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突然脈絡なく頭の中が「死にたい」

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ごはんを食べている途中とか、車を運転してる時でも、突然思考が停止してしまいます

頭の中は「死にたい」でいっぱいです
ただただ「死にたい」がいっぱいすぎて、どうやって死のうかとは考えられません

家族や周りの人間は、急に動きも表情もなくなった私を見て気味悪がって、無視したり酷く不愉快になり私を責めます

いま説明出来ない辛さを、死んだら家族に伝えることができますか


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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

当たり前の環境からの逸脱を心がける

拝読させていただきました。

すべての苦しみは「こころ」が生みます。

死にたい、苦しい、楽しい、悲しいなど、頭ではなく心が感じます。

仏教では四苦八苦とあります。
・生苦
・老苦
・病苦
・死苦
ーーーここまでが四苦ーーー
・愛別離苦
・求不得苦
・怨憎会苦
・五蘊盛苦
ーー合わせて八苦となるーー

今、刺激ある生活はされていますか?
もしくは、平穏な生活が続いているでしょうか?

人間の煩悩がうずうずし、刺激を施しているかも知れません。
平穏な日々の訪れを人は望みます。
しかし、何かしら病院や人間関係などで悩み事があるものです。その中で、悩みという苦しみに打ち勝つために人は知恵を絞り、思考を回転させ脳を刺激し、心を安定に導きます。

趣味、やりたいことなど夢ではなく「目的・目標」を作ることに意識を向けてみることで、死にたいと思う観念から離脱していきます。

ある意味、今死にたいと思わせる観念は四苦八苦からの解脱をされた豊かな安定があるからかも知れません。苦しんでいる人々へ安定の心を作り出すサイクルをブログなどでお伝えすることで、多くの衆生を救える人にもなりうることとも感じます。

すべてのことを文から感じ取ることはできないので、勝手なる解釈をお先に謝罪しておきます。

亡くなり、ご家族のお方へお伝えすることは、やり残した思いなどが人にはあるものです。その思いを汲み取り、こうしてあげれば良かったなどと、残る思いがご家族の方々が、わかることに繋がる一つとなります。

「何を求め、刺激を得ることは苦しみの始まりであるが、しかし人間は刺激があって生きる力となるのである」

引き続き、良い三ヶ日をお過ごしお祈り申し上げます。

合掌

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有り難し
おきもち

祈るこころに佛心が宿る。 変化多き時代を生きる私たちにできること、それは正しい道しるべであります。 選択肢が多い世の中になり、何が正解であるのか?すべて正解であります。しかし、人は損得で判断するのでなく、正しいか正しくないかで判断する人間であることを説いていきます。 ※電話相談は受け付けませんので、あらかじめご了承ください。

いつでも、ここで

ご相談拝読しました。

誠にお辛い中で本当によく耐えて闘っておられるのですね。その闘っている相手である正体を何よりもご自身でハッキリさせたいですよね。

ご自身が説明できないものを、たとえ死という形をとったとしてもご家族に伝える事はできないでしょう。

ご家族はただ「死ぬほど辛かったのだな」ということを突きつけられるだけで、「なぜ」「どう」辛いのかは理解しようがなくある意味では「無責任」に苦しむことしかできません。

それが本当にあなたの望むことでしょうか?あなたの本当の願いは何でしょうか?

しかしこの「無責任」というのもある意味では責めることもできないものなのです。なぜならば私たちは皆それぞれ誰一人代わることができない身を生きているからです。本人の責任は本人しか取れません。

そしてもっと言うならば、本人すら自分の責任などとれないのです。

望んで生まれて来たわけでもなく、望むように死んでいくわけでもない、いただいたご縁が私です。

でもその縁を嘆くだけでは他でもないこの私自身が虚しいのです。満たされないのです。

だから取れない責任をあえて主体性をもって引き受けていくところに、苦しくとも満たされていく道があるのです。

今、ご家族がよき理解者、支援者となってくれないのであれば、医療・行政など様々なサポートを受けましょう。
もちろんここhasunohaでも是非相談を続けてください。

いつでも、あなたの思いをごまかすことなく素直に綴ってください。

あなた自身もわからないあなたの思いを一緒にあきらかにしていきましょう。共に救われていきましょう。

「死にたい」気持ちもご縁からのいただきものです。あなたのせいではありません。いただきものは大事にするもの。その気持ちすらも大事に抱きしめつつ、ただし気持ちに振り回されないようにどうするか考えていきましょう。

では、またいつでも、ここで。

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有り難し
おきもち

個別相談可能
はじめまして。北海道の片田舎の農村のお寺で住職をしております。 人生経験も仏法聴聞も、まだまだ未熟な私ではありますが、皆様のお悩みに対し真摯に向き合い、共に悩み共に考えたいと思います。 お話しする内容は「こたえ」ではありません。仏法を聞いてもお金が儲かるわけでも、人間関係に恵まれるわけでも、病気が治るわけでも、何ものにも左右されない心の持ち様が手に入るわけでもありません。 仏法の救いとは悩みが私の思い通りに解決することでなく、どんな悩みも私の現実として引き受けて、悩みながらも生きていけることだと私はいただいております。 悩みを救う(解決する)のではなく、悩む人を救う(悩む私という存在を引き受けていける)のです。 「こたえ」ではなく、「問い」を共有することで、悩み苦しみを引き受けて生きていける一助となれれば幸いです。 【回答について】 後から読み返し、誤字脱字に気づいた際は訂正を入れます。訂正ではなく、お礼コメントへの返信のため追記する場合はタイトルに〔追記あり〕と記載します。 なお、タイトルも本文も字数制限があるため際限なく追記できないこともご承知おきを。
基本的には平日13時~15時のみ対応可能です。お寺の行事、急な法務で対応できない場合もあります。

鬱病である可能性も

山葵様

川口英俊でございます。

もしかすると鬱病である可能性もございます。

できましたら適切な医療機関を受診されて、いったんしかるべくに休養されることをお勧め申し上げたいと存じます。

診断がでましたら、周りの理解も色々と得られやすくになるかとも。

一度、受診されてみて下さい。

川口英俊 合掌

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有り難し
おきもち

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