子供がかわいくてしかたありません。子供への執着をなくしたい。
まったく馬鹿馬鹿しい質問であることは承知の上でお聞きします。
子供を敷地内に同居している義理実家の人々に面倒見てもらいたくありません。核家族でがんばって子育てしている人から見たらほんとうにわがままだと思います。
なぜそう思うのか…?と自分に問いかけてみました。
便宜上は子育ての仕方が違う。や義理の家族のあのひとが好きではない。などうわべだけの理由はたくさん出てきました。
しかし、根本の部分を突き詰めていくと、私は自分の2人の子供がかわいくて愛しくて仕方がなくて、私だけを見ていてもらいたくてこのようにわがままを言っているということがわかってしまいました。
私は義理実家に子供が懐くのが嫌で子供が保育園に行っていない週末は全力で家にいないようにして、晩御飯を誘っていただいても断固として断り、義理の兄弟家族が帰ってくれば全力で嫌だ!!という態度をとり逃げてきました。また、大好きで愛しい旦那にもわがままを言い、泣いて"義理実家のあの人が嫌だ"や"あれが嫌だ"と文句を言い、私たちのことも義理の実家のことも含め、家族のことが大好きな旦那を困らせ辛い思いをさせています。
ここまで考えがたどり着いたのですが、このような状態の解決方法として思いつくのは、私が我慢をして子供も義理の家族にたっぷり愛してもらって旦那も私と義理の家族とのあいだに挟まれることなく私の家族、義理の家族共に仲睦まじく過ごすのが一番よいことだ。というのはわかっています。
でもこれでは私が我慢しなくてはいけません。
我慢するということはもちろん嫌だし、"我慢"ではいつかどこからか綻びが出てしまうと思っています。
ではどうすればよいか、もわかっています。私が義理の家族のことも自分の旦那や子供のように愛し、大好きな気持ちになることが最善の解決策だということがわかりました。
しかし、ひとを好きになる気持ちは自分でコントロールできるものではありませんし、"今日からあの人を好きになろう!"と思ってもできることではありません。
と、いうことは私の考えた解決策ではこの状況は打開できません。
質問の主な趣旨としては、どうしたら今より良い状況になるか。また、自分の執着や考えを変えるのはどのようにすれば良いのか?
です。
長々と抽象的な質問をしてしまい申し訳ございません。回答をいただけたら幸いです。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
自分が可愛くて仕方ない、ではないでしょうか。
正直に自分の欲に向き合えたことは大変立派です。
行動が変わらなければ欲の正当化と言い訳で終わるだけなので誰も言ってくれないことでしょうからズバッと申し上げます。
やってることが母親失格だと思います。
自分のエゴ、わがままがどれだけ周りに悪影響を与えているかを知り改める機会といたしましょう。この子が可愛いと思うのであればこそ、その子の権利を奪ってはいけません。
私の祖父は早くに亡くなり祖母も早くに亡くなってしまいましたからあまり記憶がありません。子供は「会いたいもの」なのです。
あなたの場合はせっかく子供は生まれながらに祖父祖母に会える状態にあるのにあなたの勝手なわがまま、自分勝手、自分ルールによって、その権利を勝手に奪ってきたことを反省するべきです。
旦那さんも実家と間に挟まれながら、あなたのわがままな自分勝手な性格に苦労してきたでしょうから自分のルールを押し付けてきたことにきちんと詫び、今後も改めるべきです。
自分がその家で一番偉くなったり、あなたのルールが家を支配することが、そもそもの間違いだと思ってください
ここは神仏の心を敬うサイトでもあります。
神仏を敬う心とは、自分の我を鎮め自分より偉い存在を家の中で持つということです。
自然界の「あるべきよう」を、人間のエゴによる「こうあるべき(都合)」で勝手に変えてきた結果を見てください。
「あるべきよう」を壊すと今はあなたにとって都合がよくても必ず不自然なことが起こるということです。
「あなたのルールが家のルール」であることが無宗教という名のエゴイズム、わがまま正当化王国を生み出しています。
子供もいつかそういう一面を持っていくようになるのは避けられないのです。
この世に自分のモノはありません。大人は大人になるにつれて立派になっていくべきです。
私の子供、私のこども、私だけの子供というエゴ親姿勢を捨てて、あなたがもっと「大人に」なることです。
あなたではなくその子を主人公にしてあげるということです。
あなたが主人公になっていると子供もわがままに付き合わされてご主人も苦しいのです。
まずは、お子さんと旦那さんも周りの親族が本来与えられるはずの機会をあなたが奪うことをもうやめましょう。あなたが家庭の絶対的ルールになってはいけないのです。
仏教というのは人間のエゴというものの恐ろしさを知り、そのエゴを改めてゆくのです。
お子さんがかわいそう
あなたが可愛いのはお子さんではなくてジブンです。
我慢したくない。子供を私のモノにしたい。
これはワガママです。
子供はあなたのモノではない。
生まれながらに自由に生きて良い存在です。親はそれを健やかに過ごせるようサポートするだけ。おじいちゃんやおばあちゃんと仲良くしてくれたら子供はよく育つ。人間関係もうまく行く。嫌いとか好きとか、そんなことで振り回されていたら子供はかわいそうです。
そのうち子供は依存して親の顔色を見て育つようになり、思春期に言うことを聞かなくなり、あなたはどうにもできず投げ出すのでしょう。
そうならないでもらいたい。
お出かけもいいけど、家の周りでのんびり過ごす休日も子供にとってはいい学びです。
子供から学ぶことはたくさんあります。あなたよりよっぽど大人だなと思うほど、人を色眼鏡で見ないでしょ。誰にでも壁を作らないでしょ。偏見がない。子供はそんな存在です。仏のようです。どんな環境でも受け入れ生きています。あなたはその素直なお子さんにまっすぐに育って欲しくありませんか。
そのためにもあなたは、まずお子さんをあなたのモノにしないこと。そうでない事実を受け入れましょうね。