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醜い感情を消し去りたいのですが・・・

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初めて投稿致します、月子と申します。
2年前、父が心筋梗塞で突然亡くなりました。
とても大好きな父の突然の死に、精神的に不安定な日々が続きましたが、1年位前から落ち着いて生活出来るようになりました。
しかし、1つを除いてですが・・・。

実は、夫の両親が「遊びの予定が入っている」との理由で、父の葬儀を欠席なさいました。
そればかりか、お悔やみの言葉ひとつ掛けて頂くことが出来ませんでした。

「遊び」と「父の葬儀」が天秤に掛けられ、結果、遊びが勝ったかと思うと言いようのない悲しい感情が沸き上がって参りました。
そして、その事が2年経った今でも心に引っ掛かり、悲しさと悔しさと空しさが入り交じり、涙が溢れて困っております。

もう終わったことなのだから・・・

こんな事で悩んでいても父が心配するだけ・・・

(夫の両親は)そういう価値観の方と思って付き合えばいい・・・

等々、必死に自分の心に言い聞かせるのですが、どうしても、その時の感情を抑えることが出来ません。
2年前の事をいつまでも気に病んでいる自分に、そして、愛する夫の両親にも関わらず醜い感情を持っている自分に腹が立って、終いには体調を崩す日も増えて参りました。

どの様にすれば、この感情を抑えることが出来るのでしょうか?
御助言を宜しくお願い申し上げます。

2014年3月17日 15:38

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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

感情を一回出しましょう。

 月子さん、こんな時は感情を思い切って露わにしたらどうですか。2年間は悩み過ぎですね。あなたの夫はどう思っているのですか?それは解りませんが、一度、夫の両親に思いを打ち明けてもいいと思います。同居しているかどうかはこの文章からは読み取れませんが、ちょうどお彼岸時期ですから、親戚同士集まることもあるでしょう。その時に皆の前で言ってもいいと思います。あなたが苦しくて精神的に参っているならそれも1つの方法と思われます。個人で話しを付けると力関係が働いてしまいますので、皆の前で言った方が良いと思いますし、周りの人の賛否も仰げると思います。人生に一回は誰にでもそのような局面は訪れます。でも、副作用はあると思います。
 それを実行する勇気のないときは、夫の両親を反面教師として、自分はしない。子供にもさせない。「身内に不幸があったときは、例え、結婚式だろうが、受験前だろうが、すべてをキャンセルして、お葬式に出席すること。」これを家訓とまではいかなくても方針として過ごしたらいいと思います。
 ワシもそうですが、信頼していた人に裏切られて憎んだことは何回もありました。その人に会うたびに平然としている姿を見て殺意まで抱いたこともありました。只、憎んでも自分が何か前へ進めたかと考えたら、一向に進めていないことに気付き、まずは人に親切にすることから始めました。困っている人にはなるべく声を掛けました。大きなお世話がほとんどですが、感謝されることもあり、充実した人生を送っております。参考になりましたか?なりませんよね。

2014年3月18日 12:59
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ちょい悪坊主を目指しています。尊敬する人は一休さん。

悪い感情を消し去るには・・

月子様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

確かに、この度の義父母様の実父様逝去の際に対しての態度、その非情さは理解に苦しむところでございます・・お互いに余程の確執があったのであれば別ですが・・それでも逝去に対しては例え確執があったとしても礼を尽くすべき・・と当然に普通は思う次第でございます・・お苦しみのほど、お察し申し上げます。

下記の問答におきましては、「怨みは怨みによっては決して静まらない」として回答させて頂いております。

問い「どうしても身内や騙して金を取った奴らが許せない」
http://hasunoha.jp/questions/329

どのように悪い感情を抑えるべきか・・

「・・ 仏教では、憎しみや恨みは煩悩であり、そのような悪い感情に支配されての行為は、結局、悪い結果しかもたらさないため、当然に諌めなければならないこととなります。憎しみ、恨みを無くすには、耐え忍ぶこと(忍辱波羅蜜)と共に、慈悲の思いを向けることによって対治することが大切となります。

実は、仏教では自らを苦しめるモノ・コトがあってこそ、修行を進めることができると考えるところもあり、逆にそのようなモノ・コトに有り難さを思い、例えば、自らを害する敵にでさえも慈悲を向けることで、憎しみや恨みの感情を超えていくことが求められることになります。・・」

と述べさせて頂いております。

とにかく、悪い感情に支配され続けてしまわれていては、その結果として現に悩み苦しみ続けることとなり、挙句に体調まで崩されてしまわれているという悪い結果に陥ってしまわれています。

この負の連鎖を断ち切るには、一つは、はっきりと物申して、反省や謝罪、悔悟改悛を求めるか、それができなければ、もう一つとしては、上記に述べさせて頂いているように忍辱して、更には義父母様へと慈悲の感情を向けて、ご自身の醜い感情を消し去ることでございます。

ただ、前者では、新たな悪い感情を抱くことや不信感へと発展する可能性もありますので、お勧め致すとすればやはり仏教的には後者となります。

もちろん、誠に後者の実践は難しいことでございますが、是非、この機会に仏教の学びも少しずつ進められていかれますことによって、やがて真にご理解を頂くこととなりましたら誠に幸いに存じております。

川口英俊 合掌

2014年4月17日 13:08
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川口 英俊
「僧侶は、悩む人に正しいくすりを調剤できる薬剤師であれ」 http:...

