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死への恐怖を改善したい

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初めて質問をする者です。
よろしくお願いします。
当方、大学4年生で就活活動中です。
タイトル通りなのですが、
いわゆる自分はタナトフォビアなのだと思います。
きっかけは恐らく
幼稚園の頃に経験した祖母の死
小学生の頃に経験した祖父の死
高校生の頃に経験した母親の死
だと感じています。
身の回りにこれだけの身内の死を経験した人がいなく、あまり共感はされません。
仕方のないことだと分かっています。
避けられないことだとも分かっているのです。
しかし、怖いのです。最近時間があるせいか、毎日のように死んだらどうなるのか、これからの別れに耐えられるのか、生きる意味とは何なのか、そういうことばかり考えています。
何も手につかなくなってしまいます。
周りの人たちは、こういうことを考えず前向きに将来のことを語っているのに、今の私にはそれが出来ません。私も前向きに将来を語りたいです。
心配性なところもあり、果たして自分はいつまで生きることが出来るのか、考えても仕方がない未来のことを心配してばかりいます。
周りからは明るい人間だと言われるのですが、今はとてもそんな状態ではありません。
きっと母親の死が大きすぎたのですが、高校生活が忙しく、適切に処理出来ていなかったのだと思います(泣いたら駄目だと思っていました)

同じように悩んでいらっしゃる方をここのサイトで知ることが出来、私だけではないのだと感じることが出来たのですが、やはり心配性、恐怖は改善されませんでした。様々なQ&Aを見てきた中で、なぜ仏教を学ばないのかと不思議に思うことがあるという回答をしていらっしゃったお坊さんがいたのが印象的でしたので、初心者にもおすすめな本などがあれば教えて頂ければ幸いです。

避けられない運命を、せめて受け入れられる考え方、心得を教えてほしい、助けてほしい。

以上、長文にお付き合いいただきありがとうございます。

2019年3月28日 18:59

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

死の恐怖を持つのは当たり前のこと

質問者様は身近な人が「死」によって離別したことを「我が事」に感じていることでしょう。現代のように高度な文化文明が発達している上京においては、「他人事」に感じているひとも多数おられると思います。しかしこの世に生命を受ける万物は年齢、性別、貧富に関わらず、必ず「死」をも無条件に受け入れざるを得ない定めです。仏陀釈尊も仏教の法を見出だしたきっかけは「なぜ死ななければならないのか?」という苦悩より始まりました。「死」を恐れることは本来生命を認識するところにおいて、意識すべきものです。他ならぬ仏陀釈尊こそ、この究極の命題を解決するため、一般の生活を離れる「出家」の道を選んだのです。質問者様が纏う「死への恐怖」を理解し、どの様に対処するか?という大いなるヒントは、仏陀釈尊が説かれたことを纏めた「経」に記されています。先ずは中村元先生の著作、例えば岩波文庫「ブッダ~の~」などのシリーズを熟読しては如何でしょうか?生硬な文体で少々読みづらいかもしれませんが、きっと得るところはあると思います。肝心なことは、仏教書を読み、共感することがあれば、知識で終わらせず、自身になぞらえて実践することです。さすれば必ずや死の恐怖をはじめとした様々な悩みにも光明が見いだせる筈です。

2019年3月29日 13:56
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だからこそ

拝読させて頂きました。
あなたが死について恐怖や畏敬の念を持たれるのは当然のことです、それはあなただけではありません。
「タナトフォビア」という言葉は私はしりませんでした。それでも私もあなたも皆さんが死について様々に感じ考える事は必然です。
身近な人の死によって普段忘れている死について考えざるを得ない状況に全ての人は直面します。
そしていずれ自分の死を考えざるを得ないのです。

昨年私も母が天寿を全うしていきました。最近大切な友人が亡くなりました。
昨日は本当に親しい檀家さんが亡くなりお葬儀をお勤めさせて頂きました。
私達は様々なご縁によって生かされています。だからこそ親しい方ご縁のある方の死そして葬儀は本当に大切な機会を私達に与えてくれます。

私もあなたも誰しもが恵まれてその生命を頂いて沢山の方々やものごとに育まれて今を生かされています。
そのことに気がついて生きる意味を見出していくきっかけを与えてくれるのが死です。

寝ていても起きていても毎日私は死を考えながら生きています。
それが日常です。

死は怖いですけれども受け入れていくことでもあります。
そしてだからこそ限られたこの生命をどう生きていくかが大切です。

私はこの生命を頂いて多くのご縁を頂いた事に感謝します、そして有難き仏教に巡り合えた事を感謝しております。

あなたもきっと様々な出会いやご縁の中で様々な経験を通して大切なことを見出していかれることでしょう。

どうぞ素直なお気持ちで無理のない範囲で死に向き合い、そしてあなたの豊かな人生を歩んで行って下さいね。

あなたがこれから素晴らしいご縁の中で大切なものを見出していかれ心から豊かに実り多き人生を歩まれます様切にお祈り申し上げます。

2019年3月30日 10:57
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Kousyo Kuuyo Azuma
脱サラして10年が経ちました。栃木県佐野市の一向寺に勤めています。(佐野ラ...

