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日本のお坊さんの不思議

回答数回答 7
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半僧半俗な生活をしている日本の僧侶。

本山が本社で末寺はフランチャイズ店のような仕組みも
理解できません。
日本の仏教って名ばかりだな。と思うことが多々あります。
お寺の息子や娘に生まれ落ちて各宗派の大学を出て
ちょっと修行して資格を持ち、家を継ぐ。そしてそれだけで人々から拝まれ、敬われるのって・・・
何か違う気がします。
たいして苦労もしていないお坊ちゃま僧侶に偉そうな事を言われても何も説得力もありません。

お坊さん自信はこういった日本の僧侶の状況を
どう思っているのでしょうか?


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お坊さんからの回答 7件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

実は全く同じこと思ってました

出家してはや10年…(いや、まだ10年か)
最初の5年は似たようなこと思ってました。
本山への上納金て!ヤ●ザと同じ仕組みやん!
とか
昼間から酒を飲むような人が坊主名乗っていいのか!?
とかとか。
実際に欲深い方もたくさん見聞きしてましたしね…

もう、坊さんも言ってしまえば人それぞれ。
これはどこの業界・世界もそうだと思うんです。

でもね、修行仲間や多くの僧侶とお会いして
素晴らしい方もたくさんいるんだなって分かりました。

仏道に入って明らかに10年前より世の中の見え方が変わりました。
仏教って人々を救う力が間違いなくある!って、
そしてそれを、あの手この手で伝えようとしている人もたくさんいます。
私もその1人です。

特に、hasunohaにいる僧侶は皆さん「悩んでいる人のため」にいます。
それは、半僧半俗じゃないとできないことでもあるんじゃないかな~って思うんです。
"俗の中にて僧の目線でいること"も大事かなって(^^;)

偉そうなことを言ってるように聞こえるかもですが
本質はあくまで「仏さまの代弁者」なんです。
偉いのは仏さまであって、坊さんじゃありません(私見ですが(>_<)

「こういった日本の僧侶の状況をどう思っているのでしょうか?」
に答えるなら
「あなたの期待を裏切らないように、僧侶として、世のため人のために一生懸命、恥ずかしくない生き方をしていくように努めていきたいと思ってます」です。

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おきもち

困っている人や悩んでいる人にとって、仏さまの教えが少しでも良薬となれること...
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こうして、ちゃんと向き合ってくれる お坊さんがいる。

表面的な部分を見ると、そうとも言えますね。
お坊さんも人間だから、いろんな人、いろんな考え、生き方があります。お坊さんの世界も様々。出会うお坊さん、お寺によって、印象は違ってくるでしょう。

前回の質問も、そうでしたが。
お坊さんと、何かあったの?
お坊っちゃま僧侶に偉そうなこと かぁ〜。
あなたの心に、引っ掛かりがあるのでしょ?
だから尋ねたくて、ここに質問をした。

いろんなお坊さんがいるけれど、こうして、ちゃんと向き合ってくれる お坊さんがいる。

多くの回答僧があなたと一緒に悩んで、考えを応えてくださっています。まだ見ぬ あなたのために。そんな誠実な僧侶もいるということ。

どう感じますか。あなたの想いも聞かせてね。

追伸。ちゃんと、読んでいますよ。
前回の回答への返事も無く、あなたの真意が見えなかった。ただ、一方的な質問だなと思いました。言いたくないといいながらも、返事が聞けてよかった。

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おきもち

はじめまして(*^^*) 中田みえです。 教善寺 住職として、母親として...
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全く仰る通りです。

私は在家出身で僧侶になった身ですが、
そのような僧侶は少なくないなぁと感じます。
でも立派な僧侶も決して少なくありません。
若い世代ほど今の状況に危機感を抱いていて、
何とか頑張ろうとしています。

たいして苦労もしていないように見えるお坊ちゃま僧侶も、
世襲制という縛りに悩んで苦しんで、
それでも好きでもない仕事を粛々と勤めているのかも知れません。

でも「奈良大好き」様が憂うような状況は底を打ったように思います。
これからを担う若い僧侶に期待していてください。

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和田隆恩
 浄土真宗(大谷派)/広島県広島市/17世住職。  1967年京都市生ま...
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これからのお坊さんは20世紀の尻拭い世代です

