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拭えない虚無感

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有り難し有り難し 16

私の家庭は母子家庭で、母からネグレクト(育児放棄)を受けて育ちました。

私には兄と弟がいるのですが、双方に軽い知能の発達障害があります。

母は小さい頃から私にだけ塾に通わせ、あなたは良い学校へ行かないといけないんだと言い聞かせられ、「あなたがしっかりしないと、兄弟はどうなるの?」
と、全ての責任は私にあるような口調で勉強を強要させられました。

勉強は好きでした。しかし、掃除をしない家は小さい頃からゴミ屋敷で、ご飯も作れるような台所ではありません。

小学校のころから学校が終わり、塾が終わり、帰ってくると夕ご飯はなく、コンビニでお弁当を買います
ゴミ屋敷なので、ノートを広げられるような机も部屋もなく、勉強は図書館や、テスト期間は庭のコンクリートに下敷きを広げました。
テストではそれなりに良い成績をとれていましたが、それでも母から認めて貰えることはなく凡ミスをしている箇所、足りない箇所を指摘されるだけでした。
小学生のころから中学生までいじめを受けていましたが、母に心配をかけたくないと言うことは出来ませんでした。

中学生の時、ふと自分はなんの為に勉強をしているのか分からなくなり、これまでの疲労感だけがどっとのし掛かった気持ちになりました。そう考えてから勉強ができなくなりました。学校に行けなくなってしまいました。

母も、兄弟も、「クズ」「お前は勉強しないなら生きてる意味がない」
と、毎日のように言われました。

自分なりにこれではいけないと16歳の頃、助言をいただき、児童相談所に相談に行き、家を出ることにし、親戚は血がつながっていないので縁も薄くバイトをしながら寮にいますが、

5年経った今もずっと、期待に応えられなかった、私は何も出来ない、という罪悪感が襲ってきます

中学の頃の友達と連絡をとると、行きたかった大学で楽しんでいたり、家族と仲良くしていたり、
何とも言えない壁を感じてしまいます。

お正月ですが、独りきりでいるとどうも暗くなってしまいます。
本音で話せるような人もいず、楽しみもこの先の希望もありません。

頑張ったって報われない、と思ってしまいます。
それでも、生きていたいと思います。できれば明るく生きたいなと、漠然と思います

毎日を少しだけでも明るくできる心がけを教えて頂けたら嬉しいです。


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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

もうそれ以上自分をイジメなくてよい

あなたが落ち込む原因は確かにそういったことに行きつくことはあるでしょう。
ですが、そとに原因を求めて、それを無くすというスタンスで解決するのはあまり良い解決法とは言えないと思います。
誰かを責めても変わりません。
過去を取り扱ってもそれは今の目の前の事ではありません。
過去はあるかのように思えるでしょうが、今のあなたの目玉は目前を相手にしています。
人から言われた暴力的な言葉を何度もリフレインさせて、何度も何度も苦しむのはやめましょう。
それは情報の世界です。
あなたが苦しんでいるのはいつも脳内情報の世界です。
肉眼や耳が効いている、現実の世界は、いつでも、それ、そこです。
あなたの思いを加える前に、元から、いつでも、いつでもあなたの側にいてくれる真実です。
それを如来とか、真実とかいうのです。
いつでも来っているが如く、去るが如くの一期一会です。
あなたはもう過去のものは取り返せない。
心はいつも新しく生まれている。
今をのみ相手にしましょう。
先の事は頭では描けるけど、いまだ来ていません。
だからこそ、今のことを親しむのが人間の誰でもの真実です。
私が過去にアホだと言われたとします。
それを今でも「アホなんだ」と思い続けて、そのアホという言葉に苦しむべきではないと思うのです。
アホという言葉はただの言葉。情報。
自分の実質は、今を新たに歩んでいる。
拭わなくていいのです。
拭うものなどないのですから。
あるかのように思っているだけ。すでにそれを認めているからいけない。
相手にしているものが雲の様な、自分んが作り出している情報、モヤモヤの方を相手にしている。
正月でありながらそっちのモヤモヤは絵に描いた餅。リアル餅は焼けたら柔らかいうちに食べんと固くなってしまう。そういう生きた現実の方を相手にしましょう。
自分の一念のモヤモヤ発生以前の実物を相手にしましょう。

