今まで奇跡的に生きてきた意味
おはようございます。
毎日相談してしまい申し訳ございません。
昨日も温かいお言葉ありがとうございます。
肝心な相談というか、私の勝手な解釈なのかもしれませんが、今まで子供の頃からの持病に加えて様々な大病を患い呼吸停止、瞳孔散大した状態など本当に普通助からない状態。助かっても後遺症が残ります、や夜中なのに会えるご親戚を呼んで下さい等などほとんど助からない様な病気を山ほどしてきました。後から母親に聞いたことです。毎回母はもうダメなのかと絶望したそうです…
ところが、持病もコントロール出来き、大病もしなくなり医者にかかったさい問診票に病名を書くとビックリされてしまいます…
そして、私の唯一存命している母方祖母に(あんたはまだ生きないとダメなんだろうね)と言われました。
お医者様にすら奇跡だ、本当に神仏はいるかもしれないなど言われてビックリしています。
そこで、私にはまだ生きなければいけない何かがあるのでしょうか?
私の勝手な解釈かもしれませんし、神仏、ご先祖さまに守られているのかもしれないかもと思う様になりました。
毎日朝目が覚めると本当にありがたいのです。今日も本当にありがたいことだと思っております。
そして、そう思う様になってから出来る範囲で主人や自分自身の為に料理の勉強(野菜の栄養や、食べ合わせの)をしたり、きちんと仏様、神様、ご先祖さまに手を合わせる日々です。
最初に持病が一生治らないと告げられた時は絶望し、小学校一年生から中学校3年生までイジメにあったり辛い日々を送ったりしたことすら相手を恨んだりしたこともあったりしたのですが今では何とも思わなくなりました。
本当に生きる意味、自分で理由をつけてるだけかもしれませんがまだやらなければいけないことがあるのかな?と思う様になりました。今では義母が初期の認知症ですがいっぱい勉強して自治体での認知症ネットワーク、勉強会など色々やっております。ただ、今現在は胃潰瘍で安静にしています。
お坊様達に聞きたいことは、奇跡的に何度も命を助けられる(偶然かもですが)その他にも良いお医者様にも出会い本当に持病も良くなる、これは神仏様やご先祖さまのおかげもあるのか?という事です。奇跡としか言えないとばかり言われるので。私の生きたいと思う執着なのか…?例え執着であってもまだやりたいことは残っております。どうかよろしくお願いします。
有り難し 8
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