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檀家会と信教の自由について

回答数回答 4
有り難し有り難し 27

結婚して同居した夫の実家は融通念仏宗(大念仏)の檀家です。
40軒ほどの自治会のほとんどが同じ寺の檀家で、自治会の班(組)毎に檀家会の役が回ってきます。5組あるので5年に1度の周期です。

これまでは義母が檀家会の役をしていましたが、高齢のため今年の役から私が担当することになりました。

春秋の彼岸、夏の施餓鬼、11月の如来さん、年末の大掃除など、ほぼ毎月行事があり、寺の内外の掃除やお坊さんや尼講の方への接待などに終日拘束されます。

行事によって夫婦で来るようにとか女性がという風に決められるので、完全に強制です。
私自信は大念仏を全く信仰していないにも関わらずです。
これは信教の自由に違反しないのでしょうか?

自治会と檀家会が一体化していることにも納得できません。
また檀家には家柄や過去のお布施の額で格付けがあり一覧表が配られます。キリスト教などでは考えられないことです。

考えすぎて体調を壊し、離婚や引っ越しも考える毎日です。
何とか近所の方とトラブルになることなく、個人的に檀家会から抜ける方法はないでしょうか。

2014年11月21日 21:31

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お坊さんからの回答 4件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

嫌なら覚悟を決めなさい。

 本当に嫌なら同じ思いを持った人と行動を起こすしかありません。総代さんや住職さんに一人でなくて同じ思いをした人と言いに行くしかありません。その時には感情的にならずに
①なぜ、行事参加が難しいか?
②このような行事なら参加は可能ですが、この行事にはこのような理由で参加が難しい。
③自分の家族はこのような事情で夫婦では行事に参加し辛いので考慮してほしい。
等、合理的な理由をしっかり言うべきです。意見がすべて通るわけではありませんが考えるきっかけにはならないでしょうか?
 ワシから言わせると、自分のお寺はどんな行事をしても集まりがイマイチ悪いのでうらやましくてしかありません。
 最後にどうしても受け入れられないなら、この土地から一回離れて暮らしてみるのもいいのではないでしょうか?その上であなたの菩提寺の宗教が必要と感じたならまた、戻ってきてもいいと思います。家族の理解も必要ですが・・・。
 お礼の言葉を見る限り、あなたの回答は決まっています。離檀ですね。宗教があなたにとって苦になるならもう辞めてしまいなさい。ワシは止めません。ワシの信仰している仏教で苦しむ人の姿は見たくありません。取り敢えずここから離れて新しい生活を初めて下さい。これからもあなたの生活が実りあるものとして祈っております。ワシのアドバイスを聞くか聞かないかはあなた次第です。自己責任でお願いします。

2014年11月23日 0:26
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有り難し
おきもち

ちょい悪坊主を目指しています。尊敬する人は一休さん。

正しさを見つめ直せばよいのです

あなたはおそらく❝正しさ❞に苦しめられているのであると思います。
お寺の正しさと、夫の正しさと、ご自身の中の正しさ、キリスト教的な正しさ。
❝正しい❞という事を真に理解されればスッキリするはずです。
「法」 と いう文字を 意訳すると 「あるべきよう」と訳されます。
思想の世界による❝正しさ❞には、❝正しさ❞に限界があります。
ですが、その正しさ。正義の本質とは何かお分かりでしょうか?
政治の世界ではみんな自分の政党が正義・正しさを主張するでしょう。
だから争論、当は争いが起こる。
それは低い次元の「正しさ」なのです。
仏教、仏法上の正しさは、対立がありません。争いが起こりません。自分たちだけの正義ではありません。だからこそ正法なのです。
正法の名のもとであっても争うようでは、それは正法ではありません。
正に対する邪や悪が生まれるからです。
子供のアニメのアンパンマンでたとえればアンパンマンだけが正義で、正義だからバイキンマンたちを皆殺し、絶滅させて良いという理屈は❝正しい❞でしょうか。
宗教も排他な宗教があります。他を認めない、という姿勢は❝正しい❞でしょうか?
正しいと主張しても、あるべきようではありません。
私はワイフは元クリスチャンで、坊さん同士でも意見の違いが生じることもあります。
どちらが正しいという事は私たちの関係にはありません。
そこで大切なのが❝法❞ 「あるべきよう」なのです。
あなたの夫がそのお寺の護持者であっても、あなたにはあなたの人生があります。
妻の立場として、夫の趣味、夫をこの世に存在させた先祖を祀るヤシロのイベントの支援、援助程度だけ関わるようにして、入信は別問題にすればよいのではないでしょうか。宗教は押し付けであってはいけません。宗教の前に人間の心が先です。妻はパン派ですが、私はゴハン派です。その違いはあって当然なのです。
個人の自由や、家族愛より宗教を優先させるような流れになればそれは❝あるべきよう❞ではありません。
あなたの体調がすぐれず、不本意ながら体調不良になってまでも出て行くようであれば、あなた自身の生き方として❝あるべきよう❞ではありません。
困った時は、困った時のそれぞれの状況の中で、この状況にとってのあるべきようを考えてみましょう。
❝あるべきよう❞ これを 熟考してみて頂ければと思います。