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おきもちが子供達の笑顔になりました


丹下覚元(たんげかくげん)
☎お悩み相談 質問 📞08020659278 どなたでも。

人生のアドベンチャーを楽しむ

シリアなど海外では、内戦やテロリストのせいで祖国を追われ難民となり、身内もいない外国に逃げている子供達も多いのです。
日本でいると、周りの日本人とばかり比べてしまいますが、実は、日本で住めるだけでもかなりラッキーで恵まれた環境なのです。
水道の水をダイレクトに飲める国も少ないでしょう。
また、ご兄弟の中であなたが健常者であることも、恵まれているのかもしれません。
お母さんのネグレクトの背景には、障害のあるお兄さんの子育てを独りで抱えこんでしまって燃え尽きた可能性もあります。
色んなことが複雑にからみあって、いろんな不幸が襲ってくる人生ですが、できることはたくさんある、まだまだ色んなものになれる、と思います。
障害者の方でも、NPO法人を立ち上げて他人を支援している人もいます。
身体ひとつから始めても、色んなものを作り出せるのが、人生のアドベンチャーです。

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おきもち

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浄土宗教師。四十代男。 仏教は、悩み苦しみを制御したり消したりするための...

「虚無感・空虚・毎日が虚しい」問答一覧

虚業で食う飯は美味くない、でも飯は必要

課金ガチャで儲ける仕事を10年以上しています。 自分のことだけ考えて生きているうちは、楽しい儲かる恵まれた仕事だと思っていました。濡れ手で粟、ソシャゲバブルで成金、それこそ目指すべき人生の成功だと。 しかし子供が生まれて視野が変わった結果、アコギな虚業であるという事実が自分のなかで大きくなり、仕事が苦痛に変わりました。 子供が生まれると、直接的にも間接的にも、自分がいろいろな仕事・人々に支えられていると実感します。安価に素晴らしいサービスが提供されています。本当にありがたいことです。 それを享受する一方で、自分は何十万もガチャに使ってもらうことを企画して、「目標売上うん億目指しましょう」とか言ってるわけです。なにが高額課金層の離脱ケアだ、こんもんに何百万も使うくらいなら辞めたほうがその人のためだわ。と、青臭いことを思わずにはいられません。 身近な例としては、世のため子供のために頑張る保育士さんや教員の方と比較して、あってもなくてもいい自分の商売のほうがずっとラクに儲けているんです。おかしな世の中ですよ。 実のある仕事をしたいと思う一方で、住宅ローンや子供の養育費を考えると、動き出せない自分がいます。 転職しようにも、これまでの経験を活かそうと思うとアコギな商売ばかり目につきます。(出会い系ナンパアプリの仕事とか) 生き方をガラッと変えることは可能なのか。子供とローンをかかえてそんなリスクをとっていいのか。 このもやもやを晴らすため、なにかお言葉をお願いできないでしょうか。

有り難し有り難し 10
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空虚で思いやりのない自分を変えたいです。

