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私はなぜ、何のために生まれてきたのですか

初めての投稿です、お世話になります。

現在、契約社員として勤務しております。もう10年を超えて働いております。正社員とは、仕事内容は同じ、収入に違いがあります。
正社員への登用試験が不定期にあり、今までに三回受けましたが、すべて最終面談まで行くも落とされています。
先日も、試験不合格の通知を受け取ったところです。

契約社員とは言え、資格も正社員より持っておりますし、契約成績も上位のほうで、何度か表彰もいただきました。
今回、同じ試験を受け、合格した面々を見ると明らかに自分より(会社にとって)価値がないひとばかりなのです。

収益をあげていないひと、周りから使えないと評判のひと、主要部門でないひと。
そして、重役の子供であったり、役員の親戚の人が多いのです。

また、正社員になる必要のない暮らしぶりのひとばかりで(重役の親類ですから)、シングルマザーの私は不合格。

私も、いつか正社員になりたいと願うからこそ努力を重ねて参りました。
とても立派なひとが合格しているならともかく、本当に納得がいきません。
私の周りのひと(=私の仕事ぷりを知っているひと)もこの結果に首を傾げています。

あるひとに言われました。努力の報いは自分でなく、自分の子供に帰ってくると。
でもみんな、自分のも、自分の子供の幸せも追っていますよね?
その人の言葉を前向きに捉えて、自分が不幸になればなるほど娘のためになると考える努力をしてはいますが、どうして私だけ、自身の幸せは願ってはいけないのかと悲しくもなります。
今は、早く死にたいと思ってなるべく不摂生にしています。死という最大の不幸が訪れれば娘に幸福がやってくるし、私も悲しい気持ちで生きていかなくて済むからです。
いつか来るその日まで、こんな思いで生きていくのは辛いですが、それでもそれを夢見て頑張らなくてはいけないんですよね。
私だけ、どうしてこんな人生なんだろうと、涙が出ます。次の試験は、という気持ちにもなりません。だって、コネにはかないませんから。
私の何がわるいのでしょう?
そして、私の不幸の代わりに絶対に娘に、幸福が来るのでしょうか?不幸なだけで何も帰ってこないと損ですよね。もう本当になにもかも嫌になっています。
こんな思いをするためだけに生まれてきたのかと思うと親、先祖まで憎んでしまいそうです。

有り難し 121
回答 4

質問投稿日: 2015年4月5日 1:00

回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

自利利他

ようさん

はじめまして、hasunohaの井上広法と申します。

会社で一生懸命お勤めされてもそれが正社員の試験に報われず、まわりの方が実力以外の要因で採用されていくのは非常に悔しいですね。

自尊心も傷がつくことでしょうし、生活への経済力にも直結することですから、その悔しさは察するにも余りあります。

残念ながら、私どもでもようさんを「正社員」にするということも叶いませんが、一つだけお話を伺って気になったことがあります。

『自分が不幸になればなるほど娘のためになると考える』とのことですが、これではご自身が娘さんの犠牲になるだけです。

http://trich-japan.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/11/06/photo.jpg

この画像をご覧ください。

ご承知のように飛行機での安全のしおりにもある酸素マスクの付け方です。

もし、ようさんがおっしゃるようにご自身を犠牲にするなら、先に子供にマスクをつけさせるはずです。

しかし、このしおりではそうはしていません。

まず先に自分が酸素を確保するのです。

自分自身がキチンと安全を確保していなければ、愛する子供を守ることはできないのです。

このことを仏教では「自利利他」といいます。

まず、自らを利することで、つぎに他を利することができるのです。

ですから『自分が不幸になればなるほど娘のためになる』とはお考えにならずに、まず自分自身を愛してみてはいかがでしょうか。

仕事での成功もひょっとすると自分自身を愛することから、始まるかもしれません。

合掌

3年6ヶ月前

日々苦悩があるから、日々これ好日なんです^^

はじめまして、真宗大谷派の青峻と申します

正当な評価を受けることができなくてお辛い思いをなされているのですね、心中お察しします。
私が思いますに、たとえいまの会社で正社員になることができたとして、周囲の正社員はようさんの思いでは「何で子の人が正社員?」というような方ばかりなのですよね?
でしたら、正社員となってその会社にとらわれるのはさらに不快な思いを募らせることになるように感じます。
もしも、100億円を持っていたとして今のお仕事を続けていますか?
もし、違うのであれば別の道を模索するということも「人生の選択」としてお考えになってもよろしいのではないでしょうか。
幸いにしてようさんのお仕事ぶりを認めている仲間もいらっしゃるようなので安心もしました。

また、ご自身の不幸が子の幸福につながるということはありません!!キッパリ
親の不幸は子の不幸です、親は自分を愛し幸福であるほど子にも愛と幸せのこぼれを与えることができるのではないでしょうか。
「親の犠牲で子を幸せに」と願っても子にとっては知らぬ間に「負担」をかけてしますことになりますよ、大きな間違いです、早くその思考は忘れましょう。