不思議ですよね。
私も学生の頃はそう思ってみました。でも、実際にお坊さんになってみると全然違っていました。

阪神淡路大震災で駆け付けたボランティアの中で最もたくさん駆け付けたのはお坊さんです。東日本大震災のボランティアを今も継続しているのもお坊さんです。大雨災害や土砂災害などでも必ず駆けつけています。その中で自己犠牲をし過ぎて家庭崩壊したお坊さんも少なからずいます。でも、そんなことは全く知られていません。

平成16年の曹洞宗宗勢調査によるとお坊さんの平均年収は日本国民の平均と2万円弱しか変わりません。しかも大半は300万以下との注釈付きです。ぶっちゃけ専業でお坊さんやってるのは半分くらいで、もう半分は一般職と兼業の人です。代替わりまで一般職だった人や、在家から出家した人も多いです。独身のお坊さんもいますし。むしろ今はどこも後継者問題だらけです。でもみんな順当に世襲してることになっています。
ついでに言うとこの所得額はみんな戒名料で荒稼ぎしてるのは都市伝説ということを示します。全国屈指の際立った例は別として。

別のお檀家さん向け調査では、普通の服を着て一般目線で布教して欲しい人の割合が、お坊さんらしい格好で布教して欲しい人に匹敵するほど多いことが分かっています。

お寺は宗教法人です。小さな会社の業務を全てお坊さんとその家族でやっているようなものです。逆に近年では臨床心理士になったり多角化するのが流行みたいになっている部分もあります。でも法事と葬儀しかしていないことになっています。

昔からずっと坐禅会もお釈迦さまの降誕会も法話会も各種講もテレフォン法話や電話相談窓口も、枚挙にいとまがない事をやっているのに、法事と葬儀しか(略

上座部のお坊さんは肉を食べます。南伝の経典ではお釈迦さまは毒キノコではなく豚肉に当たって亡くなっています。ぶっちゃけ「肉食う奴は破戒僧だ!」と言っていたことの方がよほど黒歴史です。

一人前のお坊さんにも研修会はあります。毎年参加義務のあるものもあります。でも一度資格とったら終わりということになっています。

そもそも論、出家や修行のイメージが丸っきりキリスト教の修道院になっています。

世間の仏教認識って実は正解を探す方が至難です。まぁ、問題はその世俗並みの見識を発信する仏教関係者が山ほどいることなのですが…不思議な世界です。

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曹洞宗副住職。タイ系上座部仏教短期出家(捨戒済み)。仮面系お坊さんYouT...
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おはようございます。

 なるほどねぇ。その通りだと思います。
 私も、お寺に生まれてきたというだけで、人前でエラそうな事を言ったり、拝まれたりする事に違和感を持っていました。(「エラそうな事を言う」については、僧侶は自分の考えではなく、お釈迦さまの考えを伝えているんだ、という事で私の中では解決しています。)
 
 なんでお寺に生まれただけでお坊さんなんだ!小さい頃はずっと反発していました。今でも世界や事情は違いますが、歌舞伎の世界を見ていても、役者さんの小さなお子様が舞台に出ているのを見て、複雑な気持ちになります。

 さて、「一休さん」というアニメ番組をご存じでしょうか?とんちで大人をやりこめる小僧さんの話です。
 「一休さん」は、「一休宗純」という室町時代の実在の僧侶をモチーフにしています。一休さんは6歳で「安国寺」というお寺に修行に入りました。私たち曹洞宗の開祖道元禅師は14歳で仏門に入りました。

 お寺の子供の男子は、だいたい10歳で「得度」という式を受け僧侶となります。その後は親子でも「弟子と師匠」の関係になります。
 私にも息子(=弟子)がいますが、日常生活の会話などでも仏教的な話が自然とでてきてしまいますし、困った事が起こったとき、仏教的な考えを基に解決方法を導き出していました。そうすると、本人も困難にぶつかったとき、「前世が」とか「霊が」とか「運が」とか、誤った仏教観に陥らず、正しい仏教的な思考回路で解決するようになります。
 つまり、一休さんや道元禅師と並べては畏れ多いですが、小さい頃からお寺に住み、仏教的な思考方法に慣れ親しみ、どっぷりとつかっている様子は、「ただ生まれてきただけじゃん」とは言えないような気がします。お寺の子供ほどお坊さんに向いている人はいないんじゃないか、とも思いました。

