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生老病死の受け入れ方

回答数回答 3
有り難し有り難し 69

40代を半ばも過ぎ、あちこちにガタがきはじめたようです。
高血圧の内服治療をはじめました。
定期的な経過観察の必要な、いづれ癌化する可能性のあるものを複数抱えています(おかげで、早期発見の可能性が高いのでありがたし)。
平均寿命還暦前後とあまり長生きではない家系なのもあり、死を意識することも増えました。
こうやってあちこちの不具合を通して、自分の老いや死を受け入れる準備を整えていくのでしょうか。

hasunohaのお坊様方は、ご自分の体の変化やご病気をどのような心持で受けれておられるのでしょうか?
胸がざわつくことが多くなり、辛い心地に陥ることもあります。
お坊様方はどのように心の平安を保っておられるのか、教えていただけないでしょうか。

2017年11月28日 23:32

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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

道理

老人を見て 老法を知るベし
病人を見て 病法を知るべし
死者を見て 死法を知るべし
そのこころは
己が若さも やがて老いるべき若さなるを知れ
健やかなるも やがて病むべき健やかさなるを知れ
生もまた やがて死すべき生なるを知れ

諸行無常の理は無情にも無常を突きつけてきますね。その道理の前には私もやはり同じく心の平安を保てず、ざわつくこと、不安になること、辛くなることがございます。

しかしその私のざわつき、私の不安、私の辛さとは無関係に道理は道理であることをあきらかに見て、そして知るならば

ざわつく時はざわつくままに
不安な時は不安なままに
辛い時は辛いままに

私が道理を受け入れるまでもなく、道理の中に私がいることを頷きます。

できることをする

あとは

なるようになる

それしかないのだと思うばかりです。実際に避けられない死をより強く感じる時には取り乱すことも、泣き叫ぶこともあるかもしれません。

それでもその私すら道理の中にいる。もはや死後生を期待することもなく、恐れることもなく、道理のままに滅することに身を委ねていくしかないのでしょう。

南無阿弥陀仏

合掌

2017年11月29日 10:44
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有り難し
おきもち

はじめまして。 北海道の道南地区にある若松という農村のお寺に所属しており...

仏様にお任せなさって

拝読させて頂きました。
そうですね、40を過ぎると身体のあちこちが痛み出してきます。体力も衰えてきて病気にかかりやすくなってきますね。
今老、病を身をもって体験しておりますね。
やはりそのような身の上であることを実感せずにはいられないと思います。
昨日も体調が悪くなりました。
夜も気持ち悪くなりしばらく眠れませんでした。ですから確実に一歩ずつ死に向かっていると実感しますね。
ですから私はひたすらどうぞ仏様よろしくお願いします、とお念仏おとなえさせて頂きました。

南無阿弥陀仏 なむあみだぶつ

仏様は必ず私達を導いて下さいます、そしてこれから老、病、死を迎えても必ず仏様は苦しみから救って下さいます。

ですから全てを仏様にお願いなさり、お任せ致します。

そして今自分ができることをできる範囲にて誠心誠意お勤めしていくことが大切かと思います。

あなたも宜しければ仏様にお願いなさり全てをお任せなさり、そしてご自分の人生を正しく生きてくださいね。

これからも共に精進していきましょうね。

2017年11月29日 11:13
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有り難し
おきもち

Kousyo Kuuyo Azuma
脱サラして8年が経ちました。栃木県佐野市の一向寺に勤めています。(佐野ラー...

極楽浄土に行けば、この世で別れた家族とも会える。それをただひたすらに信じて念仏を唱えるだけです。
左の掌は私、右の掌は阿弥陀様、それをぴったり合わせて一つにして、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…

2017年11月29日 14:37
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有り難し
おきもち

私は浄土宗の坊さんをしています。 なかなか良い回答はできませんが、少しで...

質問者からのお礼

お礼がすっかり遅くなり、大変失礼いたしました。

皆、平等に迎えるものですね。じたばたしながらも、受け入れるしかありません。それは明らかな現実ですね。
醜態をさらすかもしれませんが、生への執着は悪いものではないと思えるようになりました。
悪あがきしながら、最後まで生きていこうと思います。
それでいいんだと思えるようになりました。ありがとうございました。

「老い・老後」問答一覧

老害

私は対人恐怖や社交不安による病気の側面もあること念頭に、聞いてください。 普段街中を歩いてるといわゆる、団塊世代の60代過ぎのおっさんの行動が気になります。 手をポケットに突っ込んで、余裕かまして周囲を見渡す感じが見ていてイラつきます。 自分はこんな安っぽい心のこんなやつの様にはなりたくないです。万が一見た目通りじゃない方としてもそれを詮索する我が心の余裕はゼロ。 引き寄せの法則で且つこんな安っぽい老害に虚勢を張ってる自分がいます。時間の無駄、情けないです。 あーこんな奴まともに相手するだけ、意識するだけ損だ!と理屈でわかってても抵抗しないと納得出来ません。つまりわかっていません。 このままだと、自分もこいつらみたいに老害と言われかねません、残りの人生穏やかに、来世も人間として産まれたい。 明らかに理不尽な事、またはされたと想像したら直接相手に物申したい。しかし場合によっては何をされるか分からないこのご時世。 チキンな私は泰然自若になれません。 お坊さんなら、もし身近に不本意な不利益な状況が降りかかってきたら、どう対処してますか? アドバイス下さい。 アンガーマネジメント意識するも、先頭態勢入ると、何処かプッツンしてしまいます。

