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どう生きていけばいいのか教えて下さい。

回答数回答 3
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夫が発達障害です。

小さい頃から生きづらさがあったようなのですが、発達障害であることは最近になって分かりました。なので、生きづらさの原因が分かり、納得した部分とこの状態を理解してくれていなかった親に対する恨みのような気持ちがあるようです。

発達障害であると分かってから、その状況が受けとめられず、自分がこうありたいと思っていた自分とのギャップに苦しんでいるようです。

今は家にいて、家事を手伝ってくれているのですが、周りの人たちと比べ、自分は何も出来ない、生きていても楽しくもない。実際身体にも色々と不調が出ているため、苦しいだけで、この先もずっとこんなことなら、早くこの人生終わりたい。とそんなことばかり考えています。

医者や周りには、その状況を受け止めて、出来ることをやればいい、といったことを言われ、私もそう思うのですが、本人も頭では理解していても、その状況を受け止めるということは、自分自身とても惨めなことで、出来ないと言います。

今は、心も身体も負の連鎖状態で何をしても何を見ても、マイナスにしか考えられていない感じです。

夫は、私はこれからどうしたら良いのでしょう?毎日毎日答えの出ない話を続け、苦しいだけの日々です。

2016年7月18日 9:47

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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

あなたは旦那さまのサポーターです。

ともぞうさん

旦那さまお悩みのようですね。
しかし、夫婦といえどもともぞうさんが悩むことではありません。これは旦那さまの問題です。旦那さまは、自分の得手不得手をよく理解する必要があります。不得手の部分をともぞうさんがサポートしてあげてください。

旦那様の話を聞いてあげることはともぞうさんにもできることです。ただ聞くだけでいい。ジャッジやアドバイスはしなくていいからただ聞いてあげてください。

旦那さまはご自分の気持ちを素直に表現できる場所に行くといいです。お寺でもいい。カウンセリングでもいい。そうした場所で相談するよう、促してみてください。

大切なことは、あなたが旦那さまに振り回されないこと。あなたが病んでしまっては困ります。旦那さまの問題と、あなたの問題をごちゃ混ぜにせず、サポーターとして接してあげてください。

2016年7月18日 10:14
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おきもち

副腎について

ともぞう様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

発達障害や鬱病、あるいは統合失調症などの原因には、もともと身体的な機能不調によるところもございます。

そのもともとの身体的な機能不調も、今になって表に出てきてしまっているという可能性もあります。

その原因の一つには、副腎の機能的な問題が関わっているという場合もございます。いわゆる副腎疲労というものでございます。副腎はホルモンバランスや脳神経系のバランスを司る大切な役割があります。

また心療内科と共に、一度、副腎についても検査されてみられて、もし問題があるようでしたら治療されることで、ホルモンバランス、脳神経系のバランスを調えることで善処も期待できることになるのではないかと存じますので、ご一考なされて下さいませ。

川口英俊 合掌

2016年7月18日 13:57
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有り難し
おきもち

川口 英俊
「僧侶は、悩む人に正しいくすりを調剤できる薬剤師であれ」 http:...

安心してください。具体的な支援策が必ずあります!

