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一般家庭のお坊さんはどのくらいいらっしゃいますか

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初めまして。私は来年より東京都内の某日蓮宗系統の仏教系大学に進学し、仏教について学ぶことになりました。大学卒業後は僧侶になるか、教員免許を取得し教鞭をとるか、学芸員の資格を取るかという3つの選択肢があります。
なぜ私が僧侶になるという方向でいるのかと言いますのは、親戚でもあり実家の菩提寺の行事に小学校のころから参加しており、仏教というジャンルに興味を持ったからであります。
お寺には頻繁に出入りしている身分ではありますが、私は仏教についてはまだ何もよくはわからないので、大学に入ってから専門的に勉強するつもりです。
ただ、僧侶になるとしても師匠を誰にするのかという問題も出てきますし、一般家庭出身なのでお坊さんの日頃の暮らしがどんなものかよくわかりません。
お坊さんは宗派にもよるでしょうが、食事の帰省や日頃の生活習慣について何らかの規制はあるのでしょうか?
乱雑になって申し訳ありませんが回答よろしくお願いします。


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お坊さんからの回答 6件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

私も一般家庭出身ですが・・・、

初めまして、広島市の和田と申します。

浄土真宗の事情しか知りませんが、私は宗門の大学(大谷大学)ではなく一般大学を出たので、全寮制の大谷専修学院で1年間勉強し僧籍をいただきました。卒業までに人前で読経や法話ができる程度にはなりますが、その後の本人の意識次第で僧侶としての能力に大きな格差が出てきます。儀式作法に勤しむ者、説教に励む者、社会活動に注力する者、僧侶としてできることは多々あります。

運転免許に例えれば、普通免許さえあればお寺の住職は務まります。しかし、重機免許やA級ライセンスを取得すれば、その分僧侶としての活動範囲が広がります。

スカイラインさまが入寺されるなら、御養子としてか空寺に入るかのどちらかでしょうか。それなら在学中に僧籍だけを得て、卒業後はサラリーマンや教師として社会人としてある程度経験と積んでから入寺されても遅くないと思います。その社会経験は僧侶として大いに活きてくるはずですから。

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和田隆恩
 1967年京都市生まれ。山形大学理学部卒業後、証券会社で勤務。30歳で脱...

心のお医者さん

体のことは医者に聞け
法律のことは弁護士に
心のことはボウズに聞け。

これが私の眼を開かせた言葉でした。
お坊さん、って何だか法事やら葬式しかしてないイメージだったりするでしょう?
本来はそうではないんですよね。
哲学者ニーチェも「釈尊は偉大なる精神衛生士である」と言っていますように、坊さんこそは、人の心の毒素を善玉菌に変える役割なのです。
それがなかったらお経だけ読んでりゃいいという風になってくる。
お経だけ読めばいいならCDやSDやカセットテープでもできる。
カセットテープやCDにはできないのが、血の通った生身の人間によるケア、布教、導き、支え、助け、とげぬき…です。
宗派儀礼は宗派によって異なりますが、共通して坊さんが備えるべきことは ↑ のようなことではないかなぁと思います。

そのためには、あなた自身が、大いに悩み、泣き、笑い、救いを求めて実際に救われることが、生きた読経です。
自分で、ころんで痛い思いをして、自分で救われ、治せば沢山の人を治せる力になります。
私は「お釈迦様はお経など読んだことはない」という言葉を大切にしています。
お釈迦様が読んだお経とは、生の人間を救う生モノの言葉であって、現代のポクポクしたお経形式ではなかった、ということを忘れてはなりませんぞ、(やさしく)喝。

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丹下覚元(たんげかくげん)
☎お悩み相談 質問 📞08020659278 どなたでも。

是非、僧侶になってほしいです。

私も、在家出身です。

スカイラインさん、是非、お坊さんになって下さい。
あなたの様な人材が、仏教界を変える力となります。

 なぜなら、在家の者が僧侶になる場合は、必ずそこに積極的理由があるからです。逆に、お寺に生まれ育った方が、僧侶になる動機は、殆どの場合、後を継ぐためです。僧侶になる動機としては積極的とは言えません。
 一方、在家の者が僧侶になる場合は、何か問いを持って入ってくる事が多いです。仏教は人生の問いに答える教えです。その問いをきちんと持った僧侶が増える事が、仏教界の力となるはずです。

以下、マイナスの事情です。

浄土真宗の事情しか分かりませんが、在家の者が僧侶にとしてやっていくのは、覚悟が必要です。

 まず、お寺は、親戚や古いつながりのあるお寺同士で、助け合っています。(後継ぎがいなかったら、親戚から養子に来るとか。)その中に、外部の者が割って入るには、相当信頼されなければいけません。最悪、一生、法務員(雇われている僧侶)として生きていくことも覚悟する必要があります。法務員の給料はとても安いです。
 法務員として生きていく以外には、養子に入るという選択肢があります。その場合、気分的には、自由に恋愛しにくいです。(一生添い遂げたいと思う彼女が出来たら、養子に行くことは難しくなるので。)

