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お釈迦さまについての本

回答数回答 3
有り難し有り難し 35

いつも温かくありがたいご回答の数々ありがとうございます。
心がもやもやする時はこちらによくお世話なっております。

御坊様のご回答中にお釈迦さまのたとえのお話しが出てきますが、そのお話に興味を持っております。

お釈迦様のお話を素人でもわかりやすく読めるような本などございましたら教えていただきたいです。

よろしくお願いします。

ちなみに手塚治虫先生の『ブッダ』は読みました。


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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

私もパッと思いついたのは(増谷文雄『仏教百話』ちくま文庫)です。ただ昔の学者さんの著だけにちょっと文調が堅いです。それが苦にならなければおススメです。

もっと平たくいくなら漫画の(里中満智子『ブッダをめぐる人々』中公文庫)。単行本なら全1巻、文庫版なら全2巻です。中身覚えていないけどやたらと良かった記憶はあり…でもやっぱりおススメする前に1回チェックしとくか…と1巻だけサッと読んでみると…3回ほどグッときて涙がたまりました。これは良いものです…
Amazonのレビューも3冊合計で14件全部星5つのベタ褒め。なぜこんな良書がこんなに無名なのか…レディース向けコミックの泣き所ですね…これはもっともっと評価されるべき逸品です。

お釈迦さまではありませんが、ついでにもう1つ。(諏訪緑『玄奘西域記』小学館文庫)全2巻。西遊記の三蔵法師のモデル、玄奘(げんじょう)三蔵を描いた漫画です。これも(空気だけ)BL要素に抵抗がなければメチャメチャおススメです。こちらももっともっと評価されるべき逸品。ただし続編は除く。

あと、私はよくhasunohaでお釈迦さまの発句経(ダンマパダ)を引用していますが、一般の方々にはおススメしていません。
発句経と経集(スッタニパータ、そして手塚ブッダ。この3つは根強い人気ですが、20世紀後半に『私はこうあって欲しい、願望仏教』、『自分の考えに都合のいいとこだけパッチワークした、こうなハズだ仏教』、『私はこうあるべきだと思う、べきだ仏教』を蔓延させたのはまぎれもなくこの3つです。
いや、決して悪書ではなく良書なんですけど、案外に取り扱い注意なものです。

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おきもち

曹洞宗副住職。タイ系上座部仏教短期出家(捨戒済み)。仮面系お坊さんYouT...
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私もお釈迦様の事なら増谷氏の訳した阿含経典が好きですね。特に増谷氏のお釈迦様の人間らしさを感じさせる解説にとても共感します。
また、法句経も好きですが直訳だけでは少し難しい点もあるので、解説した本から読んでみるのがいいかと思います。例えば「ブッダ いのちの言葉」ナガオカ文庫、宮下真著、などは法句経の中からいくつかをピックアップして分かりやすく解説していますよ。
また、子供向けですが「ブッダがせんせい」ナガオカ書店、宮下真著、などもおすすめです。
なお、お釈迦様の教えは対機説法であり、相手に合わせて説いたものです。ですから、書いてあることが誰にでも100%当てはまるとは限りません。自分に合う教えがあれば、自分に合わない教えもあるでしょう。そんな時は自分合う教え、必要と思われる教えを実生活の中で実践してみて、自ら確認してみましょう。なるほどと思うこともありますし、これは少し違うかなと思うこともあると思いますよ。

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有り難し
おきもち

私は浄土宗の坊さんです。 少しでも何か参考になればと思って回答しています...
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質問者からのお礼

大慈 様、 柳原貫道 様
お忙しいところご回答くださいましてありがとうございます。
早速探して読んでみたいと思います。

三宅 聖章 様
お忙しいところご回答くださいましてありがとうございます。
「書いてあることが誰にでも100%当てはまるかわからない」確かにそうですね!
色々な教えを知り様々な人の考えを学べる機会だと思いありがたく拝読させて頂こうと思っております。

