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心の健康のために

回答数回答 2
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いつも大変お世話になっております。

自分は最近「心が健康である」ことが生きるうえで
とても大切だなとつくづく考えております。

ただ、心を健康にするために、何をするべきなのか、なにをしたらいけないのか、いまいちわかりません。

そこでぜひお坊さんの意見を賜りたいと思いました。

心の健康のために
・するとよいこと、
・避けた方がよいこと
をご指導ください。よろしくお願いします。


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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

健康であろうとしない事

これはあなたが望んでいる答えではないと分かっていながらもあえて申し上げます。
健康病という言葉があるように自分でこれが健康だ、などと決めないほうがイイです。
どんなに病気の人でさえ、病気である事を忘れていられる時があるでしょう。
それは体は病気でありながらも、こころが健全な状態です。
上手に病気になる人は体の痛みに加えて心も病む。
下手に病気になる人は体の痛みのみで、心はアレコレと騒がない。
あなたもたった今の自分の心をご覧ください。
これをご覧の時に、健康だろうが不健康だろうが、生老病死だろうが、そんなことも一切オカマイナシに過ごせていた状態があるでしょう。
悟りも、健康も、要らぬ、知らぬ、存ぜぬ、存せぬ心の状態こそ、最高最上己健全、健康です。
心の最高の状態を握って、常にそこにとどまろうとする姿勢は正しいようでありながら、実はひと手間、ひと手続きがある。心に一物あるうちは、まだまだ半可通なのですわい。

「アレコレあれど、知らず知らずに流せていた状態を 成仏というなり」 弊師のおしえ

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丹下覚元(たんげかくげん)
☎お悩み相談 質問 📞08020659278 どなたでも。

「八正道」

hibikukagayaku様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

心の健康のために・・そうですね。やはり仏教的には、「中道」を保つということになるでしょうかね。。

「中道」につきましては、最近では下記問いにて扱わせて頂きました。

問い「不登校、学校に行くということ」
http://hasunoha.jp/questions/416

『・・仏教的な難しい言葉で言いますと「中道」となるのですが、とにかく無理できないならば無理しないことです。当たり前のことですが・・例えば、琴の弦は強く絞めすぎると、やがて弦が切れてしまって音が出せなくなってしまいます。かといって、絞めるのが弱すぎると弦はゆるんでしまって音が出なくなってしまいます。強くもなく、弱くもない、中くらいに締めたところで琴の弦は丁度良い音が出ます。このように、加減をしっかりと推し図りつつに、無理せずにご自身のペースで取り組んで頂けたらと存じます。・・』

とにかくストレスを溜めすぎず、無理しすぎず、また懈怠しすぎずなど、極端を避けるということが肝要になります。

あとは、やはり身体も心の状態に大きく影響して参ります。体調が悪いと気分も優れずに憂鬱になったり、不安になったりしますので、身体も健康に調えるというのも大切になるのではないかと存じます。

例えば仏教では、私たち人間の存在は、「五蘊仮和合」なるものとして成り立っていると説明致します。

五蘊とは、般若心経にも出て参ります「色・受・想・行・識」のことで、それぞれ、色(物質・肉体)、受(感覚・感受作用)、想(表象・概念作用)、行(意思・意志作用)、識(意識・認識作用)で、それら五蘊が因縁によって仮に集合していることによって私たちの存在は現にこのように成り立っている次第となります。ですので、健康のためには、それぞれの作用のバランスをできるだけ崩さないようにしていく必要もあります。

特にそのバランスを保つために、健康のために、あるいは「中道」を歩むために、「八正道」(正見・正思惟・正語・正業・正命・正精進・正念・正定)( http://ja.wikipedia.org/wiki/八正道 )を意識的に心掛けて行うということが大いに役立つのではないかと存じます。是非、共に頑張って取り組んで参りましょう。

川口英俊 合掌

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川口 英俊
チベット仏教 ツォンカパ大師中観思想・後期二諦説の研究

質問者からのお礼

丹下覚元さま、いつも大変お世話になっております。
「心の最高の状態を握って、常にそこにとどまろうとする」のが自分のこれまでの
心の健康法だったのですが、ちょっとちがうのですね!

