死にたい
死にたいです。生きるのが辛いです。
全部やってる事が無駄な気がして、生きる意味が何もないです。何もしたくないやる気が起きない。死んだら迷惑かかるかもしれないけど生きてるよりは迷惑かからないと思ってます。前に死のうとしたけれど、結局死ねませんでした。あの時死んでたら楽になれたのに。
お坊さんからの回答 3件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
ふとしたきっかけから
拝読させて頂きました。あなたが今死にたいと思い詰めてしまうほどに大変苦しみ抜いていらっしゃることを読ませて頂きました。あなたのその辛いお気持ちを心よりお察し申し上げます。
生きていく中ではあなたがそのように感じてしまうようなことは沢山あると思います。何をやってもうまくいかないと思ってしまったり、生きていることが意味ないのではないかと思い詰めてしまうことがあると思います。そして心身ともに疲れ果ててしまって生きる気力を失なってしまうこともあるでしょうからね。
あなたは不思議なご縁に恵まれてこの世に生命を与えられたのです。一見すると何も意味ないように感じてしまうかもしれませんけれどもあなたは恵まれて目標を持って生きることができる大切な方ですからね。
今はわからないことばかりでしょうけれどもあなたは様々なご縁に育まれて生きる目的や意味は必ずあるのです。あなたにしかできないこともあるでしょうし、あなたならばできることも沢山あるのです。
今すぐそれはわからなくてもあなたがこれから生きていく中で様々見たり聞いたり体験する中で感じたり考えるきっかけが与えられるでしょう。
それにはあなた自身今は疲れた心や体をゆっくりと休めて下さいね。しっかりと睡眠をとって美味しい栄養のある食事をとって心も体も回復なさって下さいね。そして心身ともに癒して下さいね。
そうした上でもう一度じっくりと周りを見渡してみましょう、そしてあなた自身をも見つめ直してみましょうね。
ふとしたきっかけからあなたにとって大切なものごとやご縁が巡ってきたり、その機会が与えられることもあるでしょうからね。
あなたがこれからの人生を生きていく中で沢山の大切なものごとに気がついていかれ毎日を心豊かに充実して生き抜いていかれますようにと切にお祈りさせて頂きます。
少しずつ、一歩ずつ
まや様
川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。
仏教では、この生だけのスパンを考えるわけではなく、過去世、現世、来世の三世を見渡して考えることが大切となります。
行いは全て業(カルマ)として、これからの結果へと向けた因縁(原因と条件)となって参ります。
いかなる行いでも、それは無駄になるわけではなく、未来の結果へと係わってくるものとなります。
仏教では、できる限りに仏道を歩む中で、清らかな善き行いに励むことで、善き結果、最終的には、悟り・涅槃へと至るところへ向けて取り組んで参りたいものとなります。
少しずつ、一歩ずつで構いません。仏道の実践を進めて頂けましたら有り難くに存じます。
川口英俊 合掌