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いけないことなのでしょうか…

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有り難し有り難し 14

こんばんは。
さっそくですが、
本題に入らせていただきます。

いつも一緒に行動している子の惚気話にイライラします。

惚気話が始まるとちょっとは反応しますが
その場から逃げたり、
話が深くなる前に話題を変えたりして乗り越えています。

話を聞くのが嫌なのはその子だけで
他の子の話を聞くのはそんなに苦痛ではありません。

でも、時間が経つと、
逃げたり話題を変えたりしたことについて、
悪かったかなあと自己嫌悪をしてしまいます…

でもその子の話に、うそでも
よかったねー、いいなーとは
言いたくありません。

人の幸せな話を聞いてイライラしてしまう、
ということはいけないことなのでしょうか。

どうすれば人の幸せな話を自分のことのように喜んで聞けるのでしょうか…。

拙い文章ですみません。
よろしくお願いいたします。


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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

上手なシェアのススメ

人の話には受け止め方があるものです。
単に「自慢話的なノロケ話か、ケッ。」と受け止めればそこにはこちら側の損失感・無益感しか生まれません。
実はそういう❝受け止め方❞にこそ人生を楽しくするコツがあるのです。
どんな情報にもメリットを見出す気持ちで聞いてみてください。
「人生すべてわが師」
「悪い面の反対に良い面がある」
「それを学ぶのではなく、そこから何を学ぶか」
まずは、どんな話も上手に聞ける人になろうと思って聴いてあげてみてください。
自分の境遇を比較するから卑屈になったり、ジャッジが加わるのです。
相手を幸せにしてあげようという気持ちで聞いてみてください。
ひとは人を幸せにしよう、とおもって行ずると幸せになれるのです。
相手が悪意の幸せアピールのろけをしようと思っているのなら、あまりいい気はしないと伝えたっていいのですよ。
ちなみに私は延々と話をされる場合「ん、ちょっと、ちょっと、その話を俺に聞いてもらってどうしてもらいたい訳?」ってツッコミを入れる場合もあります。
あなたの場合は、単にノロケで終わらせないことです。この世にはいろんなタイプの異性がいるのですから、相手の良い面、悪い面なども色々伺っておくことです。そのデータを基にあなたもより良い相手を選ぶためのデータにもなると思います。
自分が幸せでないと、相手の幸せを受け入れられない。
自分が幸せになりたければ、相手の話を聴いてあげることで、相手と自分を幸せにしてあげることです。
情報も知識も知的財産も、誰かの為になる。
誰かの為になる情報を誰かに共有することで人類は大きく発展してきたのです。

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おきもち

あー、のろけ話だねー

誰だって人の惚気話は積極的に聞きたくはないでしょう(^^)
それですのに、pinkyさんはたとえちょっとでも反応するのですからお優しいですね。また話題を変えたことに対し自己嫌悪に陥るのですから本当にまじめなんですね。

恐らく、話の内容云々ではなく、その方と友だちでないからそのような気持ちになるのでしょう。仮に友だちでなくても好きな芸能人や尊敬している人、目にかけている後輩、、、、ならきっと楽しく聞けて、よかったねーと言えるのではないですか?

ですから、その方と友だちになるのが近道で、それが難しいなら、、、、、自分を押し殺して無理に喜ぶことはないです。ただ、やっぱり聞いて差し上げると相手はうれしいでしょうから、「いいなー」とか、「よかったねー」ではなく、まずは「そうなんだー」「あー、のろけ話だねー」と受けるだけ受けて肯定も否定もしないというのはいかがでしょうか。
たっぷりと聞いて差し上げれば相手も満足して、そうそうしょっちゅう繰り返しは言わなくなると思いますよ。そして、いつの間にかpinkyさんの株もあがっているはずです。

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住職のかたわら、大道芸人PRINCOちゃんとして幼稚園保育園など各種施設、...
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「四無量心」

pinky様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

ご質問の内容から、その特定の方だけの惚気話に対して嫌悪感を抱かれてしまわれますこと、それはもしかして「嫉妬」も少しはあるのでしょうかね・・違っていたらごめんなさい。。

以前に、「嫉妬」との関連にて下記問いの拙回答にて「随喜」という内容を扱わせて頂きました。

問い「人の成功を喜べません」
http://hasunoha.jp/questions/184

「随喜」とは、「・・他の者の善徳行や慈悲・利他行について、喜びの心を起こして、その功徳に随うこと・・」でございます。

この度の相手の行為(惚気話)の場合は、善徳行や慈悲・利他行とまでは言えませんので、この「随喜」の説明には当てはまらないかもしれませんが、「人の幸せ」に共に喜びの心を起こして、自分も幸せな気持ちになることができれば、「嫉妬」や「怒り」という悪い煩悩を抑えることができるため、誠に推奨されるものとなります。

実は、これが「四無量心」としてある「慈・悲・喜・捨」の「喜」のことでございまして、私たちが仏道を修する上にて保つことが望まれる境地の一つでございます。

と言えども、私たち凡夫が「四無量心」を常に保つことは難しいものであり、そのためには訓練することが必要となります。その方法として、「四無量心の瞑想法」を実践して、心に馴染ませることも一つかとは存じます。

仏教における瞑想(禅定)には、大まかに分けて「止」と「観」の実践がございますが、「四無量心の瞑想法」は「止」の方に分類されます。

代表的なものとしましては、上座部仏教における慈悲の瞑想として用いられているものが有名であるかとは存じますが、pinky様は宮城県とのことにて、もしも興味がございましたら、このhasunohaにも登録されておられます天野和公様( http://hasunoha.jp/users/183 )のもとへと事前にお確かめの上、お伺いなさられて、詳しくこのことを聞いて頂いても良いのではないかだろうかと存じております。天野和公様、その際には何卒どうか宜しくお願い申し上げます。

川口英俊 合掌

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Eishun Kawaguchi
最新の仏教論考はこちらでご覧頂くことができますが、公開、非公開は随時に判断...
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温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