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煩悩

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有り難し有り難し 78

煩悩がいかによくないことであるかは解ったのですが、人生苦しむことなく、つまり、煩悩が芽生えることなく、膨張することなく、上手に生きていくひとたちは、多く居るものですか?
そういうひとたちばかりであるなら、煩悩だらけであった自分が恥ずかしくて、情けないです。
それとも私と同じように、だれだって成長するにつれて、煩悩も増えていってしまうものですか?
私は、仏教を知るまでは、煩悩だということに気づくことが出来ませんでした。それがとても情けないような気がしました。

2018年11月20日 17:17

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お坊さんからの回答 4件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

煩悩成就

煩悩の大元は「無明(むみょう)-根本的無知」であり、これにもとづき、「これが私である」とか「これが私のものである」という執着、つまりは自我意識が芽生えます。
しかしこの自我意識がないと社会生活はままなりませんし、これは親と自分を比べて分けて認識していくという成長における必要過程ですから、これが芽生えることもない人というのは多くいるものではないでしょう。

なつさんは仏教により煩悩を煩悩と知り、恥ずかしくて、情けないお気持ちになったとのことですが、では、恥ずかしさも情けなさも感じ得ないままで根本的無知にもとづき迷っていたこれまでの生活ははたしてどうだったのでしょうか?

知らない方が幸せなこともあると俗に言いますが、知っているものからすると知らないのは空しい在り方です。
たとえ恥ずかしく、情けなく、辛く、苦しくとも、真実に気づいた在り方にこそ空しさを超える本当の満足が開かれてくるのではないでしょうか?

煩悩はたしかに苦しみの元ではありますが、煩悩があるからこそ私たちは仏様に出会えます。煩悩こそが私と仏様の橋渡しです。

煩悩をなくせると思うのも煩悩
煩悩をなくそうともがくのも煩悩
煩悩を知らないのも煩悩
どこまでいっても煩悩成就

煩悩の身を引き受けて、煩悩を活かす道を。それが仏様の教えに我が身の事実を照らされて歩む仏道です。煩悩の身を楽しんで生きましょう。

2018年11月20日 18:51
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おきもち

はじめまして。 北海道の道南地区にある若松という農村のお寺に所属しており...

楽じゃなくとも、楽しく生きる志

成長するにつれて、意識や感情といった存在自体に逆らえないことを認識していくものです。
煩悩が制御されるのではなく、煩悩を出さないように律する志を持っていくのです。

高齢になるに連れて、身体が思うように動かないなど、色々な条件をもって人を苦しめます。この説明では、四苦八苦の「老」に値します。

どんな状況においても煩悩は発揮されます。しかし、煩悩をわたしは一つの「希望」としています。煩悩の次に来るのが欲です。そして、その欲こそが「あ〜したい。こ〜したい」と、目標や夢なる希望が芽生えます。

人間の根元にあります六根(眼・耳・鼻・舌・身・意)を成長していく上で、多くを経験体験することで、必然に煩悩が制御されていくものです。(戒・律)

煩悩を持つことは人間の資格です。そして煩悩を持てることは希望を生みだす唯一の生き物です。

わたしたち僧侶は我修行を積みながら、他人に安心を与えれるように志をもっていきる大乗仏教です。これを仏教では「自利利他」となり、相互礼拝の関係を築くことができることを「自利利他円満」と称します。

他人に施す煩悩を志すことで、煩悩が大切に感じれるようになっていくと思います。

合掌

2018年11月20日 18:59
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おきもち

祈るこころに佛心が宿る。 変化多き時代を生きる私たちにできること、それは...

大樹を育てるには雑草も生えます。

煩悩があるから、人間は成長するのです。
煩悩が悪い訳ではありません。適度な調整出来ないので苦しみになります。
煩悩は雑草と同じで、大地(肉体)があれば、栄養や水があればどんどんと成長します。と同時に、自分が志す大きな夢も、大樹として成長できます。雑草も生えない地では、大樹も育たないでしょう。ゆえに、雑草を刈り取ればいいのです。
そういう私は、雑草だらけです。

2018年11月20日 18:48
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有り難し
おきもち

日蓮宗のお寺で、名古屋市南区にあります。 ”お寺は生きている人のためにも...

