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最期に苦しむということ

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昨年、実父が癌で亡くなりました。
父の死に際は、末期癌患者の臨終によくある(?)「身の置き所がない」状態で亡くなりました。葬儀の際に父の友人に「顔が変わってしまって」と絶句されました。
生きている間も苦労の人生だっただけに、安らかに逝くことが出来なかったのが悔やまれてなりません。
なぜ父は最期まで苦しまなければならなかったのでしょうか?
また、父の肉体的な痛みを思えば、1日でも2日でも早く逝かせてあげられなかったのかと自分を責めてしまいます。
父の苦しみはどう解釈すれば良いのでしょうか?
病気の進行、術後の容態悪化で仕方ないと考えるしかないのでしょうか?


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お坊さんからの回答 4件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

本当に知るべきことはそうではない

東日本大震災で、愛するご家族を亡くされて茫然自失の日々を送っておられたある女性が、医師から次のように言われたそうです。
「誤解のないようにお聞き下さい。残酷なことを申し上げるようですが、亡くなられたご家族は、もう楽しむことも、喜ぶこともできません。」

「…!?」

「…ですが、よくお聞きください。
…もうこれ以上、苦しまれたり、痛い思いをされることもないのです。
もう痛みや苦しみから永遠に解き放たれたのです。
どうか、一日も早くあなたが元気を取り戻してください…。」
その医師の言葉に「ハッ」と目覚める思いをされたそうです。

その女性は、亡くなった家族が「今もずっと苦しんでいるのではないか。」と数ヶ月間、思い続けてこられて、自分を苦しみの縄で縛りつけて来られたのです。

さらに言えば、震災以降ずっと自分を苦しませ続けていたのは、震災そのもの、家族の死そのものではなく、家族の死を悼み、案じ、自責する自分の思い〈自念〉であったことに気づかれたのでありましょう。

人は愛する人への、気持ちが強ければ強いほど、愛する方の苦しみに同調する力も強いものです。
その思いは、時に苦しんでおられる本人とは別のところで、代わってあげたいという思いを起こされている、あなた自身の胸の中まで浸透するのです。

厳密には、
①亡くなられたお父様の身体の痛み・心の苦しみと、
②あなた自身の苦しみとは異なります。

②あなた自身がお父様の苦境を思われ続けて生ずる思いと、
①お父様が生前、闘病生活の中で耐え抜いた痛みとは、厳密には異なっているという事をもう一度、よく思い返して下さい。
そうすれば、
“あなたが今何をすべきであるか” という、
お父さんからの別のメッセージが新たに聞こえてくるようになると思います。

どうか、あなたも一日も早く、元気を取り戻してください。

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おきもち

「死」のありかたを教えてくださっています。

亡くなったったお父様の苦しいお顔のことが、いつまでも忘れられないのですね。
「顔が変わった」といわれるところからも、お父様の肉体の苦しみが大変なものだったと想像いたします。
お父様の肉体的苦しみを長引かせたことへの後悔が残るのは、親子の情として、至極もっともなことと推察いたします。

ある方が「死は最後の人間教育である」とおっしゃいました。
死ぬ姿を残されるものに見せる。

そこには苦悶の表情を浮かべる死に方も、安らかにほほえみを浮かべる死に方も、等しく後に残された方に「死」という現実を見せ、そこから何かを学ぶのだ、といった意味が込められているのだと思います。

あなたが気にされているように、お父様は肉体的な苦しみ耐え難く、お亡くなりになりました。
しかし、そのことは、「死」の現実をあなたにお見せになったということだと思います。

ある方が、葬儀の前に、死者の顔に死に化粧をし、筋肉をほぐし、安らかな顔に仕立てることに対して、
「死の現実をきちんと見せなければならない」と異議申し立てをなさいました。

確かに安らかな顔で逝かれた、ということになれば、周りの人は安心を感じられ、ほっとなさることでしょう。

しかし、それは作られたものにしか過ぎず、「死」というものを通してあなたに何かを伝えようとされたお父様の意志を曲げることになってはいないでしょうか?

お父様が苦しんだことは事実として受け止めてみてはいかがでしょう。

その上で、お父様が「死」によってあなたに伝えたことについて考えてみてください。
あなたの後悔は、きっと「死」から学べという、お父様のメッセージの表れだと私は思います。

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おきもち

真宗山元派上西山正善寺住職
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CML様へ

お父様の最後は、今の医療の現状を表し
同じような思いをされている方が多いとお聞きします。

「人生は苦である」と、お釈迦様はお話されています。
まさにそれを生きながら示し、最後まで見せていただいたそんなお父様。

まずは自分を責めることはやめてください。
お父様はきっと望んでいません。
その苦のある人生の中で、
なにか楽しく、あなたらしい人生を送られることをきっとお父様は望まれているはずです。

