hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる
家から匿名・オンラインでお坊さんと話せる!hasunohaオンライン個別相談
そらノート 亡くなった人やペットに思いを伝えよう hasunoha姉妹サイト登場

お坊さんになるには

回答数回答 5
有り難し有り難し 204

お坊さんになりたいと思っています。
どうすればお坊さんになれるか知りたいです。
年齢的なものは関係ありますか?40才近くになると難しいですか?


この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 5件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

形から入ることは絶対にお勧め致しません

禅宗においては、まずは参禅であると思います。
禅宗では己事究明が最も大切です。
己の一大事を明らめるのです。
僧侶の衣を着ることはその後であると、私は思っています。
出家をせずとも道を求めることは可能だからです。
形の上で出家をし、僧堂に入ると、僧侶の世界の専門スキルを学ぶことにばかり追われ、上下関係も大変厳しく、本分である参禅、己を明らかにする、サトリ、正智を求めることが疎かになってしまうからです。
何のために参禅をするのか?
それは仏道の究極を学ぶためです。
自分が救われてもいないのに形の上で僧侶という姿をして説法することは大罪、人を魔導に導くことになり、中身のない布教になってしまうからですからです。

そのためには参禅を深め悟りを得られた師のもとでの参師聞法、工夫坐禅を両輪とし、己を明らかにする、悟りを求める事が先決です。
まずはあなたが心底、正師と崇められるような明眼の師を探し求めることからであると思います。厳しいことを申し上げます訳は、安易に出家してしまったある方が生活をするために檀務、法務に追われるのみで、仏道の根幹を未だおろそかにされてしまっているからです。

{{count}}
有り難し
おきもち

おきもちが累計1,000件を超えました


丹下覚元(たんげかくげん)
☎お悩み相談 📞08020659278 法話禅会 毎週日曜3時より...

なぜなりたいか、が一番の問題です

80歳でエベレストに登頂される方がいるのですから、年齢は問題ではありません。なる方法は宗派によって違いますのでそれぞれの宗務所(宗務庁)に問い合わせるのが手っ取り早いです。また、道はかなり開かれていますのでガッツさえあれば誰でも資格を取ることはできます。
それよりなにより一番の問題は、「なぜ僧侶(お坊さん)になりたいか」です。

私は寺の生まれではありませんが出家得度して僧侶になりました。その際、宗派内の面接で「寺の生まれでは無いが僧侶になりたい、といって出家する人が毎年大勢います。そのうち実際に僧侶であり続ける人は2割くらいです」と言われました。果たして、数年たって周りを見渡すとその数字の通りで、一緒に修行した仲間はみんな辞めてしましました。その理由のほとんどが「生活できないから」です。また、僧侶とは悩める人と常に向き合い続ける生活ですので、「人間が好き」でないと辛いと思います。
※お坊さんとは、仏様の弟子として生きていく、というライフスタイルの事なので、お坊さんになっても収入はありません。住職になるとお給料をいただけますが、それなりに狭き門です。私は13年かかりました。それまでは大きなお寺のお手伝いをしながら、あるいは兼業やアルバイトなどで生活することになります。全国に何万という空き寺がありますが、生活できないから空き寺になっているのです。夢の無い話ですみません。

私個人の意見ですが、せっかく僧階(そうかい:僧侶の資格)をとられるのなら、「僧侶であり続けて欲しい」と思います。いくらお医者さんの資格をとっても実務を一切しなければ、医者という仕事のやりがいやダイナミズム、苦しみ、悩みを知ることができないのと同じです。

{{count}}
有り難し
おきもち

おきもちが累計1,000件を超えました


住職のかたわら、大道芸人PRINCOちゃんとして幼稚園保育園など各種施設、...

道は色々ありますよ!

