hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる

病気ばかり続きつらいです。

回答数回答 2
有り難し有り難し 25

3ヶ月前に出産をしました。
陣痛はくるものもなかなかすすまず緊急帝王切開で生みました。帝王切開後の痛みは想像以上で辛い夜を過ごしました。
それから数ヶ月後に胆石がみつかり子供も小さいし我慢していたんですが、胆石発作が何回も続いたため、胆嚢摘出をすることにしました。
子供を県外の両親にあずけ泣く泣く子供の動画をみて過ごしています。たくさんの人に支えられ、摘出をしましたが術後も痛く不安な日々を送りました。
これで楽になれる、子供といっぱい過ごそうと思っていましたが、麻酔科の先生から声帯ポリープがあることが告げられました。
私はもう落胆しました。一難去ったらまた一難のごとく次々私の体には色んなことが起きているように思えるんです。
私が何かしたのでしょうか
なぜ辛いことばかり起きるのでしょうか


この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

とことん洗いざらい治療して、再発防止。

クヨクヨしたくなるのも当然です。
あー、やれやれ(~_~;)どうして、こんなに不幸が続くのから。
同時多発ではなく、本当は一つ一つが別々の所で起こっています。
ですから、別々の本だと思って一冊ずつ読破していくより他はありません。
上手に治療されましょう。
上手に入院しましょう。
上手に病に伏しましょう。
深く考えたり裏読みしたり、ありもしないことを考えてただでさえ体がダメージを受けているのに心でまで追い打ちをかけることはありません。
体が苦しいのは痛みというもの。
心が苦しいのは苦しみというもの。
苦しみと言うもは体には怒らないのです。
心がそれを取り扱うことで苦しみが生じる。
自然に実際に起こっていることに抗い的に別の状況を想定すること自体が体にとっては「ご主人様それはさすがにムリでござんすよ」と負担がかかっているのです。それがストレスや苦しみです。
故に、痛い時は痛いに任せるよりほかはありません。
私も、体に痛みがある時はただ痛いだけです。
そこにそれ以上追いがつお的に追い打ちをかけません。
だまって、治療されてみるという、何気ないことが実は最高の処し方であったりするものです。

{{count}}
有り難し
おきもち

お悩み相談08020659278
今月の法話 文殊の剣 ❝己がそのものを観ていながらそこに余計な色や思いをつけたさぬその己の様子を「こそ」見届けてみてください。❞(本文より) 「大丈夫、慧の剣を取る。」 大いなる菩薩や老師は智慧の剣を取って、人の迷いの見解を断ち切り真実の姿をみせてくださいます。 智慧の剣とは人間の自我、我見の無いこころからなる、無垢で清らかなる「事実の様子」「本来の様相」を見極める力ともいえましょう。 それこそが智慧の剣なのです。 文殊とは自己を鎮め得た者の姿。 人間の内なる思慮分別の猛獣を修め得て、その上に鎮座する姿。 事実を事実のとおりに見るということは、余分なものがないということです。 そこに現れる余分な見解というものを断ち切った姿。 そもそも、もともと一切の事象、事実というものには余分なものはありません。 とは言えども、それでも人は人の習癖・習慣的に物事に思いをつけたす。 いまや「写真で一言」という要らぬ添え物をするバラエティ文化もあるぐらいですから、ものを本当にそのままに受け取るということをしない。 文殊様の持つ剣、智慧の剣というものは、そういう人間の考えを断ち切る働きを象徴したものです。 その文殊の剣とはなにか? お見せしましょう。 いま、そこで、みているもの、きこえていること。 たとえ文字文言を観るにしても、そのものとして映し出されているという姿がありましょう。 文字として見えているだけで意味を持たせてもいない、読み取ってもいないままの、ただの文字の羅列のような景色としてみている時には、文字であっても意味が生じません。 本当にみるということはそこに安住しています。他方に向かわない。蛇足ごとが起こらない。 見届けるという言葉の方が適しているかもしれませんね。 ❝己がそのものを観ていながらそこに余計な色や思いをつけたさぬその己の様子を「こそ」見届けてみてください。❞それはものの方を見るというよりはそれを見ている己を見つめる姿ともいえましょう。 そういうご自身のハタラキ・功徳に気づく眼を持つことです。 あなたの手にはすでに文殊の剣がありますよ。用いることがないのはもったいないことですね。

この世は因縁の理により成り立っていますから、結果には原因がある、あなたの場合もやはり様々な原因があるのだと思います。
生まれ持った原因もあれば、その後の生活環境による原因もあるでしょう。
例えば胆嚢結石は、元々結石ができやすい体質だったのかもしれませんし、日頃の食事において肉などのコレステロールを取り過ぎていたのかもしれません。
声帯ポリープも、元々の体質もあるでしょうし、大きな声を使う仕事をしているとできやすいです。また、ストレスにより血管が萎縮して血行が悪くなってもできるそうです。あなたの場合は妊娠から今までのストレスが原因かもしれませんね。

でも、安心してください。胆嚢は無くても、肉などのコレステロールを取り過ぎなければ腸には支障がありませんし、声帯ポリープは良性腫瘍ですから適切な治療で対応できますよ。
大切なことは再びポリープができないように、適度にストレスを発散することだと思います。
今は入院中で何もできないと思いますが、なるようになると、少しでも楽観的に考えていただき、ストレスを溜めないようにしてくださいね。
退院してからも、後遺症や育児や家事で大変でしょうが、できればご主人にも家事や育児を代わってもらって、適度にストレスを発散するようにしてくださいね。

これからのご家族の健康を願っています。

{{count}}
有り難し
おきもち

私は浄土宗の坊さんです。 少しでも何か参考になればと思って回答していますが、無知未熟ゆえに質問を読ませていただくことしかできないことも多々ありますがお許しください。 回答は私個人の意見や解釈もあり、場合によっては浄土宗の教義とは少し異なることもあるということをご了承ください。 また、寺の紹介ページに電話相談についても紹介していますのでどなたでも気兼ねなくご利用ください。 ハスノハのお坊さんがもっと増えますように。 合掌 南無阿弥陀仏

質問者からのお礼

ありがとうございます。
確かになぜ自分だけと思っていましたが実際、食事内容や妊娠による体重の増減もひとつの原因であると思います。
テレビであんなに太っている人がいるのになぜ自分が?とか引っ越したのがいけなかった?など何かのせいにしていました。
自分を見つめ直す機会かもしれません。
ポリープは症状がでてから気づくものだが今回は胆嚢摘出の手術で見つかったのでよかったのかもしれません。
子供をあずけて手術をしたり辛いことが続いたのでちょっと深呼吸しようと思います

煩悩スッキリコラムまとめ