ともぞうさん、お早うございます。ともぞうさんもそして夫さんも、これまでいろんな心配や不安を抱えながら、歩んでこられましたね。夫さんとしては、発達障害ということを自分でも受け入れにくく、ご両親にも複雑な思いがあるようですね。それは無理からぬことで、障害を抱えてきた私にもよく分かる部分があります。ましてや、発達障害ということが一般的に聞かれるようになったのは、ここ数年のことですから。昔から「日にち薬」という言葉があります。「どんなに悲しい事や苦しい事も、人々の支えと時間の経過の中で、ゆっくりとではあっても次第に受けいれてゆける」ということを意味した先人の言葉です。
 さて、夫さんの発達障害がわかったことは、私は大きな前進だと思っています。それは、次の理由からです。①適切な診断によって支援の道筋が見える。②診断名から正確な知識を学ぶことが出来る。③同じ症状を持つ保護者や専門家と連携が出来る。④(単なる甘えやわがままと考えられている)学校や社会に必要な配慮をお願いできる。⑤状態によって、様々な福祉・給付制度を利用できる 。(知的障害がなくても精神保健福祉手帳・自立支援医療の申請は可能です。)
 夫さんは、どんなことが得意ですか。また、苦手に見えることも、どんな工夫をすればやりやすくなるでしょうか。夫さんの日常生活を一から振り返ってともぞうさんとして出来る支援、地域や行政にお願いできる支援、それぞれを相談・整理・分担していってはどうでしょうか。発達障害を抱えた大人の方への支援も広がりつつあります。必ず有効な施策や支援してくださる方との出会いがあります。ともぞうさんがひとりで抱えず、夫さんと共に、一歩を踏み出してみてください。
 そして、発達障害を抱えていることと夫さんそのものの価値は、全く無関係である(自分をマイナスに考える必要も、はやく人生を終わりたいと考える必要もない)ことを、強くお伝えしたいと思います。
このハスノハへ勇気を持ってお声かけを頂き、有り難うございました。ともぞうさんと夫さんのこれからを、私たちハスノハ・メンバー僧侶も応援しています。ご縁に感謝!!合掌

2016年8月3日 7:47
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有り難し
おきもち

1971年生まれ。本願寺派布教使・源光寺第14代住職 別名「絵本のお坊さん...

質問者からのお礼

邦元様
回答ありがとうございます。
以前別の方にも私が振り回されないよう言われたのを思い出しました。ただ話を聞き、サポーターとして、接する。私自身も気をつけていきたいと思います。

川口様
回答ありがとうございます。
副腎を診てもらう。全然発想にありませんでした。夫と相談し、検査検討してみようと思います。

げんさん様
回答ありがとうございます。
発達障害が分かって良かったと思えるように
なって行きたいと思います。

「これからの人生どうしたらいいか」問答一覧

この先が心配で...

何回か相談させて頂いております。 ハスノハでお坊さんからアドバイスを頂いて、変な家庭でしたが結婚し家から抜け出すことができました。しかし、私も働いていたのですがうつ病になり働けなくなってしまいました。そのタイミングで主人のお母さんに癌にがあることが分かりました。とりあえずお金が必要になったのですが主人はブラックリストにのっている為私の名義で、とりあえずお金を借りました。今私たち夫婦は地方で生活してるのですが...お母さんは都心で一人暮らしをしている為、地方からお母さんのとこを往復をしています。お母さんは家には猫がいる為、入院したがりません。また、主人が喘息があるため猫の毛だらけのお母さんの家に泊まれないので車内泊をしています。 主人の会社で介護休暇をもらいましたが期間が終わってしまいました。会社にもあまり出社出来ず給料は減るばかり。いっそお母さんのいる都心に転勤しようと届けをだしていますが未だに返答なしで、転勤になったとしても引っ越し代とかはどうするの?っというぐらいお金がありません。私もうつ病は治ったので働きにでたいのですが、主人に介護もあるし今はまだ働かないでと言われております。主人の親戚にもお金を借りたりし、事情を話しましたが主人と親戚の間に過去に何かあったようで 私たち夫婦のことやお金を借りたことお母さんの癌のことなど、快く思っていないようです。 主人も体調を崩してしまい、地方に戻っても出社せず休んでいます。 主人は元々借金があり知人からも借りています。お母さんのことや交通費、食費などにお金がとにかくかかり、もぅ、私もどうしたらいいのかわからなくなってきました。 私はどう主人を支えればいいのでしょうか... 段々と私自身が事故で死ねば保険金がおりるからその方がいいのかなと思ったり...私は何か悪いことをしたのでしょうか...この先どうしたらいいのでしょうか... 誤字脱字が多くすみません。 アドバイスの程よろしくお願い致します。