 ただし、本人には夢があるので、お寺は継がないかもしれませんし、また私も無理にお坊さんになることは望んでいません。お寺はお坊さんにふさわしい人がなるべきと思います。

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・曹洞宗/静岡県/50代 平成27年鳳林寺住職。平成28年hasunoh...
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自分自身の仏教修習

奈良大好き様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

問題は、僧侶であれ、在家であれ、半僧半俗であれども、しっかりと堅固な菩提心を持って、仏教を修習しているかどうか次第であるかと存じます。

もちろん、伝統的には、厳格な戒律を遵守できる僧侶であれば、仏道を前に進めやすいということはあるでしょうが、その他の者は仏道を進められないというわけではありませんし、場合によっては、僧侶よりか、在家、半僧半俗の方がより進められるということだって否定はできません。過去の偉大なる成就者たちの中には、妻帯し子供のいる者だってもちろんおります。

それは、その者における気質、機縁、仏縁、更には、過去世からの因縁によるところでもあると言えるでしょう。

まあ、拙生も、厳格な戒律を遵守できて、確かなる仏道修習過程が可能である僧院への憧れはあります。

例えば、チベット仏教のゲルク派の僧院などであります。特に、チベット密教学院である、ギュメ寺やギュトゥー寺への憧憬はずっと持ってございます。

できれば、来世は、何とかギリギリにでも、どちらかにて学べるような境涯となれますように、今も仏教修習にできる限り頑張ろうと考えています。

とにかく、他は他として、自分自身の仏教修習はどうであるのかとして、自省しつつに少しでも前へと進めて参りたいものでございます。

川口英俊 合掌

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Eishun Kawaguchi
最新の仏教論考はこちらでご覧頂くことができますが、公開、非公開は随時に判断...
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これからも精進して参ります

拝読させて頂きました。
あなたのおっしゃる通りです。
僧侶は仏様を信じて身を清めて精進し、仏様の教えのもと人を救い導く為にいます。
あなたのおっしゃることを心にしっかりととどめて、己れの愚かさを認めてあやまりを正し仏様に懺悔していきたいと思います。
そしてこれからも微力ではありますが更に精進し、人を救い導くことができるよう尽力していきたいと思います。

どうぞこれからもご指摘くださいますようにお願い申し上げます。

あなたのこれからのご生活が穏やかにお健やかでありますようにと心より仏様にお祈り申し上げます。

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Kousyo Kuuyo Azuma
脱サラして10年が経ちました。栃木県佐野市の一向寺に勤めています。(佐野ラ...
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質問者からのお礼

皆様、

ご多用の中ご回答いただきありがとうございました。
批判的な文章になってしまったことをお詫び申し上げます。
発心してからえらく偉いお坊さんから修行僧まで色々お会いし
お話しをしてきました。
お坊さんの世界を知れば知るほどに疑問が湧きました。
なので僧侶である皆様にお尋ねしてみたかった次第です。

教善寺
中田 三恵さん、
私の批判的な文章でネガティブな印象を与えてしまったようですね。

>>前回の質問も、そうでしたが。

私の前回の質問はまったくこの件と関連のない質問を
2年前にUPさせて頂きました。
他の方と勘違いされていませんか?

>>お坊さんと、何かあったの?
何もないですよ。
それはそれはすごいお坊さんから一般的な僧侶、
修行僧ととお会いしお話して感じた事を書きました。

>>どう感じますか。あなたの想いも聞かせてね。

あなたにはお話しすることはございません。

「お寺全般」問答一覧

お寺でおじさんからナンパ

先日、厄除け祈願のためお寺へ行きました。そこは初めて行く場所でとても楽しみにしておりました。 お護摩まで時間があった為、境内を散策していると、親ほどの年齢の男性に、写真を撮って欲しいと言われたので、写真を撮りスマホを返すと、地元の人ですか?と聞かれたので違います。と答えるような軽い会話をしました。するとその男性はよかったらお食事でもと誘ってきました。断ると足早に去っていき、それ以上は何もなかったのですが、20〜30は歳の離れた男性からお寺という場所でそのような目で見られたことがすごくショックで不快な気持ちになり、とても嫌な思いをしました。 思い返してみれば、写真を撮って欲しいにも関わらず、すぐにスマホが出てこなかった事と、私がお賽銭をいれる直前に声をかけてきたところからそもそもナンパ目的な点とお参りを邪魔された点にとても腹が立ってきました。 その後、無事にお護摩を終え護摩札を受け取りましたが、モヤモヤが消えません。 境内でそのような事(ナンパ)をする方をお寺の方々はどう思っているのか気になり、また嫌な思いをしたお寺は自分には合わないのかと思い相談させていただきました。

