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四十九日法要を終えて

回答数回答 3
有り難し有り難し 19

こんばんは🌃
数日前に、「霊感の強い息子について」
で相談させて頂いた者です🙇

先日、無事に四十九日法要を終えて、
毎日お仏壇に手を合わせております。

息子たちには、「おばあちゃんの心が
この中にあるんだよ」と本位牌に向かって手を合わせるよう、今日始めて祖父の家に来たんですが、お仏壇の部屋に入った瞬間息子が、「あ、おばあちゃんが居る」と言いました。

「え?次の世界に行ったんじゃないの?」と聞いたら、「様子を見に来たんだって」と答えました。

ちょうど、四十九日か1日前に祖父宅へ行ったとき、息子は「おばあちゃんいない。何も感じない」と話したので、てっきり次の世界に旅立ったと思ってたので、今日お仏壇の前に居ると聞いてびっくりしたのと、何故か嬉しい気持ちになってしまいました。

息子(長男)は、祖母とコンタクトとる事が出来るので、今日私が次男を叱った事を祖母に話したみたいで、「あんまりしかりなさんな。○○(私の名前)の家の事はちゃんとみてますよ」と言われて、
身の引き締まる思いをしました。

祖父は、このような霊的なものを信じないので、「あんまり良くないから、やめなさい」と言われるのですが、長男が普通に見えてしまうのでどうしたら良いのか迷ってます。

私も母が亡くなってから四十九日間、
台所やリビング、息子達と寝ている和室等で、ふっとお線香の香りを感じてました。
そのたびに「あ、おばあちゃん今ここにいるんだな。様子を見に来てるんだな」と思って過ごしてました。

これから、どのように過ごして行けば良いのか?良きアドバイスがありましたら
教えて頂けますよう、よろしくお願いします🙇


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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

私には霊感がないのでわかりませんが…

ご相談拝読しました。

不思議な感じがしますね。お祖母さんにあえているようでどこか安心な様な、しかしなんだかこれで大丈夫で不安なような…といった感じでしょうか。

二つの可能性があると思います。

一つは藤本師の言われる様にお祖母様がな何らかの次の境遇に転生しお子さんが実際にコンタクトをとれるというもの。

もう一つはお子さんは実際にはコンタクトをとれてはないがそういう発言をしたくなる状況にいるというもの。

こちらは色んなケースが想定されます。

小さなお子さんの場合はそういうことを言うと親が喜ぶからとか、困る姿が面白いからということもあるかもしれません。
成長したお子さんでも、学校や職場等で上手くいかず家庭内で注目を得たいがためにそういうことを言う場合もあるかもしれません。
あるいは何かの宗教団体等に所属して学んだことを発言するという場合もあるかもしれません。

まずは目に目ず確かめられないお祖母様をどうするかという方向性でなく、お子様と向き合うことで今後のヒントが得られそうでしょうか。

こちらはわからないのですから真っ向から否定することはできませんし、逆に一言一句そのまま信じるということもできません。

実際はどうかはわからないけれども、とにかくお子さんはそう発言しているという事実からよく観察するしかないでしょうか。

お子さんの方もお祖母さんの死を家族それぞれがどのように感じているのかよく見ているのかもしれませんね。

人は事実よりも

・こうしたい
・こうあってほしい
・こうあるべき

という思いが先行して事実をも歪めて解釈してしまう傾向があります。線香を焚く機会も増えるでしょうからふと香ることも珍しくないかもしれません。

「線香の香りがした」という事実と「お祖母さんに会いたい」という思いが交わると「線香の香り=お祖母さんが来ている」という解釈になるということもあり得ます。

亡きお祖母様を偲びつつゆっくりと考えてみましょう。

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はじめまして。北海道の片田舎の農村のお寺で住職をしております。 人生...
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仏教の世界観を共有しながらお付き合いしましょう

地居天になっちゃったかもしれませんね。困ってはいなさそうですが。
 たまたま見えて聞こえてしかも理解してくれる相手(お孫さん)がいたので、居心地が良いのでしょうか。
 私なら、お祖母さんにいろいろお聞きしたいことがあります。死ぬいざ最後の時どうだったか。生まれ変わった時どんな感じ、どう思ったか。今、どれくらいの範囲を行動できるか。人間界より上とか下の境涯に行けるのか、せめて見聞できるのか。人間でも同じ境遇の「霊」でもよいので、他に意思の疎通ができる相手がいるか。「衣食住」をどうしているのか。たとえば今の家が人手に渡って親族が来られなくなったらどう困るか。「引っ越し」できそうか。
 仏典にはありありと説かれていて、しかもなかなか真偽を確かめることができないことを、この稀有な機会に確認してみたいのです。
 そういうことを聞くと、お祖母さんご自身がご自分の状況をよりよく把握できると思います。案外、ご自身も分からないことが多くて現状のままでも不便だなと思ってくださるかも。最後の質問は、お祖母さんをイヤな気持ちにさせるためでなく現状からのさらなる転生の心構えの意味も含みます。生命は輪廻し続けるので、現状を自分が良く把握して、またどこかに転生しそうなときも、落ち着いていられたら安心です。
 スウェデンボルグが霊界と交流していたという、おそらく事実に基づいている例もありますが、情報量が多い割に同じようなパターンばかりで、彼が見聞できる範囲にとどまっていたと思います。
 西洋人も日本人も、仏教が説いている六道輪廻を知らない、あるいは信じていないので、死後もうまい具合にほどほど生きられる状態にいるなら、そのまま甘んじる可能性が高いです。
 スマナサーラ長老の『死後はどうなるの?』(角川文庫)で六道輪廻の状況を簡単に頭に入れて、ついでに、誰でも死ぬとか、今の善業や悪業が次の自分を作るなど、人間の皆様もお祖母さんと一緒に仏教の世界観を共有し、いつか必ず来る別れのときまで、人間の家族同士でやっているように、助け合い、感謝し合って功徳を分け合いながらお付き合いすればいいと思います。