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置かれた場所で咲きなさい

昨日退職して後悔していますとご相談し、「置かれた場所で咲きなさい」とお坊さまからお言葉を頂き大変救われた気持ちになりました。 私は面接に漕ぎ着けたものの今までずっと働いて来たからか空白の時間、1人の時間をどうやって過ごしたら良いのかが分かりません。 50歳を超えて主人も娘もいるのにいつまでたっても寂しがり屋のところがあります。 一日でも早く次の居場所…が欲しいのだと思うがゆえ面接に漕ぎ着けたもののたった三週間ほどの空白がしんどくなってきます。 勿論ゆっくりしたら良いとか周りの言葉にも甘えての退職でした。 空白の時間にはスポーツジムとかに行って時間を潰しても良いのでは?とかも考えました。 でもまたフラフラしてる自分が居て三週間待たずに違う所を探して早く社会復帰した方がいいのではとか でもやっぱり三週間後の面接まで待ってから決断すべきかとか せっかく気持ちが固まってたのにまたこれで良かったのかとか悩んだり… 明日からまた一週間何しようか…とか こんな事を色々考えてると食欲も出なくなっています。 前向きな姿勢の日とそうでない日が交互に来ます。 三週間後の面接日まで私の気持ちが耐えられるのか凄い不安で仕方ないです。 せっかく有難いお言葉をお坊さまから頂いたのにまたフラフラしてすみません。

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これから先どう生きればいいのでしょうか

両親の死後、家業を継いで9年になります。 もともと対人(特に男性)に恐怖心があり、この仕事には無理があるのはわかっていました。それでも、両親が残してくれたモノだし、楽しみにしてくださるお客様がいらっしゃるのでなんとか一人で頑張ってきました。 でも、最近トラブル続きでストレスと不安で体調を崩しがちです。加えて愛猫の1匹に癌がみつかってしまい心配と不安が倍増! 毎日不安で手足は震え、生きていくのが怖くなってしまいました。もう早く亡くなった両親や兄の所へ行きたいとさえ思ってしまいます。でも、かわいい猫たちの為にダメダメと言い聞かせて頑張っています。 心か弱すぎて、仕事が終わり一人になると涙がこぼれ、夜もよく眠れません。このままでは心が壊れてしまうのでは?と更に不安になります。 とても尊敬する先輩に少しだけ相談して力になって頂きましたが、あまり頼りすぎて迷惑をかけ嫌われてしまうのでは?と、また相談することに躊躇してしまいます。 このまま今の仕事を続けていけるのか?その場合、心は持ちこたえられるのか?かと言って今さら新しい仕事をみつけるのは年齢的に厳しいかもしれない…この先どうしたらいいのか混乱で全く考えられません。 もしも、今の仕事を手放すことになったら両親はどう思うでしょうか?許してくれるでしょうか? まだ少し続くだろう人生をどう生きていけばいいのかわからなくなってしまいました。