25歳にもなり、空虚で思いやりのない自分に戸惑っています。どうかアドバイスをお願いいたします。 物心ついた頃から父が鬱状態にあり、本来明るく楽しい性格という母は情緒不安定になっていました。 明るく思いやりを持って接してくれてたかと思うと、些細なことで機嫌を崩し、物置に閉じ込めたり扉に追いつめて殴ったりしてきました。 なぜそんなことをするのか聞いたところ、「口答えするな」「私も親にそうされた」のような理由にならない答えが返ってきました。 それでも同時に大きな愛情を感じていたので、私は母を愛していました。 家族の均衡を保つ為に、おどけたり母の望む良い成績を取ったりと全力を尽くしていました。 辛いことを忘れるようにしていたら楽しいことも忘れるようになり、辛いという感覚を消すようにしていたら楽しいという感動や物事への期待がなくなりました。 小学高学年の頃父が自殺し、残った家族で母の実家に戻った後、母は3年ほどひとしきり暴れ(この時期が1番キツかったです)、ある日突然憑き物が落ちたように本来の明るく快活な母に戻りました。 物心ついた頃から私の人生の中心にあった問題がぽっかりとなくなったことで、酷い虚無感に襲われるようになりました。 辛い記憶がぶり返し、落ち着いてきた母に幼少の頃された事が辛かったと言ったところ、母は私を「狂っている」と罵り、幼少の私にしたことを「お前の妄想だ」と言いました。 私は無かったことにはさせまいと家の中で母を罵るようになり、それから就職して1人暮らしするまで、無駄だと知りながらずっと母に「辛かった」という事を認めさせる事ばかり考えていました。 その後1人暮らしを始め、いろんな人と交流したいと思うようになりましたが、上手くいきません。 いつもどこか寒々しく、他人事のような気持ちです。物事に熱中することもできず、人を常に疑いの目で見てしまいます。 人への思いやりももはや無く、何をするにも適当です。 今でも昔身につけた、物事を忘れる癖が抜けてくれません。 今ではあの長い、虚無感と向き合ってばかりいた年月を他のことに使っていれば良かったという後悔の念で一杯です。 25歳にもなって何も無い自分が恥ずかしいです。 今からでも自分を持ち、人を信じつつ思いやりの心を持つ方法はありますでしょうか? どうかよろしくお願いいたします。

有り難し有り難し 5
回答数回答 1

生きてる事が虚無に感じます

私は今何を目的に生きればいいのかわかりません 元々私は人とのコミュニケーションが苦手で 高校ではそのせいで1年生でいじめにあってしまい不登校になって結局中退してしまいました 先生も親もなにもしてくれませんでした この件で元々苦手だった人付き合いが更に苦手になった気がします その後は通信制の高校に進学しましたが学校自体を信用出来なくて不登校になってしまいました コンビニバイトもスーパーのバイトも数年間しましたがなにをしても失敗ばかりでバイトの先輩やお客さんにも迷惑をかけてしまってました そのせいもあって仕事の面接に応募するのも「また失敗ばかりして迷惑かけてしまう…」と思ってしまい半年くらい働けていません 最近では他人の目線がとても怖くて外にすら月1で出る程度まで少なくなってます 親に相談しても「それは甘えだ」としか言われなくて辛いです 例えるならビルの屋上から飛び降りろと言われてるようなもので本当に怖いのです しかし親に頼ってる現状は変わらなくて これからこの先の未来もこんな辛い思いしてずっと何十年も生きなきゃならないと思うと死んでしまう方が楽なのでは?と思い始めてきました 趣味という趣味も無く、夢も無くて学歴も経験も何も無い空っぽな自分が辛いです 今は毎日がただただ無駄に時が流れていくだけで虚無そのものなのです 親に相談しようと思っても同じ答えしか返ってこなさそうで怖いですし誰を頼ればいいのだろうと思って調べてたらここを見つけました 長々と語ってしまいましたが こんな私でも生きてて良いのでしょうか?どういう考えを持てば変わることができるでしょうか? またもう20歳を超えてしまった私が今から頑張ったら普通の人レベルの人生になれますでしょうか? 長々と申し訳ありません、難しい質問になってしまってるかもしれませんがよろしくお願いします

