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阿弥陀様への信仰が分からなくなりました

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生きるのがつらくて、阿弥陀様になんとか救って頂きたくてお縋りしています。
でも阿弥陀様が約束された救済は死後の救済、今生ではありません。なので阿弥陀様を拝んで顔を見上げる時に「死んだ後と言わずに今救われたい…」と思ってしまいます。
阿弥陀様に良くなりますようにと祈っても現世利益はないと言いますし、私はどんな気持ちで阿弥陀様と向き合えばいいのでしょうか?

とても恥ずかしいし苦しいし、阿弥陀様に申し訳なくてご本尊の前にいられません。私は地獄に落ちるのでしょうか。


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お坊さんからの回答 5件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

現生正定聚(げんしょうしょうじょうじゅ)

阿弥陀仏の救いは現世利益もあります。それは現生正定聚という利益です。

往生浄土が死後(臨終の一念)であったとしても、往生浄土が定まるのは現生の信心においてです。この往生浄土が定まった位を現生正定聚(げんしょうしょうじょうじゅ)と言います。

それは実際に往生するのは死後だけどそれが定まったのだから死ぬまで我慢しなさいということではありません。往生浄土を心待ちにしてその希望で現生の悩み苦しみをごまかして生きなさいということでもありません。

浄土のはたらきを現生において受けるというところに具体的な救いがあるように思います。そのためには浄土とはどういう世界かということを阿弥陀仏の願いに聞き尋ねていかねばなりません。
浄土とはけして死後の理想世界ではないのです。

阿弥陀仏は私たちの欲望を叶える世界を願って浄土を建立したのではありません。

すべての人をもらさず救いたい
だれもがありのままで輝き合う世界を作りたい
傷つけあいののしりあい貪りあうようなことのない世界を作りたい

そのように願ってその願いを成就して浄土を建立しました。つまり浄土にいない私たちはそのような状態にいないということです。

ありのままに満足できず自らの思いに苦しみ、傷つけ、ののしり、貪るような在り方をしている。

そのことを知らせた上で、それでもそれを障りとせずそのままのあなた(私)を救うとの願いであり誓いであり呼びかけです。
それがたった六字の「南無阿弥陀仏」という言葉にまでなって今私たちに届いています。私たちはその言葉を称え、聞き、その言葉から言葉の願いを尋ねなければなりません。

悩み苦しむ私たちはありのままが苦しいのでなく、ありのままでなくなろうともがくことが苦しいです。迷いの中でもがくことがありのままの姿であると言えるような愚かな存在です。

それでもまだ自分の力でなんとかなると頑張ってもがくのか?あなたの姿は今どうなっているのか?と呼びかけ目覚めを促します。

その愚かさが現生でなくなるのではありません。それは往生浄土の利益です。

愚かさに気づき、愚かさを引き受け、それでも生を尽くしていけるのが現生正定聚の利益ではないでしょうか。
自分の悩みを自分が受けるはずもない不当なものと見るのでなく、自分の在り方ゆえの悩みだと気づき、悩みの生を尽くしていけるのです。

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はじめまして。北海道の片田舎の農村のお寺で住職をしております。 人生経験も仏法聴聞も、まだまだ未熟な私ではありますが、皆様のお悩みに対し真摯に向き合い、共に悩み共に考えたいと思います。 お話しする内容は「こたえ」ではありません。仏法を聞いてもお金が儲かるわけでも、人間関係に恵まれるわけでも、病気が治るわけでも、何ものにも左右されない心の持ち様が手に入るわけでもありません。 仏法の救いとは悩みが私の思い通りに解決することでなく、どんな悩みも私の現実として引き受けて、悩みながらも生きていけることだと私はいただいております。 悩みを救う(解決する)のではなく、悩む人を救う(悩む私という存在を引き受けていける)のです。 「こたえ」ではなく、「問い」を共有することで、悩み苦しみを引き受けて生きていける一助となれれば幸いです。 【回答について】 後から読み返し、誤字脱字に気づいた際は訂正を入れます。訂正ではなく、お礼コメントへの返信のため追記する場合はタイトルに〔追記あり〕と記載します。 なお、タイトルも本文も字数制限があるため際限なく追記できないこともご承知おきを。
基本的には平日13時~15時のみ対応可能です。お寺の行事、急な法務で対応できない場合もあります。

