【続】僧職を続けるかどうかについて
いつもお世話になっております。
先の質問ではご回答頂き誠にありがとうございます。
「僧職を続けるかどうか」という問いに対して
「現状の‟会社員”と‟僧職”の両立が難しいのであれば、本職としている会社員を優先するのが望ましいのでは」という
的確なアドバイスを頂き、少し心が軽くなりました。
そこで、度々の質問で大変恐縮なのですが
更に1点気になる事があり再度投稿させて頂きました。
回答頂いた文面に、
>もしも義父があなたに後を継いでほしいと思っているのなら話しが変わってきます。
という一文があり、これを拝読した際に「どきっ」としました。
義父は直接口にはしないのですが、
「確実に跡継ぎとして考えているのだろう」と推察できる点が
多々あるのです。
・前の質問で記載した「正月の会」で檀家様一同の前で
「これが娘婿で弟子の(私)です!」と大々的に紹介する。
・「僧職は一生の仕事で定年が無い」「時間にゆとりがある」など
僧職の素晴らしさを常に語る。
・勝手に仕事を受けてきて、そこの場で同僚の住職の方々に
義父「私の弟子です」と紹介
住職方「方丈さんにも跡継ぎができて安泰ですね!」と返答
義父「(満足げ)」 …というやりとりが毎回ある。
確かに「跡を継いでもらう」と明言されていないので
無視すれば良いのですが、日本人の美徳である
「察しと思いやり」に投げかけてきているように邪推され、
居心地の悪さを感じます(苦笑)
また、私自身も欲深い話だとは思いますが
可能であれば「会社員」と「僧職」を両立させ、
更には跡継ぎになれるように「僧」としてのステップアップも
したいという思いもあります。
更に本音を言えば、私自身が「自分は何者で、何を成すべきか?」
という疑問を常に心に持っており、日々「根無し草」のような
拠り所のない気持ちで過ごしております。
そこで僧職の中に「何か答えがあるかも」という
淡い期待を寄せている浅慮な自分がいる事も確かです。
纏まりの無い愚痴のような質問になってしまい申し訳ございません。
皆様には、
「悩み続けて時間が解決するのを待つ」
「僧はそんなに甘くないから、会社員に専念すべし」
「僧の仕事との兼業は、このような方法もあるよ」など
忌憚のないご意見や感想・所見を頂ければ幸いでございます。
何卒宜しくお願い致します。
親類・家族・仕事の関係で悩んでおります。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
自分が何をしたいかよりも 世の中で何が求められているのか
自分の都合、自分の欲望、自分の夢、自分の自己実現。
そういう人間的な生き方は誰でもできるものです。
人間は欲得がモチベーションになっている。
その様な中で、なぜ僧侶という存在があるのでしょうか。
僧侶の中にも欲得の心がモチベーションになっている人間もいる。
そうすると僧侶も地に落ちる。では僧侶とは何か。
僧侶のあり方や、現代における存在意義をあなたが考えてみましょう。
あなたがもし僧侶の道を志すのであれば「染まらない」姿勢が大事だと思います。
誰かに言われてやる僧侶というのはよくないと思います。
発心・菩提心・発菩提心という言葉の意味や意義の深みをご自身で改めて調べて、僧侶たちが何故、そういう心を起こしたのかを思いを巡らしてみましょう。
なぜお釈迦さまが偉人とされ、何故仏教が尊く、僧団・サンガが有り難いとされるのでしょうか。
それは人間が誰であっても「最終的に目指す姿」であるからだと思います。
「わたし」という鳥かごから脱却した生き方が人間にはいつか必要になってくるのでしょう。
「私ラブ」ということエゴの虚しさを悟るまでは、自分自分したエゴエゴライフもトコトンやってみたらいいでしょう。
ですが、その旅は満足が無い。
一生、自分の為だけに生きてワカランで死んでいくエゴ本当に進むべき方向も知らず、欲得まみれの人間も多い。