 また、スカイラインさんが、とても深く仏教を学び、まじめに僧侶をした場合、周りのお坊さんから疎まれる可能性があります。どの世界でも同じだと思いますが、まじめに仕事をする人は、いい加減に仕事をする人から見ると、煙たいものです。僧侶の世界は、まじめにやろうがやるまいが、収入が変わる事が無いのでなおさらです。素晴らしい師匠に出会えば、良いのですが。

それから、転職は難しいと思います。元僧侶の人を、企業が中途採用するとは思えません。

以上、ネガティブな事を並べましたが、僧侶になるからには、お釈迦様の真意を伝えるため、一生を捨てる覚悟をして下さい。というか、僧侶になるということは、自分の一生を捨てるという事です。そしたら、必ず、素晴らしい僧侶になれます。

是非、素晴らしい僧侶になって下さい。

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45歳 独身 銭湯通い 浄土真宗の僧侶だけど、「中観派です」って言って...

自ら自分を律していくだけ

おめでとうございます。随分と早く春からの進路が決まったのですね。
大学で学ぶ学問としての仏教と、実践は大分趣きが異なると思います。もっともそれはどの職業でもあることです。師僧を見つけられたら、どうぞ学問も実践もたっぷり学んでください。

>日頃の生活習慣について何らかの規制はあるのでしょうか?
肉を食べてはいけない、とか、朝は何時に起きなければいけない、頭は剃らなければいけない、という類のものでしょうか。でしたら、僧階という僧侶資格を取るためにはいろいろと必要です。しかし、修行などを経て、僧階をいただいたあとは、ほとんどの宗派でそのような縛りはないのです。

しかし、例え一度でも仏様に○○をしない、とか××に努める、という約束をしたのなら、それを守るべく努力はすべきだと私は思います。
決まりだから、ではなく、仏弟子として「仏」を敬い「悟り」にあこがれ、自ら自分を律していく、それだけです。

お坊さんの日頃の暮らしは、人それぞれだと思います。毎朝暗いうちに起きて世界平和を祈っている行者がいれば、俗世に首まで浸かっているような僧侶もいます。他を知る知らないではなく、スカイラインさんが現在思い描く僧侶像を目指せばそれでいいのです。

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住職のかたわら、大道芸人PRINCOちゃんとして幼稚園保育園など各種施設、...

映画「ファンシィダンス」

家を継ぐため、禅宗のお坊さんになる為に、修行に行くという映画です。
本木雅弘さん主役で実際の生活にとても近い描き方で、
お坊さんの生活を知るにはとても良い映画です。

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50代、妻と娘2人。 若い頃はタイやインドなどアジアを中心に10年程旅行...

僧侶になってからが重要

スカイライン様へ

まずはおめでとうございます。
仏縁ができましたこと心よりお喜び申し上げます。

増田様がお話されているように
ほとんどの宗派でそのような縛りはないようです。

僧侶になってから
どう考え、どう振る舞い、どう行動するのか
ということが大切ではないでしょうか。

またタイトルにありました質問に関しては
最近仏教に興味を持つ方が増えているようで
一般家庭からも歩みを始める方がいるとお聞きしております。合掌

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鈴木光浄
「人の一生に寄り添うことのできるお寺」を目指しております。さまざまな御縁を...

質問者からのお礼

コメントありがとうございます。
親戚のお寺にも相談してみたんですが、右も左もわからない状態で入学するのはどうだろうということになりましたので、「体験」という形で明日の朝6時から読経に参加させていただくことになりました。
まだまだ分からないことが多いのでこれからもたくさん質問させていただくと思いますが、何卒よろしくお願いいたします

新しいコメントをありがとうございます。
今気づいたんですが誤字に気が付きました。すいませんww

「出家・得度・僧侶になりたい」問答一覧

はじめまして

はじめまして、ぽん太と申します。 家族に病人がたえず悩んでますが、毎日仏壇などで般若心経など他の経典も 読んでます。僕は、学生時代は一般在家でしたが、道元禅師などの教えにすごく興味があり、もちろんお釈迦様も、仏門に入ろうと永平寺などへ出家を考えた時もありました。40すぎですが、仏門に入るのはもう困難でしょうか。 自分はよくないいじめとかによくあい死のうとも何回も思って首を吊りかけた時もありまぶした、今でもありますが、仏教のことを思うと気が少しは変わります。それと僕は霊感は無いほうですが、頭の中などでは何かが見えたり、聞こえたり、光見たいのが見えたりもしてます。 いろんな宗教宗派をもっても大丈夫なんでしょうか。今では新興宗教とかもあるみたいですが、 家族の病気がちを考え仏教の勉強をたくさんし、仏 菩薩様などにいろいろお経を唱えることで気持ちを和らげていました。 お経には深い意味があることもわかってました。 お坊さんたちに深い教えをいただけたら嬉しく思います。 お経などにも出てくる仏教の苦の意味を知りたいです。 お坊さんたちと交流出来たらいいなと思ってます。 よろしくお願いします。仏教をさらに学んでいく所存です。

