先日、ご相談させて頂いた際にはお世話になりました。 そのことと関係してご質問させていただきたいことがございます。 20年前にお付き合いしていた男性が、5年前に銀行を辞めて実家のお寺を継いで僧侶になっていたことを、とあるお寺のホームページを見て知りました。 お付き合いしていた時、彼は法律事務所でアルバイトをしている大学生で、その法律事務所での就職が決まっている状況でした。当時は「地元に帰る気はない。帰ってこいって言われてるけど3年くらい帰ってない」と言っていました。 法律事務所から、銀行へ転職し、そこからの新発意で、その時の年齢はおそらく38歳だと思います。得度式を受け、正式に僧侶になるまでにどれくらいの期間を経て、彼はどのような勉強をしたのか、そしてそれからはどのような修行や勉強をしているのか、とても気になっています。一般的なことで良いので教えていだけたらと思います。よろしくお願いいたします。 また、彼のお寺は周りに何もない、里山にひっそりとあるお寺のようですが、そこにいつもいるとゆうことでしょうか。 …(今頃、どんなお坊さんになっているかしら。。。)
先日、ふと気になったのですが、お坊さんってどんなお菓子を食べるのですか? 私は、お菓子が大好きなので、ぜひ知りたいです。
お坊さんがお酒を飲むのはおかしくないですか? もちろん付き合いで飲まなければいけないという状況があると思いますのでそこはしょうがないと思います。 しかしお坊さんが"自発的にお酒を飲む"ということに疑問があります。 お酒(アルコール)って合法なだけで厳密に言うまでもなく精神に作用するドラッグの側面は切り離せませんよね? 過去にアメリカで規制しようとしても辞められない人が多すぎて断念したほどには依存性の強いドラッグだと思います。 飲めばリラックスし気分が高揚し嫌な出来事があっても忘れられる作用がある。 僕はお坊さんは心の専門家で苦しみからの開放を求め実践するプロフェッショナルだと思っています。 それでも飲むということは仏教では解決できない、お酒を飲まなければ消せない苦しみもあるということなのでしょうか? 酒に飲まれなければ良いという問題なのでしょうか? 体がお酒に強く酔ってる自覚がないならオッケーってことなんでしょうか? 酔う為ではなく味を楽しむ為に飲むという事を言う人もいると思いますが、なら美味しく味付けされた脱法ドラッグを少量なら使ってもいいんでしょうか? 今はノンアルコール系もあるのにわざわざアルコール入りを飲むってことは酔う為にお酒を飲んでるとしか思えないのです。 執着から離れ、事実に親しむお坊さんがなぜわざわざ事実を歪める作用のあるお酒を飲むのかわからないのです。 僕はお酒は飲みませんが嫌なことやストレスが強い出来事があると以前より頻度は減りましたが抗不安薬を使ってしまう事があります。 抗不安薬はリラックスし嫌なことが気にならなくなるお酒と似たような効果があります。 それが嫌でどうにかやめる方法はないかと仏教に興味を持ちだしたのにお酒は飲まれなければ飲んで良いとか言われると薬と変わんねーじゃん!と思ってしまいます。 嫌な時ではなく平時に飲むのですと言われればより悪いじゃん!って思います。 誤解して欲しくないのはお坊さんなら戒律を厳密に守れ!と批判している訳ではなくプロのお坊さんですら酒を克服できないなら僕が薬を完全に克服できるわけがないことが確定してしまうので仏教に対して失望してしまうのが嫌なのです。 お酒を飲むお坊さん、気を悪くさせてしまっていたら本当にごめんなさい。
それを聞いてどうするんだ?という内容ですが、少し気になっていたので質問いたします。 仏教の考え方を学び修業を積んでいるお坊様は、憎悪・怨嗟などの気持ちを制御することに長けているのだと私は想像しております。 そこで、極端な例ですが「お坊様の大切な方(子供や配偶者、親兄弟…)が通り魔に襲われて命を落とす」といった非常に理不尽な出来事が起こっても、お坊様は御仏の教えに照らし合わせて心を落ち着かせ、前向きに生きていくことができるでしょうか?