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回答数回答 2

ご先祖の菩提寺を調べたいのですが

自分の先祖の菩提寺が知りたいです。 過去帳で原戸籍以前のご先祖にどんな人がいたのか知ったり、当時何があったかわかる範囲で調べたいと思っております。 今まで、私の祖父は父の顔を見る前に亡くなったと聞かされており父方のご先祖に関する情報はほとんどありませんでした。 父本人も、祖母方の親戚筋ももうおりません。 戸籍の取り寄せで天保年間生まれの曽祖父まで辿れたのですが、それより昔の人のことや歴史上何があったか知るには菩提寺の過去帳を調べて頂いたり口伝で伝わっていることを教えて頂くことだと聞きました。 宗派もわからないのですが、ご先祖の本籍地の周辺のお寺にしらみつぶしにお手紙を書くしかないでしょうか。 現在あるお寺が新しいと意味がないし、逆にお寺がなくなっていることも考えられますよね? アタリをつけるにはどうするのがいちばんよいのでしょうか? ちなみに、途中で分家の際に苗字が変わっているものの、いちばん古い戸籍の戸主の父母の苗字もあり、「ご先祖さまはどこかの村長さんだった」とも聞いた覚えがあるので、過去帳や郷土資料に名前が残っている可能性は大きいと思います。 アドバイスが頂ければ幸いです。

有り難し有り難し 5
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hasunohaが繋いでくれた幸せの縁

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 いつもお世話になっております。  ここ数週間の間、寺社で立て続けに不審者に遭遇しています。 見つめられる、近寄ってこられる…  私は、色々な寺社で男性信者から性的な前兆事案に遭っています。 「前兆事案」とは、刑事用語で、「犯罪には至らないが、やったら おまわりさんに注意される行為」のことです。  たとえば、見つめる、声掛け、後をつける、触られるなどです。 もっと厳密な意味があるのでしょうが、私の解釈はこのような感じです。  近所のお寺にウォーキングに行っていたのですが、このお寺では 2回ほど不審者に見つめられました。他にも様々な寺社で不審者に 遭っていることをおまわりさんに告げると、 「辛いかもしれないけど、お寺にはもう行かないほうがいい」 と言われてしまいました。  仲良くしているおばあちゃんにも、 「なんであんたは、変な奴が来るってわかってる所に行くんだ。 大馬鹿三太郎のやることだよ」 と言われてしまいました。  結論、「お寺好きの友達と予定を合わせて一緒に行く」という ことになりましたが、友達は医療系専門学校に通っていて、多忙です。  おばあちゃんは、 「なんとか就職できれば」 と言ってくれたのですが、 「まだ先生から、訓練すら段階的にレベルを上げて、という話で、 就職なんてまだ先」 と言われたことを伝えました。  悪しき野心を抱いたケダモノたちのせいでお参りが できなくなってしまうのは、悲しいし悔しいです。  しかし、うちには浄土宗の仏壇があるので、それを大事にして いればいいのでしょうか。でも、私は寺社のあの雰囲気が好きです。  行けなくなるのは、本当に悔しいです。

