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心にゆとりがありません

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有り難し有り難し 42

嬉しいはずの新築を建てますが世帯主が43歳で今からローンを定年以後も払い続ける事を考えると心にゆとりがありません。
人間なので前向きに考えるときもあれば、気持ちが沈む日もあります。
気分転換すればいいのでしょうに。と思われるかもしれませんが気分転換する気にもなれません。
どうしたら良いでしょうか?


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お坊さんからの回答 4件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

家があれば家に悩むのが人間です。

はじめまして。亀山純史と言います。私なりの回答をさせていただきます。仏教の経典の一つに、『無量寿経』という経典があります。その中で、私たちの在り方を描写して「田があれば田に悩み、家があれば家に悩む。…(中略)…また、田がなければ田が欲しいと悩み、家がなければ家が欲しいと悩む。」と説かれています。家があればまさしくローンのことや、近年の異常気象による思いがけない水害、震災、火災等で、たちまちなくなってしまうかもしれないと心配します。では、家がなければ心が落ち着くかといえばそうではありません。ローンをしてでも新築の家に住みたい、と思うものです。つまり、家を持っても持たなくても、私たちは悩む存在なのです。では、私たちはどう生きたらよいのでしょうか。私にとっての仏教は、「今」を「生かされていること」に気づかせてもらう教えです。この世は「さまざまなつながり(縁起)」の中で成り立っています。決して、自分一人で自分が存在しているわけではありません。そして、その「さまざまなつながり」は、人間関係だけにとどまらず、ありとあらゆるものが関わってきます。たとえば、時として私たちに災害をもたらす大自然もそうでしょう。また、多くの命ある生き物もそうです。そして、そのことに目覚めた方が仏様です。しかしながら、私たちはそのような「さまざまなつながり(縁起)」によって生かされていることを、常に感じながら生活することは出来ません。でも、静かに両手を合わせて仏様を想うとき、ものがあればあったで悩み、ものがなければほしいと悩む私をも決して見捨てることのないつながり、そのような中に、私自身生かされているに少しでも気づかせてもらえるでしょう。そしてそれが、心のゆとりへとつながる一つの道になるのではないでしょうか。少しでも参考になれば幸いです。

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hasunohaを訪れてくれた皆さん、こんにちは。私は浄土真宗本願寺派の僧...
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私もローンを抱えています

心のゆとりがなくなるのは、それを考えるからです。
考えだしたらきりがありません。
うちの立派なお堂は師が物価が上がる前にと、立ててくれたお堂ですが、まだまだローンがあります。
以前川崎の酒屋さんで父親の借金で13億円を抱えておられる方とお話ししました。
結局返していくしかないのです。だけど、そんな事をずーと考えている訳でもありません。
考えた時だけ暗くなるだけです。その方は返していくためにどんどん仕事を効率的にこなしていかれました。まだまだ億単位の借金があるそうですが、着実に返していっているそうです。
私も、抱えている借金の事を考えるとシコーテーシになります(笑)
でも病気も老いも死も、誰でもみんな迎えるのですが、ずーっとその事を考えて握っていたらどうなるというのでしょう。考えている間も時間は流れています。
いくら死の事を考えたとしても生きている間は生きているのです。
延命を祈る間も減る命です。だったら生きるほかありません。
借金、ローンも返すほかありません。ああ、返せるかな…、なんて考えるだけ無駄です。
高い山のぼりは、下をみると危険です。目の前の一歩一歩を踏み出していれば、ちゃんと前には進んでいっているものなのです。

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丹下 覚元(たんげ かくげん)
今月の提唱 「菩提心をおこす」 菩提心をおこすということは、たとえ...
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不安に勝る安心を得ること

仏様は安心をくださいます。
いつか死ぬ身の私を今抱いて「必ず仏にする」とおっしゃるのです。
だからいつ死んでもいいいのちを今生きているのが私です。

ローンに悩むのであれば、もしもの時の為の案を用意しておくこと。
専門家に頼みそういうことをシミュレーションしておきましょう。
ローンが払えなくなったらどうなるのか、どうすることができるのか。
いくつか方法論があれば安心です。