「お釈迦様・ブッダ」問答一覧

釈尊の教えについて疑問があり悩んでいます

人生がつらいので少しでも楽になりたくて仏教の勉強をしているものです。 お釈迦様の説いた教えについて質問です。 最近、初期仏教の経典スッタニパータを読みとても感動しました。 その結果お釈迦様はこの世の全てが縁起によって繋がっており結局は全てが同一の価値ある存在である事を理解すれば最終的には自己に囚われることもなくなり現世の苦しみをなくすことができると説いているのではないかと自分なりに解釈しました。 しかしそう考えるといくつかの疑問が浮かびました。 スッタニパータでは父母や我が子に対する愛執を捨てる事を悟りへの道とする一方で、父母に従うことが幸せであり老いた父母を養わない者は卑しいと書いてあります。 しかし無我の境地を目指すのであれば血縁関係に固執してはいけないのではないでしょうか?何故父母に限定して言及したのでしょうか?目の前で父母と知らない人が同じ様に病気や貧困や老いに苦しんでいてどちらかにしか手を差し伸べられない状況の時、知らない人を切り捨てて親子だからと特別扱いして父母に手を差し伸べるのは果たして正しいのでしょうか?両親が仏法を汚す人間であってもそれに従うことが幸せなのでしょうか?  私の父親は酒に溺れた非常に暴力的な人間で犬や猫に対して無益な殺生もしていました。母も暴力的な人間でしたし噓つきでした。私はこの両親に従うべきだったのでしょうか?老後の面倒も見なくてはいけないのでしょうか? また怒りや嫌悪についても疑問があります。 スッタニパータでは怒りや嫌悪を煩悩とし捨てることのできないことをなまぐさと言い汚らわしいことだと言う記述があります。 しかし世の中ではしばしば想像を絶するほど卑劣で残忍な事が起こります。  例えば女子小学生に乱暴して殺害した犯人をたまたまニュースで見て犯人に怒りや嫌悪感を覚えるのはなまぐさなのでしょうか?実際に知り合いの僧侶はその事件について犯人を殺してやりたいとまで言っていましたが彼は僧侶失格なのでしょうか? 自分の周りでより強いものによって不当に傷つけられている弱者を見ても怒らず苦しみも感じないことが美徳なのでしょうか? 他の記述が自分の人生価値観を根本から変える素晴らしいものだっただけに、私はこの二つの疑問に苦しみ悩んでいます。 悟りを目指す僧侶の方々にお話を聞きたいです。

有り難し有り難し 43
回答数回答 3

真言宗と浄土真宗の中のお釈迦様

はじめて質問させて頂きます。 プロフィールに記載しておりますが、家族の問題を抱える中、昨年暮れに仏教の教えに出会い、本当に心が穏やかになれた体験を得る事ができました。 それまでの私は、実家が高野山真言宗のお寺とご縁があり、結婚後も実家の仏壇を預かり、月参りや納骨堂のお参りをはじめ、いろんな関わりを持ってきて、仏教と深く関わってきたつもりでした。 しかし昨年暮れ、心身共に行き詰まり疲れ果てた時に出会った教えは浄土真宗(真宗大谷派)の教えだったのです。 その時はじめて、今までずっとお寺に関わってきたつもりだったのに、「仏教の教え」についてほとんど何も知らなかった事がわかったのでした。 それから改めて今求道中なのですが、今まで聴いてきた真言宗のお経と、浄土真宗のお経がまったく違うのにびっくりして、元は同じお釈迦様なのに、どうしてこうも違うのか。 両派ともご本尊がお釈迦様ではないとはどういう事なんだろう。 両派の中の、お釈迦様の教えと、各ご本尊様(大日如来様と阿弥陀様)の関係性って何なのだろうと、今切実に知りたく質問させて頂きました。 私にとって真言宗は小さな頃からずっとずっと触れてきた大切な宗派であり、また浄土真宗は昨年暮れ、本当に行き詰まってどうしようもなくなっていた時に、私の心を救っていただいた大切な宗派なのです。 どちらも私にとっては大切な宗派なので、どうしたらいいのかわからない状況になってしまいました。 ただその中で、元はどちらもはじめはお釈迦様だったのでは?と思い至り、タイトルにある質問をさせて頂きました。 どうぞよいお導きがあればよろしくお願いいたします。

有り難し有り難し 6
回答数回答 1

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