hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる

縁起について教えて下さい

回答数回答 3
有り難し有り難し 20

仏教の縁起について教えて下さい。


この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

よりて起こる

人間の心はもともといつでもカラッポ、本来無一物。
そこに、一縁が加わると、はじめて思いが発生する。
❝縁りて起こる❞
「縁起する」「縁起ぜられる」のです。
この道理を知るために、本当に、思い=知・情・意やら、念・想・観のせわしない働きを休めてみましょう。
思いが起こる前、縁起ぜられる前を悟れば、あなたが常に安楽の境地、涅槃であるからです。

{{count}}
有り難し
おきもち


丹下 覚元(たんげ かくげん)
今月の提唱 「菩提心をおこす」 菩提心をおこすということは、たとえ...
このお坊さんを応援する

縁起は最も根本的な仏教の思想です。

「縁起」は大きく分けて二種あります。
二種とは上座部仏教の縁起と大乗仏教の縁起です。
二つの縁起は少し質が異なります。
どちらが正しいということではなく、どちらも正しい縁起です。

上座部仏教の縁起は「因縁生起」です。
因と縁が和合して結果が現行するというもの。
種を蒔き(因)、そこに水や肥料や日光等が合わさり(縁)、植物が育つ(生起)という論理です。
原因だけでは結果は起こらないと考えます。
つまり、私達を包み込む全ての出来事には原因があり、そこに縁が合わさることで起こっているものなのだ、考えるのが上座部仏教の縁起論です。
今の私という存在は多くの縁によって成立しているものです。
「因縁生起」は「時間的経過が必要な縁起」とも言えます。

また大乗仏教の縁起は「空」と説かれます。
「空」は「因縁生起」のような時間的経過は必要がなく同時成立する縁起です。
例えば、母親とその母親の子どもがいたとします。
母親30歳、子ども5歳だとすれば、普通ならばその年の差は25歳です。
しかし「空」の観点から言えば、二人は同い年の5歳となります。
何故なら、母はその子が生まれると同時にその子の母になったのであり、母親と子は同時に成立した関係です。
母が子という存在を成立させ、子が母という存在を成立させています。
母と子は成立しあって5年。
だから二人は同い年の5歳と言えます。
つまり「空」では個と個が対峙して初めて互いの個が成立するのであって、個一つでその個体が成立することはないと説いているのです。
「私」を「私」と成立させるものは「他」であり、私の中には私を成立させるものは何もない(=無我)というのが「空」です。
ま空」は「時間的経過を必要としない縁起」と言えます。

{{count}}
有り難し
おきもち


始めまして、釈心誓と申します。 浄土真宗本願寺派の僧侶です。 若輩浅学...
このお坊さんを応援する

「縁起」をお説きになられましたお釈迦様に最敬礼申し上げます。

zensyu様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

「縁起」という言葉を聞くだけで、誠に身の引き締まる思い、ある種の緊張感が走ります。

「縁起を見るものは法を見る。法をみるものは縁起を見る」「縁起を見るものは法を見る。法を見るものは仏を見る」と申しますように「縁起」の教えは「空」の教えと共に、まさに仏法の真髄の一つであり、しっかりと理解することが大切となります。

浅学の拙い未熟なる理解ではございますが、これまでにも「縁起」に関しまして、下記の各問いにて扱わせて頂いて参りました。

http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/tag/縁起

http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/tag/空と縁起

最近では下記問いにても扱わせて頂いております。

問い「「空」とはどういう意味でしょうか?」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1020870815.html

「縁起」とは、この世における全てのモノ・コトの成り立っているありようを説明する上において、誠に欠かせない考え方となります。

また、「縁起」は「空」と表裏一体・不可分の理解が求められるものであり、「縁起」=「空」、「空」=「縁起」、つまり、「色即是空 空即是色」の理解が必要となります。

「縁起」には、主に三段階の理解として、第一に、「原因・条件・結果における依存関係」、第二に「部分と全体とにおける依存関係」、第三に、「意識作用・概念作用・思惟分別作用により、仮名・仮説・仮設されることによるという依存関係」がございます。

そして、最終的には、あらゆるモノ・コトというものは、それ自体の側において、他に依存せずに独立自存として存在していない「無実体・無自性・無自相」という「空」の理解と共に、では、どのようなありようとして実際、現実に存在しているのかということにおける「縁起」を理解することが大切となります。