2014年11月26日 22:36
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有り難し
おきもち

丹下覚元(たんげかくげん)
お悩み相談 ❝あなたの悩みという荷物をおろしてみませんか?❞ 「お寺で...

自分の宗教心を固め、正しさにあまりとらわれないやり方

考えるべきポイントは三つ。
①一心の自由は何ものにも替え難い
自主的な選択が許されないところに真の宗教心はありません。宗教は心を縛るものではなく、解放するものだからです。目をつむった時、好きな人の顔がすぐ思い浮かべられるように、お地蔵様のお顔などが自然に思い浮かべられ、その状態に留まることが心の安寧ならば、それがその人の宗教心の核であると言えます。この安寧こそが解放状態です。
だから今、周囲で習慣的に行われ、貴方様も参加している宗教行為が、貴方様にとって真の宗教として救いとなっているかどうか、調べてみましょう。
②宗教的慣習はどこにでもある
戦争に負けた日本は、国家神道が戦争をリードしたことにかんがみ、教育の現場などからあらゆる〈宗教的〉なものが徹底して排除されたため、世界的に異様なほど自称無宗教の人々がたくさん暮らす国となりました。それでも私たちは、お祭やご葬儀の時は、伝統的作法によって喜びや安心を得ています。そこには宗教心があります。
③あまり〈正しさ〉を優先させず、優雅さや穏やかさを優先させる
個人的宗教と地域的慣習の二つは重ならない場合が多くあり、問題や悩みが生じたりします。具体的な選択肢としては、まず、社会的儀礼と割り切って慣習的宗教行為に従い、心には誰も踏み入ることのできない自分の世界をきちんと保つ意識になってみること。論語に「君子は和して同ぜず」とあります。和することは、同じになり、自分が融けてしまうことではありません。
どうしても自立心を保てず、和することもできず、苦しい気持が募る場合は、問題が起きるたびに、自分なりの験直しなどを行い、一件落着とするよう、工夫してみましょう。
また、正しさばかりを優先させず、優雅さや穏やかさを優先させる気持でことに当たることも大切です。世の中は正しくないことだらけです。それは、正しさの基準が人それぞれ千差万別であり、正しさは人の行動をうながす要素の一つでしかないからです。誰しもがそうして社会を生き、社会に生かされています。柳眉を逆立てず、おりをみて新住民としての意見を発しつつ、穏やかな慣習の変化を待つことがベストです。命は無常であり、主役は必ず入れ替わります。この理をよく観て、何とか自立心を保ちながら慎重な判断をされますよう。

2014年11月22日 17:27
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有り難し
おきもち

村寺の問題について

心穏やかに様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

まだまだ村社会、地縁社会の地方においては、村寺(地元の自治会や青年団等で寄り合い所となっているなど村社会の中心的な役割を担っているお寺)があり、自治会での地蔵盆や合同法要・供養等で、その村寺に法要の経費やお布施を自治会費から出しているところも少なからずあるのではないかと存じます。