もう十分お父様の死と向き合い、
さまざまな経験をされたことでしょう。

ここからはまず最初に自分のことを考えてください。合掌

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おきもち

鈴木光浄
「人の一生に寄り添うことのできるお寺」を目指しております。さまざまな御縁を...
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「四聖諦」へのいざない

CML 様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えとなります。

お父様のご逝去、誠にお悔やみを申し上げます。

誰もが避けられぬ人生の終わり方・・終末医療・ターミナルケアのあり方について考えさせられる内容でございます。

現代日本仏教において終末看護・終末看死について取り組んでいる活動に「ビハーラ」というものがございます。

http://ja.wikipedia.org/wiki/ビハーラ

このような活動が広がることで、生老病死の四苦を超えて、安らかな最期が迎えられれば誠に幸せなこととなりますが、いざ自分自身のこと、自分の肉親のこととなりましたら、現実はなかなか難しいのも確かでございます。

そして、現実に愛すべき者の死に接する時、誰もがまだ生きていてほしいと望み、何とかしたいと当然にもがくものであります。諸行は無常とはいえども、実に詮無きことでございます。

「早く逝かせてあげれなかったのか・・」とご自身をお責めになられるお苦しみ、きっと同じような状況にて愛する方を看取られた方々も大なり小なりおありであるのではないかと存じます。

医学の発展は、病の治癒に対して恩恵をもたらす一方で、そう簡単に自然死を迎えさせてあげれないという弊害も生じており、進歩と発展の功罪を思うところでございます・・

最近の流通ジャーナリストの故・金子哲雄氏のように、できるだけ早めに各々が自らの「死に方」への事前の理解・準備・覚悟を調えておければ、少しくは自分の「苦」、遺族の「苦」も和らぎ、癒せるようにできるのではないだろうかとも存じてはおります。

「終活」
http://ja.wikipedia.org/wiki/終活

一切衆生の「苦」を癒し、滅するために仏教は一体何を成すべきであるのか?まさに仏教に携わる者における最大の取り組み続けるべき課題としてございます。

CML様には、是非、この度のお父様における生老病死の「苦」の現実(苦諦)を直視なさられることから、次に、それらの「苦」の原因(集諦)となっているものが一体何であるのか、その「苦」は滅せれること(滅諦)ができるのか、その「苦」を滅するための方法(道諦)とは何かをお考え頂く機会と致しまして、お釈迦様の「四聖諦」の教えを学ばれるきっかけとして頂けましたら誠に良いのではないだろうかと存じております。

川口英俊 合掌

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有り難し
おきもち

Eishun Kawaguchi
最新の仏教論考はこちらでご覧頂くことができますが、公開、非公開は随時に判断...
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質問者からのお礼

お三方とも、丁寧なご回答いただきありがとうございました。回答のひとつひとつ、じっくり読んでみました。何を答えて頂きたかったのかというより、回答を頂けたということで心が少し落ち着きました。父の最期について正しい選択をしてあげられたのか、病床の苦しい顔はまだまだ忘れられないなど、自分に問いかけることは止みません。でもお三方に回答して頂いたということで、一歩前へ進めそうなそんな気がします。これからも時間をかけて理解していきたいと思ってます。この度は本当にありがとうございました。感謝しております。

皆様、丁寧なご回答いただきありがとうございました。回答のひとつひとつ、じっくり読んでみました。何を答えて頂きたかったのかというより、回答を頂けたということで心が少し落ち着きました。父の最期について正しい選択をしてあげられたのか、病床の苦しい顔はまだまだ忘れられないなど、自分に問いかけることは止みません。でも皆様に回答して頂いたということで、一歩前へ進めそうなそんな気がします。これからも時間をかけて理解していきたいと思ってます。この度は本当にありがとうございました。感謝しております。