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おきもち

初期仏教というか仏教本来の教えを学びつつ、その在家信者のあり方から見た日本...
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前回に引き続いて。

そうですか。息子さんには、まだ見えているのですね。不思議なことであり、又、そうこともある。ということです。
やがては、見えなくなりますし、特に心配はいりません。

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おきもち

日蓮宗のお寺で、名古屋市南区にあります。 ”お寺は生きている人のためにも...
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質問者からのお礼

藤本様、吉武様

早速のご丁寧なお返事、ありがとうございました🙇

息子の言ってることが本当なのか、少し作ってる部分があるのか?
今一度話をしてみたいと思います🙇

そして、仏壇の部屋に入った時に祖母の姿が見えてしまう現象も、全て否定すれば本人も私も悲しいので、これから上手く付き合っていくか?それとも祖母が向こうの世界に慣れてこちらに姿を現さなくなるのを待つか?
様子を見ていきたいと思います🙇

また何かありましたら、ご相談させて頂けますよう、よろしくお願いします🙇

鈴木海祥様

お返事ありがとうございます🙇

以前おっしゃった、「ラジオの周波数のようなもの」が息子が受けなくなれば
このような現象もなくなっていくのではないか?と思ってます。

母も新しい世界に入り、不安な気持ちなんじゃないか?と思うので、毎日お仏壇に話しかけて安心させたいと思ってます。

「法事・法要・49日」問答一覧

菩提寺不明、法事を忘れた!

見つけてくださってありがとうございます。お恥ずかしい話です。 祖父の命日も三回忌もすっかり忘れてしまいました。そして、菩提寺不明、故人と私は違う宗派な状態ですが、宗派が違うお寺さんに拝んでもらってもいいのでしょうか。 私は、臨済宗妙心寺派の宗派です。 私の父方の祖父(故人)は、私と同居しておらず、おじ夫婦と一緒に暮らしていました。元々おじ夫婦は、私と同じ宗派だったのですが、おじが仏教系の新興宗教に入りました。祖父はわけもわからないまま、その新興宗教に入っています。 おじの新興宗教入会(?)がきっかけで、おじと他の兄弟で分裂し、音信不通です。 時間がたつにつれ、私の父は故人に、兄弟達は病気に、で、動けるのが私だけとなりました。 おじは新興宗教(先祖供養を大切にしている、とネットに書いてありました)に一生懸命な人なので、もしかすると、法事をしたのかもしれません。宗派によってはしないのかもしれません。しかし、歴代の同じ宗派の先祖の法事をやらなかったことを考えると、祖父も…と考えてしまいます。 三回忌も命日も忘れ、どうしようと悩んでいます。 三回忌に間に合っていないのに法事をしてもいいのでしょうか。 位牌もなにもない、菩提寺もわからないですし、宗派が違うのですが、お寺さんにお願いしてもよいのでしょうか。 唯一わかるのは、お墓です。 よろしくお願いします。

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亡き父の年忌法要をあげたくありません

年少のときに母が精神疾患を発病。 父は、大して面倒も診ずに放置。 母は医師の力でなんとか病気がおさまりました。 しかし私が小学生の時に再発。 その後20年間父は、精神疾患を抱えた母を自宅に放置しながら、 自分の給料をギャンブルと風俗につぎ込み、家にはお金を入れない状態が続きました。 私が成人したあと精神疾患について調べ上げ、入院と適切な治療が不可欠と判断し、きちんと面倒を見てくださる病院に入院。先生方のご尽力もあり、母は快方に向かいました。 その後、平穏な暮らしが戻りましたが、数年後に母は末期癌を発病。 母が他界するまで、積極的に治療にかかわろうとはしませんでした。 父は母の遺産をギャンブルで使い果たしました。 そんな父も数年前に他界。 家族を苦しめ続けた父を供養する気持ちなど、まったくありません。 墓石に戒名を刻みましたが、消したいくらいです。 骨も適当に海洋散骨したい気分です。 そんな父ですから、親戚の墓参はまるでありません。 墓は父方の墓です。母も入っています。 父方の先祖はあったこともありません。 相談です。 父の供養をしたくありません。父の先祖なんで知ったことではありません。 寺から知らない先祖の50回忌あげさせられて、怒り心頭です。 なぜ、知らない先祖の供養のために高い金払わされて、会社休んで読経聞かなければならないのか。 父方の先祖代々の墓を適当に処分して、愛する母だけきちんと年忌法要したいのです。 お知恵を拝借ください。