有り難し有り難し 5
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はじめての一人暮らし

25歳男です。 私は最近、25歳にして初めて一人暮らしを始めました。特に一人暮らしする必要性はありませんでした。 今まで実家から会社まで1時間ほどかけて通っていましたが、特にストレスもなかったです。 では、なぜ一人暮らしを始めたのかと言えば、3年くらい(?)彼女がおらず、何回かマッチングアプリをしてみても、気になる女性から見向きもされないのです、、、。 実家暮らしで彼女がいる友人もいますが、私としては実家暮らしだと女性から自立できていないと思われるのではないか、という思いがありました。そして、世間的にみてもずっと実家暮らしという状態はあまり良くないのではという、危機感、不安感がありました。 そういうわけで、一人暮らしを始めたのです。 ただ、一人暮らしを始めてから、そんなことはどうでもよいと思えるくらい、実家に戻りたくなります。 もともと、なにかと人に嫌われたり、集団行動から外れた孤独がちな人生だったので、一人暮らしに関して、さみしさはあまりありません。いや、多少はあるかもしれません。一番ネックなのは、音の問題で、今、調理しても大丈夫だろうか、シャワー浴びても、洗濯しても、、、なんてことを常に考えています。洗い物も静かに、歩く時も、ドアを閉める時も、とにかく気をつけて、気をつけて、、なんてやっていたら心が休まらないです。実家のときはもちろん親しき仲にも礼儀ありと言いますが、そこまで気を使わずに済みました。今、一人暮らし3日目ですか、正直やめたいです。実家にいるときは、湯船を張ったり、追い焚きするときも、気を使わなかったですし、洗濯をする際にも、平気で風乾燥30分とかできました。今はもう出来るだけ早く洗濯を終わらせないと迷惑かなと思って、部屋干ししてますが、まあ、乾きません笑。 私は湯船には毎日を入りたい性分なのですが、お湯を張るときの音がうるさいかなとか、お湯を抜くときの音がうるさいかなと思って、ずっとシャワーにしています。 ご飯や弁当を作るのは苦痛ではないです(ただ、料理を作っている音は大丈夫かとか、残業で帰りが8時くらいになると、いま、調理するとまずいかなどが気になります)。 自分でも気にしすぎなのかと思うのですが、やっぱり気になります。いまいち、仕事に馬力がない感じがします。体調も良くはないです。実家に戻ったほうが良いのでしょうか。

有り難し有り難し 12
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私の「道」とは

初めまして、芹香と申します。 私は幼い頃から宗教学、宗教史に興味があり、父方の親戚に住職さんがいることから、特に仏教学に強い興味を惹かれていました。 ですが、私は、父が熱望していた看護師になるため、看護大学に入学しました。 しかし2年前、「これは私の道じゃない」という思いから、うつ病を発症しました。 そして父の期待を裏切ってしまったこと、そして自分の「道」が見えなかったことから、絶望し自殺未遂を繰り返しました。 ある日私はネットの友達に相談をしました。その友達はお寺出身で、大学で仏教学を学んでいました。 その人に、「自分の「道」が見えない、こんなんなら死んでしまいたい」と言うと、その人は間髪入れずに、「君は何度自殺しても死なんかった、つまり君は生かされたんやから、その命を人に使えばいい。それが君の「道」やと俺は思う」と言われました。 それから私は、これまでの私を受け入れ、自ら命を絶つということをやめました。現在はアルバイトをしながら生活しています。 ところが今年、父が肺病で緊急入院になりました。そして、担当医から言われた言葉は「夏は越せない」というものでした。 母も私も途方に暮れ、残りの命が少ない父に何が出来るだろうと、必死になって考えました。しかし、なかなか現実を受け入れることができず、日々は過ぎていきました。 そんなある日、母がぽつりと「家に帰れないんやったら、せめて、私たちだけでも普段通り接してあげようよ」と言いました。私は「分かった」と返事し、早速その日のお見舞いから、父と何事もないように接することになりました。 父は自分が余命宣告を受けていることを知りません。私達も口外にはしません。病室で、私と母と父は雑談をしては笑い合います。もうすぐ夏になりますが、そんなことを忘れて、私達はいつもの家族として笑い合います。 そんな中、私はふと、自分の「道」を見つめてみました。 すると今まで真っ暗だった道が開けて見えました。そこでは、父や母、そして私の友人達が笑顔でいました。 そう私の「道」は「人を笑顔にさせ、苦しんでいる人を助けること」でした。 私は将来僧侶になりたいと考えています。しかし本で得た知識しか私にはありません。なので、ぜひ私に色々とご教示下さると嬉しいです。 長々と自分語りが長く申し訳ありませんがよろしくお願い致します。

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