煩悩がある。だけど仏教がある。

煩悩は、程度の差はあれど、誰にでもあります。
煩悩は悩み苦しみの原因です。
煩悩まみれの私達は、悩み苦しみの連続です。
でも、大丈夫。
そんな私達を救うための教えが仏教です。
仏教には、悩み苦しみを減らす智慧があります。

2018年11月20日 22:35
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有り難し
おきもち

浄土宗教師。四十代男。 仏教は、悩み苦しみを制御したり消したりするための...

「煩悩」問答一覧

煩悩も欲も消さなくていい。

煩悩も欲も消そうとする必要はない。この世の理(ことわり)だから。 煩悩や欲はありのままの心の在り方であり、決して消えるものではなく、そのままを受け入れることでその縛りから解き放たれる。 辛い苦しい悔しい腹立たしいだけでなく、ありがとうと感謝の言葉を発することも、何か良いことをするという徳を積む行動も、お念仏さえ煩悩や欲のひとつである。煩悩と欲は人として生きるには逃れられないものである。 また、煩悩は108あるという。言葉遊びではあるが永遠(とわ)とも読める。 これは、煩悩や欲などはこの世の時空間が始まる時から(科学的にはビッグバンか)終わるまでの限られた「永遠」という中に存在することを意味する。 煩悩がこの世の物理的な法則決まりごと、欲が化学結合などを起こすエネルギーとして考えるなら納得してもらえる人もいるだろう。宗教や哲学、科学などは人のごく限られた能力の中で作られたものであり、大した差はない。 別の世、違う時空間には違った煩悩や欲があるだろう。 人は人としてこの世に産まれる前から生命体(あるいは物質)として遥か昔から存在し、煩悩と欲のおかげを受けながら、産まれてからだけでなく、死んだ後も物質やエネルギーとして森羅万象の中で存在しつづける。 自分とは?自分はなぜ?ということに捕らわれず、今の状態、周りの言動はその存在を認め、自分の感情をはじめ、他人の行動や起こった出来事は仕方がないと赦して労わり、その経験をありがたしと感謝しながら、経験を活かして自分の趣くままに行動する。 そうして、普遍的に存在する煩悩や欲にも感謝しながら、うまく活用できれば、自ずとこの世も極楽と気づくことができる。 悟ることができて仏になるであろう。

有り難し有り難し 6
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【暴言多め】ちくしょー!私は煩悩の塊だぞ!?

乗っけから乱暴ですみません。 ここでしか言えないので。周りの人は、 「怖いと思ったら、離れなさい。 それが今あなたにできる事」 と言います。 でも、私だって楽しみたい! 他の人みたいに、安心して遊びたいし、 歩きたいし! カワイイ子いっぱいいるだろ! 何で私なんだよー! 私からは、「とても感じのいい、 人から頼られやすい雰囲気」 「内面の良さが外面に」 出ているそうです。不思議です。 正体はこのザマですよ?描く絵だって 血生臭いし。結構物騒な事も考えて ますよ? 最近は、生来の防衛本能(霊感と 呼んでます)が大暴れしています。 一歩道を歩いて、男性とすれ違えば 下を向いて横目で警戒。 目を見なくても、 「こいつ、ヤベェぞ」 と頭の中で 警報が鳴ります。 いつ絡まれないか、手を出されないか。 現実、いきなり手を振って近づいて こられそうになった事もあります。 人混みに出て、後ろに男性が来れば、 ソワソワ落ち着きがなくなり、 睨みつけたり、徐々に離れたりと言った 目立った行動をとります。 あとは、防犯ブザーをちらつかせ たり、付属のレーザーライトを カチカチ点滅させてしまったり… これで、逆に話しかけられた事も あります。怖いんだよ畜生が! 要は威嚇です。 同性もしかり。私が前を通過すると、 目で追われたり。迷惑なんだよー! 最近は、この本能大暴れのせいで 今年2度目の風邪をひきました。 暴言三昧ですみません。 聞いて欲しかった、それだけです。

有り難し有り難し 22
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光合成するペット(自然と煩悩)