ひと口に「お坊さん」と言っても宗派が色々ありますし、国内の宗派だけでなく海外にも様々な仏教の流れがあります。

また、「お坊さん」と言っても、仏教が好きで得度(僧侶としての資格を得ること)したいという方、山寺の住職になって静かに過ごしたいという方、自分でお寺を興したいという方(私はコレです)、道は様々です。

得度に年齢制限があるのかどうか詳しく知りませんが、ただ修業が厳しい宗派ですと、やはり若いうちでないと厳しいでしょう。marukoさんは40歳前ということですので、年齢的には問題はないと思います。

私の妻はもともと舞台役者ですが、お寺向けの芝居で宗祖・親鸞聖人の妻を演じるため40歳代で得度をしました。
http://kanako3.blog.so-net.ne.jp/2011-11-08

hasunohaに、以前にこんな質問がありました。
「お坊さんに転職するには」
http://hasunoha.jp/questions/24

仙台の「みんなの寺」の奥さまは、こんな本を出していらっしゃいます。
http://www.amazon.co.jp/ミャンマーで尼になりました-天野和公/dp/478160790X/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1369487135&sr=8-1&keywords=天野和公

あと、落語家で天台宗の尼さんになった方は、質問者さんのハンドルネームと同じ「まるこ」さんです。
「露の団姫(つゆのまるこ)」
http://ameblo.jp/ango-maruko/

{{count}}
有り難し
おきもち

おきもちが累計1,000件を超えました


浦上 哲也
横浜市神奈川区で、新しく小さなお寺を営んでいます。 仏教の教え・浄土真宗...

「菩提心」

maruko様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えとなります。

はじめに・・全くのゼロでは無いとは存じますが、ウィキペディアでの「僧」の定義上では、日本で「僧侶」は存在しないこととなっています。
http://ja.wikipedia.org/wiki/僧

このことに関しましては、浦上哲也様にもご紹介頂いております下記拙回答におきましても少しく扱わせては頂きました。

問い「お坊さんに転職するには」
http://hasunoha.jp/questions/24

では、ゼロでは無いにしても真なる僧侶が存在していないとされる日本の仏教は、一体何なのか、意味が無いのではないかと言われてしまうかもしれませんが、仏教の日本への伝播上における変遷過程、歴史的要因、社会的要請、社会的受容過程など、様々な複雑な事情も勘案した上にて、そこはもう少し柔軟に現実的な見方をしていく必要があるかとも存じております。

仏教は、何も特定の団体や個人のためのものではなく、全ての一切衆生のためのものであります。何も僧侶だけが扱えるといった一段上にあるものでは全くありません。

重要となるのは、自分、そして一切衆生が、悟り・涅槃へと至れるための真摯なる取り組み、精進努力となります。

その上にて、出家者であろうが、在家者であろうが、仏法を扱う上において最も大切となるのが「菩提心」であると存じております。「菩提心」を起こした上にて善徳行に励み、智慧の修習と慈悲による方便行を併せて進めることで、自利利他を円満に成就していくことが望まれることとなります。このことにつきましては、下記問いにおいても扱わせて頂いております。

問い「お坊さんになるには修行がいりますか」
http://hasunoha.jp/questions/70

拙論「菩提心論」
http://t.co/aSBtLQQI

maruko様におかれましても、是非、この機会に「菩提心」についてお考えになられた上にて、実際に仏道修行者としてこれから歩まれていかれるかどうかご判断をなさられてはどうであろうかと僭越ながらにも存じております。

拙生は、世襲におけるただの愚鈍なる世俗僧として日々猛省致しながら、何とか仏法を扱わせて頂けていることに誠に感謝を致しております。

川口英俊 合掌

{{count}}
有り難し
おきもち

おきもちが累計1,000件を超えました


“お坊さん”の実態やロールモデルを見ておく

marukoさん、こんにちは。
臨済宗の場合をお答えいたします。
“臨済宗のお坊さん”となるためには、まず師匠と弟子の関係を結びます。
そして、尼僧さんの修行道場へと詰めていただきます。現在、日本には一つ・・だけだったと思います。
いきなり修行道場にはチョット・・という方は、「臨済宗黄檗宗女性禅学林」にて体験ができます。ちなみに開催場所は、まさしく尼僧さんの修行道場内です。
(修行道場での生活については割愛いたします。下記質問でも紹介しています)
http://www.myoshinji.or.jp/event/zazen/doujou.html