有り難し有り難し 13
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毎日悲しく虚しいです

孤独な人生でした。今年で25歳です。 抜け出したいと思って、今日まで必死で生きていたのですが、最後に信じた恋人と別れた事で、この運命は変えられないとわかり、絶望してしまいました。 5歳の頃に両親が離婚し、父親に引き取られましたが、父親には離婚の原因となった再婚予定の女性がいたこともあり、育児放棄され、一人暮らしをしていました。当時は家に一人でいることが自分の当たり前だったので、寂しいと思う気持ちすらありませんでした。私は父親にずっと、世界で一番愛していると言われていましたので、それを信じていました。 私は、早々に家を出て、働きました。 仕事は充実していて、仲間にも恵まれました。 大人になり、父親に再会したときに、「寂しい思いさせてすまなかった」と謝られたとき、私は、ただ寂しい思いをさせられていたのだと、ようやく知りました。 家族と、家族として暮らしたことがありません。 私は小さい頃からずっと、1人で戸締りをし、1人で寝起きし、1人でご飯を食べて過ごしています。 いつかは、素敵な人と結ばれて、子供を産んで育てて、温かい家庭を築けるのだと、そう願っても良いんだと信じて来ました。 けど、失恋くらいで、大袈裟かもしれませんが、私はやっぱり1人で生きていくしかないのかなと思うと、この寂しさや虚しさが一生続くかもしれないのだと思うと、涙が止まりません。 恋人には、一人で生きていきたいと言われて振られてしまいました。 これまでお付き合いした方に、別れ際にまで一緒にいて欲しいなどと、食い下がるようなことはありませんでした。 ですが、別れを決めた彼の気持ちが分かった上で、あなたにだけは一緒にいて欲しい、私を選んで欲しい、どうか1人にしないでほしいと言ってしまいました。 結局、お別れを覆すことは出来ず、泣き腫らし、生きる気力もありません。 私は、孤独が恐ろしいです。 年齢を重ねる毎に強くなっている気がします。 いつかはこの手をとって、ずっとそばにいてくれる人に会える、その時まで生きようと決めていました。 けどもう、なんだか疲れてしまいました。 どの道孤独しか用意されていない人生なら、と、歩くことが出来なくなりました。 塞ぎ込む毎日です。生活費も遅かれ早かれ尽きてしまうのが分かっています。 寂しくてたまりません。 消えてしまいたいです。

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ただ無為に生きている

わたしは26歳女で会社員をしています。 恋人もおり、収入もそれなりにあり、身体に大きな問題もなく、生きています。 ですが、自分自身生きることにあまり意味を見いだせておらず、積極的に「生きたい」と思えません。 かといって積極的に死にたいわけではなく、「痛みを伴わずに死ねるなら死にたい」くらいの気持ちしかありません。 多くの人間が当たり前に願う「長生きしたい」「子孫を残したい」などに共感できず、ただ死ぬのは痛いから惰性で生きています。 かつては家族に対して不誠実な行いをした父親に対する怒りや、恵まれた環境に生きる人への反骨精神のようなもので精力持って生きていたのですが、いまはもう、父親とはほぼ縁を切りそこそこの学歴と職を得て、そういった負の原動力も消えました。 今生きているのは惰性です。 恋人のことも、抱きしめたときの温かさに心地よさや愛しさこそ感じますが、それが「だから長生きして一緒にいたい」とつながりません。 あたたかくて、いまこの瞬間の心地よさに包まれて目を閉じて眠り落ちて朽ちたい、そう思ってしまいます。 わたしはなぜ、こんなにも空っぽのまま生きているのでしょうか。どうしたら、活力が生まれ、生きることに向き合い丁寧になれるのでしょうか。

