お坊さんは煩悩を持ちますか?

お坊さんは怒ったり、嫉妬したり、だれかを嫌いになったり、ぜんぶめんどくさくなったり、悲しくなったり、頑固になったりするのでしょうか。

私は時々、煩悩まみれの人間であることがいやになります。

お坊さん
有り難し 45
回答 3
回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

はい

お坊さんも人間ですから当然煩悩を持ちます。死ぬまで煩悩まみれです。

でも、煩悩を煩悩と知らずにいたずらに煩い悩むだけでなく、煩悩を煩悩と知ることで煩悩と上手く付き合う道を求めることができます。

「煩悩まみれの人間であることがいやになる」ことも煩悩の所為であるなあと味わいます。

煩悩を私が持たされる不当なものとして排除したくなる気持ちだけでは煩悩に振り回されるだけですが、煩悩こそ私をこの瞬間瞬間に成立せしめる私自身なのだと受け止めると視点は変わります。

そしてその煩悩まみれの私たちをこそ目当てにされたのが仏様ですから何とも有難い事です。

南無阿弥陀仏

3日前
回答僧

淨流寺

転落院

ある!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

ある!! 困ったものですね、お互いに。。。

しかしながら、大きな氷が溶けた時ほど、水は多いものです。

基本、いつでも煩悩は悪者扱いなわけですが、煩悩こそを仏道を完成させるための材料にしてしまう画期的な仏教もありますので、興味があればいつか学んでみるとよいでしょう。

3日前

諦めずに

hasu様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

お坊さんだからと言っても、煩悩が無いわけではありません。

世間的には、お坊さんだからきっと煩悩が少ない、大丈夫なのではないか、と思われるかもしれませんが、全くそんなことはありません・・

悟りへと至るためには、悟りの妨げとなっている煩悩障と所知障というものを断滅しなければなりませんが、まず、煩悩障の断滅のためにも相当な智慧と福徳の二資糧の集積が必要となります。

たかだが、僧侶となるための2、3年の修行ぐらいではとてもとても・・いや、あるいは、10年、20年・・例え50年修行をしたところでも、そう簡単に煩悩障すら少なくすることは難しいものであります・・

しかし、だからと言って諦めてしまえばそれまでとなります。

悟りへと向けて、悟るためのしかるべき因縁(原因と条件)としての二資糧をとにかく少しずつでも積み進めていくことが大切となります。

あまり嫌悪され過ぎず、無理だと諦められずに、一歩でも共に前へと仏道を進めて参りましょう。

川口英俊 合掌

2日前

関連する問答
関連するワード
このページの先頭へ