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今月、長年 疎遠になっていた義父が病院で亡くなりました。ホームに入居して10年…人付き合いを全く寄せ付けず ひねくれてしまい、殻にこもっただけの人生でした。

結核菌保有者の為 特殊マスクを付け ガード服を身に付けて 遺体に面会しました。
献体は 生前から本人の希望でした。
ただ 私達は 突然の死に戸惑うばかりでしたので その時は、『ガードエプロンやマスクを装着して お焼香して頂くわけにもいかないので 御骨が戻ったら、お別れ会をしよう』と
病院からそのまま大学病院に 運ばれました。

私の親族には 献体のため 御骨が戻り次第 (お別れ会)という形を取りますので その時は 宜しくお願いします…と 伝えました。

でも お通夜や葬儀などを行ってから献体…という方法を取らなかったのを後悔しています。 お墓は20年前に霊園を買いましたが お坊さんに知り合いはおりません。
お式などは 納骨の時で よろしいのでしょうか?戒名やその他諸々は どうしたら良いのか これからの段取りが まったくわかりません。アドバイスいただけないでしょうか…


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お坊さんからの回答 4件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

御霊の安寧を祈りましょう

 当山では献体される方のご葬儀を何件も行っています。
 基本的な流れは一般的なご葬儀とあまり変わりありませんが、違いは、ご遺体が火葬場へ行かずに研究施設へ引き渡され、数年後にお骨となって戻ってくることです。
 貴方様の場合は、結核菌の問題もあり、お送りする手順を踏めませんでしたが、それは献体でない場合でも、孤独死などたくさんあります。
 今後の方法としては以下のとおりです。

1 ご遺体のないまま、普通どおり、戒名を求めてお通夜とご葬儀と百か日までのご供養、もしくはご葬儀のみを行う。
2 数年後にお骨が戻ってから、戒名を求めてご葬儀を行う。
3 お骨が戻ってから、ご供養をして納骨する。

 当山で最も多いのは(1)です。
 また、中には、戒名を求め、「とにかく供養しておいてください」と言われる方もあります。
 ご遺体が研究施設で処置されるイメージを抱いたまま、お送りするための文化的行為をしないままでは、釈然としない思いがずっと残りかねません。
 み仏からこの世とあの世の区切をつけていただくための引導(インドウ)が渡されぬままで成仏できるだろうかという宗教的な観点もあり、具体的な行為によって区切をつけることは、故人のためにも、ご遺族のためにも必要です。
 み仏は、相手を選ばずにお救いくださるからこそ、み仏なのであり、当山では、故人やご遺族が戒名を必要とするかしないかも含め、宗教宗派を問わず、皆さんが求められる修法を分け隔て無く行っています。
 社会的に告知する告別式の必要性もさることながら、何よりも大切なのは、去り逝く方へ引導を渡すご葬儀にあります。
 結婚の披露宴と、仏神の前で誓う結婚式の違いをお考えください。
 参加者の人数はまったく問題でなく、数名だけでお送りするご葬儀も珍しくありません。
 どこかの寺院を探し、人類の歴史と共にある葬送の行為を実践されるようお勧めします。
 み仏へおすがりし、献体という崇高な決心をされた御霊の安寧を祈りましょう。

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おきもち

できればあなたもお寺の護持のために布施という貢献をしてほしい

ちょっと待った!結論、ちゃんとしたお寺にお願いしましょう!です。
戒名や、葬儀などはご連絡を頂ければ、きちんとした僧侶を紹介いたします。
医者も僧侶も選ぶ時代。
とは申すものの、お墓や菩提寺を持たない方は残念な事にネットで❝安いから❞という理由でつられて僧侶ハケン業の僧侶を選択してしまいます。
事業者と派遣される僧が一時的に潤わんとするために、僧侶を飼い慣らし仏教そのものを破壊している事業といえます。
本道からすると、お寺に住して歴史的に代々続いているお寺という建物を護っている住職という立場の人間からすると、デリバリー僧侶による戒名、通夜葬儀は邪道。
宗教心から外れてしまった人間であるからです。
私はかつて恥ずかしながら金銭的に生活が苦しかった頃、一度だけ登録をしてしまった事があります。ですが、理念に抵抗を覚え結局一度も仕事を受けることなくやめてしまいました。
それは宗教活動ではなかった。ビジネス、派遣業、サービス業であったからです。
ビジネスとして派遣され通夜葬儀でお経をあげるだけのデリバリー僧侶。
関わりはそれっきり。たまに法事で呼ばれることもありますが、お寺の行事に参加するでもなくドライなることこの上なし。やっている僧侶で虚しさを感じないならばそれは悪魔に魂を売っているから。
そりゃ互いにクールで便利は便利、都合がいいからでしょうが。
きちんとした宗教心を持った僧侶、お寺の所在地とその僧侶が住んでいる住所が同一である方を選ばれるべきでしょう。
ちなみに派遣僧侶への布施というものは、紹介した葬儀社や契約をしている事業者に吸い上げられています。
布施の行き先がビジネスの事業者、個人という❝お支払い❞であってよいのでしょうか?
古来より続いてきた仏教文化の護持への貢献❝お納め❞であるべきでしょうか。
布施はお支払ではありません。
よって布施の使われ方が伝統仏教のお寺の護持のために使われるように正規のお寺にお願いしていいただきたいのです。
どこのお寺でもあなたの願いはちゃんと聞き受けてくれるからです。
非正規のデリバリー仏教、派遣僧侶によって正規のお寺が護持されなくなってきているからです。

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おきもち

仏様のご縁を大切に。

浄土真宗では、大切な人のいのちを機縁として、生きている私が仏法を聞かせてもらう為に、仏事を行います。
葬儀を執り行うことはとても尊いことですから、どうぞ仏様のご縁を大切になさってください。
仏法に触れる機縁となってくださったお義父様に感謝申しましょう。