「死ぬのが怖い」問答一覧

不幸になりたくないと願ってしまう

初めて質問させていただきます。 下手な文だと思いますがご了承ください。 私は家族とも仲が良く学校でも特に苦しむこともなく、いわゆる「幸せ」と呼べる人生を送っています。 だからこそだと思うのですが最近、自死を願っている人の事を聞くと、 「もしも私の人生に1歩間違いがあったら私もあんな考え方をしていたのかな…」 と、不安になってしまいます。 今、幸せに生きれている事は偶然の重なりです。 もしも、生まれた場所や時間が違っていたら、「死んでしまいたい」と考えてしまう人生を送っていたかもしれません。 自分が本当にそう願ってしまったら、実際にそうしてしまうかもしれません。それがものすごく怖いんです。 もちろん、その考えをしてしまった人達が行動した理由が、そんな人生を望んでいなくて、限界が来てしまったから、という事は分かっています。 ですが、私は寿命までしっかり生きていてほしいです。 すいません、話がごちゃごちゃになってしまったのでまとめますと、 今、私が思っている事は、 「不幸な人生を送りたくない、でも、今その人生で苦しんでいる人に申し訳ないかもしれない…」 ということ、 私の悩みとしては、 「その思いを少しでも和らげてしまいたい」 ということです。 この思いが少しでも和らげられそうな考え方を、たくさん聞きたいです。

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死の恐怖でどうしても苦しい

以前から同じような相談をさせて頂いており、その度に温かいご回答を頂き感謝しております。 ご回答のおかげもあり、少しずつ死の恐怖を克服していたつもりでした。 しかし、それでも何度も何度もどうしようもなく死の恐怖に襲われます。死ぬことに怯え、泣き、気が狂うような恐怖で、これを感じないためには死ぬしかないのかと、本当につらいです。 自分で沢山考えた結果、私の一番の恐怖はやはり死後が分からないことでした。無になることが一番怖いです。でも、輪廻転生できたとして、宇宙が無くなったら転生は止まるのか?解脱したら、魂は消えてしまう(無になってしまう)のか?など、怖さで考えが段々大きくなり、恐れることがどんどん増えていってしまいます。 死後を考えても仕方がないと、頭では分かっている筈でした。死は逃げられるものではない。だからこそ、死そのものを、たとえ死後が無だったとしても、ありのままに受け入れる姿勢、考え方が大事だと理解しているつもりでした。でも、どうしても、湧き上がる恐怖が勝ってしまいます。 いつか死ぬと理解してから、人生が虚無です。最後死ぬのに、消えるのに、生まれて自我を持つなんて、なんて残酷な世界なんでしょう。なんでこんな世界に私達はいるのでしょう。 どうしたら、死の恐怖を消すことができますか?死を受け入れることができますか? 私はこれから、最後は無になる(かもしれない)ような分からない未知の世界に否応なく行くしかないのに生きて、耐え難い死の恐怖に襲われながら死んでいくしか無いのでしょうか。 乱文かつ感情的で本当に申し訳ありません。どうしようもなく苦しいです。どうか、助けて下さい。

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死ぬのが怖いです

死ぬのが怖いです 私は小学校低学年の頃、数回万引きと、親の貯金箱からお金を盗んでしまいました。 また、小学校6年生の頃には自分がなくしてしまった卒業アルバムの代わりに友達のものを盗んでしまいました。 お金はいつか絶対に働いて返すと心に決めていますし、卒業アルバムは本人に連絡が取れれば返そうと思っています。 しかし、そんな罪滅ぼしをしたところで過去の罪は消えないだろうと思います。 私は最近、死について異様に考えるようになりました。 人のものを何度も何度も盗んだ私は、黒縄地獄に落ちるとサイトなどに書かれていました。 地獄では、様々な苦しみを与えられるそうです。 許されたいなんて思っても、きっと無理なのは分かります。 質問したいことはいくつかあります。 1つ目、死んだらどのような苦しみを受けるのか。 2つ目、どうにか、地獄行きを回避する方法というものがあるのか。 3つ目、その方法とはなんなのか。 夜も眠れないほどに不安で仕方がないです。 人のものを盗んでしまったことについて、今ではどうしてそんなことをしたのか、100数十円しかしないようなお菓子のためになぜ万引きなんてしたのか。とても後悔しています。これらの罪は自分の母親にだけ言いました。それ以外にバレたことはありません。 お願いします。私に上の質問の答えを、わかる限りで教えて頂きたいです。

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幸せを感じると死ぬのが怖い

以前、死ぬのが怖い、そしてこの世界はなんなのかという質問をさせて頂いた者です。その度に暖かいご回答を頂き、大変感謝しております。ありがとうございます。 ご回答や仏教について、素人ながら自分で調べたり考えたりしております。その中で、やはりお釈迦様のように、この世から執着を無くすということは、死の恐怖や今生きていることの恐怖を克服する上で大切だと考えました。 しかし、この世への執着というのが、日々の小さな幸せを感じるたびに増えて行くように感じています。例えば、今日も家族と暮らせたこと。友人と話したこと。ご飯が美味しかったこと。素敵な景色を見たこと。そのような日常の幸せを噛み締めるたびに、大切な人たちと離れたく無い、なぜ永遠に一緒にいられないのか、こんなに綺麗な景色を死んだら見られない、死んだら「今ある幸せ」が消えてしまうのだ…と、死によってそれを失うという恐怖にかられます。魂を信じてみても、自分の肉体さえ今は愛おしく、離れがたく思ってしまいます。 この世への執着を手放すことと、幸せを感じることは共存できるのでしょうか?死という自己意識の消滅の恐怖は、どういう考え方をすれば克服することができるのでしょうか? 今はまだ、死ぬのが怖すぎて生まれてきたくなかったと思ってしまうことが多いのですが、願わくば、それでも生まれてきてよかったと思いたいです。いつも、どうせ死ぬのに生まれた、最悪だ、と思ってしまうので、恐怖を克服することで、本当に心から幸せだと思いたいです。 乱文で申し訳ありません。御助言を頂けると幸いです。

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