人間はみんなが「わたし」というかごの中にとらわれて自由な活動ができないのでしょう。
あなたが親を意識したり、これをやりたいと思ったり、迷うのも「誰が」問題にしているのでしょうか。
あなたも含めすべての人がみんな、誰もが「自分」「わたし」「我」が軸になっているはずでしょう。
では、なぜあなたがこういう所で質問されるのか。
もし、ここが有料サイトでお金を払わんと機能しないサイトだったら多分、あなたをはじめ世間の人の大半は相談しないでしょう。
自分の人生の悩みが解決することVS支払いを天秤にかけた時、人間はがPAYせずに悩みを継続することを選ぶのです。
自分が大事なのに人は不思議と欲得や自分ラブの心を選ぶ。
自分を大事にする方向性がズレているのです。だから金儲け至上主義の世の中になっているのにみんな幸せじゃない矛盾が起こっている。
みんなが自己実現のために生きた結果なのに世の中はエゴイスト王国の自慢物語。
この大きな矛盾に目を向けると答えがあるでしょう。
兼業されている方はたくさんいます。
それ相応に大変だと思います。
兼業されている方はすごいと思います。
住職か副住職か、寺かその近所に住んでいるのか離れているのか、お檀家様の数が多いのか少ないのか、お盆参りやお彼岸参りや月参りがあるのかどうか、その他色々な事情によっても変わってきます。
私の場合は会社員を40歳の時に辞めました。
なんとかやり繰りすることは可能でしたが、どちらも中途半端になってしまい、会社とお檀家様の両方に迷惑をかけると判断したからです。
会社で仕事をしている時に寺の仕事が入ると予定が狂ってイライラしたり、また、お念仏を唱えながら会社の仕事のことばかり考えたりしていたからです。それに、仏教の本を読む時間も、法要の練習をする時間もありませんでしたからね。
また、私とは反対に跡を継ぐことを捨てた方もいます。人それぞれです。
それぞれ環境も状況も能力も志も違いますからね。気兼ねなく義父や僧侶の先輩方達や奥さんと色んなことについて疑問を投げかけてみたり、話し合ってみたりするといいと思いますよ。
お義父さまにどういうつもりでいるのかきちんと確認をとり、またあなたの気持ちを伝え、話し合いましょう。
想像の世界にいては何の解決にもなりません。
専業でやるにしろ兼業にするにしろ、中途半端な気持ちはいけません。
質問者からのお礼
皆さま、ご回答頂き誠にありがとうございます。
いずれの師のお言葉も私の気持ちに寄り添い、また冷静に考えるべき点を指摘して頂き
大変感謝しております。
万事が好転できるように「まずは一歩」を踏み出したく存じます。
また、道に迷った際にはご指導頂ければ幸いでございます。
この度はありがとうございました。
>光禪 様
この度はご回答頂きありがとうございます。
「自分の中で考えず、まずは相手の気持ちを確認する」という
非常に単純明快かつ大切な事をご指摘頂き、大変感謝しております。
お恥ずかしい話、本当に「相手に聞く」という選択肢が考えの中から抜け落ちておりました。
人は煩悶の中に迷い込むと、こんな単純な事も抜けてしまうのかと痛感しました。
誠にありがとうございます。
>丹下覚元 様
「それは誰の為?」「あの人は誰の為にそれを言う?」「自分は何を最も重んじなければならない?」その点をご指摘頂いたように感じました。
「自分の為でなく、一番大切な人の為」に一歩を踏み出すように致します。
誠にありがとうございます。
>三宅 聖章 様
先の質問に引き続きご回答頂き、誠にありがとうございます。
私は思い悩んでいる点に関しまして、ご自身の経験をお教え頂き
大変参考になりました。まさに、私が悩んでいる点の
そのものズバリの内容でしたので、他の皆様の回答と伴わせて
義父と家内と、希望と現実を擦り合わせた上で、
「皆が納得できる」答えを探していこうかと思います。
本当にありがとうございます。