あなたが欲しいものを得られないということは、時として素晴らしい幸運の巡りあわせであるということを忘れないように (BYダライ・ラマ)

あなたの夢は何か、あなたの目的とするものは何か、それさえしっかりと持っているならば必ず道は開かれるだろう (BYマハトマ・ガンジー)

人生に行き詰まったときほど自身を磨くときはありません、自分は本当は何を求めているのか本当はどうありたいのかを考える時期にあるのではないかと思いました。

タイトルの応えになりますが、ようさんは苦しむため、犠牲になるために生まれてきたわけではありません、自分自身を見つめ愛し尊重するところにようさんの進むべき道が見えてくるのではないでしょうか。

合掌 南無阿弥陀仏

3年6ヶ月前

そこがそういう会社

おそらく、その会社はそういうコネがある人だけを利益させる会社であるというこってスよ。
坊さん業界ですらそういうコネが優先される所ってあります。ヤレヤレですよ。
よって、あなたの分析が冷静なものであるならば、確かにどんなに頑張っても、難しいと思います。
思い切って、今の給料以上の所で、求人広告のある所を探し続けるか、正社員採用のある会社を探して、やめる意思を表明したらどうでしょうか。
そこでもし「辞めないでくれ」という願いでもあれば、取引することです。なければ、あなたがいくら有能であっても、あなたの言うような能力のない試験に受かった人だけで十分やっていけるヌルい会社なのでしょう。
言葉は悪いですが❝事務的❞❝お役所仕事的❞である方が、会社にとっては都合がいいのかもしれません。表彰されるほど仕事が出来過ぎるが為に「出る杭が打たれて」落とされてしまったのかもしれません。
世にはコネや一族の繁栄のための組織というものがあります。代表者も一族の繁栄のために他人を排除するのです。
そういう所に身を置いて人生を虚しく過ごすことよりも、本当にあなたの能力を買ってくれる人間、そういう会社で働いた方が、人生はよっぽど有意義です。
一度本当にやめる決意をしてみましょう。
そうすれば、トップアプローチだってできるしょう。
現場の職員の業績の報告書を作ってでも、自分が他の社員よりも有能であり、会社にとって❝有益❞な人間であることを主張しては如何でしょうか。
それでもNOという事はあなたは会社にとって有能過ぎてぶっちゃけ「困る存在」なのです。
お坊さんの世界にもそういう❝恐れられる❞人はいます。
本物や実力者が現われると、甘い汁を吸いたい人たちや、他の存在が色あせて、今までのヌルイ生活が出来なくなってしまうので、あえて埋没させられているのです。
お子さんの為にも、あなたのチカラを必要としてくれる人間や場所を探しましょう。
それから『今は、早く死にたいと~』 その考えは間違っていると思います。
それこそ娘さんが、聞いたらどんなに娘さんが不幸になるでしょう。
あなたほどの熱意があれば、他の会社でも十分にやっていけるはずです。
応援しています。

3年6ヶ月前

「自業自得」・「因果応報」について

よう様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

生まれた意味とは何か、どうして生きることは辛いのか・・拙生もまだまだ考えることがございます。

生きる意味や生きる事につきましては、これまでにも下記の各問いにてお答えさせて頂いて参りました。

生きる意味について
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/cat_318924.html

生きる事について
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/cat_318925.html

誠に仏教の教えには、その答えになるヒントが多くございますので、是非、この機会から少しずつでも学び修して頂けましたら有り難くに存じます。

さて、「努力の報いは自分でなく、自分の子供に返ってくる」・・

もちろん、よう様におけることで多少は子供にも善くも悪くも影響が及ぶこともありますが、仏教の基本的な考え方と致しましては、「自業自得」、「自業自得果」、あるいは「自因自果」という言葉がございますように、己の行い(身口意の三業)の結果は、己自身が受けることとなります。

大雑把に述べますと、例えば、自分が大学に合格したいと勉強して頑張って身につけた実力による試験の直接の結果で、他人が合格するということはあり得ませんよね。

それこそ、現在、不摂生をされておられるよう様の結果が、直接に他の誰かの病気になることもありません。

ただ、他人に影響を与えて、例えば、共に合格を目指している友人やライバルに良い影響を与えられたり、また、タバコを吸っていて、副流煙で他人に害を与えてしまったり、よう様の不摂生も娘様に何か悪い影響を与えてしまうことなどはあり得ます。(どうか自暴自棄になられませずに御身体ご自愛下さいませ)

また、「因果応報」と言われますように、この世における全てのモノ・コトには因果の法、正式には因縁果の法が働いており、必ずモノ・コトの結果には因縁(原因と条件)がございます。

その因縁果の流れをより良いものへ、幸せな結果へと変えるためには、やはりそれなりの因縁を積む努力が必要となります。その流れをより良く変えるためにも仏教の学びが大いに役立つかと存じております。

川口英俊 合掌

3年5ヶ月前

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