死が怖い
初めまして。優子と申します。
私は幼い頃から『人は死んだらどうなるんだろ。死んだあと残された家族が悲しんでいる姿を見るのは怖いな…』等良く考えていたのですが、数年前に頭の手術をしてからその思いが強くなりました。
月に数回なのですが、たまたま息苦しさを感じたり頭痛感じたり些細なことで
『寝ている間に死んでしまうのでは…』
と、ほぼありえないのはわかっているのですが不安になり考え込んでしまう事があります。
家族に相談しても『考えすぎ』と言われて終わりです。
このような気持ちになったときどうやって気持ちを切り替えれば良いのか教えて頂ければ幸いです。
お坊さんからの回答 2件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
仏教が答えを持っています。
優子さんや私がいくら考えても、考えてもわからないことですが、
手に取るようにわかったのが仏教の開祖お釈迦さまです。
南無阿弥陀仏(なむあみだぶ)と名を呼べば極楽浄土へと迎えとってくださる仏様がおられる。
ということを2500年前にお示しくださいました。
仏教は『死』ばかり言うから好かない。こうおっしゃる人もおられますが、
誰もが通る、そして誰もが恐れるこの一大問題を解決せずして、充実した『生』もありません。
自分がどこへ連れて行かれるのかわからない列車の旅ほど心細いものはありません。
窓の景色に目をやりながら気の置けない仲間や家族と缶ビール片手に駅弁がおいしいのも『目的地』がわかっているからこそです。
お互いにいつ降ろされるかわからない列車の旅ではありますが、
なんと阿弥陀さまのお迎えつきで楽(よろこび)極まりない世界(極楽浄土)に連れてってもらえるのです。
そこで縁のあった方々と再会できます。
私たちにはわかりません。
いくら考えてもわかりません。
ならば、
真理を悟った人の言葉を素直に信じてみませんか?
すると、『死』ばかりでなく、
『生』も光り輝いてきます。
たまに、お風呂でも布団の中でも、いつでもどこでも結構です。
阿弥陀さまに身も心もゆだね、
なむあみだぶ、なむあみだぶ。と
お念仏をおとなえしてみてください。
おのずから心休まってゆきます。
戻ってくる方がいないので。
初めまして、文読ませていただきました。私がハッキリと言える事それは誰も戻って来ない事です。いやな場所なら必ず何らかの形で身体がある内に戻ろうとする人がいても良い筈です。
きっと柔らかな心持ちになれる場所なのでしょうね、私は病で死ぬ時は心静かにして眠るようになんて!絶対しません、藪医者もっと良い方法は無いのかとか、死にたくないとか言いながら人間らしく旅立とうと思っています。どうぞ怖がらないでください、その時が来たら素直になれば良いだけの事です。命ある限り生かされている事に感謝し大地にしっかりと足をつけて歩んでくださいね。満足した人生が恐怖を必ずや消してくれますよ。そして先に旅立った懐かしい人に会えますから、またこの世の楽しかった事など話せたら良いですね。寂しさなんてありませんから安心してくださいね。
質問者からのお礼
お忙しいなかとても丁寧にわかりやすくお答え頂きありがとうございます。
誰にもわからないこと…だからなおさら考えてしまうんですね…。
恐怖にさいなまれる時、心を無にしてゆっくり南『無阿弥陀仏』と唱えてみたいと思います。
私の話をばかにすることなく聞いて下さりそして、共感してくださり本当にありがとうございました。