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恨み続けると言われました。

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1ヶ月ぐらい前、外出をするために主人が車を道路に止めており、少し遅れて私も乗り込みましさた。

人が居ないのを確認して発進させたと同時に後ろで違和感。
降りて見たところ、助手席側の後ろでマルチーズが…
綱を離して散歩をさせていたらしく、車の下に潜り込んでいたみたいでした。
少し離れた所か飼い主さんの男性が
『やらかしてしまった』と叫びながらどこかへ…
仕方ないので車両保険の会社に連絡をし、その日はおわりました。

つい先日、飼い主さんの奥さんと会いました。
奥さんは鬼のような形相で言いました。
『犬を殺しておいて、一生恨んでやる!』

跳ねて死なせたのは事実です。反対の立場になれば、奥さんの気持ちも解らなくはありません。
ただ、私達が一方的に悪く一生恨らまれなければならないのでしょうか?


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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

故意でなかったのですから

故意でなかったのです。事故だったのですから、いずれ時が解決してくれましょう。
おそらくその男性が奥さんに伝える時に保身のために虚偽の報告もしたのかもしれません。
普通であれば、放し飼いにしていたらそういう事態だって当然起こりますし、自分の責任です。きっとその男性が、自分の罪を避けるためにあなた達が悪かったとたっぷり盛って話をしたのであろうと思いますよ。
よって、私が貴女であれば相手にまた因縁つけられたときは、このように尋ねます。
「その節は大変申し訳ありませんでした、ですが、どうやら事件の真相について、きちんと旦那様からお伺いになっておられなかったのではないでしょうか」
そこで真相をお伝えして、それが確実に事故であったこと、放し飼いにしていた旦那さんにも非があった事を改めてお伝えし、それでも詫びるべきを詫びればそれが誠意となります。
「一生怨んでやる」といっても、何の影響もありません。
私が仮にあなたを怨もうが、私を怨もうが影響はないはずです。
あなたが恨みに乗らなければ何の影響もありません。
相手の立場であれば、あなたが故意でなかったにせよ、可愛いがっていた犬をひいてしまったのは事実。
自分に不幸があった時、それが自分のせいであっても、単なる不運であっても、人は敵を欲しがるものですから、短絡的に考える人はすぐに相手のせいにします。
降りかかる火の粉は払わねばなりません。
即座に解決したければ、ご夫妻でご挨拶に伺って、事情はどうであれ、まずお詫びすることです。お互い冷静になれば、最終的には放し飼いにしていた旦那のせいであることは言うまでもありません。

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おきもち

お悩み相談08020659278
今月の法話 文殊の剣 ❝己がそのものを観ていながらそこに余計な色や思いをつけたさぬその己の様子を「こそ」見届けてみてください。❞(本文より) 「大丈夫、慧の剣を取る。」 大いなる菩薩や老師は智慧の剣を取って、人の迷いの見解を断ち切り真実の姿をみせてくださいます。 智慧の剣とは人間の自我、我見の無いこころからなる、無垢で清らかなる「事実の様子」「本来の様相」を見極める力ともいえましょう。 それこそが智慧の剣なのです。 文殊とは自己を鎮め得た者の姿。 人間の内なる思慮分別の猛獣を修め得て、その上に鎮座する姿。 事実を事実のとおりに見るということは、余分なものがないということです。 そこに現れる余分な見解というものを断ち切った姿。 そもそも、もともと一切の事象、事実というものには余分なものはありません。 とは言えども、それでも人は人の習癖・習慣的に物事に思いをつけたす。 いまや「写真で一言」という要らぬ添え物をするバラエティ文化もあるぐらいですから、ものを本当にそのままに受け取るということをしない。 文殊様の持つ剣、智慧の剣というものは、そういう人間の考えを断ち切る働きを象徴したものです。 その文殊の剣とはなにか? お見せしましょう。 いま、そこで、みているもの、きこえていること。 たとえ文字文言を観るにしても、そのものとして映し出されているという姿がありましょう。 文字として見えているだけで意味を持たせてもいない、読み取ってもいないままの、ただの文字の羅列のような景色としてみている時には、文字であっても意味が生じません。 本当にみるということはそこに安住しています。他方に向かわない。蛇足ごとが起こらない。 見届けるという言葉の方が適しているかもしれませんね。 ❝己がそのものを観ていながらそこに余計な色や思いをつけたさぬその己の様子を「こそ」見届けてみてください。❞それはものの方を見るというよりはそれを見ている己を見つめる姿ともいえましょう。 そういうご自身のハタラキ・功徳に気づく眼を持つことです。 あなたの手にはすでに文殊の剣がありますよ。用いることがないのはもったいないことですね。

