人に話すと、考え過ぎとか一年に一回の健康診断と同じとの意見や細胞なんて破壊と再生を身体中で繰り返してるんだから同じだよと言われました。 私も頭では分かっていても気持ちや考え方が切り替わらなく、仕事も休んでしまう状態になってしまいました。 どうか気持ちや考え方が変わる良い知恵を授かりたいと思いますので、宜しくお願い致します。

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がんの治療をしたのに消えたくなります

長文失礼いたします。 私は以前がんの治療を行い、現在経過観察中です。   治療をしていた時は死にたくないと思っていたし、治療も前向きに考えて取り組んでいましたが、治療が無事に終わってからは生きることが辛くて死にたい思いがどうしても消えません。 こんなことを言うとせっかく治療を乗り越えたのにと色々な人から怒られますが、できることなら生きたいと思っている人たちに自分の寿命を分けて自分は消えてしまいたいです。   死にたい気持ちが消えない理由はわかっていて、治療の関係で足に障害が残ったこと、友人達は働いているのに自分はまだ働けていないこと、病気が理由で付き合っていた人からふられたことなど、周りは先に進めているのに自分はなりたくなかった病気のせいで取り残されていると感じて、未だに自分の現状を受け入れられていないからだと思っています。   また、最近は仲の良い友人が鬱になり、病気の辛さでマウントを取られるようになって、余計に死にたくなるようになりました。   せっかく治療を終えて生きているのに死にたいと考えてしまう私が生きていることが、今頑張っている人や亡くなった人に申し訳なくて、余計に死にたくなる悪循環を繰り返してしまいます。   このような考えをなくすためにはどうしたら良いでしょうか。 アドバイスをいただけたら幸いです。 よろしくお願いいたします。

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