すべてが終わりました
以前から相談させていただいていた
末期がんの彼のことです。
前回、自分の気持ちに正直に
彼の言葉の奥にある気持ちを察して、
とアドバイスをいただき、
背中を押され病院へ通っていました。
先週末お見舞いに行き、
彼はそのほとんどの時間朦朧としていて、
半分眠ったような状態でしたが、
浮腫んだ足をマッサージしてあげて、
そしたら手をぎゅっと握ってというので、
握ってあげました。
また来ますね、平日も仕事が早く終わったら来ますね、といって別れました。
昨日行ったら彼はもう病院にいませんでした。
看護師さんに確認したら、転院したとのこと。家族じゃないと教えられないと、転院先も教えてもらえませんでした。
もう彼は自分の気持ちを上手に伝えることができない状態で、意識も朦朧としていて、でも私の事はきちんとわかっていて、側にいて欲しいと思っているようでした。
また来ますね、と約束をしたので、私のことをどこかで待っているんじゃないかと思うとすごく辛いです。
ご家族には一度あったことがあり、許されるなら彼が自力でメールや電話ができなくなった時で何かあったときには、直接連絡が欲しいとお願いしていました。
でも連絡もらえませんでした。
もしかすると彼がそれを望んだのかもしれません。家族を悲しませたくないと思って、家族だけに看取ってもらおうと決めたのかもしれません。でも三日前の彼は確かに私を求めていました。
もう連絡をとるすべはなく、返ってこないとわかっていても、彼にメールを送ってしまいます。もしかするとご家族が見られて、気持ちを汲み取ってくれないかと、バカみたいな期待をしたりしてしまいます。
苦しい。どうすれば、自分の気持ちを整理することがてきるでしょうか。
お坊さんからの回答 4件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
終わった〈こと〉、終わらない〈人生〉
貴方様が「すべてが終わりました」と言うしかないところに立っておられるお気持は、お察しします。
しかし、あくまでもすべてをかけていた〈こと〉が終わったのであり、貴方様の〈人生〉が終わったのではありません。
かつて、太平洋戦争に出征する学生たちはこう詠みました。
「遂(ト)げ得ざる論文を措(オ)きて卒業す悔(クイ)とし言はばかかる悔のみ」(東京商大 唐津常男)
「本つめし箱に蓋(フタ)すとうちうちて最後の針はねもごろにしぬ」(國學院大學 玉井清文)
「教授室に灯(アカリ)あかあかと書(フミ)よます師がおもかげの沁みて思ほゆ」(金沢医大 佐竹隆三)
学問にかけていた身が、繰り上げ卒業という形で書物から離れざるを得ず、我が人生はここまでと覚悟を決めたのです。
そして、多くの方々が散華(サンゲ)された一方で、多くの方々が帰還し、続く〈人生〉を生きられました。
いかに揶揄(ヤユ)されようと亡くなるまで戦友、英霊への思いを唄い続けた鶴田浩二は、14才の頃から目ざしていた俳優への道を離れ19才で学徒出陣し、海軍航空隊の生き残りとして帰還しました。
そして、22才で難聴になった左耳をかかえながら生涯、〈こと〉にかけて生きたのです。
小生も、明確な目的を持った受験に失敗した時、自分の〈人生〉に幕が降りたと痛感しました。
乗客が絶え間なく行き来する電鉄の駅を眺めると、人々は皆、駅の明かりをバックにした影絵のようにゆらゆらする存在でしかありませんでした。
電車が通ると激しく揺れる小屋のような居酒屋の二階でお題目を唱える女将を見ていると、まるで小さな子が土管の奧へ奧へと進むように、この世からどこまでも遠ざかって行くように思えました。
もう、生きようがありませんでした。
それでも、泣きつつ、笑いつつ、縁に助けられながら生きていると、〈人生〉が続いていたと実感させられる〈こと〉が起こるものです。
小生は20年後にようやく〈終わった日々〉に終わりを告げ、托鉢から真に生き直しを行いました。
まったく思いもよらぬ成り行きでした。
貴方様も、終わったと胸に受けとめつつ生きられれば、いつの日かまたきっと〈こと〉が生じるに違いありません。
仏神は、まっすぐに受けとめて放さない真摯さが新たな縁を招き、新たな世界が開けるよう見守っていてくださると信じています。合掌
もう少しあがいてみませんか
かじさん
彼が末期がんになったこと
かじさんを求めている彼の気持ちに応えられないこと
彼に自由に会いにいけないこと
辛く、苦しい気持ちが伝わってきます。
彼が亡くなってしまうだけでも
とてつもない苦しみであるのに
最後に一緒にいられないことが
かじさんをまた苦しめているのかと思います。
過去の質問も見させていただいて
複雑な事情が絡んでいるのかとは思います。
ただ、すでに彼のご家族に
かじさんの存在は明らかになっているのであれば
徒労に終わるとしても
もう少しあがいてみませんか
そしてかじさんの正直な気持ちを伝え
場合によっては彼のご家族に複雑な
感情を与えてしまうかもしれません
その時はお詫びをしましょう
不完全コミュニケーションは一生残る
コミュニケーションはお互い納得がいくまで完結させるに限ります。
どこまで行ったら終わりとかはない。
どんな会話でも完結させる。
それほど難しいことではないです。
単純だからこそおろそかにしてはいけないことなのです。
人が亡くなって悲しいのも、不完全なコミュニケーションであったり、互いのやり取りが不完全燃焼のままだから苦しいことがほとんどです。
生きていいるうちにそれを何とかして解決してください。
生きながらきっちり別れと感謝を伝えてください。
あなたの意識がハッキリとしている内に伝えたいことがあります、と。
以下、あえてキビいことを申し上げます。
勝手に、終わらせてんのはアンタだろが。('Д')
人は死んだって終わらねーぞ?
死んだって生きている人間は対話を続けていくんだぞ?(゜-゜)
終わらせんじゃねーぞ?( `ー´)ノ
ましてや生きているのに終わったとか言っている暇があったらさっさと家族のところに入ってでも最後の面会を求めるべきでしょうが。(>_<)
言いたいこと、伝えたいことを、伝えきらないと後悔すると思いますよ?
あなたは留まるわけにはいきません
質問者からのお礼
たくさんのアドバイスをありがとうございます。少しだけ気持ちの整理ができました。それは、2週間前彼が告げた私のための別れの言葉を受け入れることです。彼はいつも自分から私を解放してあげないとと思っていました。貴女は元気でこんな若いのに、自分のようなの年寄りに付き合ってダメだよ、と言われてました。最期のときを一緒に迎えなくても、きっと彼は私を想ってくれているし、私が彼を想っていることも充分伝えられたと思います。あとは彼が私のためにとってくれた苦渋の決断、気持ちを受け入れてあげることが彼にとってもいいのではと思えてきました。きっと私を見ると辛くなるんだと思います。そんな彼を見ると私も辛い。本当は幸せにしてあげたいのに、余計苦しめてしまう。離れていてもお互いを想っているし、これまで積み重ねた時間は誰がなんと言おうと二人の宝物です。
貴方は今穏やかに幸せですよね?それなら私も幸せです。貴方の幸せが私の幸せです、とテレパシーのように想いを送っています。きっときっと彼に届いていると思います。
彼が生き抜くことを教えてくれたから、私は変な気は起こしません。
ご家族にはもう一度だけ手紙を書きます。私は彼の人生のおまけのようなもので、家族第一だったこと、それでもおまけはおまけとして彼の人生に関われたこと、すごく幸せだったと伝えたいです。