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出家の是非について

長文で失礼します。 下記のような問いを持っており、その考究(あるいは超克)に残る人生を費やしたいと考えております。 現在そのための生活様式を模索中で、出家もひとつの選択肢として考えております。   早速質問ですが、 ①下記のような問いは、仏教の中で取り組むに値するのでしょうか。 ②考究にあたり、仏教はもちろんなのですが、その他の学問の助けも借りたいと思っています。出家した場合それは可能でしょうか。   ご回答いただければ幸いです。   ーーーーー   私は相互作用の世界の中に生きている。それはすなわち、常に他者に対して影響を及ぼしている、ということ。しかし、そのような在り方は自然・当然なこととして無視されてよいものではない、と私には思われる。   私の眼前には生きるか死ぬかの選択肢が平等に与えられており、自覚的にしろ無自覚的にしろ、前者を選んで生きている。裏を返せば、私には自死という、他者への影響を自発的に止められる能力が備わっている。   一般的に生きることは尊いとされ、自身の幸福の追求が当然の権利としてみなされている。しかし私が生きるということには、他者の生や意志を損ねる、負の影響が必ず伴う。   そうであれば、生とは害悪ではなかろうか? その害悪性を無視してまで、この生は礼賛されるべきものなのか? 私はただ、生きたいという自分本意な欲求に盲目的に従っているだけではないのか? 生と死を選択肢として与えられている私が、なお自分を生かし続けるのはなぜなのか? 私が生きようとすることを、私はいかにして是認できるのだろうか?

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師僧について

自分は仕事でもプライベートいつも選ばれない人間だと感じていて、今までそれを周りのせいにしてきました。周りを恨んできました。でも最近「それは違う、それは自分のせいだ」と思うようになり、それもまた苦しく数年間悩み続けてきました。その結果、仏教を学びたいと思いある寺院を訪問しました。 そこの寺院は家からはかなり遠いのですが、住職の日々のブログの文章に感銘を受けて訪れました。仏教の制度についての勉強をあまりしておらず、未だよく分かっていない部分もありますが、一度目の訪問のときに在家得度をして修行をすることになりました。得度式までに2回訪問し、お経や念珠について教えていただき、衣の購入と着用の仕方などを教えていただきました。 しかし、実際に師僧にお会いしてみると文章の印象とはかなり違っていて戸惑いを感じました。他の修行僧の悪口ばかり言い、〇〇さんという人がいるけどあの人は声が小さいんだよね覇気もないしありゃダメだとか、××さんという人がいるけどあの人は覚えが悪いんだよねいつまで経っても覚えないとか、事あるごとにこぼします。 更に、他の修行僧や私の個人的なこと(懺悔でお話するような超個人的な内容)を「この人はこういうことで悩んで僧を目指してる」などと大声でみんなの前で言われたのにも驚きました。一緒に修行をするので、そういいったことは公にして共有するものなのでしょうか。 そしていつも尼僧たちにばかり声を掛け師僧の両脇に座らせ、頂きものの菓子を尼僧たちにだけ分け与えていて、これも驚きました。お坊さんだから清廉だとは思いませんが、イメージしていた姿と全く違い戸惑いを感じています。 自分のような考え方は偏っていて堅苦しいですか?会社でも部下のことを重箱の隅をつつくように悪い部分ばかり見て、一方で女性ばかり可愛がる上司もいますが、その上司がどんなに仕事ができても仕事のやり方は参考にしますが、尊敬はできません。 でも師僧には尊敬を求めたい。尊敬できる師の下で修業したい。こんな考え方は青臭いでしょうか。会社と同じように、修行も仕事も同じで、師僧から技術を教わればよしとするものでしょうか。もう得度式も終わってしまい、実際の修行に入っていますが、もやもやとした迷いが生じてしまい悩んでいます。