さて、なにごとも前と最中と後、が問題となるでしょう。
前とは、“お坊さん”になる前、どのような心持ちで、準備が、云々。
最中とは、“(臨済宗の場合、何年という)修行道場での時間”について。
後とは、“臨済宗のお坊さん”と認められてから、どのように生きていくか、云々。

いちばん問題なのは、なぜ“お坊さん”となるか。根本が、土台がしっかりしていないと大変です。
つぎに問題なのは、“お坊さん”になってから、です。
・・そこで助けとなるのが、“お坊さん”の実態やロールモデルを見ておく、ということです。
“お坊さん”の実態というのは、たとえば修行道場に入る前に、小僧としてお寺にはいる、葬儀社などで研修する等。
ロールモデルを見ておくというのは、目指す場所、こうありたい存在を見つめ直すことです。
浦上師の奥様、仙台の「みんなの寺」の奥さま、「露の団姫(つゆのまるこ)」など、知っておいて損は無い・・といっては何ですが・・。

結局は、『お坊さん:marukoさん』となるわけですが、この自分ってなんなの?と・・間違いなく心が揺れます。そんなとき助けとなってくれるはずです。貴方は貴方なのですが・・。

hasunohaにて、過去の類似質問です。
問「お坊さんに転職するには」  http://hasunoha.jp/questions/24
問「お坊さんになるには修行がいりますか」 http://hasunoha.jp/questions/70

{{count}}
有り難し
おきもち

おきもちが累計1,000件を超えました


「~です」とは、「~だと、ぼくは思うのです」ということです。 回答は、書...

質問者からのお礼

沢山のご回答ありがとうございました。
皆様が言われているとおり、なぜなりたいのか・どういうお坊さんになりたいのか、改めて考えたいと思います。体験などからもはじめてみたいと思います。
自分が志す師も探させていただきたいと思います。
ありがとうございました。

「出家・得度・僧侶になりたい」問答一覧

僧侶になりたいが別の職も目指したい

有難き法縁を最近恵まれて、僧侶になることを考えている者です。仏道に生きることは自分にとって良いだけでなく、それを世に広めることは非常に大きな意味があると思っています。教行信証を読んで、これは広めるべき教えだと深い感慨を得ました。寺族でない者が僧侶になる道もいろいろと調べました。 しかし、私が今まで積んできた学業を捨てて僧侶になることは本当に社会にとって最善なのか、と思いました。(現在、米国の大学に在籍し工学を勉強しています。ちなみに浄土真宗の寺に毎週通うようになったのもこの地です。) もちろん、そこには自分が工学をやりつつ仏教もやるという煩悩もありますが、私がここまで工学の勉学を多額の費用が掛かるにもかかわらず進められてきたのも立派なご縁で様々な人のおかげです。技術者になれば社会に貢献できるとも思います。寺族でない者が別の職業に就きつつ僧侶になり寺を開くことは現実的でしょうか。 親鸞聖人は非僧非俗といいました。関東の農民とともに農作業にも励んだと聞いています。今日でも、別の職業に就き世の荒波に揉まれつつ、僧侶として(例えば、毎週日曜日に自宅をお寺にするなど)人々とともに仏道を歩むのは意味があることだと思うのです。 休日を持たない覚悟はあります。また、通常の寺という形に囚われず、布教所のように小さな形でも仏法を広められるのなら良いと思います。しかし、寺族でない人が別の職を持ちつつ寺を開くケースを拝見したことがありません。実際のところどうなのでしょうか。