私の中学生の時の「将来の夢」は、「動く植物を開発すること」でした。 一番興味があったのが、『地球温暖化』全般。一番、地球温暖化を促進されるのが牛のゲップと聞けば、「ゲップし難いエサ(植物)の開発」を、生き物(動物)が出すCO2を吸収しているのは緑(植物)だと習えば、「とんな場所でも行ける緑(植物)の生き物(動物)の開発」を、と考えてきました。 自分が排出するCO2は、自分のペット(動く植物)に吸収してもらい、酸素をまかなう。そういう世の中、地球に優しい生き方が出来る社会にしていきたいと思っていました。 それで、中学生の時も高校生の時も、農学部に行きたい!新しい環境作りに貢献したい!と思い続けていましたが、幸か不幸か、何故か勝手に出された推薦入試の願書→受かったら辞退出来ない受験に合格してしまい、長年の夢を変更するしかないという形で幕を閉じました。 でも、高校1年生の時に被災(阪神淡路大震災)した記憶のせいか、医学を学ぶのも楽しかったので、新たな道を歩む決意をしたのです。 そして、「只今」違う生き方をしながらも、ふとしたことから、また「動く植物」が必要なのではないかと思い、過去の自分の夢を思い出すようになりました。 西日本豪雨災害に遭ったからからです。もちろん、根本的には『地球温暖化』が背景にありますが、今回は『豪雨による土砂崩れ』でたくさんの尊い命が失われた背景から、人の手が入らない山、森の木々たちが、自分で動いて、土砂災害を防ぐ働きをしてくれたなら、少しは亡くなる方が減らせたのではないかと思ったのです。 でも、人間が、自然・地球をこうなるまで放置し、対策を練らなかったのもまた事実。 私は有馬温泉の近くに住んでいます。避暑地でもあります。が、最近、自分の部屋にデジタル式の温度計を置くようになり、自分の部屋の温度が、冬と夏で「なぬっ!!!」と思う程、寒暖差があることが判明しました。(昔と明らかに違うと肌でも感じられますが)。 この今年の猛暑、酷暑。北の端の1番涼しいハズの部屋の温度が、35度に到達しているではないですか。この前の冬には、部屋の中なのに氷点下になっていたのにです。 何故、もっともっと『地球温暖化』のことをちゃんと考えてこなかったのかと痛感している毎日です。 お坊さま達も、お寺さんの中で熱中症になっていませんか? 地球温暖化をどう捉えていらっしゃいますか?

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アカウントの『私の煩悩:』の変更

初めてhasunohaを訪れた際、アカウントに『私の煩悩:』を記す欄があったので、何となく、ふと思い付いたことを書きました。 私が書いたのは、『よく「未来は自らの手で切り開くもの!」と言われるが、未来に希望が見出だせないでいる。』というもの。 ただ「解答用紙に、何か書かないと」というような思いだけで書きました。いい加減な書き方をして、すみません。 しかし、訪れて10日ぐらい経った今、「何か違う」「なら書き直そう」と思いました。ある投稿を読んだのがきっかけです。ここからが、私が未熟であるからこそ生まれた煩悩になります。 新しい『私の煩悩:』 (来世なるものを自ら決められるのだとしたら)次は男に生まれてみたい、という煩悩が生まれたこと 変更理由:①私が今、女であるから。②私は男として生きたことがないから。③なってみなきゃ分からないことがあるはずだから。 以上。 しかし、来世に、また人間として生まれてくる可能性も確率も分からぬまま、容易くそんなことを言えた義理じゃありません。もし人間になれたとしても、今の、現世の「女」の記憶が残っているものでしょうか。 以前、私は『プチトマト』というタイトルの質問を致しました。「私の前世はプチトマトだ!」と小2の私が直感的に思ったことを書きました。ですが、残念ながら「プチトマトの記憶」はありません。ただ「ハッ!」と閃いただけだったのでしょう。 今は、煩悩も「心境の変化は日常茶飯事」と同様の仕組みではないかと感じております。 哀しくも、女の私には、男のことは分かりません。それと同じように、男の人も、女のことは分からないのではないでしょうか。 「どちらが有利・不利」など、両者を経験した者にしか分からないことです。つまり、「そんなこと言っても仕方ない」「誰にも分からないのではないか」と思っています。 そんなことに腹を立てているから、「怒という煩悩」が生まれてしまうのではないか、と、只今感じております。 しかし、まず性別が「男と女しかない」と思っていること自体、『無知』であり『偏見』『差別』ではないでしょうか。 この時代に「男になりたい」「女になりたい」というのは、短絡的過ぎるような気がしてなりません。それなのに、私の頭にムダな煩悩が浮かびました。 どんなご意見でもご批判でも、受け止めます。皆様のお心の内をお聞かせ下さい。

有り難し有り難し 15
回答数回答 2

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