また、心穏やかに様のところのように、自治会のほとんどの会員がそのお寺の檀家であるならば、尚更にそのような慣習・慣例的なものも強くあるのでないかと存じます。もちろん、お金の問題も当然となりますが、強制的なそのお寺の行事へのお手伝いも問題は問題であります。

ただ、既に危惧されておられますように、そのような村社会において、明らかな嫌悪を示し、反対・批判をすると、それこそ村八分となり、余計なストレスや嫌がらせ等を受けてしまうことも十分にあり得ますので、檀家・自治会を辞めない限りは、いずれにしても難しいことに変わりはありません・・

方法としては、同じく疑問を持っている者、意見を同じくする者たちと共に、住職・責任役員、総代に対してしかるべくに提案・進言して、意識改革を促して、そのような強制的なお手伝いを辞めさせるようにするのが良いのではないかと存じます。せめて意思確認、事情確認ぐらいはしてもらえるようにすると良いのではないかと存じますし、お手伝いをさせるにしても、その対価としての報酬(時給ででも)もしかるべくにお寺から出すようにしてもらうと良いのではないかと存じます。

また、「信教の自由」に関しましては、これまでに下記の各問いにて扱わせて頂いておりますので、ご参照下さいませ。

http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/tag/信教の自由

とにかく、まずはお身体どうかお大事にご自愛下さいませ。少しでも善処へと向かい、心穏やかに過ごされることができますように祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

2014年12月6日 9:13
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有り難し
おきもち

川口 英俊
「僧侶は、悩む人に正しいくすりを調剤できる薬剤師であれ」 http:...

質問者からのお礼

貴重なお時間をとってご回答いただき、ありがとうございます。

正しさばかりを優先せず…つまり「信教の自由に反するじゃないか」などと言わず、と言うことですね。

波風を立てたくないならそれしかないのかも知れませんが、何よりストレスの原因は強制されること、しかもお布施集めのためとしか思えないような行事のために、どうみてもお金集めしか頭にないようなお坊さんたちのために貴重な休みを拘束されることです。

とうとう胃痙攣をおこし病院に行きました。

遠藤様のおっしゃるような穏やかさは当分身につけられそうにありません。

「お坊さん、お寺の結婚夫婦問題」問答一覧

親の望む道を行くか、自分のために生きるか

私はお寺の長女として生まれました。弟もいますが、軽度の障害があるため、父も母も「あいつには無理だ」と言っており、長年私がこの寺を何とかするものという暗黙の了解がありました。 大学を卒業後、付き合っていた在家の彼氏と結婚をしました。彼は大手のITの会社で働いていましたが、寺を継ぐために、後々修行をして住職として働くことを了承の上結婚をしました。ですが、快くOKしてくれたわけではなく「一緒にいるためには、そうするしかないから、仕方なく継ぐ」と言った感じでした。 2年後、会社を辞め修行の道へ入ることになりました。彼は会社を辞める際、なぜそんな人と結婚したのか?もっと良い人がいたのではないか?と言われ傷ついていました。かと言って離婚するわけにも、修行を断念するわけにもいかず、結局春からの修行へ行くこととなりました。 しかし、その内容は本人も私も想像を超えるものでした。私が寺の娘なばっかりに、好きな人に辛い思いをさせ、仕事も辞めてもらうことになり、とても負い目を感じていました。私の人生に付き合わせて申し訳ないとも思っていました。 私は自分のせいで辛い思いをしている彼をそばで見ていることが出来ず、彼は仕方なく始まったお坊さんの仕事に意義を見つけられず、結局夫婦関係は破綻してしまいました。 それから私は、もう一般の方と普通に恋愛をして結婚することは叶わないと思うようになり、お見合いもしました。しかし、父の仕事に対する姿勢や、本山の悪い噂など、仏教に対する不信感は強まってしまいました。 両親は、今まで寺を修繕したり、家を建てたりしてきたので莫大なお金を寺につぎ込んでいます。それは、私が継ぐ時に困らないようにとのことだったので、そうならなければ今までの努力もお金も失うと思っているようです。 自分たちは今まで住んでいた家を失い、私は実家と呼べる場所がなくなります。 でも、私には今やりたいことが他にあります。父や母を悲しませたくはありませんが、親の思うようにだけ生きていくのももう限界です。 それを父に伝えましたが「考えが甘い」「自分が幸せならそれで良いのか」「周りを幸せにして初めて自分が幸せになれる」と言われ全く聞く耳を持ってもらえません。 親は強者で、子どもは弱者。こちらが真剣に話をしても、所詮子どもの言うことと片付けられてしまいます。 どうすれば良いでしょうか?