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僧侶として人として

父兄は曹洞宗の住職、副住職の僧侶です。 寺族である母が亡くなりました。 その後四十九日、秋春のお彼岸、一周忌、新盆。 何も連絡がありません。 伯母や従姉妹達にも連絡はありません。 亡き母の誕生日に孫達が実家に集まる事も拒否されました。 理由を教えてくれる事もありません。 こちらからの連絡は直接してはならず弁護士を通すように伝えらています。 法要とは故人を偲び、残された遺族が悲しみをのり越えて生きていくために、心の折り合いをつける大切な仏教行事であると思っています。 その機会を尊敬していた僧侶である父兄に一方的に奪われて 驚きと理不尽さと不安で心がいっぱいです。 今年は三回忌になります。 たぶん連絡は来ないでしょう。 お寺で産まれ、一生をお寺の為に尽力した母があまりにも可哀想で不憫でなりません。 今後、僧侶として檀信徒の方々に何を布教していくのでしょうか。 僧侶も人間です。 間違いも犯すでしょう。 保身に走りたくなる気持ちも分かります。 でも、逃げずに向き合う時は必要です。 やってない。俺じゃない。知らない。覚えていない。分からない。 と逃げ回っていても誰も解決などしてくれません。 誤魔化し、嘘をつき、欺くことをやめて 自分の立場を自覚して誠心誠意、他者に対して心を尽くす事を 人して僧侶として今生を生きて欲しいと思っていますが、 無理な願いでしょうか。

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亡くなった母についての質問です

いつも参考になる回答ありがとうございます。 母が亡くなってから、明日で四十九日となります。四十九日に関して気になったことを質問をさせていただきます。 五七日の翌日、祖母の下へ母が来たそうなのですが、その時母が「私何か悪い事したかな」と言っていたそうです。 調べてみたところ、五七日は生まれ変わり先が決まる日だと書いてあったので、自分は勝手に「生まれ変わり先が、母にとって良くない結果だったのかな」と考えてしまいました。 お坊様は母の発言についてどのように考えますか? また、四十九日までは、母が見守っているのだと思って過ごしていたので気持ちが少し落ち着いていたのですが、四十九日経つと母の魂があの世へ旅立ってしまうということを知り、不安になってしまいました。 「すぐに生まれ変わるのか」「見守っているのか」「修行などをして過ごしているのか」など、様々なことを考えてしまいます。(そもそも四十九日や、その日までの解釈が間違っているかもしれないですが) 旅立ったあとは、何をしているのでしょうか? 色々と考えてしまいすぎて、あまり良くないと思いますが、気になってしまいます。答えられる範囲でいいので、回答いただけると幸いです。 拙い文章で長々と申し訳ございません。

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父の三回忌を教会でしたいと義姉が言います

質問させていただきます。 お寺にお墓のある人の法事を、教会で行うというのはお坊さんから見てどうなのでしょうか? また、義姉と折り合いをつけるにはどうすればよいでしょうか。 . 私の父は2年前に亡くなり、この度3回忌を行うこととなりました。 そこで私の兄のお嫁さん(以下義姉)が「キリスト教の教会で三回忌をしたい」と言って揉めています。 義姉は2年ほど前にキリスト教になり、教会へ通っています。普段会っても勧誘や説教はされなかったので今回突然のことに驚いています。 . 父が熱心な仏教徒であったわけではないのですが、父の墓は浄土真宗のお寺にあります。わざわざ教会に死んだ父を呼びつけて法事を行うというのは違和感です…。 . そのため それはおかしいのではないか、と義姉を諭すと泣いて癇癪を起こしてしまいました。 義姉の言い分は「教会の方が安く済ませられる」「お寺は家から遠い」「自分の信じていないものにお布施をしたくない」「教会の神父さんにももう頼んでしまったので後には引けない」などです。 . それならお金は払わなくていいし来なくていいとも伝えましたが、そういう問題ではないそうで。 兄は家庭を大事にしており、義姉には強くものを言えません。私も兄の家庭には平和であってほしいです。 しかし今回の話があまりにも平行線であるため、本職の方の意見をお伺いしたく書き込みました。 . 最後に重複となりますが、「お寺にお墓のある人の法事を教会で行う」というのはお坊さんから見てどうなのでしょうか? 義姉と折り合いをつける方法はありますでしょうか? 私としては先祖を改宗させるような行為はバチ当たりなのではと思ってしまいます…よろしくお願いいたします。

有り難し有り難し 18
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温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