hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる

浄土真宗におけるお念仏について

回答数回答 3
有り難し有り難し 35

自力の念仏では阿弥陀さまは救ってくださいませんか?

この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

阿弥陀様に抱かれていることに気づく

清香様
こんにちは。拝見させていただきました。

自力の念仏では阿弥陀様は救ってくれないのでしょうかとのご質問。阿弥陀様は摂取不捨と言いましてどのような人であってもお救いくださる仏様です。ただ、阿弥陀様が手をさしのべてくださってもそれを振りほどいているようでは救われません。阿弥陀様がどうかではなく私たちの方の問題です。自力のお念仏は阿弥陀様の手を振りほどこうとするので端的に言えば救われません。それは阿弥陀様のせいではありません。自身を包んでくださる阿弥陀様の慈悲に気づきその仏恩を感じて「唱える」のではなく「称える」のが信心のお念仏でございます。とは言え最初は誰もが自力から入りますので気にせずお念仏の日々とご聴聞の日々を大切にしていただけたらと思います。共にお念仏させていただきます。

合掌

{{count}}
有り難し
おきもち

御縁があって一般人からお坊さんになりました。現在は小さなお寺の住職をさせていただいております。

一度浄土真宗のお寺に行ってみよう

 おはようございます。

 「自力」という言葉は仏教だと違う意味に使われていますが、ここは過去の質問などから、素直に独学で誰にも頼らず、仏教(お念仏)を学べないか、という意味と捉え回答をさせていただきますね。
 尚、私は曹洞宗なので、お念仏のことはよく分からないのですが、仏教の考えとして一般論としての回答となります。

 さて、再生機能がついた録音機があるとします。携帯電話にもそのような機能がありますよね。
 その機械に、お念仏やご真言を録音させ、繰り返し再生し続けたら、その機械は成仏するでしょうか?機械なので成仏しません。また録音再生する機械として念仏だけの再生では本来の使用方法と違うので人の役に立っているとはいえなせん。本当はいろんなものを録音し再生して役に立つ事で、機械として成仏できるのではないのでしょうか?

 あなたも、ただお念仏だけ、ではなく、お念仏をどんな気持ちで唱えれば良いのか、普段の生活はどのようにしたら良いのか、しっかりお坊さんに聞いておこなった方が良いと思います。とにかく独学というのは危険です。是非お近くの浄土真宗のお寺さんに行き、お話を聞きながら、聞いてもらいながら進めるのが良いと思いますよ。お布施が心配なら聞いてみると良いと思いますが、仏教を学びにきた方に高額なお布施が必要ということはないと思いますよ。

{{count}}
有り難し
おきもち

・曹洞宗/静岡県/50代 平成27年鳳林寺住職。平成28年hasunoha回答僧登録。 好きな言葉は「和顔愛語」。和やかな顔と思いやりの言葉という意味です。曹洞宗開祖道元禅師は、愛語には世界を一変させる力があると仰っています。回答には厳しい言葉を入れることもありますが、相手を思いやる気持ちがあってこその言葉と捉え、受け止めていただきたいです。 ※質問の答えについて、話の大筋は変えませんが、投稿してから誤字脱字を直したり、内容をよりわかりやすくするため、若干加筆修正することがあります。ご了承ください。 ※「お礼」は必ず拝読していますが、それに対して回答の追記は原則しないことにしています。ご了承ください。 ・回答する件数は減っていますが、ほぼ全ての質問とつぶやきに目を通しています。
話すのが苦手なので、原則不可とさせていただいています。どうしても!という場合は運営さんに問い合わせてみてね。

視点

自力って、、、自分が頑張るから如来は要らない。
とすると、自力と他者からの救いが両立するか僕にはちょっと分らないです。

阿弥陀様に救ってほしい。
と思う心のときに、阿弥陀様のほうから人を区別することないよ。

そう聞いています。

念仏。音の共鳴まで自分がコントロールして自分が唱えている立場の人もいるけど、、
自分の及ばない範囲のところで空気が触れ合って音を奏でている。そうとらえる立場の人もいます。

{{count}}
有り難し
おきもち

僧侶として長い時間を過ごしてきましたが、 四十年以上経った今でも、言葉や文字にできない思いはあります。 どんなに経験を重ねても、 世の中で起きる出来事や、自分の中に生まれる感情のすべてを きれいに整理して表現できるものではないと思っています。 だから、うまく書けなくても安心してください。 ここでは、無理に言葉を整えることよりも、 いったん息を整えて、静かに耳を澄ますことを大切にしています。 まとまりのない文章でも、途中で止まってしまっても構いません。 言葉になる前の思いが、そのまま置かれてもいい場所でありたいと考えています。
特別な準備や、上手に話すことは必要ありません。 このオンライン相談の時間は、あなたのために差し出された時間です。 話すことだけが人生の目的ではありません。 言葉が浮かばないときは、 ただ呼吸に耳を澄ませる時間として過ごしていただいても構いません。 日常の中で受けている外からの抑圧やストレスから、 ひととき身を離れるための「避難の時間」として この場を使っていただくこともできます。 僧侶である私は、何かを答える人というより、 あなたがこの時間を安心して過ごせるよう、 静かに同席する存在でありたいと考えています。 話がまとまらなくても、途中で止まっても大丈夫です。 この時間が、あなたのペースを取り戻すきっかけになれば幸いです。 なんまんだぶつ。

質問者からのお礼

光輝さん

ありがとうございました(^^)

泰庵さん

南無阿弥陀仏。ありがとうございました。

けんじゅさん

ありがとうございました。唱えると称えるの違いですね。

煩悩スッキリコラムまとめ