有り難し有り難し 12
回答数回答 1

世間体に関して

先程 姑さんから言われた言葉で 納得ができないため お言葉を頂きたいです。 お寺に嫁いで2年目です。 今はまだ、お義父さん お義母さんの代なので 私たち夫婦は副住職でその妻です。 いろいろありますが乗り越えて頑張っております。 平日 火曜から金曜はパートにでていて うち2日は14時〜18時までの 子どもに関わる仕事 うち2日は11時半〜20時半 ただし通勤時間が長い為 帰宅は23時頃 販売に関わる仕事 土日はお寺の法事やらお寺の仕事をしています。 全てパートに出るに、姑さんから許可をとり働いていましたが 今日帰宅したら 「帰り時間が遅い、寺嫁として世間体がよくないから帰り時間を早めた方がいい」 と言われました。 帰り時間が遅くなる旨を伝えていたものの 販売の仕事は帰り時間が遅くなる。と伝えていた為、お姑さんからしたら 遅くなる時間は18時とか20時の事だと思った。との事 意見の相違があり私の伝え方がいけなかった所は反省しました。 ですが、今までパートで週2回 23時に帰宅してた際は 姑さんが寝ていた為 目で見てないから 何も言われておらず、 今日は起きていたから言われた感じでした。 「いつもは遅くないじゃない。 あ。私が寝てたから知らなかっただけか。 でも、世間体が悪いから早く帰ってきた方がいいと思う。」 という感じでした。 さらに言われたのが、 「遊びで帰りが遅いのはいいけど、仕事で帰りが遅くなるのは寺嫁として世間体が悪い」と言われました。 この言葉がわたしには理解ができません。 お寺さん側の方の考えは、 みなさんこのような考えなのでしょうか? 「寺嫁として、世間体が悪い。と言うなら 法事に出ず 趣味で外出してますよね? お寺の事やらず 出かけますよね? 法事中に車のエンジン音鳴らして遊びいきますよね? それは、寺嫁として世間体が悪いからにならないんですか?」 と反論してしまったのですが、 「わたしは長年やってきたから もう遊んでいい。わたしはいいけど あなたは世間体が悪いから駄目。」って いうことらしいです。 私にはいろいろ理解ができません。 お寺の方はみなさんそのような考え方なのでしょうか? それでしたら、どうしていけばいいのでしょうか? お言葉よろしくお願い致します。

有り難し有り難し 4
回答数回答 1

お坊さんと結婚して思う事

こんばんは、はじめまして。 昨年、お寺に嫁いだ新米な寺嫁です。 本来は旦那や家族に相談して解決していく事だと思いますが…旦那(副住職)に関しての話なのと お寺に嫁いだ以上、自分が決めた道だからあまり周りに弱音を吐かず。周りに話したらお寺の内情を知られるのもよくないかと思い我慢して過ごしてまいりましたが… いよいよ。よくわからなくなってきたため 同じお坊さんにお話を聞いていただきたく質問、相談させて頂きます。 私は一般家庭から嫁いだ為、仏教を習った事もなく 全てが初めての世界でした。 旦那とは2年交際をし、入籍しました。 お付き合いしている時の旦那は、優しくて 気が利いて 行動的でいろいろ連れて行ってくれました。 束縛がかなり激しく、連絡はマメに。毎日会わないといけない。人でしたが 結婚すれば 毎日一緒だからそれに関しては乗り越えられると思い いろいろありましたが 結婚を決意し、嫁ぎました。 お朝勤も毎日やってるよ!法事も忙しいんだよ! お寺は忙しいから仕事辞めてもらわなきゃならないな…といわれ 嫁ぐ以上 中途半端にならないよう仕事を辞め 嫁ぎました。 嫁ぎましたら…嫁いだ日から180度旦那は変わりました。聞いていた話はただ旦那が見栄をはる為だったこと お朝勤もしてない、法事中も寝て手伝わない 「仕事も辞める必要なかったのに。収入なくてつらい」なんて言われる始末。 挙句には「1人の時間がなくて俺は我慢してる」と 嫁いで完全同居な私に言い放つ。 そして 日々の日常は旦那ペース。 わたしから お寺の仕事やろう。お朝勤やろう。って声かけてる現状も不思議なくらい。 義理のご両親は、自覚の問題だからな〜で終わり。 終いには、私が率先してお寺の仕事すれば旦那もやるかもしれないからやっていって!と言われたり。 旦那は、お寺さんだからなのか 言葉が上手く。 外では最高に優しくいい旦那発言をします。だからみんないい旦那だね!あなた幸せだね!って言われて それがつらいです。 何やるにも、後回し。何かあれば、旦那の両親がやってくれる。と 私も休みたい日はあるのに 休んでいいよ!俺休んできたから!なんて声かけは一回もなし。 私はどこまで頑張ればいいのでしょうか? お寺に嫁ぐというのはそうゆうお坊さんを支えなければいけないのでしょうか? 心の持ち方を教えてください。