生き方を少し方針転換する必要がありそうです!

「あなたが望んでいる答えではない」・・・いえいえとんでもございません。
まさに僕の求めていたアドバイスでございます。
ありがとうございました。これからもよろしくお願いしたします。

川口英俊さま、いつも大変お世話になっております。
「ストレスを溜めすぎず、無理しすぎず、また懈怠しすぎずなど、極端を避ける」
中道は本当にすばらしい考え方だなあと改めて思いました。
精進してまいります。
ありがとうございました。これからもよろしくお願いしたします。

「心に余裕・ゆとり・広く大きな心」問答一覧

恋人の職場文化について

恋人の職場文化に悩んでおります。 恋人が働いている業界は超体育会系の実力社会であり、セクハラやモラハラも未だに横行している様です。 たまに職場の話を聞くと「これが令和の時代の職場の話か?」と耳を疑うようなエピソードが飛び出てきます。 一方私は比較的大きな組織に所属しており、俗に言うホワイト職場で働かせて頂いております。 恋人自身は心も病まず、仕事に精を出しており、特に問題は無い様なのですが、 私がどうしても恋人の上司や職場を認める事が出来ません。 世の中には色々な価値観・文化がある。自分の考えだけが正義では無い。と頭では分かっていても、 ついつい恋人に対して「そんな職場環境はまともでは無い」「そんな上司は人として尊敬できない」と思ってしまいます。 人の仕事や上司を否定する事など許されないと堪えているものの、何かが胸につかえた様な感覚があり、 いつか言葉に出してしまい、喧嘩に発展してしまうのではないかと不安になっております。 どうすれば自分の度量を広げる事が出来るのでしょうか。 自分と違う社会・文化・世界にいる人をどう理解し受け入れれば良いのでしょうか。 以上、長い話を読んでくださりありがとうございます。

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瞋恚を克服したい

2年ほど前に「カタツムリの外見が苦手なのだが見た目でモノを判断するのはどうなんだ」という相談をして、「恨むほどでもないなら別に嫌いでもいいじゃない」といった旨の助言などを頂いたのですが、そのお陰なのか今では手で触れられる(寄生虫がたまについてるらしいので手は洗いますが)ほど克服してしまい、当時を思い返しては内心で驚いています。 ただ、自分の価値判断を省みる中で一つ気がかりな事を見つけて、その事が少々悩みの種になっています。 というのも、これまで蛇蝎の如く嫌っていたカタツムリを克服した事で心持ちに相当の余裕は出来たのですが、自身が本来したかったことはいわゆる瞋恚の克服であり、しかもカタツムリに関しては貝類の図鑑を眺めたりしてどうしたら克服できるか考えあぐねていたはずがいつのまにか慣れてしまったこともあり、実は本当の問題が解決していないのではないか…と思い悩んでいるのです。 浅学の身で大変僭越ではありますが、私の知る限り悟りというのは本来その実利を全く求めずに明鏡止水の心持ちで行を繰り返す事であると聞きます。 ですが、自分はたまにカタツムリの画像を見ては「どうすれば好きになれるかなぁ」と欲望まみれでひとりごちていただけで具体的なことは殆ど何もやってなかったと思うのです。 今は不便こそしていないものの、もし克服したと思った心持ちが来年変わったら…もし再び嫌いはじめたら…と思ってしまうとゾッとします。 それ故、この心持ちが偶然で終わる前に揺るがなくなるような方法を教えて頂きたいのです。 これは、嫌いなものを増やさない為だけではありません。 自身の身に合わないと思ったものを排斥することに執着しない為でもあります。 これは拙い持論ではありますが、人は好きな物事を愛で続けるより、嫌いな物事を憎み、気がすむまで叩きのめすことにより快感を感じる傾向にあると思っています。 しかし、排斥することに味を占めると終わらない闘争の火種になりますし、何より自身の不満不幸に執着し続け、目の前の満足や幸福を取りこぼす事が自分には一番の災厄だと思います。 物事の全てを愛でるには自分はちっぽけではありますが、せめて恨むなら「恨む」という事そのものだけに留めておきたいと思うのです。