「心のゆとり」というものは、私のはからいを超えたところから頂くものです。
ローンのことならその道の専門家のご意見を聞きましょう。
人生のことなら仏様の智慧に聞きましょう。

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始めまして、釈心誓と申します。 浄土真宗本願寺派の僧侶です。 若輩浅学...
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悩むことそのものを考えてみましょう

悩むということそのものについてちょっと考えてみましょう。人生相談にご来山される方は大きく二つに分けられます。人生に悩む方もおられれば、人生を悩む方もおられます。人生に悩むとは、人が生きていく過程において生じる、他人との軋轢(アツレキ)や、病気や、貧困などで困る状態です。これをAとしましょう。人生を悩むとは、人が生きていることそのものについて、意味や意義や理由など、あれこれと思いを廻らして答が見つからない状態です。これをBとしましょう。
 Aの解決において必要なのは、知識や才覚や人のつながりなどであり、昨今、大流行のスキルアップや思考の傾向を変える訓練などが役立つ場合もあります。要は、自分を含め、何か因果関係が明らかな力で解決し得ます。最もわかりやすいのは、病院へでかけて病状を明らかにしてもらい、治療を受けて快癒することです。ところがBには、Aのように、誰かにケンカの仲裁をしてもらうとか、気に入らない職場でも気持を入れ替えて頑張るといった根本的あるいは具体的解決法がありません。自分がわからないだけでなく、誰にも教えてもらえません。生きていればやがて〈その時〉が来て、〈気づき〉があるとでも言うしかありません。だから、まず、悩みがある方は、AとBとどちらを悩んでいるか、悩みそのものをよく見つめてみましょう。
これが案外、はっきりしているようで、そうでもないのです。もしもAならば、当山では心がけなどについてお話しし、場合によっては医者や弁護士などをご紹介もします。もしもBならば、話をよく聴かせていただき、当人と一緒に悩みの形を見つけ、それに合った宗教的思考や実践方法などをお伝えし、場合によってはご祈祷やご加持といった提案もします。当然、AとBが入り交じり、ウェイトが変化して定まらないケースもあります。
私たちは悩む時、いつしか呼吸が細くなっています。この呼吸を胸でなく、腹で行うようにしてみましょう。意識的にお腹を引っ込ませながらゆっくりと吐き、吐ききったならば、反動でふくらむお腹へゆっくりと吸うのです。そうすると、いつしか悩みが対象として客観的に観えてくるかも知れません。いつしか〈自分〉が、〈観る者〉としてゆったりと〈居る〉のです。こうした時間の体験はきっと何かの役に立つことでしょう。運命転化を祈っています。
(詳しくはブログ『想いの記』をどうぞ)

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「心に余裕・ゆとり・広く大きな心」問答一覧

優しさの原動力は何ですか?

回答僧の方々の優しさの原動力を伺いたいです。 前回の質問からハスノハ全体を色々見てみたのですが、回答僧の方が真摯に回答しても質問者からお礼が無い例も多く見かけました。また、僧侶としての活動の中で「何度も騙されてきました」と書かれている僧侶の方もいました。 - 巷には、「優しい人ほど潰される社会」「いい人ほど早くこの世を去る」「正直者ほどバカを見る」などのフレーズがはびこっています。実際わたしも、「どうせ汚い世の中なのだから、多少性格悪くなくちゃ、やっていけない」「自分を守るためには、他人に対して多少反抗的でいないとナメられる」などの思いが浮かんでくることもあります。 また、犯罪者などで「真面目に生きてくのがバカバカしくなった」と犯罪をおかす人がいますが彼らの動機も共感できるところがあります。 - 回答僧の方々のように人々の悩みに真摯に寄り添うには、人の気持ちに共感できる繊細な心が必要なのではないでしょうか?ですが繊細な心は同時に傷付きやすいものでもあります。 一方、社会ではたびたび人の感情もわからないような図太い神経の、図々しい人ほど幅をきかせているように見えてしまいます。(例えば、パート先のボス格いじわるオバちゃんとか?) また、人の善意を消費して自分だけ利を得ようとする人など。 - 何年にも渡って回答僧として活動されている方々はすごいと思いますし尊敬します。 その活動に必要な優しさの原動力はなんですか? また、「優しさ」と「社会でやっていく強さ」の両立はできますでしょうか? 私はまだまだ未熟者ですが出来るだけ人に優しくできる人になりたいです。そのためのヒントを得られたら、と願います。よろしくお願いします。