何とかしっかりと誤謬なく理解していけるように調えて参りたいものでございます。

改めまして深遠なる縁起の真実義をお説きになられましたお釈迦様に最敬礼申し上げます。

平成27年4月8日・釈尊降誕会によせて

川口英俊 合掌

{{count}}
有り難し
おきもち


質問者からのお礼

みなさん、回答ありがとうございました。

なにやらいろいろ解釈があるのですね。混乱してきました。

「仏教における縁起」問答一覧

嫌な妄想が本当に起こるのではないかと不安

おそらく強迫性障害です。妄想が本当になってしまうのではないかと不安です。  少し前にインターネットに話を書きました。 数日前、ふと知人Aさんがその話みたいになってしまうのではないかと妄想してしまい不安になりました。 実際は、話とAさんはなにも関係がないのにです。 そう妄想して以来自分のその話を読んだときにAさんの顔が毎回思い浮かんだり、その話について考えた時、Aさんをイメージしてしまったりして、それがため、Aさんがその話みたいになったり、同じような運命をたどるのではないか、と意味不明なことを考えてしまいます。 だから、何度も話を見て、Aさんの顔が思い浮かばないか、確認してしまいます。 そしてそのたびにAさんの顔が思い浮かび不安になります。 また、その話の特徴にAさんが当てはまっておりなおさら不安でたまりません。  また、Aさんがふと別の人のつくりった話になるんじゃないかって思ったときは、別な人の話が次の日何と違反もしてないのに、運営から削除されたとしり、それが、Aさんが別な人の話みたいにならないから、運営から削除されたんだったらどうよう。  話の登場人物を相談するときAさんと似た姿を想像してしまった気がして不安になります また、Aさんの顔写真をみて、話みたいになってしまう気がして不安です。人物にピッタリ合う気さえしてくる気がして不安で仕方ないです。本当はそんなことないのに 一日中このことばかり考えて不安です。  その文章を読んだ時に顔が思い浮かんだり、当てはまる部分があるからと言って、Aさんがその話みたいになったてしまうことはありますか?  Aさんと話の共通点があるのは偶然ですか?  なんらかの何か見えない力で、Aさんが話みたいになってしまったりしたらどうしよう、とかも考えて不安になります。 おそらくAさんの容姿の良さに嫉妬していたため、そのような妄想をしたんだと思います。 今は嫉妬はしてませんが、不安です。 不安でたまらないので、仏教の力を、お借りしたいです。 拙い文章で申し訳ありませんが何かアドバイスが欲しいです

有り難し有り難し 11
回答数回答 1

人からひどく恨まれていて恐ろしいです。

貴重な質問枠を失礼します。 私にはある友人がいました。 私のふとした発言や、関わり方を不義理だと思ったようで、 いろいろ責められることを言われ、私はただ謝ることしかできず、 そんなことが数度繰り返されてもなお、関係を維持してきました。 責められるとき、私が言ったことのないことを「言った」と誤って解釈されています。 さんざん許してやったのに、自分中心で依存的だと言われています。 その人は、共通の友人のこともどんどん縁を切っていき、学生時代の付き合いでは私が最後の一人です。 そんな状況で私から縁を経つのはひどい裏切りのように感じ、 また、縁を切った相手をSNS上でまくしたてているのを見てきたので、それが恐ろしくてたまりません。 私から縁を切ったら、きっと同じように責められることだろうと思います。 その人の中では、その人が被害者で私は加害者になるのだろうと思います。 恨まれてしまうのはもう仕方ないとしても、仏教の教えの中で、世の中の誰かに加害者として恨まれると、いったいどうなるのでしょうか。 なるべく、人には穏やかに、感謝の気持ちを伝え、役に立つように生きてきましたが、今後の人生や死後において、罪を背負うのでしょうか。

有り難し有り難し 10
回答数回答 1

十二因縁(縁起)を例えると…

日頃、宗教や哲学について、ネットあさりしています。 最近は仏教、特に原始仏教と呼ばれるものに興味を持っていますが、十二因縁(縁起)について、府に落ちたイメージを持つことができません。 そこで、難しい言葉や理論を使わず、現代でもわかりやすい具体的な例えを挙げていただきたいと思い、こちらに質問してみました。 なお、こういった知識(智恵でしょうか?)は、一言では語り難いものでしょうし、また言葉だけでわかったつもりになってはいけないとも思っています。でも、こうもイメージが湧かないと、日頃に意識することも難しい。 ぜひ、「なるほど💡 そんな感じなのね!」と感触を得られ、日常の中でさらに感触を深めていけるような例えを、いただきたいと思っています。 ちなみに、これまで私が掴んだ感触・知識は次の通りです。間違いや不足もあると思いますが、その部分こそ、例えで払拭したり補足したりしていただきたいです。 十二因縁(縁起)とは、 無明、行、識、名色、六処、触、受、愛、取、有、生、老死の12個 「無明によって行が生じる」のように、前の物が次の因になる。 最後の「生、老死」については、「生まれることで、老いがあり死がある」ということ? では、「無明→行」「行→識」「識→名色」「名色→六処」「六処→触」「触→受」「受→愛」「愛→取」「取→有」「有→生」「老死→無明」はそれぞれ、どのような因果なのか。 現代でもわかりやすい例をあげるとすれば、どういう例が考えられるか。 仏教に疎い者でもわかりやすい例を、ぜひよろしくお願いしますm(_ _)m

有り難し有り難し 103
回答数回答 5

関連する問答

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ

相談カテゴリ
-四苦八苦 SickHack!▼ 全カテゴリを見る

仏教駆け込み寺 自殺防止・DV・虐待・鬱 相談窓口のご案内
hasunoha YouTubeリスト 回答層YouTuberのまとめ

関連コンテンツ

縁切り供養寺大法寺