「親・家族・恋人・大切な人の死・亡くした後悔」問答一覧

父の死に激しい後悔

 こんにちは。日に日に積もる気持ちにどうしようもなく、相談させて頂きます。  父の死に後悔ばかりです。2~3年前から股関節骨折を機会に父の持病が悪化し、病院から老健の行ったり来たりで、父は家に帰りたいとか死にたいとか言うようになりました。  もともと父と私は昔から喧嘩ばかりしていて、口も聞かない時期が沢山ありました。  そしていたずら電話を何度もするようになり、電話に出ても何も言わないでこちらの声を聞いたりしてましたが、私はキレてきつい言葉で罵りました。言い過ぎたので悪いと思い病院に顔を出しましたが、父は普通に話してくれました。  でも父との最後の会話は 父『家に帰りたい』 私『痰を常に取らないといけないから仕事あるから無理』 父『私の心配はしなくてもいいから帰りたい』 私『いい加減にして!お父さんの心配なんか一つもしてない。私は自分の仕事と将来のだけを心配をしてる。絶対に嫌』 父『あーもうーいい加減にしろ』 父『もうお前に頼まん』  絶望のような声で言ってました。これで二週間後に危篤になり、息を引き取りました。  またきつく怒鳴ったのでそろそろ顔見せに行こうかと思いながらも、また家に帰りたいと言われたらどうしようと思って、顔を出すのを控えてました。  危篤の父に何度も謝ろうと思っだけど『介護の何一つもしていない自分が言える言葉か』と思いなぜかどうしても言えませんでした。  今、後悔しかないです。本当に自分の愚かさが嫌になります。今ごめんねと謝っても後悔ばかりです。父はどんな思いでイタズラ電話をしてきたのか。どんな思いで帰りたいと言ったのか。  私が有給をとり自宅介護を一週間でもした方が良かったのに、私は汚い言葉で罵る事しかしなかった。。。もっと言い方はあっただろうに。。ただ怒るだけの私  お葬式で家に遺体を運んだ時に、亡くなってからでしか家に帰れなかった、父のその姿が頭から離れません。  日に日に思いが強くなり、激しい後悔です。この気持ちにどう折り合いをつけたらいいでしょうか。ご教授お願い致します。

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弟の死を未だに受け入れられないです。

2022年1月に、4つ下の弟を自死で亡くしました。 亡くなってから気づくもので、同じ年の8月ごろから自ら死を選ぼうとしていたようでヘリウムガスを購入していました。 私は結婚して家を出ているので、祖父母と両親と5人暮らしです。普通の家庭で、何不自由なく育ったと私自身は思っています。 弟とは仲が良く、結婚して家を出てからも二人で飲みに行ったり両親を連れて出掛けたり、私の家族とみんなで旅行に行ったりしていました。なぜ死を選ぶのかが、正直わからない程です。 弟が亡くなってから、弟の友人に聞いたのですが中学生ごろから「そんなに、長生きはしたくない。」大人になってからも、「どうせいつか人は死ぬんだから自分で自分が死ぬ年齢は決めたい。」などといっていたようです。今思い返せば、弟が20歳になった時に私と母に「20歳まで生きるはずじゃなかったんだけどなー。笑」と言ってきたことがあります。 未だに、弟がいないという現実を受け入れたくないので考えないようにしている自分がいて時間が経てば経つほど苦しいです。 自死を選んで後悔してないのか。気になって気になって絶対にわからないのに答えがほしいです。 出棺のときに、霊柩車が実家に向かう途中にエンジントラブルで3.40分遅れたり 告別式で拝んで頂いているときに私の主人の数珠が突然弾けて数珠がすごい勢いで散らばったりハプニング続きで、葬儀会社の方もこんなこと初めてだと驚いていました。その出来事がなおさら、やっぱり死ななければよかったと思って後悔しているのではないかと思えてなりません。 何か、いいお話が聞ければと思ってこちらに書きました。よろしくお願いします。

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夫と死別。ずっと苦しいままです。

2週間前に夫を会社の事故で亡くし死別しました。 現在2歳児の息子がいて2人目妊娠中36wの妊婦です。 これから先、どうしようと途方に暮れていましたが 義実家が受け入れてくれお世話になる事になりました。 義両親はとてもよくしてくれ関係もすごく良好です。 夫が亡くなった日の翌朝、夫のスマホから 連絡を取ったりしないといけない用事等があり パスワードを入力し開くと何通か通知が来ており 急ぎかな?と思い開きました。 夫はTwitter、Instagramで裏アカを作成し、 その他出会えるアプリに登録しており 何人もの人と不貞行為におよんでいました。 亡くなった翌朝に会う約束をしてる人もいました。 私には残業があると言っていたので すごくショックを受けました。 また、不貞行為を始めたのは私の2人目の妊娠がわかった時位からでした… 私がつわりが酷くて保育の送り迎え往復4、50分かかってつらかった時も 夫は3交替で私はワンオペ、家事育児仕事の両立がきつくて泣いていた時も 早出や遅出や会議や出張や飲み会があると ずっと嘘ついて女性と会ってたやり取りが見つかり その日からずっとふとした瞬間苦しくなります。 私と息子の存在は夫にとって何だったのかな? 亡くなった後に久しぶりに乗った夫の車から息子の チャイルドシートが外されトランクに隠されていて あー夫は他の女性をこの車に乗せて 独身であることにしてたんだなあと思い、 リュックサックからバイアグラも見つかり虚しくなりました。 夫が亡くならなかったら私は一度も夫を 疑いもしなかったし気付かないままだったと思います。 夫の死はとても悲しく、だけど呆れや虚しさや 腹立たしい気持ちもあり今でも涙が出ます。 夫は最期まで私や息子を愛してくれていたのでしょうか… ずっと苦しい気持ちが消えません。 どうしたらこの気持ちが消えてくれるのでしょうか。