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心に余裕がなくて辛いです

閲覧ありがとうございます。 学生、女子です。 長く読みにくい文章になると思いますが、よければご助言お願いいたします。 最近、心に余裕がなくて辛いです。 小さな事でイライラしたり、不安になる事、泣いてしまいたくなる事が多くなりました。 その度に、偉人の名言を見たり、歌を聞いて気分転換したり、自分に言い聞かしているのですが、持続的ではなくて、すぐに不安になったり、どうしようもなくイライラしたり悲しい気持ちが湧き出します。 普段は特に気にしていないようなことでも、すぐに情緒が不安定になり、泣きたくなってしまいます。 いつも苦しいわけじゃないけど、どうしようもない時があります。 勉強も不安だし、人間関係も良好とはいえ正直心は疲弊気味です。趣味の方も心から楽しめなくなりました。 原因は沢山思い当たるはずなのですが、どれもそれほど大きなつっかえになっているのかな、とは思います。 最近では受験生でテスト前なのに、たまに胸が苦しくなって、どうしようもない時があります。 『しんどい、辛い』という気持ちと、『勉強しなきゃ』という気持ちの狭間で、切羽詰まっています。 切り替えは早い方だと思っていたのですが、最近は(特にコロナウイルスの影響で休校になってから)数ヶ月この状態です。 どうすればこの状況から脱することができるのでしょうか……。 全ては自分の考え次第だとは思っているのですが、どうしても心の余裕が持てません。

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死んだ心を取り戻したい

去年引っ越しと退職をし生活状況が変わりました。 引っ越しについては離婚後も元夫名義の持ち家に住んでいましたが10年経ち下の子が高校卒業したので明け渡してほしいということで賃貸マンションを借りました。 退職については正社員で事務職をしていましたが上司のセクハラがしつこく社長に訴えてもただの冗談捉え方の問題などと改善されずむしろ該当上司を庇う言動に耐えきれなかった為です。 生きていく為には働かないといけないのにやりたいこともやれることもありません。 事務職に復帰したくても年齢で当然のように落とされます。 倉庫などの肉体労働しかなくしばらく通ってましたが疲労から自分はいったい何をしてるんだろう、何の為に生きてるんだろう、という気持ちばかりわいてしまいます。 4年ほどになる半同棲状態の男性がいて優しいし一緒にいて楽しいですが相手が10歳年下ということ、わたしに離婚歴があり成人しているとはいえ子供がふたりいること、いつまた別れるかわからないこと、など最近はネガティブなことばかり思い悩んでしまいます。 それもこれもこの先の自分の生き方に無気力になってるせいです。 ダメ人間なのはわかってるのでなんとか抜け出したいと先ずはしたいしたくない関わらず与えられた仕事を全うすべきと思い直すも朝になるとこのまま生きててもいいことなんかないなと考えてしまいます。 生活環境が変わるまではエステや習い事や旅行など精一杯楽しく過ごしてました。 それがこの数ヶ月で何もする気が起きなくなりました。家族友人に優しい言葉をかけられるたび感謝よりこんなダメ人間に申し訳ない気持ちになります。 この人たちの為にも頑張らないとと思うと応えられない自分が本当に情けなくがっかりさせたくなくて身近な人になればなるほど本音や弱音を言えなくなりました。 これはただ自分の見栄なんでしょうか。 今こんなに墜ちて弱ってるなんて思われたくないというくだらないプライドという気もしなくもないです。 悩み相談というより愚痴レベルになってしまいました。 長々と申し訳ありませんでした。

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