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心の平穏に混乱しています

情報産業でサラリーマンをしているものです。 心の平穏に混乱しております。 3年程度の周期でうつ病の再発を繰り返してしましたが、現在服薬治療を受け、寛解しております。 倫理について調べ物、考え事をしていたところ、頭の中が混乱する出来事があり、その後、自分が満たされないという感覚や、不安、怒りなどがほとんど無くなりました。 苦しみはないのですが、こう言ったことは初めてなので、違和感や混乱が多少は感じられます。 この状態を色々な方々に相談するにあたり、便宜的に「悟り」という言葉を使って表現してしまっているのですが、 実の所自分の状態がどんなものなのかよくわかっていない為、不適切な表現をしているようにも思っています。 心理学などについて調べたところ、学術的には「継続的非記号体験」というものにどうやら近いということは分かったのですが、それも研究のための便宜的な定義だと思われるのでこの心の状態を正確に表しているともあまり思えませんでした。 現実世界と折り合いをつけ、人を幸せにしたいという思いを世に役立てる手段や、わたしの状態、これからすべき修行などについてご教授いただければと考えております。

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回答数回答 1

心が強いと言われる事への違和感について

初めて質問をさせて頂きます。 私は過去の愚行により、悩み苦しむ時期を過ごしていた事があります。 ですがその時期があったお陰で今は過去の自分を許し、昔より人の気持ちに寄り添える事が出来るようになったと思います。 色々な考え、相手の経験や性格をまずは受け入れようというスタンスで生きています。 ですがひとつ、まだ克服出来ない事があります。 今の私は近しい人や職場の人に、根気強い、メンタルが強いと言って頂ける事があります。  確かに自分でも、まだまだ未熟ではありますが、過去の自分より逞しくなれたとは思います。 ですがそういう話題になった時に、『あなたは強くていいよね』とか『私はあなたみたいに強くなれない』と言われる事もまれにあり、モヤモヤしてしまいます。 そもそも未だに自分の弱さや他者に対する憤りも覚えます。 その時に自分を律する為に、負の感情が強くなったら仏教の教えを読み心を整えるようにしています。 その為上記のような言葉を聞くと、最初から強い訳じゃないのにと思ったり、自分次第で変われるのになぁと感じてしまうのです。 人それぞれ、と思うようにはしていますがそれでも少し心に引っ掛かってしまいます。 こんな私ですが、自身があらたに成長する為に必要な事をご教授頂きたいです。 長文をお読み頂き、有り難う御座いました。

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心の余裕を持つにはどうすればいいですか?

学校では受験の事で追われ (友人関係は良好です。ただ相談をするのが苦手で、悩みをギリギリになるまで話せません。話しても対して話し込まずに終わらせてしまいます。それと勉強が嫌と言う訳ではなく、自分なりに勉強に打ち込んでいるつもりですが、周囲の人に追いつけません) 家では母親との関係に悩まされ (先々週から喧嘩してお互い無言状態です。挨拶等の最低限の言葉をこちらからはかけておりますが、無視さりたり、必要な質問に対する返答がなかったり。あとは受験勉強をしなければならないのに家事をさせられたり、家の外での勉強を許されなかったり…) 本当に一日中息の詰まる (塾に行ってないから外には逃げれないし、門限があるから外のカフェで勉強という訳にも行かない。) 最近、何度も涙を流していて、限界が近いな、と感じています。 周囲の人に相談するにしても、友達に不満をぶつけたくないですし、先生は気だるげな担任と知り合いの先生では逆に熱意がありすぎてきつい言葉を言われるのではないかと不安です。父親は母親の意見至上主義のところがあるので相談しても上手くいかないと思います。 受験という目標があるので勉強をしようとは思いますが、家では親とのモヤモヤがあるので集中できず、結局たいしたページも進められずに自己嫌悪します。 心の余裕を持つにはどうすればいいですか?

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