基本的には、飼い主の責任だと思います

リードを外して、マルチーズを離してしまった飼い主の責任だと思います。

保険会社の方に立ち会ってもらい、相手方の御夫婦と事実関係の確認を行うしかないと思います。双方の事実関係を確認し、何故犬が自動車の下に居て、発車と同時にひいてしまったのか、双方できちんとと確認しましょう。仮に飼い主の夫が話し合いのテーブルに着こうとしないなら、多少強気に出ることも必要かも。相手側の妻に「恨む」と言われたことについて「一種の脅迫であり、告訴も辞さない。」と保険会社の方に伝えてもらっても良いかと思います。(こんなことはしないで済むに越したことはないですが。)

 あなた方に落ち度が無くても、犬を自動車で轢いてしまったという思いはなかなか拭い去りにくいかもしれません。ペットを喪った方の悲しみに寄り添い、ペットへの慰霊(ペット霊園への墓参等)を行うことで、相手側の気持ちが多少軟化する場合もあると思います。

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おきもち

個別相談可能
 目の前の方の悩みや気持ちをしっかりと受け留め、心を開いてもらうように努めております。決して容易いことでは有りませんが、一期一会の気持ちで相談に、葬儀法事に励みたいと思います。    最初法学部部にで学び、4年間ほど公務員をしていました。(税務署勤務)その当時の学びと経験を終活相談に活かしたいと思います。                                              昭和63年5月に住職となってから、30年が過ぎてしまいました。仏教学・禅学もそこそこ真面目に学んだつもりですが、宗教学・宗教民俗学に力を入れて学びました。そういう分野については丁寧な回答が出来るかも。
一人一人の気持ちに寄り添い、傾聴に徹して、心をほぐしてあげられるよう、努めたいと思います。 それと同時に、完璧に出来るとは限りませんが、其の人が歩むべき方向を一緒に考えてあげたり、次の一歩を踏み出せるよう背中をおしてあげられるよう、努めたいと思っております。

動物の血で車を汚されたら普通は被害者

「一生恨んでやる」と言われて、言葉のマジックで自分が加害者になってしまってますが、
あなた方が被った迷惑を考えたら、逆に被害者であるかもしれません。
相手の奥さんは、本気であなたを恨んでいるんじゃなく、自分が加害者として何か請求されたら嫌だから、先手を打って被害者面をしてきた可能性もあります。
しかし実際にはあなたが自分は被害者だと思っていないなら、それでよいのです。
引き分けで終了、ということにしましょう。

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有り難し
おきもち

がんよじょうし。浄土宗教師。「○誉」は浄土宗の戒名に特有の「誉号」です。四十代男。 仏教は、悩み苦しみを制御したり消したりするための教えです。まだまだ未熟者の凡夫ですがよろしくお願いします。

質問者からのお礼

ありがとうございました。
飼い主さんと私達の為にも、一度、お宅を探して話し合ってみます。

ありがとうございます。
私達に落ち度がある・ないに関わらず、犬を殺してしまった事実が消える訳ではありません。
犬のご冥福を祈りながら、相手側のお宅を探して保険会社の方と話し合います。

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