人に親切にすることは、時間とお金と体力の無駄遣い
昔付きあってたひと、
昔仲良かったひと。
私が今まで、時間とお金と体力を費やしてきた人とは、今、付き合いは続いていません。
ずっと、付き合いが継続するように、努力してきたのに、叶いませんでした。
今までに費やしてきた、私の時間とお金と体力は、ただの浪費だったのでしょうか。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
確実なリターンを期待できないけど、無駄では無いですよ
誠意をもって人のために尽くしても、すべての人に伝わるとは限りません。あなたの行動が其の人の心を揺り動かすこともあれば、心が動かない人もいます。真心が伝わる場合もあれば、残念ながら真心を真心と受け留めてくれない人も居ます。自分のすべての言葉や行動が必ずしもすべての人の心に響くとは限りません。誰しもが「骨折り損だった。」と思うことは少なからず有りますよ。でもね、直接の御礼や謝意が返ってこなくても、相手方の心を揺り動かしたり感謝の気持ちを心に刻んでくださっている場合だって有りますよ。
先月、熊本県の友人が企画した地震からの復興祭の手伝いに、行ってきました。福岡県から手伝いにきた和尚さんに「こういう者です。」と言って名刺を渡したら、「8年前に、お宅のお寺でお世話になりました。」と挨拶されてびっくり。
神奈川県の或る住職から「明日の夜高速道路を通って、20名ぐらいで宮城に震災復興のボランテイアに行きます。早朝、仙台に着くので少し休憩仮眠させて下さい。」と頼まれ、休憩していただきました。私は檀家さんの葬儀のため出かけてしまいましたが、ボランテイアに出発する前に当寺の家族がおにぎりと味噌汁を出してあげました。福岡の和尚さんは当時神奈川県の寺に勤務しており、勤務先の承諾を得てボランテイアに参加されていたそうです。
「あの時のおにぎりと味噌汁、とてもおいしかったです。お母様と奥様によろしくお伝えください。」と8年前のことを感謝されました。「こちらこそ、ありがとうございます。」と遠方から宮城にボランテイアに来てくださったことの御礼を言いました。
私がおにぎり味噌汁を振舞った訳ではありません。うちの家族がしたことがボランテイアに来られた方々の助力となったこと。感謝されていたこと。そのことを伝えられ、「すぐに結果が出なくても、何らリターンが無くても、其の場其の場で真心を尽くすことは大事だなあ。」と福岡の和尚様から教えていただきました。
以前、別の方の質問に「親切は悪なのか?」という質問に回答したことがあります。
https://hasunoha.jp/questions/4825
「かけた情けは水に流せ、受けた恩は石に刻め。」という回答したことがあります。
こちらもご参照ください。 https://hasunoha.jp/questions/23734
すべて糧になりました
ゆゆさん、はじめまして。質問を拝読しました。
ゆゆさんは、今までに付き合うために費やしてきた時間とお金は浪費だったのではないかと考えておられるのですね。
私は人生において、どんな失敗も、まわり道もすべて心の糧になると考えています。必ず人生のどこかで役に立つものです。hasunohaは心の糧の集大成のようなものだと思いますよ。
質問者からのお礼
皆様、お礼が遅くなり、誠に申し訳ございませんでした。
吉田俊英 様
お礼が返ってこなくとも、相手の心に残っている場合があるのですね。
自分の行為も全くの無駄ではない、と思うことができそうです。
中村一善 様
人生の何らかの糧になってる、おっしゃる通りだと思えるようになりました。ありがとうございました。