具体的にまず第一に、お近くのお寺様へご相談なさったらよろしいと思います。
宗派によって、成仏への道筋は全く違います。
しかし、行っている仏事の様式はどの宗派も似たり寄ったりです。

よきお寺、よき僧侶に出会われることを願っております。

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おきもち

始めまして、釈心誓と申します。 浄土真宗本願寺派の僧侶です。 若輩浅学...
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あなたの出来る布施はお寺の護持という貢献

結論、本当にちゃんとしたお寺にお願いしましょう!です。
戒名や、葬儀などはご連絡を頂ければ、どこのお寺でも引き受けてくれます。
医者も僧侶も選ぶ時代。
お墓や菩提寺を持たない方は残念な事にネットで安いからという理由でつられて僧侶ハケン業の僧侶を選択してしまいます。
ちなみに献体のドナーとは、仏教のダーナ、檀那、檀家の檀、布施のことです。
本道からすると、お寺に住して歴史的に代々続いているお寺という建物を護っている住職という立場の人間からすると、デリバリー僧侶による戒名、通夜葬儀は邪道。
事業者と派遣される僧が一時的に潤わんとするために、僧侶を飼い慣らし仏教そのものを破壊している事業といえます。
宗教心から外れてしまった人間であるからです。
私はかつて恥ずかしながら金銭的に生活が苦しかった頃、一度だけ登録をしてしまった事があるからこそ知っています。理念に抵抗を覚え結局一度も仕事を受けることなく契約を解除してやめました。
それは宗教活動ではなかった。ビジネス、派遣業、サービス業です。
ビジネスとして派遣され通夜葬儀でお経をあげるだけのデリバリー僧侶。
それが何がいけないのか?
まず、関わりはそれっきり。たまに法事で呼ばれることもありますが、お寺の行事に参加するでもなくドライなることこの上なし。やっている僧侶で虚しさを感じないならばそれは悪魔に魂を売っているから。
そりゃ互いにクールで便利は便利、都合がいいからでしょうが。
きちんとした宗教心を持った立派な僧侶にお願いするのが一番です。
お寺の所在地とその僧侶が住んでいる住所が同一であるかどうか。お寺にも行ってみましょう。
ちなみに派遣僧侶への布施というものは、紹介した葬儀社や契約をしている事業者に吸い上げられている哀れな事態でした。
布施の行き先がビジネスの事業者、個人という❝お支払い❞であってよいのでしょうか?
古来より続いてきた仏教文化の護持への貢献❝お納め❞であるべきでしょうか。
布施はお支払ではありません。
よって布施の使われ方が伝統仏教のお寺の護持のために使われるように正規のお寺にお願いしていいただきたいのです。
どこのお寺でもあなたの願いはちゃんと聞き受けてくれます。

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おきもち

質問者からのお礼

ありがとうございます。安らかに仏門へ入れないのではないかと 心配でなりませんでした。献体というお別れの形をとった義父を 迷惑だとさえ思っておりました…
義父方の親戚も 疎遠になっておりましたので あちら側の親戚の お手紙の一通さえ 見たことがありません。
家族三人で お寺に行こうと思います。

「供養全般」問答一覧

深い懺悔と感謝

いつもありがとうございます。三月の桃の節句も過ぎ、お彼岸が近づいてきました。hasunohaの皆様におかれましては日々、健やかにお過ごしのことと思います。 一時期、私は人生をひっくり返すほどの思いに駆られたこともありました。今年のバレンタインを過ぎた頃から、今は家族のありがたみを強く感じるようになり、毎日思いやりに支えられ、相変わらず週7日休み無しで外での仕事に励んでいる今日この頃です。 毎日が平和で穏やかな落ち着いた空気、他愛もなく些細なことの積み重ねですが、それらすべてが本当に、職場も家庭も、そして治療院にも、良い人たちにご縁があったこと、ひとつひとつに感謝です。これからも日々の幸せを大切に育んでいくことが、ご先祖様への恩返しにも繋がる明るい人生への道標なのかなと有難く思います。 お世話になった治療家の先生に、しばらくお休みすることを伝えました。その節は本当に、この上なく尽くしてくれたことに深謝の限りです。つい先生の優しさに甘えてしまい、助けたい側と助けられる側の引き合う力がぐいぐい強くなりすぎてしまった節がありました。徐々に私の感情が不安定になり、体調も崩れてしまい、元の近所に戻しました。いろんな人に打ち明けた昨年から年末年始と引き換えに、この春先は自分自身とひとりで向き合う修正が必要になったこと…あらためて自己成長へと繋げる良いきっかけになりました。 今でも毎日、先生のことが心に浮かんできます。それだけ特別な存在であることには変わりありません。頂いた思い出、温かい言葉の数々が、前向きに仕事に取り組む原動力となってくれます。2月といえば、確定申告に自動車免許の更新の時期。両方ともクリアでき、特に下がると思っていた年収が微々たる上昇していました。驚きを隠せず、念願の学びのための貯金も着実に増えていること、とても有り難く思います。 他の先生からみても親しくなりすぎた故に、遠慮もなくなり、お互い言いたい放題で喧嘩状態にもなりました。本音を明かした(ぶつけ合った)ことは、それだけ相手を強く思うからでもあり、アンビバレントそのものでした。ひと月近く、間を空けた今、直筆の手紙で、お詫びとお礼、そして相手の未来の幸せを願う想いを伝えたいです。 共に成長しあえる良い関係でいられるよう、しっかりとした自分となるために、アドバイスいただけましたら幸いです。

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温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