いつも悩みを聞いて下さり、ありがとうございます☆ ところで、お坊さん達は 毎月、1日の月初めに、何かしていることはありますか? 個人的な習慣や趣味などでも構いません。 神社では、月の初めは一日参りをするといいと聞いたので 知りたくなりました。
はじめまして 初めて質問させていただきます。 今度のバレンタインでお坊さんに 仏様のお顔のチョコを渡そうと思っていますが、仏様のお顔を食べるのは皆さん(お坊さん)としては躊躇されますか? もしよろしければ ご回答の方をよろしくお願いいたします。
もしかすると?密教系のお坊さん限定の質問になるのかもしれませんが、 月輪観や阿字観を習得するのに何座くらいかかりましたか? 習得といっても、完成度を考えると無限になってしまうかもしれませんが、おおむね密教のお坊さんとして認められる習得度合いというところまで どれくらいかかったか、教えてください。 また、ご自身や、お知り合いのお坊さんの中に、できなかったという方はいましたか? よろしくおねがいします。
相変わらず鬱々とした期間を過ごしていましたが、日々の生活が忙しくなり鬱々としている時間も少なくなってきました。 健康の為に「ウェイトをおとしてください。」と医師から厳しく言われているのでお正月早々、スポーツクラブに入会しました。 最近、テレビで寅さんの映画のCMを時々耳にします。渥美清さんがセリフで「生きてて良かったって思うことが何度かあるだろ?そんな事を楽しみに生きているんじゃないの?」みたいな内容のセリフが流れます。 私は寅さんの映画は一度も見た事はありませんが、このCMのセリフがとても暖かく感じ、素直に「そうだよね」と思えました。私の場合は美味しいお料理を食べた時にドキドキする位「生きてて良かった」と思います。そして声に出します。こんな事が死ぬまでの間に何度かあって、私程度の人間は人生⭕️なのかな、と思いました。 ノーベル賞が欲しいとか、世間の人々に尊敬されたいとか、そんな大きな欲望は私には似合いません。 お坊様はこんな私の思いをどのように思いますか?
こんばんわ。いつもお世話になっております。今生きる希望や生きがいを見出せなくて毎日苦しい気持ちで過ごしております。 お坊様も、いろんなご経験をされて今があることと思いますが、これまでの苦難や苦しみ、どんな辛かった経験をどう乗り越えてこられたのでしょう。 不躾ですみません、個人的なことをお聞きしてしまうので差し支えない範囲で結構ですので、どう乗り越えられてきたのか・何を支えにされてきたのか私にご教授ください。 みんな、こんな苦しい状況からでも這い上がった・乗り越えているんだという経験談やお知恵をお聞かせいただきたいです。 藁にもすがりたい気持ちです。よろしくお願いします。
2019年12月16日放送、NHK「ニュース シブ5時」で、このhasunohaが紹介されていましたね。 代表・堀下剛司様のお顔を、初めて拝見しました。また、転落院様の評が辛口なのは、「中学校指導員」をされているからなのですね。(納得しました) テレビ放送の影響で、さらに質問・相談が増えたようですね。このhasunohaが、より良い方向に活用されることを願ってやみません。 改めて、回答僧の皆様が、回答にあたって心がけていることを、聞かせて下さい。
いつも、お世話になっております。 物欲の事で相談させて頂きたく質問させて下さい。 私は、小さい時から親に物欲が無いとよく言われます。小さい頃は小さい頃なりにあったよ。と言うのですが誕生日に買って貰ったのは流行りで殆どの子が持っていた ローラーシューズだったりDSだったりと周りに合わせる為の物であり私自身心から欲しい!みたいな物に出会った事がありません。小さい頃は、それなりに物欲のある子供だったと思うのですがそれを友達に話すと物欲がないと言うのは危ないと言われました。生きる意欲の低下?等言われましたがそれなら、お坊さんはどうなるんだろう?と思いました。 多分周りに必要なモノがあるから困っていないのもあると思うのですが、最近では テレビって必要?自分の部屋は姉と共有なのですが7割方姉の私物に囲まれていて机と洋服タンスがあるのですが最近ではその机や洋服タンスすらも殆ど姉の部屋なのに必要?と思ってしまうのです。 例えば、仮にお前の私物全部捨てるぞ!と言われてもどうぞ。と言います。 祖母からも成人式にお祝いで何か買ってあげたいと言われているのですが申し訳ない事に何も思い付かず金一封贈ると言われそれさえも必要かなぁ…なんて思ってしまうのです。決して祖母からお金を貰うのに遠慮(?)してる訳ではなく本当に最近では物欲が無くて誕生日の日も大抵現金支給になってしまいます。物欲ってどうやったら生まれますか?食欲、性欲、睡眠欲等は人並みにあると思います。でも、確かに最近は外に出る意欲がなく家で寝てばかりいます。生きる意欲が低下していると思いますか? どうか、ご回答よろしくお願い致します。
現実的でなくても構いませんので、お坊さんが考える「この世があるべき究極の状態、仕組み」について、ご意見をお聞かせください。
空海さん、法然さん、親鸞さん、道元さん、栄西さん、日蓮さんなど各宗派の宗祖に会えるとしたら、お坊さんはどういうことを聞きたいですか?