有り難し有り難し 20
回答数回答 4

師僧との関係と僧籍について。

この分野には詳しくありませんので、恥ずかしながら諸大徳にご相談致します。 私の師僧(60代独身)についてなのですが、元々精神的な問題を抱えている人で、感情が高ぶると御葬儀の場やお法事の席でも大声で叫んだり、真言宗の住職でありながら真言宗や弘法大師を否定してカルト宗教に入ったり、お檀家さんや周辺とも何かとトラブルが絶えない人なのですが、数年前師僧の母親が怪我で入院した頃からさらに言動がおかしくなり、私にも「これからは毎日8時間無料で留守番しに来なさい。」等々無理難題を言ってくるようになりました。 それまでも師が母親を病院に連れていく日などには勿論留守番やお手伝いにはこちらから行っていたのですが、それで何を勘違いしたのかだんだんと要求がエスカレートしてきた状態です。 ちなみに私はお寺に雇われているわけではなく、役僧でも内弟子でもありません。 2,3か月に一度御葬儀の助法をする程度なので、普段は他の仕事で生計を立てており「私も生活があるのでさすがに毎日無料奉仕というわけには・・・」とやんわりお断りしたところ激昂されてしまい、「そんな薄情な事を言うなら師弟関係を解消させてもらう!!」と怒鳴られ師弟関係を人質に度々大した必要性もないような用事などに呼び出されております。 近所に買い物に行くだけのほんの数十分程度の外出にも留守番に呼び出されるので、仕事場からも「そんなにしょっちゅう休むんなら辞めてほしい。」と通告され、年齢的にもかなり厳しい状況です。 その旨を師に伝えても「弟子が師匠のために多少の犠牲になるのは当然の事だ。」等々しれっと言うので最早信頼などとてもできませんが、それでも在家から苦労して20数年なんとか必死の思いで続けてきた僧籍だけは消したくないと思い、ギリギリまで我慢してきましたがこれ以上の師の要求はとても受け入れられず、離弟(僧籍削除)してもらうしかないかと覚悟しております。 総代会も30年余りの間に正式に開かれたことはほとんど無い状態で、相談してもどうにもならない状態です。 そこで離弟する(僧籍が無くなる)ことでどういったデメリットや僧侶としての行動に制限が出てくるのか、師僧が無くてもできることはあるのか等、様々なパターンについてお詳しい方がいらっしゃいましたら御教示いただきたく思います。

有り難し有り難し 22
回答数回答 2

天台宗で在家得度したい場合

はじめましてセイタと申します。30代男性です。よろしくお願いいたします。 在家としてできる限り丁寧な供養をしたいと思っています。天台宗で在家得度したい場合、どのような方法が考えられるでしょうか。 <現状と希望> ○現在お世話になっているお寺さんはありません。 ○親は無宗教で仏事とは縁が切れています。 ○天台宗を選んだのは本や勤行次第を読んで一番自分にしっくり来ると感じたからです。 ○ここ半年ほど勤行次第(台宗課誦の二式でした)と日替わりで普門品や地蔵菩薩本願経等を読んでいます。 ○声明が好きなので将来的には法華懺法や例時作法を上げられるようになれればと思っています。 <質問> ○お師僧さんにお願いしなくてはいけない内容だと思います。近々引っ越す予定ですがそちらには天台宗のお寺さんが都道府県レベルで少ないようです。どんなお寺さんでも在家得度や例時懺法の伝授はして頂けるものでしょうか。それともいっそ比叡山(本山)に問い合わせてどなたか紹介して頂き年に数度飛行機で伺ってじっくり教えて頂くのがいいでしょうか。 ○受戒・護身法伝授・例時懺法等をあわせて(幅はあるとは思いますが)どれくらいの志納になるものでしょうか。 ご回答、よろしければお願いいたします。

有り難し有り難し 4
回答数回答 1

関連する問答

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ

相談カテゴリ
-四苦八苦 SickHack!▼ 全カテゴリを見る