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死が怖い

回答数回答 2
有り難し有り難し 31

初めまして。優子と申します。
私は幼い頃から『人は死んだらどうなるんだろ。死んだあと残された家族が悲しんでいる姿を見るのは怖いな…』等良く考えていたのですが、数年前に頭の手術をしてからその思いが強くなりました。
月に数回なのですが、たまたま息苦しさを感じたり頭痛感じたり些細なことで
『寝ている間に死んでしまうのでは…』
と、ほぼありえないのはわかっているのですが不安になり考え込んでしまう事があります。
家族に相談しても『考えすぎ』と言われて終わりです。

このような気持ちになったときどうやって気持ちを切り替えれば良いのか教えて頂ければ幸いです。

2016年6月8日 11:08

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

仏教が答えを持っています。

優子さんや私がいくら考えても、考えてもわからないことですが、

手に取るようにわかったのが仏教の開祖お釈迦さまです。

南無阿弥陀仏(なむあみだぶ)と名を呼べば極楽浄土へと迎えとってくださる仏様がおられる。

ということを2500年前にお示しくださいました。

仏教は『死』ばかり言うから好かない。こうおっしゃる人もおられますが、
誰もが通る、そして誰もが恐れるこの一大問題を解決せずして、充実した『生』もありません。

自分がどこへ連れて行かれるのかわからない列車の旅ほど心細いものはありません。

窓の景色に目をやりながら気の置けない仲間や家族と缶ビール片手に駅弁がおいしいのも『目的地』がわかっているからこそです。

お互いにいつ降ろされるかわからない列車の旅ではありますが、
なんと阿弥陀さまのお迎えつきで楽(よろこび)極まりない世界(極楽浄土)に連れてってもらえるのです。
そこで縁のあった方々と再会できます。

私たちにはわかりません。
いくら考えてもわかりません。

ならば、
真理を悟った人の言葉を素直に信じてみませんか?

すると、『死』ばかりでなく、
『生』も光り輝いてきます。

たまに、お風呂でも布団の中でも、いつでもどこでも結構です。
阿弥陀さまに身も心もゆだね、
なむあみだぶ、なむあみだぶ。と
お念仏をおとなえしてみてください。

おのずから心休まってゆきます。

2016年6月8日 15:04
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有り難し
おきもち

仏教ってすごい。 お念仏ってありがたい。 学問でない仏教、理屈じゃ...

戻ってくる方がいないので。

初めまして、文読ませていただきました。私がハッキリと言える事それは誰も戻って来ない事です。いやな場所なら必ず何らかの形で身体がある内に戻ろうとする人がいても良い筈です。
きっと柔らかな心持ちになれる場所なのでしょうね、私は病で死ぬ時は心静かにして眠るようになんて!絶対しません、藪医者もっと良い方法は無いのかとか、死にたくないとか言いながら人間らしく旅立とうと思っています。どうぞ怖がらないでください、その時が来たら素直になれば良いだけの事です。命ある限り生かされている事に感謝し大地にしっかりと足をつけて歩んでくださいね。満足した人生が恐怖を必ずや消してくれますよ。そして先に旅立った懐かしい人に会えますから、またこの世の楽しかった事など話せたら良いですね。寂しさなんてありませんから安心してくださいね。

2016年6月11日 17:19
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有り難し
おきもち

竹前 敬史(真田 敬史)
皆様、私は僧侶としてこの時代何が出来るか絶えず自問自答しておりました。いま...

質問者からのお礼

お忙しいなかとても丁寧にわかりやすくお答え頂きありがとうございます。

誰にもわからないこと…だからなおさら考えてしまうんですね…。
恐怖にさいなまれる時、心を無にしてゆっくり南『無阿弥陀仏』と唱えてみたいと思います。

私の話をばかにすることなく聞いて下さりそして、共感してくださり本当にありがとうございました。

「死ぬのが怖い」問答一覧

死ぬのが怖い

30代女です。 小さい頃に母を病気で亡くし、そこから死に対しての恐怖心が生まれました。小学生の時に死ぬのが怖いと感じるようになり、死ぬのは嫌だと泣いたことがありました。 そこから中学高校大学、仕事と、小学生のときのように泣くほど怖がったことはないですがうっすら漠然と死ぬのは怖いなと考えることもありました。色々と忙しかったこともあり、考える時間も少なくなってきていました。 しかし、30代になり、ずっと続けていた仕事を人間関係で揉めて、中途半端な時期に辞めました。辞めたことに後悔はなく、ずっと続いていた人間関係でのストレスも一気になくなり、最初は楽しく考えていました。しかし、暇でずっとゲームをする日々、そして自分が30代という年齢に突入したこと、周りの人は結婚をして落ち着いている中恋人もいない、次の仕事もまだ探し中、親も父のみ、そして一般的な私の年代の親よりも歳をとっていますので、父の死についても考えるようになり、父が死んだあと自分は生きていけないという考えからまた、小学生の時のような自分が死ぬことへの恐怖心が再び芽生えました。 ネットで色々調べましたがタナトフォビアだと思います、身近な人が死ぬのも恐怖ですが、自分が死ぬことへの怖さ、無になることへの恐怖が強く、突然発作のように発症し、過呼吸になったり涙が出たりととてもしんどい思いをしています。生きたくないとは思いません。死にたくないのです。しかし、不老不死のように永遠に生き続けるのも怖いです。矛盾していますが...。1度考え出すと恐怖が止まらず、夜も眠れません。今の自分の状況がこの先不安でしかなく、30代にもなってこのタイミングで結婚もしないまま死んでいくという考えしかできず、ずっと怖いです。タナトフォビアの克服など検索しましたが、読むだけで怖いです。助けてください。