相談ではなく質問で申し訳ないのですが、お坊さんは普段どのような1日を過ごしているのでしょうか? 私の中では朝早くから夜遅くまでお勤めをされているイメージです。 やはりお坊さんの生活は私のイメージ通りなのでしょうか? それとも案外私たちの生活とそれほど変わらなかったりするのでしょうか?
hasunohaでの問答で勉強させてもらっています。 ふと思いました。 僧侶の先生方は 僧侶を辞めたいと思われた事はないのでしょうか? 『クソ坊主』だの『生臭坊主』だの 『税金を優遇されてる』だの 気分が悪くなる事も有るかと思います。 どう対処されてますか? 師走でお忙しくなるかと思いますが 先生方、どうぞご自愛くださいませ。
やることがたくさんあるけども こころも身体も疲れきって動けない。 そんな時、和尚さんはどうしますか? 頑張って動かないと…。
知り合いから作務衣を七着もいただきました。とても上等なものです。作業着にはもったいない感じです。 皆様方は作業以外で、どのようなときに作務衣を着用されますか。
こちらで質問回答を読み進めるうちに、いろんなお坊さんがいらっしゃるのだなと思いました。今まで、お坊さんとは職業名に近い印象でしたが、今はもっと奥行を持って感じられます。 お坊さんも人間で、頭があって手脚が生えてて、目鼻口がある。 小中学校では机を並べて学んでいたでしょう。 同じ2019年、同じ日本に生きる個人として、不思議に思えました。 お坊さんは、人に向き合い、救おうとし、ハスノハで回答をなさっている。 私は、お坊さんに質問し、救いを求めている。 なぜ、私は自分を救えず、救われることを願う側に疑いなく居座るのでしょう。 私ももっと強くなりたい。 お坊さんと私の違いは何でしょうか? 仏教の教え、智慧をどれほど会得しているかでしょうか?そして日々の心の修練でしょうか?それから、覚悟でしょうか?何なのでしょう…?気になります。企業秘密でしたら無理にとは申しませんが…
はじめまして。 素朴な疑問なのですが、お寺の朝昼晩の三食は誰が作るのでしょうか? どういったものを三食でいただくのかも気になりました。 修行僧の方が当番で担当するのでしょうか?住職がご結婚なされている場合、ご婦人が作るのでしょうか? すみません。気になっていたのでよろしくお願いします。
僕には子供の頃から17年飼っているペットの猫がいます。 僕にとってはペットではなく、親友でありかつ手のかかる子供のような存在です。 ですがいい年なので色々な病気の兆候が出てきています。 食欲があるのに歯周病の歯が痛くてゴハンが食べれない、でも高齢なので麻酔して抜歯することも腎臓の数値が高いのでできない。 辛そうにしているのを見ると僕もとんでもなく辛い気持ちになって、もっとしっかり歯みがきしてあげてたらとか一日中そのことを考え他のことが手に付きません。 そこで僕は仏教に救いを求めたいと思いました。 と同時に修行したお坊さんなら同じ時ほんとに平常心でいられるのかな?って疑問に思ってここに書き込みました。 仏教は事実のみに親しむと聞きました。つまり苦しんでる大切な存在を見て、できることがなかったとき、できることがないのだからそのことに対して不安になることもなく、一日中考え続けることもなく、そのことは置いといて平常心でいつもと変わらぬ日常を送れるのでしょうか? そうなりたい反面、それってちょっと人間味に欠けて悪く言えばサイコパスなようにも見えてしまいます。