有り難し有り難し 28
回答数回答 1

お寺に嫁いだ嫁の家族。立場は1番下。

先日、住職である義父が亡くなりました。 通夜には当然私の家族も参列したのですが、翌日に坊守である義母から呼び出されました。内容は ・私の家族が座った位置 ・役員さんが帰る際、通りすがった母もお見送りをした事 を指摘されました。 お寺では1番は住職、その次に家族、親族、役員さん方が来て嫁の家族は1番下だとはっきり言われました。 なので座る位置も1番後ろ、表立ってお見送りするのはもってのほかとの事。 そしてそれは常識だと言われました。 役員さんに文句を言う人もいて経営に差し障ると困ると叱られました。 知らなかった私たちも悪かったと思いますが、これは常識なんでしょうか? 寺では常識かもしれませんが一般常識では無いと思います。 ちなみに、副住職である主人は知らなかったそうです。 そして見送りをしていた母に義母は 「しゃしゃり出て」 と言い放ちました。本当に常識がある方はこの様な言動するでしょうか? 席順も私の家族は誰かに席を譲られたそうで流れで座ったので悪意も全く無かったと話しても義母は聞く耳持たずです・・・ 住職様方にお聞きしたいのはこの扱いはどのお寺でも当然なのか否かです。 2日間夜遅くまで手伝いに来てくれた母が不憫になり質問をさせていただきました。 長々と失礼しました。回答をよろしくお願いします。

有り難し有り難し 129
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跡継ぎを探しております

私の実家は三重のお寺です。 跡継ぎがいなくて困っています。 私(女)は兄弟姉妹もいないのですが、両親は、私をお坊さんと結婚させて継がせるなどとは考えておらず、他のお寺さんからお坊さんを呼んで跡継ぎにする予定でいたため、私は小さい頃から「継がなくていい、好きに生きなさい」と言われてきました。 そして実際、父の先輩お坊さんのお弟子さんを迎え入れることになり、お盆やお葬式の時に手伝っていただいていました。 しかし、そこまで話が進んでいるにもかかわらず、その跡継ぎ予定の方と彼女さんの間に赤ちゃんが生まれ、その上彼女さんはお寺の奥さんになることを拒否しているようです。 父も、直接本人から上記の話を聞けている訳ではなく、どう切り出せばいいのやら、という状態らしいのですが、望みは大分薄そうです。 私もお寺に戻るつもりはありませんし、未来の結婚相手にお坊さんになってもらうつもりもありません。それは両親も同じ気持ちです。 そのため、三重のお寺に入ってくれるお坊さんを探しております。 彼女さんや奥さんがいらっしゃっても、お寺の奥さんになることに同意されているのなら大歓迎です。 どなたか、うちのお寺に入っていただけないでしょうか。もしくは、入ってくれそうな方をご紹介いただけないでしょうか。 よろしくお願い致します。

有り難し有り難し 7
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