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得度に関して

大学院に通う22歳です。 将来、浄土真宗本願寺派で得度させていただきたいと考えています。 しかしながら、実家は寺院ではなく、無宗教で所属寺院もなければ、現時点で私は門徒でも無いため、どのように立ち回ればよいのか悩んでいます。 近隣に本派の寺院はあるのですが、学生の身分で足を運ぶのはすこし勇気がいることで、なかなか難しいのが現状です。 もともと宗門大学で4年間仏教について学び、より深く学びたいと思ったため、今年4月からは同大学の大学院に進学しました。 得度したいと思うに至ったのは、僧侶として生計を立てていきたいという訳ではなく、この大学で4年間過ごしてきたなかで様々なご縁を頂き自分の中で信仰心が芽生えたこと、またもっと深く知りたい学びたいと思ったこと、そして自らが仏教をこの先も研究していく過程においてやはり実践者として知見を心得ることは重要になるのではないかと考えたからでした。 正直なところ、このような動機で得度したいと言って良いのか、お門違いで身のほど知らずなのではないか、と考えることもあります。この点についてもご意見を賜りたいと共に、こういった場合はどのように動き、ご縁をいただくのが良いのか、ご助言をいただきたく思っています。 何卒よろしくお願い申し上げます。

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僧侶になりたいが別の職も目指したい

有難き法縁を最近恵まれて、僧侶になることを考えている者です。仏道に生きることは自分にとって良いだけでなく、それを世に広めることは非常に大きな意味があると思っています。教行信証を読んで、これは広めるべき教えだと深い感慨を得ました。寺族でない者が僧侶になる道もいろいろと調べました。 しかし、私が今まで積んできた学業を捨てて僧侶になることは本当に社会にとって最善なのか、と思いました。(現在、米国の大学に在籍し工学を勉強しています。ちなみに浄土真宗の寺に毎週通うようになったのもこの地です。) もちろん、そこには自分が工学をやりつつ仏教もやるという煩悩もありますが、私がここまで工学の勉学を多額の費用が掛かるにもかかわらず進められてきたのも立派なご縁で様々な人のおかげです。技術者になれば社会に貢献できるとも思います。寺族でない者が別の職業に就きつつ僧侶になり寺を開くことは現実的でしょうか。 親鸞聖人は非僧非俗といいました。関東の農民とともに農作業にも励んだと聞いています。今日でも、別の職業に就き世の荒波に揉まれつつ、僧侶として(例えば、毎週日曜日に自宅をお寺にするなど)人々とともに仏道を歩むのは意味があることだと思うのです。 休日を持たない覚悟はあります。また、通常の寺という形に囚われず、布教所のように小さな形でも仏法を広められるのなら良いと思います。しかし、寺族でない人が別の職を持ちつつ寺を開くケースを拝見したことがありません。実際のところどうなのでしょうか。

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師僧との関係と僧籍について。

この分野には詳しくありませんので、恥ずかしながら諸大徳にご相談致します。 私の師僧(60代独身)についてなのですが、元々精神的な問題を抱えている人で、感情が高ぶると御葬儀の場やお法事の席でも大声で叫んだり、真言宗の住職でありながら真言宗や弘法大師を否定してカルト宗教に入ったり、お檀家さんや周辺とも何かとトラブルが絶えない人なのですが、数年前師僧の母親が怪我で入院した頃からさらに言動がおかしくなり、私にも「これからは毎日8時間無料で留守番しに来なさい。」等々無理難題を言ってくるようになりました。 それまでも師が母親を病院に連れていく日などには勿論留守番やお手伝いにはこちらから行っていたのですが、それで何を勘違いしたのかだんだんと要求がエスカレートしてきた状態です。 ちなみに私はお寺に雇われているわけではなく、役僧でも内弟子でもありません。 2,3か月に一度御葬儀の助法をする程度なので、普段は他の仕事で生計を立てており「私も生活があるのでさすがに毎日無料奉仕というわけには・・・」とやんわりお断りしたところ激昂されてしまい、「そんな薄情な事を言うなら師弟関係を解消させてもらう!!」と怒鳴られ師弟関係を人質に度々大した必要性もないような用事などに呼び出されております。 近所に買い物に行くだけのほんの数十分程度の外出にも留守番に呼び出されるので、仕事場からも「そんなにしょっちゅう休むんなら辞めてほしい。」と通告され、年齢的にもかなり厳しい状況です。 その旨を師に伝えても「弟子が師匠のために多少の犠牲になるのは当然の事だ。」等々しれっと言うので最早信頼などとてもできませんが、それでも在家から苦労して20数年なんとか必死の思いで続けてきた僧籍だけは消したくないと思い、ギリギリまで我慢してきましたがこれ以上の師の要求はとても受け入れられず、離弟(僧籍削除)してもらうしかないかと覚悟しております。 総代会も30年余りの間に正式に開かれたことはほとんど無い状態で、相談してもどうにもならない状態です。 そこで離弟する(僧籍が無くなる)ことでどういったデメリットや僧侶としての行動に制限が出てくるのか、師僧が無くてもできることはあるのか等、様々なパターンについてお詳しい方がいらっしゃいましたら御教示いただきたく思います。

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