有り難し有り難し 6
回答数回答 1

死への恐怖

母は私が幼いころに癌を患い、その後治療を続けていたものの半年ほど前に再発しました。今すぐに命に関わるという病状ではないのですが、身近な人間の死に関わりうる病気を通して死というものを考えることが増え、もうどうしていいかわかりません。 私と母とは30ほど歳が離れています。つまり、一般的な寿命を迎えることができても、私はいつか母がいない時間を30年も過ごさなければいけない。そのことが私には耐えられないことに思えます。私には妹弟はおりませんので、私は家族の中で最も長く生きる可能性が高いわけですが、自分の大切な人が皆亡くなってもなお生きていかなくてはいけないのでしょうか。頭ではそんなことわかっているのです。死は避けられない、身近な人の死も受け入れなくてはいけないし、皆そうやって受け入れて乗り越えて生きていると思うのですが、わたしにはそのことができないように思えます。親不孝の極みですが、母が死ぬ前に死ねたら幸せだなとすら思ってしまいます。 私が中学3年の時に祖父が亡くなった時のことを未だに忘れることができません。少し前まで生きていた、人が、生きてはいないということが受け入れられず、その恐怖を忘れることができません。昔見たドラマで、大量殺人を犯した犯人が、人をモノにするのが好きなんだと言っているものがありました。祖父の葬式の時に感じた、人がモノになったということが、私の中に恐ろしい記憶として残っています。祖父の死以来、刑事ドラマも不愉快で見ることができません。人の死を面白がって作っているように思えてしまうのです。私はどうしたらいいのでしょうか。受験期に入り、ストレスや疲れもも溜まっているのか、死ぬこと、母のこと、いつか大切な人が皆亡くなってしまった時のことなどばかりかんがえてしまいます。

有り難し有り難し 4
回答数回答 1

死について考えるとパニックになります

死ぬことがとても怖いです。 死んだ後、こうやって今文字を打ってる、自分という存在はどうなるのかと考えると、怖くて仕方ありません。 死は逃れられないのだから、どうにか死を受け入れられるように、死というものに悲しいイメージを抱かないようにと、お釈迦さまの考えや、聖書など様々なものを読みました。 ですが、いざ死について考えた時、魂という存在や天国、地獄など、それらのものが無かったら?と考えてしまいます。 最近はニュースなどで殺人や自殺など誰かが亡くなってしまう内容を見ると、死は突然訪れるのだと強く感じ、とても苦しく、死にたくないと叫び泣いてしまいます。 こういう話を周りに相談すると、後悔の無いように生きることを全うする、考えても仕方ないのだから考えないようにするなどアドバイスをいただきます。 ですが、後悔の無いように生きても、私は死にたくないんです。死ぬ前に生きてて楽しかったな、なんて思える気がしません。 不老不死でいいのかと言われたら、それで構いません。私という存在が無くなることの方が怖いです。 死からは逃れられないという気持ちと、死ぬことが怖いと思う気持ちどちらも交互に出てきて、また教えやアドバイスを受けても、実際はどうなのか分からないじゃないかと考え受け入れることが出来ない、そんな自分はどうすればいいでしょうか。 まとまりのない文章となり申し訳ございません。お願いします、助けてください。

有り難し有り難し 39
回答数回答 3

死への恐怖を改善したい

初めて質問をする者です。 よろしくお願いします。 当方、大学4年生で就活活動中です。 タイトル通りなのですが、 いわゆる自分はタナトフォビアなのだと思います。 きっかけは恐らく 幼稚園の頃に経験した祖母の死 小学生の頃に経験した祖父の死 高校生の頃に経験した母親の死 だと感じています。 身の回りにこれだけの身内の死を経験した人がいなく、あまり共感はされません。 仕方のないことだと分かっています。 避けられないことだとも分かっているのです。 しかし、怖いのです。最近時間があるせいか、毎日のように死んだらどうなるのか、これからの別れに耐えられるのか、生きる意味とは何なのか、そういうことばかり考えています。 何も手につかなくなってしまいます。 周りの人たちは、こういうことを考えず前向きに将来のことを語っているのに、今の私にはそれが出来ません。私も前向きに将来を語りたいです。 心配性なところもあり、果たして自分はいつまで生きることが出来るのか、考えても仕方がない未来のことを心配してばかりいます。 周りからは明るい人間だと言われるのですが、今はとてもそんな状態ではありません。 きっと母親の死が大きすぎたのですが、高校生活が忙しく、適切に処理出来ていなかったのだと思います(泣いたら駄目だと思っていました) 同じように悩んでいらっしゃる方をここのサイトで知ることが出来、私だけではないのだと感じることが出来たのですが、やはり心配性、恐怖は改善されませんでした。様々なQ&Aを見てきた中で、なぜ仏教を学ばないのかと不思議に思うことがあるという回答をしていらっしゃったお坊さんがいたのが印象的でしたので、初心者にもおすすめな本などがあれば教えて頂ければ幸いです。 避けられない運命を、せめて受け入れられる考え方、心得を教えてほしい、助けてほしい。 以上、長文にお付き合いいただきありがとうございます。

有り難し有り難し 9
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