有り難し有り難し 13
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人生の虚無感が拭い去れない

時々、人生の全てが虚しく感じて、猛烈な自殺衝動が訪れます。30分くらい経てば衝動は消えていって、憂鬱な気持ちだけが残ります。 そうなると、全てが嫌になってしまいます。昔からずっと馬鹿にされてきたこと。友だちがいないこと。ずっとスクールカースト最下層だったこと。不登校になったこと。精神の病気になったこと。通信制高校に転校したこと。体力不足であること。自分の性能が低すぎること。目を引くような美人でないこと。異性からも同性からも蔑ろにされること。自分に直さないといけないところがたくさんあること。今、大学でやらないといけないこと。将来、厳しい社会で働かないといけないこと…。 愚かだと思われるかもしれませんが、私は社会に出て働くくらいなら、死んでしまいたいと思ってしまいます。もちろん社会に出たら楽しいこともあるのではないかとは思いますが、私は人間関係を上手く構築できず、魅力がなく、馬鹿にされて生きてきたので、このまま毎日孤独で嫌な気持ちを抱えながら働くんだと思うと、消えてしまいたくなります。みんな、社会は学校より厳しいと言います。今より厳しいのが社会なら、どう生きていけば良いのか分かりません。 生きる意味はありません。朝起きると自分が生きていることを責めながら生きています。じゃあ、自殺しようかって思っても、中々実行できません。死なない理由を探してしまいます。「生きてたら何かいい事あるかも」とか、「ゲームのサービスが終了するまでは死にたくないな」とか。自殺は二度失敗してます。親を泣かせました。最初から生まれてなかったことにならないかなぁって思います。 マイナスの感情ばかり吐き出してしまって申し訳ありません。でも、私は弱く、近くの人間にこの苦しさを相談できません。涙が溢れて、泣いているうちにアレルギー反応のように体が痒くなって、ブツブツができて、息がしづらくなります。この世から拒絶されてるみたいで、苦しいです。 自分を救いたいです。生き方を教えていただけませんか?

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立ち上がる気力も動機も、もはやない。

朝の来ない夜はない。きっとそうなのだろう。そう信じてきた。 思春期の到来と同時に、心の裡にある虚無感と自殺願望に気付いた。 人は無意味に生まれ無価値に死ぬ。だが今死ぬのも怖い。生きるに足る何かを自身で見出さねばと決意してから20年が経った。 何度も膝が屈した。 不登校になり高校は辞めた。だが、何かを見出すためには外と接点を維持しなければと高認を受け大学へ行った。 就活に折れ何年も家にこもった。それでも社会に出て広がる視野もあるだろうと公務員になった。 虚無感も自殺願望も消えてくれなかった。 情熱は無く、熱意は無く、意欲は無かった。 心理学や哲学をかじった。アドラーとニーチェは劇物だった。 ある日唐突に恋人が出来た。歓喜した。無辺の海原を彷徨うが如き人生に、共にゆく同志が現れた! 彼女もまた人生に悩んでいた。陰鬱な話題も多かったが、共に解決していけると信じた。 別れを切り出されたのも唐突だった。 何を間違えたのだろうか。 仕方ない。それが彼女に必要な事ならば身を引こう。どうか幸福を掴め。私は応援したい。そう伝えた。 「応援とかいいから。とにかく別れて」 それが返答だった。 愛おしいのに憎い。「愛憎」の意味を知った。 人はこうも真っ直ぐに他人を呪えるものか。人はこうも醜くなれるものか。 親らしいことを何一つせず消えた父にも、いじめパワハラを繰り返されたかつての同級生や職場の上司にも、こんな憎しみは抱かなかった。 結局、罵詈雑言の応酬で15ヶ月の泡沫の夢は醒めた。 出会いがあれば別れがあるもの。でもきっと次の出会いが。恋愛は人を成長させる。 そうなのかもしれない。 痛みを知るからこそ人は優しくなれる。 仰るとおり。 癒やされるには傷が必要で、幸福を知るには不幸が必要で、善行を成すには悪行が必要だ。 出会いにはもれなく別れがついてくるし愛情と憎悪は表裏一体。 満たされるには、飢えていなければならない。 生きるために死に、死ぬために生きる。 もうたくさんだ。 得れば失う。そんなものは賽の河原だ。穴堀の拷問だ。 夜明けは無い。掴んだと思った幸福は手から零れていった。 海原だと思っていた人生は無間の闇だった。 20年足掻いてはみたが、いい加減幕を引きたいと思う。 朝の来ない夜はない。きっとそうなのだろう。それがただの夜であるならば。

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