相手の家族と血の繋がった家族になるわけではない

…と割り切ってイイと思います。
そういう意識、そういう感覚の方々なのでしょう。
結婚式の形も昔は(仮名)
山田家と佐藤家の結婚式、というかたちが、
山田一郎さんと佐藤花子さんの結婚式、、というように変化しています。
これも今までのお家主義時代から、個人主義の時代に移っていっているということです。
その選択は、個人にゆだねられているということです。
あなたがより家族的、親族的であることを願っても、ウマ、ソリ、価値観が合わない人は必ずいます。そっちが真実なのですから、そっちの真実にならう、という姿勢は大切です。
ある人は、孫を実家に連れて行って喜ばれるかと思いきやかえってケンカの種になってしまった、というケースもあります。孫は祖父母の立場からすれば「来てうれしい帰ってうれしい」と言われるように、主役は私たちばかりではないのです。親の立場、相手の親の立場、自分の子供の立場に本当に立てることができてはじめて親族間の波を超えることができます。
人間は死ぬまで発展途上である、世の理想的な家族親族関係はあくまで理想である、私は私の現実が私の向き合うべき真実である、と関係を見直してみましょう。
あなたにはあなたの家族がいます。
親族、家族間では、家族的な付き合いができる人だけが本当に家族なのです。
あなたはあなたを生きる事です。

2014年3月24日 15:33
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丹下覚元(たんげかくげん)
お悩み相談 ❝あなたの悩みという荷物をおろしてみませんか?❞ 「お寺で...

質問者からのお礼

大鐵 様
早々にご回答を頂きまして、誠にありがとうございます。
2年間、誰にも相談出来ず一人で抱え続けた悩みにご助言頂き、苦しい思いから解放された様な気分になりました。ご助言を読み返しては、涙している所です。

夫には、この件については相談しておりません。
以前、夫の母から受けた虐めについて相談をした時に、「俺のおふくろは、君の前では常に完璧な人間でいなければならないのか!」と、夫に怒鳴られた事がございます。
それ以来、何があっても夫の両親や親戚関係などでトラブルが起きても相談するのは止めようと心に決めました。

頂いた御助言を参考に、うまく気持ちの整理が出来たらと存じます。
本当にありがとうございました。

「供養全般」問答一覧

結婚後の父母の供養

いつもお世話になっております。 こんな歳になって私が結婚をすることになり(同居で義父の介護のお手伝いをするため)、お墓と仏壇を、遠方の兄に託す事になりました。 兄は、お墓の祖父母と父を恨んでおり、直ぐにお墓と仏壇を終わりにして、その後の供養もしないそうです。 父は生前、お酒の依存で暴力が酷く働かず、貧乏だった事を、兄は未だに許せずにいます。そんなお墓をそのままに亡くなった母をも許せないらしく、納骨もできずにいます。 お寺さんにも相談しましたが、「貴方(私)は、嫁ぎ先のご先祖を大事にしなさい。こちらの事は全て置いて出なさい。写真に手を合わせるだけで十分です。」と私の立場を気遣ってくださいました。 そうは言っても、母はまだ一周忌が終わったばかり。母と私は、父の暴力に怯えながら、互いを置いて出ることもできずに、ずっと一緒に生きてきました。母に執着しているのかもしれませんが、この先、何もしてあげられないのが悲しくて辛いです。今はまだ一人なので、写真にお供えとお線香で手を合わせています。 先日、久しぶりに菩提寺の本山の奥の院へお参りしてきました。そこで写経セットが目にとまり頂いて帰りました。作法やお経の意味を調べつつ、母の写真の前で写経をし、心を込めて無心になれたようなスッキリした気分に恵まれました。 命日に奥の院へ納経し、御首題帳を頂いて母の写真に供えました。 仕事が朝方終わることもあり、車を使えば朝のお勤めにも間に合うようなので、次回は朝お参りにもと思っています。 こういった事でも、父や母の供養にはなるのでしょうか? 祖父母は弔い明けをしていますが、父は次が三十三回忌です。兄に託しておきながら、私がお年忌をするのも兄の顔を潰すようで申し訳なく思います。 それでもお年忌はお願いした方がよいでしょうか? 宜しくお願い申し上げます。 それから、、 前回の私の質問の直ぐ後に、他の方への回答で「恩返し」ではなく、「恩に報いる」生き方をと、お坊様がおっしゃっていました。私、質問で何度も恩返しと、、。顔から火が出ましたが、とてもためになりました。他の方への御言葉もいつも拝読して、私にとって、沢山の気づきがあり感謝しております。 いつも長くなり申し訳ありません。

有り難し有り難し 26
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