地獄に落ちることはありませんよ。なぜなら、一度でも南無阿弥陀仏とお唱えしたら阿弥陀様は救ってくれるのですから。安心してくださいね。
また、今どのような気持ちで阿弥陀様を見たらいいのか、それについては浄土宗を開かれた法然上人が、あなたのような方にこのように言われました。
「阿弥陀様のおかげで私の病も不運も今の程度に収まっています。ありがとうございます。南無阿弥陀仏。」このように思ってくださいね。
少しずつ少しずつ心と体を癒してくださいね。
あなたを見守っているのは阿弥陀様だけではなく、ご両親も、そして沢山のご先祖様達もいますからね。
人生はまだまだこれからですからね。

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私は浄土宗の坊さんです。 少しでも何か参考になればと思って回答していますが、無知未熟ゆえに質問を読ませていただくことしかできないことも多々ありますがお許しください。 回答は私個人の意見や解釈もあり、場合によっては浄土宗の教義とは少し異なることもあるということをご了承ください。 また、寺の紹介ページに電話相談についても紹介していますのでどなたでも気兼ねなくご利用ください。 ハスノハのお坊さんがもっと増えますように。 合掌 南無阿弥陀仏

今生での救いへと向けた教えが仏教でもあります

つぐみ様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

阿弥陀如来様の救いは、確かにこの娑婆世界にも届いております。しかし、阿弥陀様は、救いの御手を差し出されておいででも、その御手に気付き、救いの御手をおとりできるかどうかは、自分自身におけるところ次第となって参ります。

信仰というものも、ただその救いに頼ることにて、救いが得られるものではなく、確かなる仏道修習による得心によりて成り立つところとなります。

信仰につきましては、よくダライ・ラマ法王様もご法話にておっしゃられておられますが、「師の教えを、ただ尊敬だけをもって受け入れるべきではなく、金細工師が、その扱っている金が本物か偽物か、その金を焼いて、切って、磨くことをもって慎重に吟味するように、そのようにして師の教えも受け入れていくべきである」として、しっかりと一つ一つの教えを批判的、合理的、論理的に検証しつつ、得心した上にて、受け入れていくことが肝要となって参ります。

もちろん、今生での救いへと向けた教えが仏教でもあります。

そのためにも、迷い苦しみの元となってしまっている煩悩、無明の対治、悟りの妨げとなっている煩悩障、所知障の断滅へと向けて、仏道における智慧と福徳の二資糧の修行に少しずつでも取り組んで参りたいものとなります。

共に頑張って参りましょう。

川口英俊 合掌

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最新の仏教論考はこちらでご覧頂くことができますが、公開、非公開は随時に判断しています。 https://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k

大丈夫。現世でも必ず阿弥陀様は救ってくれますよ。

つぐみさん、こんにちは。

 阿弥陀様の信仰をしているのですね。素晴らしいことです。
阿弥陀様は死後のお救いだけをしているわけではありません。得意分野が死後の世界ということで、仏さまですから、生きている今でもすべての願いはかなえられるのです。あなたが辛いと思っていることも含めてすべて阿弥陀様は見て知っておられます。だからこのハスノハに導かれたのではと思います。
 
 ただ、あなたの苦しみの解決と阿弥陀様の解決の救いとはゴールが違います。仏さまは、金持ちになりたいという願いがあっても、金持ちには導きません。病気を治したいと願っても、病気を治すことには導きません。でも仏になるために金持ちになることが必要であれば仏さまは手を差し伸べます。仏さまになるために病気の完治が必要であれば病気の完治に導きます。
仏さまは、つぐみさんがどのように精進すれば仏さまになれるかと常に願って手を差し伸べているのです。そこに気づくのが私たちの修行になります。あなたの苦しみも仏になるための導きかも知れません。どうすればこの苦しみがなくなるのか?つぐみさん自身が考えて実行しなければなりません。そこに仏さまのご加護がつくのです。

辛いと思いますが、阿弥陀様は必ずあなたを見守ってくださっています。子供が道でコケた時に、すぐに助けずに一人で立ち上がれるように見守っている母親のようにです。がんばって、お念仏を唱えて阿弥陀様におすがりください。十回や百回ではだめです。千回でも一万回でも、自分の辛い心がなくなるまで唱えるのです。一緒にお念仏を唱えてがんばりましょう。合掌

 