有り難し有り難し 1
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夫が急逝しました。

初めて投稿いたします。 私はうつ病を抱えております。 答えが欲しいというより聞いていただきたいのです。 今年の2月、長い間病と闘ってきた夫が急逝しました。 夫は若い頃から腎臓と心臓に病を抱えていて、40代で人工透析を受ける事となりました。 それも長期になってくると身体に負担がかかります。 不整脈もあって、50代後半には仕事に支障が出るほどに体調が悪化。 そうなると次は腎臓移植です。 しかし移植を待つ患者は多く、順番が回ってくるのはいつになるか。 そこで私は、私の腎臓を移植する事を夫に提案しました。 最初はとんでもないと固辞していましたが、やはり体の辛さに耐えられず、数年かかってやっと承諾してくれました。 このまま透析を続けてもいつまで生きられるか。 それなら私の腎臓を移植して生き永らえる時間を延ばせれば。 そして2020年4月、夫婦間生体腎臓移植手術を受けました。 しかし、ここから再び夫の苦難が始まってしまったのです。 入院中に様々な病気を併発し、退院できたのは2ヶ月半後。 元々筋肉質だった夫は痩せ細り、1人で歩く事もできなくなっていました。 しかし私は心配していませんでした。 元々楽天的で努力家の夫は、私がセーブしなければ頑張り過ぎてしまう人でした。 ところが今回は違いました。 なかなかリハビリを始めない夫を私は叱咤激励し、時にはなじってしまいました。 今なら理解できます。 移植手術は思ったよりも夫の身体に負担を強いたという事を。 もう遅かったのだという事を。 移植を受けたため、夫は免疫抑制剤を常用しなければなりません。 世間ではコロナが蔓延していた時期。 ワクチンは都度接種し、外出時はマスクをし、手を消毒、帰ってきたら手洗いうがいをさせ、注意していたつもりでした。 しかし昨年末、夫がコロナに罹患してしまったのです。 最初はまさかコロナだとは思わず、年末年始という時期もあり、家で様子をみる事に。 ところが年明け早々呼吸困難に陥り、救急車搬送となりました。 そして入院から1ヶ月ほどで、突然心停止し、そのまま逝ってしまったのです。 私は今、悲しみと後悔の念に苛まれています。 私にはまだ実父と義母、そして飼い猫を見送るという役目が残っています。 それを終えたらもうすべき事はありません。 いつか仏様の元で亡き人々の冥福を祈りながら過ごす、それが今の私の願いです。

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夫が亡くなりました

昨年末に夫が亡くなりました。 結婚30年目の事でした。一度離婚して別居した事があったのですが、その後思うところあり再婚し、私は別居先で仕事を始めてしまったので、週末婚の状態で過ごしていました。 週末には必ず一緒に過ごし、買い物したり、ご飯食べに行ったり。 夏には私と一緒に別居している娘達と旅行に行っていました。 しかし、昨年は年頭から私たちがコロナに次々と感染し、更には娘が職場で怪我をする、更年期の私は外出もままならない、となり、一度も会いに行けないまま、年の瀬を迎えてしまいました。 しかし、年末恒例でいつも私が年越しの料理を大量に作って持っていくのが定番でしたのでそろそろ、と思っていた時に、同居していた息子から『父が死んでいた』と連絡が来たのです。 それからの事はあまりよく覚えていないのですが、自宅で亡くなったので警察に遺体を持っていかれ、家では会えなかった事、身内が殆どいなくなっていたので子供達だけで火葬した事、それまで全く泣かなかったのを覚えています。 ですが、今年になってからの半年は相続関係、遺産分割などで段々と主人がいないんだと思うと泣く、と言うより胸を掻きむしりたいくらい自分が悪女になったようでどうしたらいいのかわかりません。 主人はどんなに寂しかったろう、たった1人で冷たい部屋で最後にどんな思いで逝ってしまったのだろうと思ってしまいます。 私はどれほど酷い妻だったのだ、と泣く資格なんてお前にあるのか、と言われている気がするのです。今更遅いのはわかっています。でも、どうしたら主人に詫びる事ができるのでしょう。納骨もしなくちゃならないのはわかっていますがまだ、離れたくなくて自宅においたままです。生前から散骨希望ではあったけど、そうしたらもう本当に主人はいなくなってしまう。 一体どうしたらいいのかわからないのです。 夢にでも出てきて私をとことん罵ってくれればいいと思うのにたまに夢に出てくる主人は穏やかに笑って昔みたいに一緒に料理したり、キャンプしたりなのです。 亡くなった人と会話ができたらいいのに、と思うばかりで胸が苦しくてたまりません。

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