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お寺の跡継ぎについて

田舎にあるお寺の娘です。 現在、父が住職をしていますが、現在跡継ぎ問題に直面しています。 うちは三姉妹で、両親は、いままでも私たち姉妹に寺を継ぐよう強く言ったことはなく、今回、両親が高齢になってきていることもあり、このタイミングでと思い、私から今後のお寺について相談?した際にも、「わたしたちが幸せになるのが一番だから」と、寺を閉じることも視野に入れて考えているようです。ですが、やはり話をしていると祖父母や代々寺を守ってきたご先祖様に申し訳ない、悲しいという気持ちも汲み取れます。お寺を閉じるという選択は、私にとっても心苦しいものでもあります。ですが、自分自身が出家して尼僧になり、後を継ぐという覚悟も決まっているわけではありません。。 ちなみに次女は結婚して家を出ており、長女は何度かお見合いもしましたがいままでは良いご縁がありませんでした。わたしは現在、一般の方と5年ほどお付き合いしており結婚も視野に入れていますが、私以外に望みがなく、私がお寺の後継者の方とご縁があれば、お別れすることも考えています。 現在の選択肢としては、 1.姉妹の誰かがうちのお寺を継いでくれるどなたかと結婚する 2.姉妹の誰かが出家し継ぐ 3.お寺を終う 上記のいずれかなのかと思います。 跡継ぎ紹介システムなど、検索してみましたが、よくわからず。。 また、父が言うにはうちのお寺は過疎地域にあり、経済的にもここを継ぎたいという人を見つけるのは難しいだろうと。。 確かにお寺だけでは収入は十分ではなく両親は他の仕事もしています。しかしお寺自体は歴史もあり、このまま閉じてしまうのは悲しいです。今後お寺を続けていくにしても、なにかお寺自体も盛り上げていく新しいやり方が必要なのかなと思います。 似たような境遇の方のお話や、跡継ぎ問題、過疎地域にあるお寺の存続問題など関してなにかアドバイスのある方がいらっしゃれば、お答えいただけると幸いです。よろしくお願いいたします。

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所属寺院は…

はじめまして、よろしくお願いします。 ある別院さんの納骨堂でお世話になっています。 今回、使用者名義の母が病気になりいろいろな事が難しくなったので、使用承継のお願いをしました。 書類と説明をしていただいたのですが、その際“所属寺の証明欄に必ずご記入いただく様お願いします”と言われました。 私は幼い頃からこちらの別院さんしかお参りしていないので、他にはない事や今は県外に住んでいる事を伝えると“決まりですので、どこか探してもらえませんか”と言われるばかりでした。 母が手続きをした時はどうしたのかと書類を確認していただいた所、“お母様も同じ様に言われたようで、その時特別に承諾したようですね。ですが今回は決まりですのでお願いします。こちらのお寺の名前を出してもらえばわかってらっしゃるので大体のお寺で記入してもらえるので。”と言われました。 今住んでいる県のお寺さんで探してみたのですが、夫の転勤が多く、居住地が定まらないのでご記入いただけませんでした。 書類と説明をしていただいたお寺さんの“うちのお寺の名前を…”の言葉を信じて、そのお寺さんもある県でも問い合わせしたのですが、“何日か行事に通っていただかないと記入する事は難しいですね”と言われてしました。 私がお願いにうかがうお寺さん選びが悪いのでしょうか。本当に困り果てています。 どうすれば書類に記入していただけるのでしょうか。 どうかお教えいただけませんでしょうか。 よろしくお願いします。

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檀家でない者が法要をお願いするのは

実家は真宗大谷派、私自身は現在実家から新幹線の距離の街に住んでおります。 父の死後、母と兄の私や家族に対する態度の豹変、虚言による中傷の為実家とは絶縁しています。 今年の夏、亡父の七回忌ですが、今住んでいる街で自分達だけの法要をしたいと思っております。ここ1年ほど近所の日蓮宗のお寺で写経会や行事に参加しており、事情を話しましたらご住職より快諾頂きました。 地方も宗派も違うので法要のお布施の額も全く分からず、街の仏具店で尋ねましたら、そもそも檀家でもないのに法要を行うのはその寺の檀家さんからすると義務を果たさず美味しいとこ取りともいえる、かなり図々しいことなのでお布施はこの程度はするべき、と実家の菩提寺の法要のお布施の2.5倍ほどの額を提示されました。そこまでは厳しいので多少躊躇しています。 お寺の写経会は本当にいいの?というくらいお金がかからないし、誘われるまま行事にも参加していましたが、やはり檀家さんからすると余所者がお寺を利用しているという認識もありかな、と思っております。 また、宗派も違うのに法要をお願いするのは常識外れなのではと今になって悶々としています。 住職さんは快く受けてくださいましたが、なら一層お布施くらいは高額納めるべきなのか? そして檀家でもない者が気軽にお寺を利用して良いものか。 助言くだされば有り難く存じます。

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温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