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★僧伽(お友達)になりましょう。一緒に仏教を楽しみましょう★ Email;kongozaji@renge.net(気軽にメールしてね!)  直通電話:090-6041-0193(最初はショートメールで) ※※※※※※※※※※※※ 山寺の小さな金剛座寺は10月23日に襲った台風21号で、大変な被害を被りました。大規模な斜面の崩落で客殿が倒壊の危機に陥っています。人生は何が起こるかわかりません。復興に向けて20年努力してきましたが、またリセットになるとは思いませんでした。でもあきらめません。仏さまの教えは「一切皆苦」苦難をなくすことではありません。苦難は必ずきます。それを乗り越える心を作ることが、御仏さまの教えなのです。  ハスノハに訪れる皆さん。私と一緒に人生の苦難に正面から立ち向かい、乗り越えていきましょう。仏さまと共にならば、必ずできます。合掌 ※※※※※※※※※※※※ Email;kongozaji@renge.net 在家から天台宗僧侶になりました。田舎のお寺だからできる新しいお寺ライフを試みて活動しています。特技は手話で現在某大学の非常勤講師で初歩の手話講義をしています。NPO手話技能検定協会理事の役職を頂いて手話学習の普及に努めております。社会貢献として保護司のお役を通して社会更生のお手伝いをしております。 どうぞ伊勢にお越しの際は遊びにお立ち寄りください。また活動は三重だけでなく、埼玉・東京・神奈川などの首都圏、または車でいけるところはどこでも出張で活動しています。仏事のことなら気軽にご連絡ご相談ください。お寺には宿坊もありますので、心のリフレッシュをされたいのであれば、いつでもお泊りくださいね。 私と一緒に、お寺の復興を手伝ってくれる方を募集しています。私とお友達になってください。そして伊勢の山寺をあなたの第二のふるさとにしてください。 ●お葬式や法要、納骨をお受けしております。 エリアは三重・中部・近畿から東京・埼玉・神奈川まで、車でいけるところはどこでも走り回っております。どうぞご相談ください。  (メールが有難いですが、直通電話 090-6041-0193 でもお受けします。なかなか出られないので着信を残してください。またはSNSでご連絡くだされば折り返し電話します。なお電話での悩み相談は10分と決めておりますのでご了承願います) ※もし少しでも回答がお力になれましたら、その感謝のお気持ちを、ご本尊如意輪観世音菩薩さまへのご志納(布施行)でお願いします。ハスノハ活動ができるお寺の維持活動に使わせて頂きます。 ゆうちょ銀行100010-67608891 名義コンゴウザジ 百五銀行多気支店(普)221446 名義シュウ.コンゴウザジ 檀信徒・弟子になって一緒に仏教ライフを楽しみませんか?(檀信徒費志納年1万円) 仏教を人生に活かして楽しみましょう。合掌 

哀しいのかい?大丈夫 僕も哀しいから

筋肉少女帯というバンドの、20年以上前の歌に「星座の名前は言えるかい」という曲があります。
その歌詞に、
「寂しいのかい?大丈夫 僕も寂しいから
哀しいのかい?大丈夫 僕も哀しいから
やりきれないかい? 大丈夫 それ俺も得意
だから ねぇ 星座の名前は言えるかい?
星の名前を言えるかい?
マジシャンの名 呼べるかい?
死にたいのかい?大丈夫 僕も消えたいから
生きてたいかい?大丈夫 僕も生きたいから
決めかねるかい?大丈夫 それ俺も得意
だけど ねぇ 来たるべきコトわかるかい?
昔の思い消せるかい?
マジシャンの名 呼べるかい?」
とあります。
歌詞を書いた大槻ケンヂさんが阿弥陀仏を意識していたかはわかりませんが、
私はこの歌詞の「星座の名前」「マジシャン」に、極楽浄土・阿弥陀仏を重ねてしまいます。
そして、「哀しいのかい?大丈夫僕も哀しいから」「やりきれないかい?大丈夫 それ俺も得意」という「僕」や「俺」は、あなたと一緒に阿弥陀仏の救いを心待ちにしている、
煩悩まみれの凡夫仲間、愚かな人間の仲間達ではないでしょうか。
阿弥陀仏信仰は、阿弥陀仏の平等の慈悲を支持する人間の優しさへの希望なのだと思います。
阿弥陀仏を信じる人々が存在していい世の中は、捨てたもんじゃないなぁ、と思います。

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がんよじょうし。浄土宗教師。「○誉」は浄土宗の戒名に特有の「誉号」です。四十代男。 仏教は、悩み苦しみを制御したり消したりするための教えです。まだまだ未熟者の凡夫ですがよろしくお願いします。

質問者からのお礼

泣きながら阿弥陀様にお念仏を申し上げました。
そうですね、阿弥陀様は常に私のそばにいてくださいます。慈悲深く見守ってくださっています。それに気づけなかった私のなんと愚かなことでしょう。
しかし皆様のおかげでそれに気づくことができました。阿弥陀様に恥じないように生きたいと思います。
ありがとうございました。

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