有り難し有り難し 8
回答数回答 1

老いに対する恐怖

こんにちは。現在中学3年生の者です。 タイトル通り、自分は老いが怖いです。 よく、老いることと一緒に質問される「死」についてはあまり怖くありません。 もし生まれ変わりというものがあるならば、そのまま悪行を行わないようにして、また生まれ変わり、一方でもしないのであればそれを認識する術もないわけですから、特に恐怖というものは出てきません。 しかし、老いることだけはどうしても怖いんです。 僕は2004年生まれなので、もし80歳まで生きれるとしたら その時は2084年です。僕はその時、おそらくこの時代の中学生や高校生の「若さ」を羨望するでしょう。 一つ目の質問ですが、皆さんは10年前,20年前の自分、もしくはその年齢の人を「若さ」で羨むことはあるのでしょうか。 そして、二つ目の質問に関してですが、1年前、国語の授業で 「無常観」について習いました。 自然を対象とした無常観というのは、非常に美しく素晴らしい考え方だと思いました。しかし、人間関係や自分の老いに関する無常観は「儚い」という一言で表せると思ったのですが、 その「儚い」が怖いんです。 例えば、今は両親や祖父母が生きていますが、いずれ、どの順番かはわかりませんが、亡くなり、お別れが来ます。 また、今自分は「若い」という部類に入り、体力もある時期なので基本いろんなことができます。しかし、そんな自分もいつかは衰え、できることが少なくなると思うとどうしてもなんともいえない気持ちになります。 二つ目の質問なのですが、皆さんはこの「老い」についてどう思いますか、またはどう考えますか。そして、もし仏教にそれに関する教えがあるのでしたら、教えてくださると幸いです。  

有り難し有り難し 22
回答数回答 2

老いにきびしい子供達

20代の子供達が私の老いにきびしいのです。 10年前には子供に言われた通りにタバコをやめました。 それが終わると痩せろと言われたので体重を15kg落としました。 それができると今度は頭が悪い、老いているから何か努力をしろと言います。 耳が少し遠い(聞こえない自覚はないのですがよく聞き返すことはあります)のでおかしいとも言われます。 ダイエットでは運動もしましたし体に良い食生活をしてきましたので、一緒に行動をする機会があると息子には負けますが娘よりは元気なのです。 それも、「ランナーズハイみたいなものでしょう。無理しないで。」と言われてしまいます。 家族以外の人と居るよりはひとりで居る事が好きなのも元の性格なのですが、それも人と交流をしないから老いたと言われます。 何をしても老いだと言われます。 ありのままの自分ではだめで、いつも軽蔑されている気がして悲しいです。 出来る努力をしてきましたが自分でも自分の事を何も肯定的になれなくなってきました。 老いていると言われれば言われるほど老いた気分になります。 言ってもらえることに感謝してこれからも老いない努力を続けるべきなのでしょうか。 疲れてしまいました。 悲しいです。

有り難し有り難し 10
回答数回答 1

中年の息子の愚行に、年老いた親はまだ責めを負うべき?

弟の事で悩んでます。 弟はもうすぐ40歳になります。  非常に幼い思考で、短気で、すぐ暴言をはき、物を投げたり、時には暴力を振るうこともあります。虚言癖もあり、中学生がつくような、バレバレのたわいない嘘から、犯罪行為に等しいと言えるような重大な嘘をも平気でついたりもします。職も気に入らないとすぐ辞め、すでに何回も転職しております。  こんな弟に、私の親、特に母は、心底、心痛しており 「私の育て方が間違っていたのか」 と、毎日自分を責めて苦しんでいます。 しかし、こんな大人になっても、子の失態は親の責任と責められなければならないのでしょうか? 私は、もう、親の責任ではない、二十歳超えて、社会に出たら全て自分の自己責任だよ。と慰めてはいますが、それ以上に母を慰めてあげられる言葉が見当たりません。何か良いアドバイスがあればよろしくお願いします。 (追記 母は、今で言う、ワンオペ育児の状態に加え、幼い子供だった私達に加え、一時期は義父の介護までしたりと、大変な日々の中、私達を育ててくれました。特に、弟が中学の三年間不登校になった時は相当、苦しかったそうですが、母は、不登校における様々なカウンラーに相談したり、受け入れてくれる学校を探したりと、一生懸命でした。結果、高校を無事卒業し、大学まで行けました。周りは本当に奇跡だとびっくりしたほどでした。母は、真面目で熱意とそして愛がある人だと私は尊敬してます。)

有り難し有り難し 22
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